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発表・掲載日:2009/02/17

高効率で蛍光を発するバイオ標識用ナノ粒子の作製に成功

-カドミウムを含まないので幅広い生体物質の動態観察が可能に-

ポイント

  • 粒径により緑~赤色蛍光を示す水分散性のリン化インジウム(InP)ナノ粒子を作製
  • 硫化亜鉛(ZnS)の厚い被覆により、高効率発光と化学的安定性の向上を実現
  • 従来のカドミウム含有ナノ粒子に代わって、バイオ標識用蛍光ナノ粒子としての広い応用に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【研究部門長 渡辺 正信】光波制御デバイスグループ【研究グループ長 西井 準治】村瀬 至生 主任研究員らは、水に分散して長期間安定で、かつ蛍光発光効率の高い(赤色で68%)リン化インジウム (InP)ナノ粒子の開発に成功した。

 このナノ粒子はInPをコア(核)とし、外側が硫化亜鉛(ZnS)で被覆されたInP/ZnSコアシェル型構造をしている。反応条件を制御してZnS被覆を厚くすることで、発光効率と化学的安定性の向上を実現した。同時にナノ粒子表面に硫黄を含む界面活性剤を結合させ、バイオ応用に必須となる水分散性を付与した。

 これまで研究用に培養細胞などの生体内の微量物質の量や分布および動きを観察するための蛍光性ナノ粒子として、ZnS被覆のセレン化カドミウム(CdSe)や、硫化カドミウム(CdS)被覆のテルル化カドミウム(CdTe)などが用いられてきた。これらも水分散性にすることはできるが、カドミウムによる細胞死を引き起こすため応用の範囲が限られていた。

 今回開発のナノ粒子は、今までのカドミウム含有ナノ粒子に比べて、より広い範囲への応用が期待される。

 本技術は、2009年2月18日~20日に東京ビッグサイトで開催されるnano tech 2009に出展される。

開発した水分散ナノ粒子の紫外線照射時の発光の写真
開発した水分散ナノ粒子の紫外線照射時の発光。 InP(コア)の粒径によって蛍光色が変わる。

研究の社会的背景

 生体関連物質に結合して、体内や体外でその量、分布および動きを調べるバイオ用の高輝度で安定な蛍光試薬への要望が高まっている。直径が2~6 nm(ナノメートル)程度の半導体ナノ粒子は、表面状態をうまく制御すると高効率で発光する。半導体ナノ粒子としてはCdSeおよびCdTeが用いられてきた。高輝度で、吸収と発光の波長域が離れているので発光検出の精度を上げることができる。また、量子サイズ効果によって粒子の大きさにより発光波長が変わるので、さまざまな粒径の粒子を用いることによって、単一波長の励起光で種々の発光色が得られる。

 しかし、培養細胞での試験において、カドミウムを含むナノ粒子では、溶出したカドミウムが細胞死を引き起こすことが報告されている。ナノ粒子のコーティングを工夫することで溶出を減らすことは可能であるが、カドミウムを用いない方がより有効である。

研究の経緯

長波長域で発光するIII-V族およびII-VI族半導体の種類と発光波長の図
図1.長波長域で発光するIII-V族およびII-VI族半導体の種類と発光波長(バルク体)

 半導体ナノ粒子の発光波長は、量子サイズ効果によりバルク体よりも短くなるので、緑~赤色で発光するナノ粒子を得るには、バルク体の発光波長が赤色よりも長い半導体が必要である。そのようなII-VI族およびIII-V族半導体の種類とバルク体の発光波長を図1に示す。

 この図から、カドミウム(Cd)やヒ素(As)を含まずに長波長で発光するリン化インジウム(InP)がほとんど唯一の候補であることがわかる。InPナノ粒子の作製はドイツやアメリカを初め世界中で行われてきたが、いずれも厳しい反応条件が必要であり、また水中に移すと発光強度が低下した。そこで、安全で簡便な方法で作製でき、水中でも高い発光効率を得ることを目標とした。

 本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進プロジェクトで実施された。

研究の内容

 InPナノ粒子(粒径2.3-4.0 nm)は、図2に示すようなソルボサーマル法により、爆発性のないリン化合物、トリス(ジメチルアミノ)ホスフィン(TDAP、[(CH32N]3P)を用いて比較的低温(150-180℃)の有機溶媒中で合成した。

ソルボサーマル法によるInPナノ粒子の作製の図
図2.ソルボサーマル法によるInPナノ粒子の作製

 次に、図3に示すように硫黄を含む界面活性剤(チオグリコール酸)と亜鉛イオンを溶解したアルカリ性の水相に接触させると、InPナノ粒子が水相に移動することを見出した。共有結合性の強いInPは反応性に乏しく、王水にのみ溶けるとされていた。しかし、ナノ粒子にすることで反応性が増大し、わずかに溶解しつつ水相に移ることを見出した。これに紫外線を照射すると、ナノ粒子表面の光化学反応によってチオグリコール酸が分解されて、保護層となるZnSの被覆が形成された。

有機溶液法、水相への転換、水相中での光照射の3段階からなる水分散性高発光効率InP/ZnSナノ粒子の作製方法 の図
図3.有機溶液法、水相への転換、水相中での光照射の3段階からなる水分散性高発光効率InP/ZnSナノ粒子の作製方法

 このような3段階の反応によりInPをコア(核)とし、厚いZnSで被覆されたコアシェル型ナノ粒子が得られることがわかった。このナノ粒子は表面が界面活性剤で覆われているので水に良く分散し、水中で高い効率(緑~赤色領域で30%以上、最高68%(赤色))で発光した。吸収・発光スペクトルと紫外線照射時の発光の様子を図4に示す。

水に分散したInP/ZnSナノ粒子の吸収および発光スペクトルと紫外線照射時の発光の図
図4.水に分散したInP/ZnSナノ粒子の吸収(破線)および発光(実線)スペクトルと紫外線照射時の発光

 従来、CdSeナノ粒子でもZnSで被覆して発光効率を上げることは行われてきた。この場合は、有機溶液中でZnとSを熱分解により生じさせ、CdSe表面にZnSをエピタキシャル成長させている。このため厚い層を付けようとすると、格子定数の違いのために層が剥がれることがわかっている。また、CdSe/ZnSの場合、励起子の電子の染み出しが少ないために、0.5 nm 程度のZnSの厚みで十分であった。

 そこで、過去にInPの場合も同じように有機溶液中でエピタキシャル法によりZnSの層を付けることが行われたが、十分に高い発光効率は得られなかった。今回、水相に移動させてから紫外線照射することによって表面化学反応を起こさせ、厚いZnS被覆(1.5 nm)を得ることに成功した。図5に示すとおり計算によっても、この材料で励起子の電子の染み出しを抑えるためには同程度の厚い被覆が必要なことが示された。

 このZnS被覆は、発光効率を上げるだけでなくナノ粒子の化学的安定性を向上させるので、バイオ分野で用いられる高濃度の塩等を含む環境中で用いる上でも有利である。室温・大気中では、数ヶ月間の保存でも発光効率が変化せず、発光・吸収スペクトルの変化も見られなかった。

InP/ZnSナノ粒子の、励起子の電子波動関数とZnSシェル厚との関係の図
図5.InP/ZnSナノ粒子の、励起子の電子波動関数とZnSシェル厚との関係

 組成分析の結果、作製したInP/ZnSナノ粒子は、III族(In)のV族(P)に対するモル比(III族原子数/V族原子数)が従来報告されている値(1.1程度)よりも大きい(1.8程度)ことが判明した。この作製法で作ったナノ粒子では、表面にInが多く配置していることになる。

今後の予定

 2元系で緑色、赤色発光を示し、カドミウムのような強い毒性を持たない半導体材料は、周期律表からほぼInPに限られる。このInPで、安全な作製法により、水中で安定に高い発光効率が得られたため、実用上の意義が大きい。今後、バイオ分野での広い応用を目指して量産性の検討を行い、ベンチャー化に向けた準備を進めつつ、関連メーカーとの連携を図る計画である。


用語の説明

◆発光効率
 
発光材料の特性を表し、ここでは内部量子効率を用いている。蛍光体に吸収された励起光の光子数に対する蛍光発光の光子数の割合である。[参照元へ戻る]
◆リン化インジウム (InP)
 
III属元素のインジウムとV属元素のリンからなるIII-V族半導体の1つ。InPは、バルクでは、光通信用の受発光デバイスや、超高速トランジスタ、共鳴トンネリングダイオード用等の単結晶基板として用いられる。ナノ粒子の状態では表面状態をうまく制御すると緑色~赤色の強い蛍光を発する。[参照元へ戻る]
◆セレン化カドミウム (CdSe)
 
II-VI族半導体の1つ。CdSeは、バルクでは、赤外領域の光学部品(偏光子、ビームスプリッター等)として用いられる。ナノ粒子の状態では表面状態をうまく制御すると青色~赤色の強い蛍光を発する。[参照元へ戻る]
◆テルル化カドミウム (CdTe)
 
II-VI族半導体の1つ。CdTeは、バルクでは、放射線検出器等に用いられる。ナノ粒子の状態では表面状態をうまく制御すると緑色~赤色の強い蛍光を発する。[参照元へ戻る]
◆蛍光試薬
 
蛍光の特性変化から、特定の物質(生体関連物質等)やその周囲の環境を調べるために用いる試薬。このような蛍光試薬の発光波長、発光効率、偏光度、発光寿命は環境によって変化するので、蛍光試薬を結合した物質の運動・配向・分子間距離、また蛍光試薬の周囲の極性・粘度・特定イオンの濃度等を調べることができる。[参照元へ戻る]
◆半導体ナノ粒子
 
半導体は室温における電気伝導率が、金属と絶縁体の中間の103~10-10 S/cm程度である物質。半導体物質の典型は、ZnSe, ZnTe, CdSe, CdTe等のII-VI族化合物、シリコン、ゲルマニウム等のIV族元素、GaAs, InP等のIII-V族化合物である。半導体ナノ粒子は半導体材料からなる、直径2~10 nm程度の粒子を指し、1個のナノ粒子に含まれる原子数は102~104個である。量子サイズ効果により、バルク(目で見える大きさの塊)の半導体とは異なる波長の光を吸収・発光する。[参照元へ戻る]
◆量子サイズ効果
 
粒子が小さくなるにつれて材料中の電子の状態が変わって、より短い波長の光を吸収したり放出したりする現象。特に、直径10nm以下の粒子について顕著に見られることが多い。[参照元へ戻る]
◆II-VI族
 
元素周期表のII族元素の亜鉛Zn、カドミウムCd、水銀Hgと、VI族元素の硫黄S、セレンSe、テルルTe(酸素Oを含めることもある)の原子比1:1化合物の総称。全て固体で、同一元素の化合物中では、相手元素の原子番号が大きくなるほど色が濃くなる。全て半導体で、バンドギャップは、相手元素の原子番号が大きくなるほど狭くなる。[参照元へ戻る]
◆III-V族
 
III族元素とV族元素を用いた半導体。代表的なⅢ族元素としてはアルミニウム(Al)・ガリウム(Ga)・インジウム(In)、V族元素としては窒素(N)・リン(P)・ヒ素(As)・アンチモン(Sb)がある。この他、ボロン(B)、タリウム(Tl)、ビスマス(Bi)もIII-V族化合物半導体の構成元素となる。バンドギャップは、構成元素の原子番号が大きくなるほど狭くなる。III族とV族元素を1つずつ組み合わせた2元系の半導体の他に、3元系や4元系の半導体もある。[参照元へ戻る]
◆ソルボサーマル法
 
溶媒の沸点以上の温度で行う溶媒中反応。水熱反応が典型的な反応であるが、有機溶媒中でも無機化合物の生成反応が進行し、ナノ粒子を得ることができる。[参照元へ戻る]
◆王水
 
濃塩酸と濃硝酸の体積比3:1混合液。橙赤色で酸化力・腐食性が非常に強い。通常の酸には溶けない金や白金等を含めて多くの金属を溶解できるため、分析化学・貴金属塩の製造・ガラス器具の洗浄などに用いられる。[参照元へ戻る]
◆エピタキシャル成長
 
ある結晶を、他の結晶の表面上に成長させる技術・様式の1つ。下地となる結晶の結晶面に揃うような方位関係でその上に結晶が成長する。成長させる結晶と下地の結晶の結晶構造や格子定数が近い場合に起こりやすい。[参照元へ戻る]
◆格子定数
 
結晶の単位格子における軸の長さと軸間角度で、結晶に固有の定数。単位格子の各稜の長さ a,b,cと、相互の間の角度 α,β,γで表す。各稜の長さだけで表すこともある。[参照元へ戻る]
◆励起子
 
半導体または絶縁体中で励起状態の電子・正孔の対がクーロン力によって束縛状態となったもの。光励起等によって、絶縁体または半導体の価電子帯の電子が伝導帯に遷移し、価電子帯に正孔が、伝導帯に電子が生じる。正の電荷を持つ正孔は、負の電荷を持つ電子とクーロン引力によって束縛され、1つの粒子として取り扱うことができ、この状態を励起子(エキシトン)と呼ぶ。励起子は非金属結晶中における代表的な電子励起状態であり、光学特性に大きく影響する。[参照元へ戻る]


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