発表・掲載日:2009/03/03

半導体中で発生した光を高効率で外部へ取り出す方法を発見

-発光ダイオードなどの半導体光デバイスの高効率化に期待-

ポイント

  • 微小なV字型の溝を持つ半導体からの発光が50%以上の効率で空気中に放出される現象を発見
  • 高効率で光が放出されるメカニズムは微小な溝形状によるエバネッセント光の干渉
  • 発光ダイオードなどさまざまな半導体光デバイスへの応用が期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【研究部門長 南 信次】近接場ナノ工学研究グループ【グループ長 時崎 高志】王 学論 主任研究員、同研究部門 小倉 睦郎 主任研究員と、フランス国立科学研究センター パリナノ科学研究所は、微小なV字型の溝を持つ基板上に形成した半導体材料の中で発生した自然放出光が50%を超える効率で空気中に放出される現象を発見し、そのメカニズムを解明した。

 半導体材料の屈折率は一般に空気より高いため、半導体と空気との界面では、光の全反射現象が起こりやすい。そのため、半導体材料の中で発生した自然放出光を高い効率で空気中に取り出すことが極めて難しい。例えば、通常の平坦な基板上に形成した半導体発光材料では、全発光量の数%しか空気中に取り出せない。これは、発光ダイオードなど各種の半導体光デバイスの発光効率の向上を妨げる大きな要因である。

 今回、微小なV字型の溝を持つ基板上に半導体発光材料を形成した。溝の形状を制御することで50%以上の効率で光を取り出すことができた。発光材料内部で発生した自然放出光が発光材料表面で全反射する際にエバネッセント光が生じ、材料表面がV字型の形状を持つため異なる面で生じたエバネッセント光同士が干渉し空気伝播(でんぱ)光に変換され、50%を超える効率で空気中に放出されることを見いだした。この現象は、さまざまな半導体光デバイス、特に照明・表示用の省エネルギー光源として有望な発光ダイオードへの応用が期待できる。

 

 本研究成果は、2009年3月2日(米国時間)に米国物理学会Applied Physics Letters電子版に掲載される。

シミュレーション結果の図
発光層で発生した光が、V字形状の頂上平坦部分から効率良く取り出されている様子を示すシミュレーション結果


開発の社会的背景

 化合物半導体を用いた高効率の発光ダイオード(LED)は、照明・表示用の省エネルギー光源として大きな注目を集めており、その大規模普及に向けた研究開発が各国で進められている。LEDが普及することで世界で消費されている電気エネルギーの約10%が削減できると予測されている。

 LEDの発光効率を向上させるには、半導体内部で発生した光をできるだけ高い効率で空気中に取り出さなければならない。しかしながら、半導体と空気の界面で起こる全反射現象によって光が内部に閉じ込められやすく、高い効率で空気中に取り出すことが極めて難しい。これまでにさまざまな光取り出し技術が開発されたが、効率や製造コストの面で多くの課題が残されている。LEDの大規模普及のために、高効率で低コストの光取り出し技術の開発が強く望まれている。

研究の経緯

 産総研では、あらかじめさまざまな形状に加工した基板上に半導体ナノ構造を形成し、発光特性の評価や、それを利用した半導体光デバイスの研究開発を進めてきている。また、発光メカニズムの解明を、フランス国立科学研究センター パリナノ科学研究所のグループと協力して行なってきている。

 なお、本研究の一部は独立行政法人 日本学術振興会「平成19年度科学研究費補助金基盤研究(B)・超高効率化合物半導体量子細線発光ダイオードの開発」の助成を受けて行ったものである。

研究の内容

 物質表面で全反射が発生すると反射面の近くにだけ存在するエバネッセント光と呼ばれる特殊な光が発生することが知られている。エバネッセント光は、表面に沿って波長より短い距離を進むとすぐに物質内部に戻るため、通常、外部の空気中へ取り出すことができない。今回、微小なV字型の溝を持つ基板上にナノ構造を持つ半導体発光材料を形成したところ、二つのエバネッセント光が互いに干渉して、極めて高い効率で空気伝播(でんぱ)光に変換される現象を見いだした。

 今回用いた試料は、図1に示すように、微小なV字型の溝を持つヒ化ガリウム(GaAs)基板上に有機金属気相成長法を用いてGaAs/ヒ化アルミニウム・ガリウム (AlGaAs)系のナノ構造を形成したものである。V字型溝間の平坦部分の下に形成したGaAs量子井戸層(図1で赤い部分)の発光特性をフォトルミネセンス法で評価したところ、平坦面の横幅Wを1µm以下に狭くすると、発光の強度が急激に増大することが分かった(図2)。また、データを定量的に解析した結果、平坦面の横幅が約0.5µmの試料の場合、量子井戸で発生した光の50%以上が発光材料から空気中に放出されていることが判明した。これは従来の平坦基板を用いた半導体発光材料に比べて20倍も高い効率である。

研究に用いた試料の模式図
図1 研究に用いた試料の模式図
図1の試料の平坦面部に形成した量子井戸の発光強度の平坦面横幅依存性の図
図2 図1の試料の平坦面部に形成した量子井戸の発光強度の平坦面横幅依存性

 さらに、理論解析および発光強度の空間分布測定により、上記の発光効率増大現象のメカニズムを解明した。図3は量子井戸で発生した光が時間の経過にともなって、どのように伝播(でんぱ)していくかを示すシミュレーション結果である。この図から、量子井戸で発生した光が発光材料の傾斜した面と空気との界面(図中の緑色の点線)に到達すると全反射にともなって左右対称の二つのエバネッセント光(図中の黄色い矢印)が発生し、この二つのエバネッセント光が頂上の平坦面に向かって進み、微細な頂上平坦面で互いに干渉することで、効率よく空気伝播(でんぱ)光(白い矢印)に変換されている様子が分かる。

エバネッセント光が干渉によって空気伝播光に変換される過程を示すシミュレーション結果の図
図3 エバネッセント光が干渉によって空気伝播光に変換される過程を示すシミュレーション結果(fs=フェムト秒)

今後の予定

 今後は、半導体発光材料の構造の最適化を行うことによりさらに高い光取り出し効率の実現を目指すとともに、この現象を利用した高効率半導体発光ダイオードの開発を行う。



用語の説明

◆自然放出光
 
進行方向や振動の仕方がばらばらでそろっていない状態の光。これに対して、レーザー光は強い指向性を持ち、振動の仕方もそろっている。[参照元へ戻る]
◆全反射
 
屈折率の大きい物質から屈折率の小さい物質に光が入射するとき、入射角が、θc=sin-1(n2/n1) (n1, n2は物質の屈折率、n1>n2)で決まる角度θcを超えると、光が二つの物質の界面を通過せず、すべて屈折率の大きい物質内に戻ってしまう現象。[参照元へ戻る]
◆発光ダイオード(LED)
 
電気エネルギーを光エネルギーに変換する半導体デバイス。p型半導体とn型半導体の接合構造が基本構造で、材料としてAlGaAs、AlGaInP、InGaNなどの化合物半導体が一般的に用いられている。[参照元へ戻る]
◆エバネッセント光
 
全反射が起きるときに、光が一瞬屈折率の小さい物質側、今回の発表では空気中にわずかにしみ出す現象。ニュートンによって最初に発見された。通常の場合、エバネッセント光は物質の界面に沿ってのみ伝播(でんぱ)し、界面の垂直方向においてその強度が急激に減少し、波長より短い距離にしか存在しない(下図参照)。[参照元へ戻る]
エバネッセント光説明図
◆有機金属気相成長法
 
半導体の構成元素、例えば、Ga、Asなどを含む特殊ガスを石英管の中に流し、加熱分解させることによって、基板上に半導体の薄膜結晶を作製する技術である。[参照元へ戻る]
◆量子井戸
 
厚さ10nm程度のエネルギー準位の低い半導体の薄膜結晶が二つのエネルギー準位の高い厚膜結晶によって挟まれている半導体構造。厚さ10nm程度の半導体層は量子井戸層と呼ばれる。このような構造では、電子や正孔が量子井戸層に集まりやすく、発光効率が高い。[参照元へ戻る]
◆フォトルミネセンス
 
レーザー光を試料に照射し、それによって励起された電子と正孔のペアが再結合するときに発生した光を測定・分析することにより、材料の光学的性質を調べる評価技術。[参照元へ戻る]

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