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発表・掲載日:2009/06/12

ダイヤモンド同位体で電子の閉じ込めが可能に

-炭素のみを材料に超格子構造を実現-

ポイント

  • ダイヤモンド同位体で積層ナノ薄膜合成に成功
  • 単独材料(ホモ材料)では初めて、電子・ホールの閉じ込めに成功
  • 超高速デバイスなどの新しい量子機能素子への応用に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ダイヤモンド研究センター【研究センター長 藤森 直治】の鹿田 真一 副研究センター長(兼 デバイス開発チーム研究チーム長)と渡邊 幸志 研究員らは、質量の異なる12Cと13Cの同位体炭素を用いてナノサイズの積層薄膜ダイヤモンドの気相合成に成功した。さらに、このダイヤモンドで電子・ホールの閉じ込めに単独(ホモ)材料として初めて成功した。

 ダイヤモンドは、硬度、熱伝導率の大きさ、光透過波長帯の広さ、化学的安定性などで物質中の最高性能を示し、また半導体としても絶縁破壊電界や移動度などで極めて優れた特性を有するため、機械応用、光学部品以外に電気化学や半導体デバイス等への応用が期待されている。半導体としては、パワーデバイス量子コンピューターの材料として高い性能が予測されるなど最近注目されつつある。しかし、ダイヤモンドの半導体としての能力は未知の部分も多く、さまざまな研究が行われている。

 本研究では、炭素同位体12Cあるいは13Cだけを含むメタンガス(CH4)を原料として、マイクロ波プラズマCVDを用いた気相法によってダイヤモンドを合成した。12Cだけでできたダイヤモンドと13Cだけでできたダイヤモンドを、厚み30nmの薄膜で交互に25層積層した積層構造(超格子構造)を作製した。この積層構造試料に電子線を照射して電子・ホール再結合を測定したところ、12Cだけでできたダイヤモンド層のみで再結合が発生していて、電子・ホールが閉じ込められていることを発見した。従来、電子・ホールの閉じ込めは、異種(ヘテロ)材料(GaAsとAlGaAs、InGaAsとInPなど)の組み合わせでしか実現していなかったが、今回、単独材料で初めて電子・ホールの閉じ込めに成功した。単独材料でも、半導体バンド工学を用いた構造設計が可能になり、超高速デバイス、量子機能デバイス開発へ向けた有効な手段が得られたことになる。

 本研究成果は、2009年6月12日に米国科学誌「Science」の電子版に掲載される。

マイクロ波プラズマCVD装置内で気相合成中のダイヤモンドと合成後のイメージ図画像
マイクロ波プラズマCVD装置内で気相合成中のダイヤモンドと合成後のイメージ図

開発の社会的背景

 ダイヤモンドは通常絶縁体であるが、不純物を添加すると抵抗率を16けた変化させることができる半導体でもある。また熱伝導率は、通常用いられる銅(Cu)などの冷却用放熱材(ヒートシンク)よりも6倍近く高いなど優れた特徴がある。ダイヤモンドを用いたさまざまな応用の中で、エレクトロニクスへの応用として有望視されているものの一つがパワーデバイスである。これは、電気機器の電力制御には不可欠な半導体デバイスであり、省エネルギー技術の基盤となっている。パワーデバイスの高性能化による電力エネルギーの削減は、CO2の大幅削減に向けた対応において、経済産業省が策定した「Cool Earth-エネルギー革新技術計画」の中でも、重点的に取り組むべきエネルギー革新技術の一つとして重要な位置を占めている。また最近では、将来の量子コンピューターを実現するための量子ビットの材料としてもダイヤモンドが期待されている。室温動作が可能なほか、量子ビットの長寿命化、量子計算の基本である「量子もつれ」も確認され、実現性が高まりつつある。

研究の経緯

 産総研ダイヤモンド研究センターでは、硬度、熱伝導率、弾性定数、光学的透過率、化学的安定性、電気化学特性など物質中で最も優れた特性を有するダイヤモンドについて、半導体特性と組み合わせることにより新しい技術応用を開くための研究を行っている。これまでに、材料技術として大型単結晶ダイヤモンド作製技術を開発している(2007年3月20日プレス発表)。また、各種デバイスとそれに関する材料基礎研究も行っており、本研究も含めダイヤモンドを適用したパワーデバイスの開発を目指している(2009年1月8日プレス発表)。

研究の内容

 本研究では、マイクロ波プラズマCVDを用いた気相成長でダイヤモンドを合成する手法を用いた。原料ガスとしてはメタン(CH4)と水素(H2)を用いるが、このメタンを同位体の12Cだけでできた12CH4を原料とすると12Cだけでできたダイヤモンドが成膜でき、13Cだけでできた13CH4を原料とすると13Cだけでできたダイヤモンドが成膜できる。これらを厚み30nmの薄膜で、交互に25層積層し、超格子構造を作製した。図1にその概念図と、得られた13C/12Cダイヤモンド積層体からの2次イオン質量分析法(SIMS)により深さ方向に対する組成分析を行った結果を示す。組成分析の結果は、12Cダイヤモンドと13Cダイヤモンドの分布が、明瞭(めいりょう)に積層されていることを示している。ダイヤモンドでこのようなナノサイズの超格子を作製したのは、これが初めてである。

作製した薄膜構造と深さ方向に対する組成分析の図
図1 作製した薄膜構造と深さ方向に対する組成分析

 この薄膜構造試料に電子線を照射して試料内に電子・ホールを発生させその消滅過程(再結合)を測定したところ、12Cだけでできたダイヤモンド層のみで再結合が発生していて、電子・ホールが閉じ込められていることを発見した。図2に見られるように、超格子構造では12Cのダイヤモンドからの電子・ホール再結合による光のみが検出された。比較のためにナノメートルサイズの膜を一層だけ積層したものを測定したところ、12Cおよび13Cのダイヤモンド層両方で再結合が確認された。この二つのダイヤモンド層のエネルギー差(バンドギャップ差)が約20meVであることは、図3に示すように電子・ホールが13Cダイヤモンドからエネルギーの低い12Cダイヤモンドに移動し、電子・ホールの閉じ込めが行われていることを表している。

電子線照射による電子・ホール再結合測定結果の図
図2 電子線照射による電子・ホール再結合測定結果

電子・ホール閉じ込めのイメージ図
図3 電子・ホール閉じ込めのイメージ図

 従来このような電子・ホールの閉じ込めは、格子定数ができるだけ近くエネルギーが異なるヘテロ接合(GaAsとAlGaAs, InGaAsとInPなど異種材料)による超格子でしか実現していなかった。高速トランジスタHEMT(high electron mobility transistorの略;ヘムト)や半導体レーザーはこの原理を用いて設計・製造されている半導体デバイスであり、極めて重要な現象である。これまでホモ接合(同種材料)ではこのような閉じ込めは不可能であったが、本研究において可能となったのは、ダイヤモンドの同位体のエネルギー差が比較的大きいためである。ホモ接合は同じ結晶であるため、接合界面などで電子・ホールの再結合が発生したりすることはなく、さまざまなデバイス構造が容易に作製できるという大きな利点がある。

 以上のように、電子・ホールの閉じ込めに、ホモ材料の同位体で成功したことは画期的な現象の発見といえる。ダイヤモンドだけで本来材料固有の電子やホールが持つエネルギー状態や分布を操作できる半導体バンド工学を用いた構造設計が可能になったことで、超高速デバイス、量子機能デバイスへ向けた有効な手段が得られたことになり、ダイヤモンドの応用展開に新たな一石が投じられたと考えられる。

今後の予定

 ダイヤモンドのデバイス応用には、さらなる材料の高品質化が不可欠であり、欠陥の低減、大口径ウェハ上のエピタキシャル膜成長、電子・ホール制御などに取り組んでいく。また、同位体による電子・ホールの閉じ込めに関しては、同位体内での電子・ホール寿命評価、ホモ接合界面での再結合、電子・ホール移動度など詳細を調べ、量子機能デバイスの設計に生かすことが可能か検討していく。13C量子ビット形成技術など本技術の横展開を進め、ダイヤモンドの新しいエレクトロニクス応用を目指した研究を行い、基盤技術を確立したい。


用語の説明

◆ダイヤモンド
 
産業用に使用されるダイヤモンドはほとんどが人工的に大量生産されたものである。主な合成法には、高圧(約5万気圧)・高温(約1500℃)で作る高温高圧合成法と、低圧(約0.1気圧)のメタンと水素から成る原料ガスをプラズマ等で反応させる気相合成法との2種類がある。気相合成法は大面積、薄膜形成、不純物制御等の他の方法では実現できない技術に適用が可能で、既に単結晶ダイヤモンドの製造技術として工具、通信用弾性表面波デバイス、フィルター、センサー等への適用が進められている。[参照元へ戻る]
◆ホモ材料
 
格子定数が同じ、同種材料の組み合わせによって接合した材料のこと。通常は同じ材料のp型とn型などで呼称される。ここでは、格子定数が同じでバンドギャップが異なる同位体のホモ接合を作製した。[参照元へ戻る]
半導体の説明図
◆半導体
 
電気を通す導体と通さない絶縁体との中間的な性質を持つものを半導体という。半導体としてのダイヤモンドは、右図のように、絶縁破壊電界が高く、耐電圧に優れる。また、電子移動度が高く熱伝導率も高いため、大電流駆動が可能などの特徴がある。[参照元へ戻る]

 

◆パワーデバイス
 
電源系を制御する半導体デバイスで、電気を使って動作するすべての機器に使用されている基本デバイスである。最近では、自動車のモーター駆動などにも使われてきており、心臓部品となっている。半導体材料としては通常シリコン(Si)が用いられているが、動作速度、電圧、電流、冷却系などで、ほぼ限界に近くなってきている。そのため、炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、ダイヤモンドなど新しい半導体材料の開発が期待されている。[参照元へ戻る]
◆量子コンピューター
 
0と1を用いるノイマン型の演算とは異なり、波動の重ね合わせを利用して超並列演算をする新しい概念のコンピューター。暗号処理などで期待されている。[参照元へ戻る]
◆同位体
 
原子は、基本的には陽子と同じ数の中性子を持っているが、1つとか2つ余分に持って質量の重い原子があり、これを同位体と呼ぶ。例えば炭素では、陽子6に中性子6の炭素は12C、陽子6に中性子7の炭素は13Cとなり、天然の存在比率はほぼ99:1である。この存在比率は元素によって変わる。ほとんどの場合、物理・化学的性質は変わらないが、13Cは核スピンが異なるので化学・バイオ関連のマーカーとして用いられたりする。[参照元へ戻る]
◆マイクロ波プラズマCVD
 
CVDとはChemical Vapor Depositionの略で、気相反応により薄膜を形成する技術の総称である。主として周波数2.5GHzの電磁波であるマイクロ波で、メタンや水素などの気体をプラズマ状態にし、基板上にダイヤモンドを堆積(たいせき)させる方法。ダイヤモンドの気相合成技術の代表的な手法で、長時間の安定的な合成と不純物の精密な制御に特徴がある。[参照元へ戻る]
◆超格子構造
 
異なる材料を、ナノスケールで多層積層すると、元の材料では得られない物理的構造、特性や、効果が得られるが、これを超格子(Super lattice)と呼ぶ。江崎玲於奈博士の提唱。[参照元へ戻る]
◆ヘテロ材料
 
格子定数が同じでバンドギャップが異なる異種材料の組み合わせ(GaAsとAlGaAs、InGaAsとInP、AlGaNとGaNなど)によって接合した材料のこと。[参照元へ戻る]
◆半導体バンド工学(エンジニアリング)
 
へテロ接合を用いた化合物半導体では、二元、三元、四元系の材料を組み合わせて、レーザーを作製したりするが、これをバンド工学(エンジニアリング)と呼ぶ。[参照元へ戻る]
Cool Earth-エネルギー革新技術計画
 
経済産業省が中心に策定した地球環境問題対応プログラムで、2050年にCO2を50%削減するためのエネルギー革新技術計画。北海道洞爺湖サミットで提案された。[参照元へ戻る]
◆量子ビット
 
従来の演算の0,1ビットに相当する、量子コンピューターに用いる“ビット”のこと。実際には、電子スピン、核スピンなどが候補である。ダイヤモンドはNVセンター(窒素-空孔からなる欠陥)が電子スピン、13Cが核スピンとして室温動作可能性があり、期待されている。[参照元へ戻る]
◆量子もつれ
 
複数の量子ビットが集まったときに現れる現象で、量子情報処理に利用可能な新しいタイプの物理的資源。複数の量子ビットが空間的に相関を持ち、量子力学的には一体として振る舞う状態。この状態が物質空間的に作れると、量子計算が可能になる。[参照元へ戻る]

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