発表・掲載日:2007/01/22

カーボンナノチューブの分子選択的ナノバルブの原理を発見

-分子選別フィルターやガスセンサーとしての応用に期待-

ポイント

  • ナノチューブ内で水とガス分子が入れ替わる「交換転移」を初めて発見
  • ガス分子の種類によって動作が変わる分子選択的ナノバルブに応用可能
  • 電気抵抗変化を分子選別ガスセンサーとして利用可能

概要

 首都大学東京【学長 西澤 潤一】大学院理工学研究科の真庭 豊 助教授らと、独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門の片浦弘道 自己組織エレクトロニクスグループ長らは共同で、様々なガス雰囲気下における単層カーボンナノチューブ(SWCNT)内への水分子の吸着現象を明らかにし、雰囲気ガスと水分子との「交換転移」を発見した。

 SWCNT内部の水分子が雰囲気ガス分子と交換する「交換転移」は、7種類の雰囲気ガス(アルゴン、クリプトン、酸素、窒素、メタン、エタン、二酸化炭素)について見出された。交換転移の起こる条件はガスの種類に依存し、1気圧のメタンでは、温度-30℃以下でSWCNT内部から水分子が追い出され、代わってメタンがSWCNT内部に進入した。一方、ヘリウム、水素、ネオンでは温度-170℃以下まで水分子は安定にSWCNT内部に留まった(図1)。本現象を用いると、水を吸着したSWCNTは分子選択的なナノバルブとして利用できる。

 また、この交換転移に伴ってSWCNTフィルムの電気抵抗が急激に変化するため、特別な化学修飾やコーティング等無しにガス選別を可能とする、新たなガスセンサーを作製できる。首都大学東京および産総研は、今後、ガスセンサーおよび分子選択的なナノバルブの実用化を進める計画で、関連技術を有する企業の参画を求めている。

 本研究成果は、科学誌Nature Materialsに「Water-filled single-wall carbon nanotubes as molecular nanovalves」のタイトルで2007年1月21日(英国時間)のオンライン版に発表される。本研究の一部は、独立行政法人科学技術振興機構CRESTの補助を受けて行われた。

交換転移の計算機シミュレーション図

図1.交換転移の計算機シミュレーション。メタンガス(a)およびネオンガス(b)中に置かれたSWCNTの安定性を分子動力学計算によって調べた。メタンでは時間の経過(300ピコ秒)によって水とメタンが入れ替わった。一方、ネオンでは水は安定にSWCNT内部に留まった。(a)と(b)で分子数、温度、圧力は同じである。図中、橙は炭素、青は酸素、紫はネオン、白は水素原子を表す。



研究の背景・経緯

SWCNTとアイスナノチューブの構造模式図

図2.SWCNTとアイスナノチューブの構造模式図。左:直径1.35nmの指数(10, 10)のSWCNT。右):7員環アイスナノチューブ(ice-NT)を形成している(10, 10)SWCNT。

 ナノ空間における水やガス分子の挙動は、ナノテクノロジー、エネルギー貯蔵技術などにおいて重要な課題であるが、まだ十分に明らかにされていない。これまでに、1ナノメートル程度の円筒空洞を有する単層カーボンナノチューブ(SWCNT)については(図2)、SWCNT壁が疎水性であるにもかかわらず通常環境下において水が容易に吸着できることなどが明らかになっていたが、ガス共存下での振舞いは全く分かっていなかった。

 疎水性のSWCNT内部への水の吸着現象は、1999年、東京都立大学大学院理学研究科(現首都大学東京大学院理工学研究科)の真庭および片浦(現、産総研)らにより示唆され、2002年に実験的に確認された。また、甲賀・田中ら(現 岡山大学大学院理学研究科など)により理論的に予測されていた環状の形態をした氷(アイスナノチューブ、ice-NT)がSWCNT内部で形成されることが実証された。さらに、2005年、ice-NTの生成と構造がSWCNTの直径にどのように依存するかが調べられ、SWCNTの直径が小さくなるほど融点が上昇し、細いチューブでは室温でice-NTが得られることが明らかになった。これまでの実験は、水蒸気の雰囲気中で行われていたが、今回は各種ガス共存下における水のSWCNTへの吸着現象について詳細に調べた。

研究の内容

分子選択的ナノバルブの計算機シミュレーションの図

図3.分子選択的ナノバルブの計算機シミュレーション。水が入ったSWCNTを(a)メタンCH4および(b)ネオンNeが通過する様子を計算機シミュレーションにより調べた。最初、SWCNTの左側の領域にガスが満たされ、右側は真空状態にある。時間の経過で、メタンは水分子を追い出し右側の領域に抜け出ることができるが、ネオンでは水分子によりブロックされ通過できない。ガスと水の温度、圧力、分子数は(a)と(b)で同じである。

 レーザーアブレーション法によって直径を1.35nmに制御して作製された、高純度SWCNT試料を用いて、電気抵抗測定、NMR実験、X線回折(XRD)実験、計算機シミュレーションを行なった。XRD実験は、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器機構フォトンファクトリーBL1Bにおいて行った。

 10種類のガス(水素、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、酸素、窒素、メタン、エタン、二酸化炭素)について、1気圧以下の圧力、室温から-180℃の温度範囲で調べた結果、低温あるいは高圧力になると、SWCNT内部の水分子が雰囲気ガス分子と交換する「交換転移」を起こすことを発見した。

 交換転移の起こる温度は、ガスの種類や圧力に強く依存し、たとえば、1気圧のメタンの場合では、約-30℃以下でSWCNT内部から水分子が追い出され、代わってメタンがSWCNT内部に進入した。一方、ヘリウム、水素、ネオンでは-170℃以下まで水分子は安定にSWCNT内部に留まった。(図1)このような顕著なガスの種類への依存性は、この現象がナノ空間に特異な現象であるとして説明できる。さらに、本現象を用いれば、水を吸着したSWCNTを分子選択的なナノバルブとして利用できることを計算機シミュレーションによって明らかにした(図3)。

 また、SWCNTのフィルムを作製し、その電気抵抗の温度依存性を測定したところ、交換転移に伴ってSWCNTフィルムの電気抵抗の急激な変化が観測された(図4)。この電気抵抗の変化は、特別な化学修飾やコーティング等無しにガス選別を可能とする、新たなガスセンサーに応用可能である。

水を吸着したSWCNTフィルムの電気抵抗のガス雰囲気効果の図

図4.水を吸着したSWCNTフィルムの電気抵抗のガス雰囲気効果。ガス中ではガスの種類と圧力に依存して電気抵抗が変化する。矢印は、メタンについての交換転移温度。ガス圧力は1気圧。電気抵抗は、7℃での値との比で表している。

発表論文の詳細

雑誌名 : Nature Materials
タイトル: Water-filled single-wall carbon nanotubes as molecular nanovalves
共著者名: Yutaka MANIWA, Kazuyuki MATSUDA, Haruka KYAKUNO, Syunsuke OGASAWARA, Toshihide HIBI, Hiroaki KADOWAKI, Shinzo SUZUKI, Yohji ACHIBA and Hiromichi KATAURA



用語の説明

◆単層カーボンナノチューブ(SWCNT:Single-Wall Carbon Nanotube
カーボンナノチューブは炭素原子のみからなり、直径が0.4~50nm、長さがおよそ1~数10µmの一次元性のナノ材料である。その化学構造はグラファイト層を丸めてつなぎ合わせたもので表され、層の数が1枚だけのものを単層カーボンナノチューブと呼び、グラファイト層の巻き方(らせん度)に依存して電子構造が金属的になったり半導体的になったりする。SWCNTの構造(直径とらせん構造)は2つの整数の組(m, n)によって指定できる。これをSWCNTの指数と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆ナノメートル
1ナノメートルは10億分の1メートル。小さい原子を数個並べた程度の大きさである。[参照元へ戻る]
◆アイスナノチューブ(ice-NT:ice NanoTube
ice-NTが確認されている。
関連情報⇒
 KEK ニュース(2002年10月10日リリース):世界最小の氷チューブ~炭素分子の管で成型~
  http://www2.kek.jp/ja/newskek/2002/sepoct/ice_nanotube.html
 産総研プレスリリース(2004年12月20日):世界で初めて「室温」のアイスナノチューブを発見 [参照元へ戻る]



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