独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】は、1.55µm(1マイクロメートル:100万分の1メートル)の光通信波長帯に対応したサブバンド間遷移をII-VI族半導体材料を用いた量子井戸としては世界で初めて実現し、このサブバンド間遷移を利用した世界最速レベルの超高速スイッチ動作と低スイッチングエネルギーを両立させた「サブバンド間遷移超高速半導体光スイッチ」の試作に成功した。これにより、400Tb/s(テラビット/秒)級の次世代超高速・大容量光通信の研究開発が加速されるものと期待される。
近年インターネットをはじめとした情報トラフィックは急増しており、大容量・高速通信を可能とするフォトニックネットワークの構築は急務の課題となっている。現在、大容量光通信を実現するためチャンネルの数を増やす努力とともに、チャンネル当たりの伝送速度を上げる努力もなされている。しかしチャンネル当たり約160Gb/s(ギガビット/秒)以上の伝送速度においては、電子デバイスの速度限界から現行の送受信の信号処理を電気回路で行う方式をそのまま続けていくことは困難であると考えられている。そのため160Gb/s以上の信号処理においては光信号を電気信号に変換せずにそのまま信号処理を超高速に行うことが必要となる。この実現の鍵を握るのが「超高速光スイッチ」の開発である。しかし、電子とホールを利用する通常の半導体光デバイスを光スイッチとして動作させたとしても、電子とホールの再結合に時間がかかるため、動作速度が1ns(1ナノ秒:10億分の1秒)程度になってしまう。そのため160Gb/s以上の信号処理を行うのに必要となる約6ps(1ピコ秒:1兆分の1秒)以下の高速動作を実現するのは困難であった。これを解決する手段として、電子だけを半導体量子井戸に閉じ込めて、そのときに形成されるエネルギーレベル(サブバンド)間の光学遷移を利用すれば、原理的には1ps前後の高速動作が可能であることが提案されていた。ところが従来の光通信用半導体光デバイスにおいて使われてきた半導体材料を用いても、量子井戸のサブバンド間遷移波長を光通信波長帯に対応させることが困難であり、新しい半導体材料の開発が必要であった。
今回、産総研は分子線エピタキシー法による高品質結晶成長技術を利用し、II-VI族半導体材料をベースとした半導体量子井戸としては、世界で初めて光通信波長帯に対応したサブバンド間遷移を実現することに成功した。さらに光導波路構造作製プロセスの開発を行い、II-VI族半導体量子井戸を利用した「サブバンド間遷移超高速半導体光スイッチ」のモジュールの試作に成功した。試作に成功した「サブバンド間遷移超高速半導体光スイッチ」は、世界最速レベルの〜200fs(1フェムト秒 :1000兆分の1秒)の超高速動作と同時に、10pJ(ピコジュール)の光入力で5.1 dB(デシベル)の消光比という低消費スイッチングエネルギーでの動作が可能なことから、本成果は超高速光スイッチの実用化に向けた第一歩を踏み出したものといえる。
今後は、スイッチングエネルギーのさらなる低減化(1pJ以下)を行うため、量子井戸構造、光導波路構造の設計の改善を行っていく予定である。また、光通信実験システムに適用し、スイッチ機能の実証を行っていく予定である。
本成果は、2004年11月2日に東京で開催される、「超高速光技術シンポジウム」フェムト秒テクノロジープロジェクト最終成果報告会で発表する予定である。
大容量光通信システムは、IT技術の進展とともに益々その発展が要請されている。2015年頃には400Tb/s級の超大容量通信トラフィックが必要になると考えられており(「2001年度光テクノロジーロードマップ報告書−情報通信分野−」(財)光産業技術振興協会)、これを支える技術として高密度波長分割多重(DWDM)システムと1Tb/s級の光時分割多重(OTDM)システムを融合したフォトニックネットワークシステムの実現が期待されている。このためには、従来から行われてきた、光信号を電気信号に変換後、信号処理を行い再び光信号に戻すという処理を行っていては、1Tb/s級の信号処理に対応できないため、光信号を電気信号に変換せずに光信号のまま信号処理動作を行う「超高速光スイッチ」の開発が最重要課題の一つとなっている。しかし、従来使われてきた電子とホールを利用した半導体光デバイスでは、両者が再結合するのに時間がかかるため動作速度が1ns程度になってしまい、上記の要求を満たす超高速動作を実現するのは困難であった。これを解決する手段として、電子だけを半導体量子井戸に閉じ込め、そのときに形成されるエネルギーレベル(サブバンド)間の光学遷移を利用すれば、原理的には1ps前後の高速動作により1Tb/s級の信号処理が可能であることが提案されていた。ところが、従来の光通信用半導体光デバイスにおいて使われてきた半導体材料を用いても、量子井戸のサブバンド間遷移波長を光通信波長帯に対応(2µm以下の短波長化)させることが困難であり、新しい半導体材料の開発が必要であった。
産総研は、経済産業省のプロジェクト「フェムト秒テクノロジーの研究開発」(平成7〜16年度)において、各種の超高速光デバイス・評価技術の研究開発を行ってきた。この中で、平成12年度よりII-VI族半導体サブバンド間遷移光スイッチの研究開発に取り組んできた。
産総研は、II-VI族半導体材料としては世界で初めて、光通信波長帯に対応した半導体量子井戸中のサブバンド間遷移を実現することに成功した。さらにこれを利用した光導波路デバイス作製プロセスを開発し、超高速動作と低スイッチングエネルギーを両立させた世界最高性能を有する「サブバンド間遷移超高速半導体光スイッチ」モジュールの試作に成功した。
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図1 サブバンド間遷移波長1.57µmを示すCdS/ZnSe/BeTe量子井戸構造の伝導体エネルギー構造と断面透過電子顕微鏡写真
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今回試作に成功した「サブバンド間遷移超高速半導体光スイッチ」は、世界最速レベルの〜200fsの超高速動作と同時に、10pJの光入力で5.1dBの消光比という低スイッチングエネルギーでの動作が可能なため、次世代光通信システムに向けた各種実験システムでの利用が可能である。スイッチングエネルギーについては、実用化の上でさらなる低減化が課題であるが、今回の量子井戸構造および光導波路構造にはまだまだ改善の余地が残されており、現在の10分の1程度まで改善できる見通しである。
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図2 作製したハイメサ光導波路構造チップとサブピコ秒制御光入力に対するスイッチ特性 |
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| 図3 光スイッチ動作の概念図と試作したモジュール |
サブバンド間遷移超高速半導体光スイッチの動作速度については十分に満足のできる性能が得られている。今後は、スイッチングエネルギーのさらなる低減化( 1pJ以下)を行うため、量子井戸構造、光導波路構造の設計の改善を行っていく予定である。また、光通信実験システムに適用し、スイッチ機能の実証を行っていく予定である。
独立行政法人 産業技術総合研究所 広報部 報道室