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発表・掲載日:2005/11/18

アレイ技術によって糖鎖の精密プロファイリングスキャナーを開発

-高速でガンの早期診断も可能に-

ポイント

  • 特異性のわかった40種のレクチン(糖結合タンパク質)をスライドガラス上にアレイ化
  • 糖鎖・レクチン間の弱い相互作用も逃さず検出・リアルタイム観察が可能
  • ガンや感染症の早期診断、再生医療に用いる幹細胞の迅速選別など糖鎖関連医療分野での活躍に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)糖鎖工学研究センター【センター長 地神 芳文】糖鎖構造解析チーム 平林 淳 チーム長および 久野 敦 研究員は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という:委託先、バイオテクノロジー開発技術研究組合)「糖鎖エンジニアリングプロジェクト」の一環として、エバネッセント波励起型蛍光検出法をもとにしたスキャナーおよび「レクチンマイクロアレイ」を用いた糖鎖プロファイリングシステムの開発に世界で初めて成功しました。開発は株式会社 モリテックス【代表取締役社長 森田 茂幸】のナノ・バイオサイエンス研究所と共同で行い、同社の有する専用スキャナー(SCAN III、旧日本レーザ電子社製、2004年より株式会社 モリテックスに合併)と、産総研の有するレクチン固定化技術を融合させ、高性能のレクチンアレイシステムを完成させました。その結果、糖鎖ばかりでなく、糖ペプチドや糖タンパク質、抗体など、また、精製標品ばかりでなく、血液など臨床検体などへの広い応用が可能となり、糖鎖工学の医療技術への応用に弾みがつくものと期待されます。本成果はNature Methods最新号(11月)に掲載されるとともに、11月22日に開催されますバイオテクノロジーシンポジウム(虎ノ門パストラル)において発表されます。

レクチンマイクロアレイの写真
糖鎖プロファイリングスキャナーの写真 プロファイリングデータの写真
レクチンマイクロアレイ
糖鎖プロファイリングスキャナー
プロファイリングデータ


研究の背景・経緯

 ヒトゲノム(ヒト遺伝子)の配列が決定され、ポストゲノム研究の対象としてプロテオーム解析が注目を集めています。しかし、実際にヒトの体の中で働いているタンパク質の大半には糖鎖と呼ばれる情報高分子が付加しているため、裸のタンパク質だけをしらべていても生命のしくみは理解できません。糖鎖はタンパク質の安定性や行き先(どの細胞のどこに行くべきか)を決めたり、タンパク質の働きを調節したりすることによって細胞社会の調整役をしていると考えられています。糖鎖がつくられないと発生・分化が正しく行われなかったり、神経系や運動系の発達に異常が起こったりします。一方、タンパク質に付加している糖鎖の全てが重要な役割をしているわけではありません。たとえば、血液型糖鎖のように生命維持にはほとんど影響しないようなものもあります。しかし、糖鎖は全ての生命活動に深く関わっているので、一部分の現象だけを見て全体を説明することはできません。

 糖鎖は「細胞の顔」とも呼ばれますが、細胞の種類や状態によって細胞表面の糖鎖も変わります。これは糖鎖を合成する遺伝子群(糖鎖遺伝子)のスイッチが細胞毎に異なるからです。また、腫瘍マーカーをはじめとするバイオマーカーは私たちの生活、特に高齢化社会となった現在ではきわめて重要な診断指針となります。実はこれらバイオマーカーの多くが糖鎖だと考えられています。したがって、タンパク質に付加した糖鎖の中で癌や発生などの生物機能と密接にリンクした機能糖鎖を探し出すことがきわめて重要です。そのためには糖鎖構造を迅速、簡便に、かつ精度高く解析する必要があります。しかし、糖鎖の構造は「一筆書き」できるタンパク質や核酸とくらべるとはるかに複雑な「樹状構造」をしています。ゲノム配列がわかってもタンパク質に結合している糖鎖の構造までを予想することは不可能なので、どうしても糖鎖を直接解析しなければなりません。しかし、糖鎖解析の難しさと煩雑さからこれまでほとんどの生命科学者はこれを先送りにしてきました。

 近年、糖鎖の重要性が認識され、構造解析に向けた技術開発競争が各国間で激化してきました。中でも米国は大型のNIH(米国立衛生研究所)予算をベースに世界レベルの研究組織(コンソーシアム)を構築し、ここ数年で著しい成果を挙げています。糖鎖解析進展の原動力の一つになっているのが糖鎖アレイ(糖鎖チップ)と呼ばれるアレイ技術で、我が国を含め多くの国でその開発が進められています。糖鎖アレイはレクチンや毒素などの糖結合タンパク質の解析にはきわめて利用価値が高いのですが、糖鎖の構造解析に直接用いることはできません。直接糖鎖の構造解析を行うには通常タンデム型の質量分析法が用いられます。しかし質量分析法といえども万能ではなく、異性体の識別や糖タンパク質・糖ペプチドのまるごとの解析は困難であり、さらには混合物の解析ができないという点で課題を残しています。

 今回の成果は、NEDOの補助を受け、「糖鎖エンジニアリングプロジェクト」において行われたものです。

研究の内容

 産総研は、糖鎖の構造解析に糖鎖プロファイリングという手法をもちいました。一言でいうと、糖鎖に結合しやすいタンパク質(レクチン)を多種類用意し、これらと糖鎖の結合を一組のデータセットとして相互比較するというものです。データセットには糖鎖構造の特徴が豊富に含まれているため、構造情報のポイント(分岐度や結合様式、末端修飾の有無など)を瞬時に抽出できます。そのため、多数の検体を高速で解析することができます。ここでいうデータセットとは数十種のレクチンと糖鎖間の結合力の組み合わせになります。

 糖鎖とレクチン間の結合力は比較的弱いため、DNAアレイや抗体アレイで行われているようにアレイ上で結合反応後に洗浄操作をしてしまうと、糖鎖とレクチンの弱い結合が剥がれてしまいます。抗原抗体反応の結合定数は106~109 M-1とされていますが、レクチンと糖鎖間の結合常数はそれより100倍から10,000倍も小さい104~107 M-1しかありません。私たちは基板界面から数百nmほど浸み出すエバネッセント波(近接場光)という特殊な光に注目し、これを蛍光の励起光とすることで洗浄操作をしなくても、スライドグラスに固定化されたレクチンと結合している蛍光標識糖鎖の蛍光だけを検出できるはずだと考えました。そこで、そのために必要な技術を持っている日本レーザ電子(現、株式会社 モリテックス)と共同研究を開始しました。その結果、図に示すようにCy3という緑色の蛍光標識剤でラベルした糖タンパク質や糖鎖の結合をレクチンマイクロアレイ上で、リアルタイムに高感度検出することができるようになりました。原理的には40種類のレクチンと糖鎖(糖タンパク質)間の結合定数を一度に算出することが可能です。レクチンアレイの開発を手がけているグループは世界中にいくつかありますが、弱い相互作用も見逃さずに、高精度なプロファイリングを達成できるシステムは今回開発されたものが唯一無二です。

糖タンパク質や糖鎖の結合をレクチンマイクロアレイ上で、リアルタイムに高感度検出する概要図

 本レクチンマイクロアレイにはさらに大きな利点があります。それは固定化した40種のレクチンの糖特異性について我々自身が解析した詳細なデータを持っていることです。これは我々が以前に開発したもう一つの方法、フロンタルアフィニティークロマトグラフィー法で達成されました。(AIST Today(広報誌) > VOL.4No.1参照 [ PDF:504KB ])私たちはこの方法を用いて100以上のレクチンと100以上の標準糖鎖間の結合定数を精密に決定しているため、それぞれのシグナルの意味をバイオインフォマティクスによって効率よく、また信頼度高く評価することができます。

 個々のレクチンの親和性データを予めデータベース化してあるので、糖鎖プロファイリングスキャナーで得られたデータから、おおよその糖鎖構造を「プロファイル」(特徴抽出)することができます。個々のレクチンは糖鎖構造全体のうちの一部を特異的に認識する能力があるので、いろいろな種類のレクチンをアレイ上に並べておけば、糖鎖プロファイリングスキャナーで得られたデータのパターンを解析することで、どの様な糖鎖構造であるかが予測できます。重要なことは異なる糖鎖構造を持つ糖タンパク質同士は、必ず異なるプロファイル(結合パターン)になるということです。複雑な糖鎖構造全体を完全に決定しなくてもよい、ということは格段の高速化を果たします。これは糖鎖バイオマーカーを探すのにきわめて有利な点です。病気になったとき糖鎖構造が変わるとしてもそれを証明するには多数の検体を検査する必要があります。糖鎖構造の特徴抽出を高速にできることが、今回開発した糖鎖プロファイリングスキャナーの大きな特徴です。

今後の予定

1)糖鎖プロファイラーとしてのレクチンアレイ基板、および専用スキャナーの製品化
産総研の有するレクチンアレイ作製技術やプロトコール、さらには有用レクチンに関する糖特異性の情報を技術移転することによって、糖鎖の本格研究に向けた種々の医療技術への応用研究が加速されることが期待されます。バイオインフォーマティクスとの連携も不可欠です。その結果、糖鎖関連のバイオマーカーが多く発見され、癌をはじめとするいろいろな病態に関する診断法が開発されるでしょう。

2)糖鎖同定機(シークエンサー)を目指して
糖鎖には結合様式がいくつもあり分岐もあるため、「DNAシークエンサー」に相当するものは原理的にできません。しかし、樹状の糖鎖構造の全体像を決定できるシステムは糖鎖プロファイリング手法の延長として可能です。たとえば、多種類のレクチンによる糖鎖プロファイリングにタンデム質量分析法を加味すれば樹状の糖鎖構造も比較的容易に絞り込みが可能になると思われます。

3)病態解析などマーカー探索における先方的役割
今後加速するであろう糖鎖の機能解析やバイオマーカー探しにレクチンアレイが威力を発揮します。誰でも簡単に使うことができるようになって初めて臨床解析に向けた糖鎖の本格研究が始動するでしょう。



用語の解説

◆糖鎖
グルコース、マンノース、ガラクトースなどの単糖類が枝分かれしながら鎖状につながった分子。デンプンやグリコーゲンは同じ種類の単糖(グルコース)が繋がったエネルギー貯蔵物質だが、生体物質であるタンパク質や脂質に結合した糖鎖は複合糖鎖と呼ばれる。糖鎖の構造が一般に複雑であることから、その機能についても不明な点が多いが、個々の細胞の違いや細胞間の連絡など、「識別子」として働いている可能性があり、情報高分子である。血液型や腫瘍マーカーの多くが糖鎖の違いであることが知られている。これも糖鎖が細胞を識別する情報分子として働いている一端を示すものである。[参照元へ戻る]
◆エバネッセント波励起型蛍光検出法
スライドガラスの端面(側面)に全反射が起こるような条件で光を入射させると、ガラス(固相)と水(液相)などの屈折率の異なる2相間の場合、界面から数百nm程度の近接場にだけエバネッセント波と呼ばれるきわめて射程距離の短い光(近接場光と呼ばれる)が滲み出る。したがって、蛍光物質の励起光を端面から入射すると、近接場に存在する蛍光物質のみを励起し、蛍光観察することができる。[参照元へ戻る]
◆レクチン
糖鎖を特異的に認識するタンパク質の総称。形や性質は様々で多くのレクチンタンパク質家系が見つかっている。赤血球などの細胞を強く凝集することから凝集素と呼ばれることもある。インフルエンザウィルスが動物の細胞に感染するときも、ウィルスのもつレクチン(hemagglutinin)が動物細胞表面の糖鎖を認識している。ヒトの体の中にも数百種類のレクチン、およびレクチンドメインを含んだタンパク質が存在すると推定されており、タンパク質の輸送や形態形成、癌との関連が調べられている。[参照元へ戻る]
◆糖鎖アレイ
大きさ数cmの基板に構造の明確な糖鎖をアレイ状に配置したもの。基板としてはガラス、プラスチック、金属、ニトロセルロースなど様々、またその混合で、糖鎖の固定化法にもスペーサーや密度などに関して様々な工夫が凝らされている。従来から知られているレクチンばかりでなく、例えばヒトゲノムに存在する糖結合タンパク質の検索や特異性の解明などに期待されている手法で、各国で開発競争が激化している。[参照元へ戻る]
◆フロンタルアフィニティークロマトグラフィー(FAC)
定量アフィニティークロマトグラフィーの一種。1976年北海道大学(当時)の笠井 献一 博士によって発見され、酵素阻害剤や生体分子間の相互作用解析に広く応用されている。近年数名の研究者によって高速、高感度化が達成され、糖鎖分野のみならず幅広い応用がはかられている。弱い相互作用の解析に有利とされることから、レクチン・糖鎖間の相互作用の高速解析に特に適している。NEDO「糖鎖エンジニアリングプロジェクト」でピリジルアミノ化標準糖鎖を用いた網羅的な相互作用解析が展開され、糖特異性に関する精密情報が蓄積しつつある。[参照元へ戻る]

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