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発表・掲載日:2005/12/08

超高集積を可能とする起立型ダブルゲートMOSトランジスタの作製に成功

-ソフトな中性粒子ビーム技術で30%の性能向上、技術世代32ナノメートルも可能に-

ポイント

  • シリコン基板に損傷を与えないソフトな中性粒子ビーム技術を使って高精度の微細エッチング技術を確立
  • この超微細作製技術を使って超高集積が可能な起立型ダブルゲートMOSトランジスタの試作に成功、従来の作製技術に比べ性能を約30%向上
  • 技術世代32ナノメートルの微細加工技術も見通せる範囲に


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【部門長 和田 敏美】先端シリコンデバイスグループ 遠藤 和彦 研究員らと、国立大学法人 東北大学【総長 吉本 高志】(以下「東北大学」という)流体科学研究所の 寒川 誠二 教授は共同で、シリコン基板に損傷を与えない中性粒子ビームを使って、超高集積が可能な起立型ダブルゲートMOSトランジスタの特性向上に初めて成功した。

 半導体産業は世界的な競争のもと、新材料の導入や微細化研究が盛んである。特にシリコンは半導体産業の最大の牽引車であり、国際競争を勝ち抜くために、その高性能化の研究は極めて重要である。集積回路の高性能化には回路の微細化が不可欠であるが、現在の2次元平面的広がりを必要とする素子技術では、微細化した回路素子からのリーク電流による発熱が大きくなり過ぎて、技術世代32ナノメートル以降の超高集積回路の実現は難しいとされている。

 これまで産総研では、この技術の壁を打ち破るため、発熱の原因となるリークを抑え、高集積が可能な3次元的構造の起立型ダブルゲートMOSトランジスタの開発を進めてきた。今回、東北大学 寒川 教授の開発した中性粒子ビームによるダメージのないエッチング技術と、産総研のトランジスタ技術を融合させることで、超高集積が可能な起立型ダブルゲートMOSトランジスタを実現した。試作したトランジスタはエッチング表面の平坦性が1ナノメータ以下であり、電子移動度も大きく、従来の加工技術と比べ、性能が約30%特性向上することを確認した。これは、2013年以降とされている、技術世代32ナノメートル以降の極微細回路技術の見通しも得られたことを意味する。

作成した起立型ダブルゲートMOSトランジスタのSEM写真
  チャンネル断面のTEM写真
試作した起立型ダブルゲートMOSトランジスタ

 本成果は、12月5日~7日に米国ワシントンDCで開催される国際電子デバイス会議(2005 IEDM: 2005 International Electron Device Meeting)で12月7日に発表された。



研究の背景

 2013年以降に実用化されることが期待されている32ナノメートル・ノードの集積回路の場合、通常のプレーナー(平面)型バルクMOSトランジスタでは、動作オフ時のリーク電流を完全に遮断することが極めて難しくなるため、超高集積に限界があるとされる。そこで、起立したチャネルを持った、ダブルゲートMOSトランジスタのような3次元構造の素子が有望視され、世界的規模で開発が行われている。産総研では、世界に先駆け超高集積に適したXMOSと呼ばれるダブルゲートMOSトランジスタの提案(1984年)を行い、原理実証を行うと共に、最近では作製が比較的容易な3次元構造の起立型ダブルゲートMOSトランジスタの開発を進めてきた。しかし、3次元構造を有する起立チャンネルは、従来のプラズマエッチングによっては加工時のダメージ加工形状異常を受け易く、加工面が荒れる等で、極微細化に大きな障害を抱えていた。このような背景の下、極微細加工の課題を解決することが強く求められていた。

研究の経緯

 産総研は、旧電総研時代(1984年)に、XMOSと名付けられたダブルゲートMOSトランジスタを提案し、更にゲートを3次元立体構造にした起立型ダブルゲートMOSトランジスタへと研究を進展させてきた。この起立型ダブルゲートMOSトランジスタは、複数のゲートを正確に対向させることが容易で、トランジスタの微細化限界を打破できる究極の極微細構造トランジスタとして世界中で注目されている。しかし、これまで一般的に使用されてきたプラズマエッチング技術による微細加工では、加工表面を荒らすため極微細加工が難しく、その解決法を模索していた。

 一方、東北大学 寒川 教授は、早くからプラズマエッチングのプラズマダメージや加工形状異常などの欠点に気づき、プラズマを電気的に中性化し、中性粒子ビームを使ったエッチングの研究を進めていた。そこで、負イオンを用いて効率の良い実用的な中性粒子ビーム生成技術を確立させ、シリコン基板を傷つけないソフトな中性粒子ビームによるエッチング技術の開発に成功した。

 産総研と東北大学は、これらの技術を融合させて、中性粒子ビーム技術を新規に起立型(今回はフィン型と通称されるもの)ダブルゲートMOSトランジスタ作製に適用することを試みた。

研究の内容

 今回試作した起立型ダブルゲートMOSトランジスタの概略図を図1に示す。このトランジスタはチャンネルがシリコン基板に垂直にそそり立つ3次元構造(フィン構造)になっている。従来のプラズマエッチングでは、この極微細なフィン構造部を高エネルギーのプラズマやプラズマから発生する有害な紫外光照射が傷つける等で、極微細かつ高性能なトランジスタを実現できなかった。今回、産総研と東北大学は、電気的に中性で、しかも運動エネルギーの小さいソフトな中性粒子ビーム技術を、起立型ダブルゲートMOSトランジスタの作製に適用し、トランジスタの動作に世界で初めて成功した。

 図2は今回の試作に用いた中性粒子ビーム発生装置の概略を示したものである。時間変調塩素プラズマにより、塩素の負イオンを効率よく発生させ、加速した負イオンを下部電極であるカーボンプレートで効率よく中性化し、基板に照射する。またバイアス電圧を制御することで粒子の運動エネルギーも自在に調整することができる。これにより、シリコン基板を全く傷つけずに、自由にエッチングすることが可能になり、極微細な3次元構造体であるフィン部分の作製に成功した。

起立型ダブルゲートMOSトランジスタの模式図
  中性粒子ビーム発生装置の図
図1 起立型ダブルゲートMOSトランジスタの模式図(このタイプはフィン型とも呼ばれている)  
図2 中性粒子ビーム発生装置

 図3は実際に試作した起立型ダブルゲートMOSトランジスタのSEM写真を示したものである。また、図4は試作したトランジスタのチャネル部分の断面のTEM写真である。この写真中の拡大写真にあるように、電子が通るチャネルが原子レベル(黒い丸がシリコン原子)で平坦になっており、シリコン基板を殆ど傷つけずに加工していることが分かる。

作成した起立型ダブルゲートMOSトランジスタのSEM写真
  チャンネル断面のTEM写真
図3 作成した起立型ダブルゲートMOSトランジスタのSEM写真  
図4 チャンネル断面のTEM写真

 図5は試作したトランジスタのチャンネル内電子移動度を求めたものである。チャンネル内の電子の動きやすさを表す電子移動度は、トランジスタ性能を表す大切な指標であり、この値が大きければ、性能を落さずに低電圧でトランジスタを動作できる。低電圧で動作すると超高集積回路で問題になっている素子の発熱を小さくできるため、チャンネル内電子移動度は重要な指標の一つである。

 今回試作したトランジスタは、従来のトランジスタに比べて、電子移動度が約30%(黒線と赤線のピーク値の差)向上しており、電子移動度の理想値にほぼ近い値を達成できていることが分かる。これは、実現が難しいとされていた32ナノメートル・ノードのデバイス作製に立ちはだかる壁を打ち壊すことを意味し、超高集積化に解決の糸口が見えたことを意味している。

試作したトランジスタのチャンネル内電子移動度の図
図5 中性粒子ビームエッチングによる今回のトランジスタと、プラズマエッチングによる従来のトランジスタの反転電荷の関数としての電子移動度の比較。約30%の向上(ピーク値)が見られ、理想値に近い値が得られている
 
エッチング後のシリコン側壁の断面TEM写真
図6 エッチング後のシリコン側壁の断面TEM写真

 今回、このように電子移動度が改善できた理由は、図6に示すように、従来のプラズマエッチングに比べて、エッチング後のチャンネル表面を原子レベルで平坦にできたためである。チャンネルを原子レベルで平坦にできれば、電子は散乱することなくチャンネル内を移動できるので、電子移動度が大きく改善されたと考えている。

今後の展開

 中性粒子ビームは、シリコン基板表面に欠陥を作らず、表面の平坦性も1ナノメートル以下と極めて優れている究極のダメージレス加工であり、また従来から使用されているプラズマエッチング装置を発展させたものであるので、その大型化や量産対応も容易である。また、試作した極微細な起立型ダブルゲートMOSトランジスタも理論通りの高性能特性を示したので、技術的に難しいとされていた32ナノメートル以降の超微細デバイスの開発に向けて大きく前進できたと言える。今後、この極微細加工技術を基に、国際競争が激しい半導体産業の中で、我が国が再びトップランナーに立てるように研究を続ける予定である。



用語の解説

◆中性粒子ビーム
通常のプラズマエッチングでは、高速な荷電粒子との反応によりエッチングが行われるので、衝突時に生じるダメージの他、電荷の蓄積や紫外光照射によるダメージ等が避けられないでいた。そのため電気的に中性な粒子を用いたエッチングが、ダメージを与えない究極のエッチング方法として注目されている。
プラズマ中に存在する正イオンあるいは負イオンは電界により加速された場合には原子分子、電子、壁などとの衝突で電荷交換して中性化される。この時、運動エネルギーは保存され、方向性をもった中性粒子ビームが生成される。本研究では塩素負イオンを直流電圧により加速することで電荷放出を促し、低エネルギー高密度中性粒子ビームを形成している。[参照元へ戻る]
◆起立型ダブルゲートMOSトランジスタ
32ナノメートル・ノード以降のMOS(Metal-Oxide-Semiconductor:金属-酸化物-半導体)トランジスタにおいては、短チャネル効果と呼ばれる現象により閾値電圧の低下と、リーク電流の増大が避けられなくなっている。近年開発が進められている起立型ダブルゲート・トランジスタにおいては、複数のゲート電極により短チャネル効果を完全に防止し、低いリーク電流と高い電流駆動能力を実現することが可能であり、次々世代のトランジスタとして精力的に開発が進められている。
起立型ダブルゲートMOSトランジスタの中でも、シリコン基板を垂直に加工したフィンと呼ばれる構造を持つフィン型ダブルゲートMOSトランジスタは、対向するゲート電極を形成することが比較的容易であり、また既存トランジスタの製造プロセスが利用できることなどから注目されている。しかしながら、フィン加工面の原子的な凹凸やダメージによりデバイス特性が大きく左右されるなどの問題点が、これまで未解決であった。[参照元へ戻る]
◆技術世代32ナノメートル
別名、テクノロジー・ノードとも呼ばれる。最小のメタルピッチの半分の値を基に定義される。国際半導体ロードマップ(ITRS)の規定によると、32ナノメートル・ノードの製品は2013年に生産が予定されている。現在は90ナノメートルが製品化され、65ナノメートルの開発が勢力的に進められている。[参照元へ戻る]
◆プレーナー型バルクMOSトランジスタ
シリコン表面層に平面的に作製されたトランジスタであり、その発明以来延々と使用され、微細化のトレンドが継続されている。しかしながら、今後いよいよ微細化の限界に直面しつつあり、短チャネル効果と呼ばれる現象や、リーク電流の増大が今後避けて通れなくなりつつある。[参照元へ戻る]
◆XMOS
産総研が旧電総研時代(1984年)に提案したダブルゲートMOSトランジスタの原型でオリジナルな構造はプレーナー型である。その断面形状がギリシャ文字のグザイΞに似ていることから、それに対応する英文字のXをつけてXMOSと命名された。プレーナー型のダブルゲートMOSトランジスタ構造の作製には、対向した電極の位置合わせが難しく、現在は起立型(その多くはフィン型)が、その作製の容易さから盛んに研究されている。[参照元へ戻る]
◆プラズマエッチング
微細加工技術の一つで、プラズマにより励起された活性なイオンを、基板に垂直に入射するように加速して照射し、エッチングを行う。微細なパターンを垂直に加工できることから現在主流の加工方法であるが、イオンの照射によるダメージが素子を劣化させる等が問題になりつつある。[参照元へ戻る]
◆ダメージ
半導体デバイス製造工程においてプラズマプロセスにより入るダメージが大きな問題となっている。ダメージには、(1)物理的なダメージ、(2)電荷蓄積によるダメージ、(3)放射光によるダメージ、の3種類がある。物理的ダメージは基板に入射するエネルギーをもったイオンの衝撃により基板に欠陥などのダメージが入ることをいう。電荷蓄積によるダメージはプラズマから基板に入射する電荷(正イオン、電子)が絶縁膜上に蓄積することで、MOSトランジスタにとって極めて重要であるゲート絶縁膜などを絶縁破壊することをいう。放射光によるダメージは、プラズマから基板に入射する紫外光やX線のような波長の短い放射光は基板に堆積されているシリコン酸化膜中にホール・電子対を生成し、絶縁性を劣化させることをいう。[参照元へ戻る]
◆加工形状異常
0.25µm以降の先端デバイスで大きな問題になった現象。電子と正イオンの挙動の違いから微細パターン内で電荷蓄積が起こり、その蓄積電荷で入射イオン軌道を曲げてしまうためエッチング形状が垂直ではなく異常になる。[参照元へ戻る]
◆負イオン
真空中にガスを導入して高周波電界を印加すると電子が加速されてガスと衝突し、ガスが電離(イオン化)および解離を起こす。通常のプラズマでは電離により増殖された電子と正イオンおよび原子分子が混在した状態となっている。この時、ガス分子の電子親和力が大きい場合には電子とガス分子あるいは原子が付着して負イオンを形成する場合がある。半導体製造プロセスにおいて微細加工技術および薄膜堆積技術として用いられるプラズマプロセスでは塩素、臭素、六弗化イオウ、フロロカーボンガスなどのいずれも電子親和力の大きいガスが用いられており、負イオンが生成される場合が多い。本研究では負塩素イオンを多量に生成するために、寒川 教授の発明したパルス時間変調プラズマを用いた。[参照元へ戻る]



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