発表・掲載日:2005/03/28

各種インバータ用途の炭化珪素パワートランジスタで世界最高性能

-超低電力損失パワートランジスタで地球温暖化ガス排出量の1%削減に寄与-

ポイント

  • 炭化珪素静電誘導型トランジスタ(SiC-SIT)の素子構造、及び製造プロセスに工夫を加える事により、耐圧700V、オン抵抗1.01 mΩcm2という耐圧600 V~1.2 kV系のスイッチング素子として、世界最高性能の超低電力損失パワートランジスタの開発に成功。従来のインバータ回路で用いられているSi(シリコン)パワートランジスタと比較して、電力損失が1/12に大幅改善。
  • 家電機器(IHクッキングヒータ、エアコン、エコキュート等)や無停電電源(UPS)等の小容量インバータ、自動車(ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車等)の中容量インバータ、産業用大型モータ制御の大容量インバータを始め、分散電源、太陽光発電等、幅広い分野への応用が可能。各分野において電力利用効率が2~3 %向上。
  • 本素子の実用化により、2020年時点での我が国の炭酸ガス排出量削減効果は、1990年の我が国の全炭酸ガス排出量の1%に相当すると試算。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)パワーエレクトロニクス研究センター【センター長 荒井 和雄】は、国立大学法人 山梨大学【学長 貫井 英明】大学院 医学工学総合研究部【部長 前田 秀一郎】春日・矢野研究室(以下「山梨大大学院」という)と共同で、六方晶炭化珪素(4H-SiC)を用い、p+ゲート領域を埋め込んだ構造を採用した静電誘導型トランジスタ(埋込ゲート型SiC-SIT:SiC-Static Induction Transistor)を、独自に開発した製造プロセスを駆使して作製し、耐圧700V、オン抵抗1.01 mΩcm2という、耐圧600 V~1.2 kV系のスイッチング素子としては、世界最小のオン抵抗を実現した【図1及び図2参照】。これにより、従来のインバータ回路で用いられているSi(シリコン)-IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)と比較して、1/12と大幅な電力損失削減が可能となると見積もられる。

 今回開発した、埋込ゲート型SiC-SITの応用範囲は、商用AC100/200 Vを電源とする家電機器(IHクッキングヒータ、エアコン、エコキュート等)や無停電電源(UPS)等の小容量インバータ、DC300/400 Vを電源とする自動車(ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車等)の中容量インバータ、産業用大型モータ制御の大容量インバータを始め、分散電源、太陽光発電等、多岐にわたり、その市場規模は1兆円を超えると予想される。また、この素子がこれらの分野において実用化された場合、2020年時点での我が国の炭酸ガス排出量削減効果は、1990年の我が国の全炭酸ガス排出量の1%に相当すると試算することが出来、本年2月16日に発効した京都議定書で義務付けられている地球温暖化ガス(炭酸ガス)排出削減に大きく寄与することが期待される。

 なお、本研究成果の詳細については、2005年3月29日~4月1日の日程で埼玉大学において開催される第52回応用物理学関係連合講演会において発表する予定である。
 

今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の図
図1.今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子
 
  今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の模式図
図2.今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の模式図
 


研究の背景

 炭化珪素(SiC)は、シリコン(Si)と比較してバンドギャップ幅が約3倍広く、絶縁破壊電界強度が約10倍大きいため、耐熱性や耐電圧性に優れ、Siに置き換わる超低電力損失パワー素子の半導体材料として注目されており、世界中で研究・開発が進められている。SiCを用いた素子の中でも、静電誘導型トランジスタ(SiC-SIT)は、SiC結晶中の高い電子移動度(~900 cm2/Vs)をそのまま生かせる、超低オン抵抗、高速スイッチング素子として非常に期待されている。現在、唯一市販されているSiCスイッチング素子はSITであり、ドイツの半導体メーカーから供給されている(耐圧1200 V、オン抵抗12 mΩcm2)。SITの性能を向上させるためのキーポイントはチャネル構造を如何に微細化するかであるが、従来試みられてきた構造【図3参照】では微細化が容易ではなく、市販されている素子を含めてSiCの材料自体が持つ物理特性の限界には程遠い性能しか得られていなかった。

研究の経緯

 産総研と山梨大大学院は、上記の様な問題点を解決するためにp+ゲート領域を完全に埋め込んだ構造(埋込ゲート型SiC-SIT)を提案した【図4参照】。埋込ゲート型構造では、ソース電極、及びゲート電極形成時の精密な位置合わせ精度は必要なく、単位素子サイズ(セルピッチ)も大幅に縮小する事が出来る。この様な素子構造の微細化により、単位面積当たりに流すことの出来る電流量を多く出来、即ち素子のオン抵抗を下げることが可能となる。デバイスシミュレータを用いた計算結果においても、同構造を最適化することにより大幅なオン抵抗の改善が可能であることが確認された。この埋込ゲート型SIT構造は、シリコンを用いたSi-SITでは最も初期に提案され、数多くの試作が行われてきたが、SiCの場合、素子の微細化を進める上で従来のプロセスでは、埋込ゲート型SIT構造を実現することが極めて困難な事もあり、これまで試みられてこなかった。今回、独自の製造プロセス技術を開発することにより、微細埋込ゲート構造を実現することが可能となり、超低電力損失パワートランジスタの実現につながった。
 

従来型SiC-SIT素子の断面構造図
図3.従来型SiC-SIT素子の断面構造図
 
素子の微細化は
素子性能の改善に直結!!
今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の断面構造図<
図4.今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の断面構造図
 

研究の内容

【図5】に今回新たに開発した埋込ゲート型SiC-SITの製造工程の概略図を示す。まず、(a)n+4H-SiC基板上にn-ドリフト層、p+ゲート層をエピタキシャル成長させる。次に、(b)ドライエッチング法によりp+ゲート層を離間させ、微細な溝構造を形成する。このエッチングプロセスの精度(p+ゲート領域の幅x, 隣り合ったp+ゲート領域の間隔y)により素子特性がほぼ決定されるため、素子の歩留まりを確保するためには同プロセスを再現性良く行うことが最も重要である。今回は、エッチングマスク材の選定、及びドライエッチング条件(ガス種、ガス圧力、ガス流量、時間)の最適化を図ることにより、ドライエッチングによる微細な溝構造の形成が初めて可能となった。この溝構造上に、(c)n-チャネル領域をエピタキシャル成長により形成する。通常、エピタキシャル成長は平坦な基板上に行われるが、SiC基板の結晶方位やエピタキシャル成長の条件(温度、ガス流量等)を最適化することにより、微細な溝構造上のエピタキシャル成長が初めて可能となった。その後、(d)n+ソース領域をイオン注入により形成し、活性化熱処理(1600 ℃)後、(e)ソース電極及びドレイン電極を形成し素子が完成する。この様にして作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の断面電子顕微鏡像では、p+ゲート領域が完全に埋め込まれ、それらの間にサブミクロンの幅でnチャネル領域が形成されていることが分かる【図6参照】。


今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子のプロセスフロー概略図
図5.今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子のプロセスフロー概略図。p+ゲート領域を形成するドライエッチング技術、及び微細な溝構造上へのエピタキシャル技術(前処理技術を含む)を新たに開発した。

今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の断面電子顕微鏡像の一例の図
図6.今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の断面電子顕微鏡像の一例
 
  今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の電圧電流特性図
図7.今回作製した埋込ゲート型SiC-SIT素子の電圧電流特性
 

 今回作製した埋込ゲート型SiC-SITの電圧・電流特性では、ゲート電圧VG=2.5 Vにおいて室温で1.01 mΩcm2という極めて低いオン抵抗が得られた【図7参照】。逆方向特性ではVG=-12 Vにおいて700 Vの耐圧が得られており、これまで報告されたSiCを含めた600 V~1.2 kV耐圧のスイッチング素子の中で、最も低いオン抵抗が実現された。従来のインバータ回路で用いられているSiパワートランジスタ(IGBT)は、耐圧600 V、オン抵抗12~13 mΩcm2程度であるが、これと比較して1/12のオン抵抗値であるため、電力損失も1/12と大幅な削減が可能になると見積もられる。
また、今回作製した埋込ゲート型SiC-SITが各応用分野において実用化された場合、2020年時点での我が国の炭酸ガス排出量削減効果は、1990年の我が国の全炭酸ガス排出量の1%に相当すると試算する事が出来る【図8参照】。
 

2020年時点における我が国の炭酸ガス排出削減量の見積り図
図8.今回作製した埋込ゲート型SiC-SITが各応用分野において実用化された場合の、2020年時点における我が国の炭酸ガス排出削減量の見積り(参考:「SiC素子の基礎と応用」オーム社刊)

今後の予定

 まず、実用化レベルの電流容量(10~20 A)を目標として研究開発を更に進めていく予定である。また、同素子の応用範囲を広げるために、素子の基本構造はそのままに、n-ドリフト層の不純物濃度、及び厚みを最適化することにより、更なる高耐圧化(1.2~2.0 kV)を図る。更に、素子設計の最適化を図ることにより、従来SiC-SITでは困難と言われてきたノーマリオフ特性の実現を目指す。



用語の説明

◆六方晶炭化珪素
炭化珪素には200種類以上の結晶型が存在する。これまで、主に立方晶の3C-SiC、六方晶の6H-SiCや4H-SiCが半導体素子開発用途に用いられてきたが、絶縁破壊電界強度や電子移動度の優位性から六方晶系の4H-SiCが最もパワー半導体素子用途に適した結晶型であると言われている。[参照元へ戻る]
◆静電誘導型トランジスタ
西澤 潤一 東北大学名誉教授により考案された半導体トランジスタの一種。チャネル内部の電位分布により電流を制御する動作機構を持つことから名付けられた。チャネルを結晶内部に有することから、高い電子移動度を生かした低オン抵抗パワー素子用途に用いられる。[参照元へ戻る]
◆耐圧
素子がオフ状態の時に、素子に印可することの出来る最大電圧。耐圧は一般的に、ドリフト層の不純物濃度と厚さによって決定される。[参照元へ戻る]
◆オン抵抗
素子がオン状態の時の素子の内部抵抗。オン抵抗が小さいほど、素子内部で発生する電力損失が少なく、パワー半導体素子としての特性が優れている。一般的に、パワー半導体素子の性能(静特性)は耐圧とオン抵抗で表される。[参照元へ戻る]
◆スイッチング素子
文字通り半導体によりスイッチング動作を実現するための素子。理想的なスイッチと異なり、オン時は半導体内部の抵抗(オン抵抗)により電力損失が発生し、オフ時は印加可能な最大電圧(耐圧)に制限される。[参照元へ戻る]
◆IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor:絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)
バイポーラ型(電子と正孔の両方が電流を担うタイプ)のSiスイッチング素子。電流容量が大きく、高耐圧化が比較的容易であるため応用範囲が広い。現在市販されている耐圧600 VのIGBTのオン抵抗は12~13 mΩcm2程度である。[参照元へ戻る]
◆インバータ
一般的に、直流電力を交流電力に変換する装置のことを指す。産業用大型モータ制御から家電製品まで幅広い分野で用いられている。基本的に、制御信号により電流のオン・オフ切換を行うスイッチング素子と、電流の流れる方向を制御するダイオードにより構成される。[参照元へ戻る]
◆京都議定書
大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させる事を目的として締結された条約。2005年2月16日に発効し、我が国も温室効果ガスを1990年比で、2008年~2012年に6%削減することを義務付けられている。[参照元へ戻る]
◆バンドギャップ
物質内部で、電子の存在できないエネルギー領域の事。特に、半導体の場合は価電子帯と伝導帯の間のエネルギー領域を指す。Siのバンドギャップ幅が約1.1 eVであるのに対し、4H-SiCでは約3.1 eVと3倍程度広い。[参照元へ戻る]
◆絶縁破壊電界強度
半導体や絶縁体において、絶縁破壊を起こす最大電界強度。Siでは0.3 MV/cm程度であるのに対し、4H-SiCでは3 MV/cmと10倍以上も大きい。従って、同一の耐圧を持つパワー半導体素子を作製する場合、4H-SiCではSiと比較して1/10の厚みで済むため、オン抵抗を大幅に削減できる。[参照元へ戻る]
◆位置合わせ精度
一般的に半導体素子は、プロセス毎に設計パターンを重ね合わせていくことにより製造される。この際、各設計パターンの位置合わせは露光装置の位置合わせ精度によって決定される。従って、素子構造によっては、予め露光装置の位置合わせ精度を考慮に入れた上で、ある程度の設計マージンを確保して素子設計を行わざるを得ず、素子の微細化に限界が生じる。[参照元へ戻る]
◆ノーマリオフ
 ゲートに電流を印可していない時に、電流が流れない半導体素子の事。一方、ゲートに電圧を印可していない時に、電流が流れる半導体素子をノーマリオン型と呼ぶ。[参照元へ戻る]



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