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発表・掲載日:2007/08/31

光で光を制御する新原理の超高速光半導体スイッチを開発

-インターネットなどの情報通信の超高速化に道-

ポイント

  • 光による光の超高速位相変調効果を示す半導体素子で全光スイッチモジュールを開発
  • 非圧縮ハイビジョン100チャンネル分に相当する160 Gb/s の信号の時分割多重分離動作に成功
  • 高精細動画像のリアルタイム送受信など、超高速の光信号処理への応用に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)超高速光信号処理デバイス研究ラボ 石川 浩 研究ラボ長と、光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】土田 英実 上席研究員らは、光で光の位相を制御できる全く新しい原理の超高速全光素子を開発、これを用いた干渉計型のスイッチモジュールを開発して、160Gb/sの超高速光信号の10Gb/sへの時分割多重分離動作(DEMUX動作)に成功しました。

 本研究成果の詳細は、北海道工業大学で開催される応用物理学会学術講演会で9月4日、またベルリンで開催される、European Conference on Optical Communications (ECOC2007)で9月18日に発表予定です。

干渉計型超高速光スイッチモジュールの写真

図1.干渉計型超高速光スイッチモジュール
  時分割多重分離動作の波形図
    図2.時分割多重分離動作の波形


開発の社会的背景

 近年のブロードバンドの普及で、情報通信量が急激に増大しており、同時にネットワーク機器の消費電力も急激に増大しています。これまでに、チャンネルあたりの伝送速度が10Gb/sまたは40Gb/sの信号に対して、波長分割多重方式(WDM)による通信ネットワークの大容量化が進められてきましたが、更なる大容量化のために、一つの波長に載せる信号を超高速化する研究が進められています。これにより、より少ない波長数で、大量の情報を送ることができ、情報通信機器の低消費電力化も期待できます。しかし、100Gb/s以上の超高速信号を処理できる電子回路が無いため、光信号を電気信号に変換せず、光の領域で多重化する光時分割多重(OTDM)方式が必要となります。このために、光で光を制御できる超高速の光スイッチの実現が期待されています。

 超高速の光スイッチを用いて、超高速の通信システムが実現すれば、時間の遅れなく、高精細動画像などの大量の情報を送受信することが出来るようになり、テレビ会議などへの応用や画像情報の普及が期待されます。

研究の経緯

 産総研では、InGaAs/AlAs/AlAsSbの半導体材料系を用いた超薄膜量子井戸に見られるサブバンド間遷移という現象を利用した超高速の全光スイッチング素子の開発を進めてきました。この中で、独立行政法人 情報通信研究機構と共同で、光による位相変調効果という新しい原理を発見しました。これまでに、この効果を利用した光スイッチを用いて、光で光の位相を超高速制御することが可能であることを示しています。この効果は1ピコ秒程度の超高速領域で、ほぼ無損失で光の位相を制御できることから多くの応用が期待され、超高速の光通信技術の進展に寄与するものと考えられます。今回、この光による位相変調効果を用いて干渉計型のスイッチモジュールを開発し、超高速光スイッチの実現を目指しました。

 なお本研究は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)の平成18年度成果普及事業として、行ったものです。

研究の内容

光で光の位相を制御する半導体素子

物質の光による屈折率変化と光の位相変調の図
図3.物質の光による屈折率変化と光の位相変調

 光を照射して別の光の位相を制御する効果を利用した新しい素子について説明します。

 光照射によって物質の屈折率を、制御することができれば、その物質を通る別の光の位相を制御することができます(図3)。屈折率が変化すると、光が物質内を通過するために要する時間が変わり、その結果光の位相が変化します。光の位相を制御することができれば、光信号を処理するための種々のデバイスを実現できます。ピコ秒(10-12秒)程度の応答速度で、光で屈折率だけを制御できれば、高性能の超高速光スイッチができますが、従来、半導体素子では、必ず遅い時間応答成分(1ナノ秒程度)があり、ピコ秒領域の超高速応答で純粋に屈折率だけを制御することができませんでした。
 

物質の光による屈折率変化と光の位相変調の図
図4.物質の光による屈折率変化と光の位相変調

 光で物質の屈折率を変えて、その物質内を伝搬する別の光の位相を超高速で制御することは、量子井戸にみられるサブバンド間遷移(ISBT)を用いることで可能になります。図4にサブバンド間遷移素子の働きを示します。素子に吸収されるTM偏光の強い励起光をあてると、この素子に吸収されずに通りぬけるTE偏光の光の位相が大きく変調されるという現象です。光の位相が変調されると、その光の波長が変化しますが、図5に位相変調が掛かったことを示すTE偏光の光のスペクトルを示します。位相が変調された量から、励起光による屈折率の変化を求めると2 x 10-3 程度の屈折率が増えたことが確認されました。これは、従来の物理学では説明が付かないものでした(注を参照)
 

(注)物質の吸収係数と屈折率との間には、因果律を反映した、Kramers-Kronigの関係と呼ばれる関係があり、吸収係数と屈折率は互いに独立ではありません。サブバンド間遷移では、TM偏光の励起光で、TM偏光の光に対する吸収係数が変わり、対応してTM偏光の光に対する屈折率が変わります。しかし、これはTM偏光に対してのみ起こる現象で、原理的にTE偏光の光の屈折率は変化しないはずで、従来のメカニズムでは説明できません。

 解析の結果、この現象は、TM偏光の励起光により量子井戸の各準位の電子密度が変化し、さらに各準位で、バンドの非放物性という性質により電子の有効質量(実効的な電子の重さ)が異なるため、電子の密度と有効質量に対応したプラズマ効果により屈折率が変化していることがわかりました。これは、いままで知られていなかったメカニズムです(図6)。なお、この効果が起こるためには、電子の有効質量が小さいことが必須で、現状の半導体材料ではInGaAs/AlAs/AlAsSb系の量子井戸だけに見られる効果です。


10Gb/sの繰り返しの幅2.6psのパルスで励起したときのTE偏光のスペクトル図
  量子井戸のエネルギーダイアグラムの図
図5.10Gb/sの繰り返しの幅2.6psのパルスで励起したときのTE偏光のスペクトル。位相変調によって生じた波長の変化が確認できる。   図6.量子井戸のエネルギーダイアグラム。励起光による、電子の重さの異なる準位へ電子が分配されることで、プラズマ効果が変化して、屈折率が変化する。

位相変調効果を用いた干渉計型全光スイッチモジュール

 サブバンド間遷移素子に見られる全光位相変調効果は、超高速、無損失で、純粋な光の位相変調を半導体素子で実現できるという魅力的な効果です。この素子の全光位相変調効果と干渉計を組み合わせると、超高速の全光スイッチモジュールを構成することができます。今回開発した干渉計型モジュールの構成図を図7に、写真を冒頭の図1に示します。マッハツェンダ型と呼ばれる干渉計の片方のアームに全光位相変調効果を生じるサブバンド間遷移素子を挿入しています。屈折率変化を起こすためのTM偏光の励起光(波長1560nm)は、繰り返し10GHzのパルス光であり、この光を偏光ビームスプリッターを通して素子に入射します。一方、位相を変調されるTE偏光の信号光(波長1541nm)は、ビットレート160Gb/sの光時分割多重信号で、二つのアームに均等に分けられた後、再び重ね合わされます。分かれた信号光の片方だけがサブバンド間遷移素子で位相を変調されるので、重ね合わされるときには二つの信号光の位相に差があることになります。重ね合わせたとき、光の強度を強めあう位相差であれば信号光が出てきますが、打ち消しあうような位相差であれば信号光は出てきません。干渉計をうまく調整すると、10GHzの励起光と、160Gb/sの信号光が重なった部分だけ信号光が出力されて、TE偏光の160Gb/s時分割多重信号から10Gb/sの信号を取り出すことができます。

 この干渉計モジュールを用いて、160Gb/sから10Gb/sへの時分割多重分離を行った場合の波形を冒頭の図2に示しました。また、分離された10Gb/s信号の符号誤り率を測定した結果を図8に示します。Back-to-backは時分割多重する前の符号誤り率を表しています。多重分離した信号では受信パワーは増大しますが、励起光エネルギーが7pJでは、符号誤り率が10-11以下まで直線的に減少しています。このことは、受信パワーを増大させることで、限りなく誤り率を下げることが出来ることを示しています。この状態を符号誤り無しの動作が実現されたと表現します。

 以上のように、160Gb/sの超高速光信号から、符号誤り無しで10Gb/sの信号を取り出す時分割多重分離動作に成功しました。現状では、十分な性能の多重分離動作を起こさせるのに、7pJ程度の光パルスエネルギー(10GHzの繰り返しでは、70mW)が必要ですが、最適化された量子井戸構造を設計すれば、光位相変調に必要なエネルギーは数分の1になることが予想されており、低エネルギーで動作し、かつ低挿入損失の超高速全光スイッチモジュールとなります。

干渉計型スイッチモジュールの構成図
  160Gb/sから10Gb/sへの多重分離動作の符号誤り率の図
図7.干渉計型スイッチモジュールの構成図
HWPは半波長板で光の偏光度を制御します。また、PZTは電気で微小量ミラーを動かす素子で、光の位相を微少量調整します。
  図8.160Gb/sから10Gb/sへの多重分離動作(DEMUX)の符号誤り率

今後の予定

 全く新しい、全光位相変調効果を発見、これを用いることで低挿入損失の超高速全光スイッチモジュールを実現しました。現在、空間光学系でスイッチモジュールを構成していますが、平成19年度から開始された新規NEDOプロジェクト「次世代高効率ネットワークデバイス技術開発」では、Si-細線導波路とハイブリッド集積して、超小型・高性能のスイッチへの開発を進め、160Gb/sの小型光トランシーバの実現を目指しています。この小型トランシーバで、高精細画像を時間遅れなく送信することを目標としています。

 この位相変調効果は、干渉計型による強度スイッチだけでなく、光の強度変調を光の位相変調に変換する素子としても使用可能で、光の位相変調を用いた伝送や光多値伝送技術への応用も期待されます。また、プラズマ効果による位相変調の帯域が広く、波長変換にも使用することができます。超高速の光信号処理技術にブレークスルーを与える大きな成果と考えています。



用語の説明

◆時分割多重
複数の信号を時間をずらして重ねることで多くの信号を伝送することを可能にする方式です。英語では、Time Division Multiplexing (TDM)といいます。関連して、複数の信号を光のまま時間をずらして多重化することを光時分割多重(OTDM; Optical Time Division Multiplexing)といいます。また、多重化された信号をもとの信号に戻すことを多重分離(Demultiplexing)といいます。 [参照元へ戻る]
◆波長分割多重方式
一本の光ファイバーに信号を載せた複数の波長の光を通すことで、伝送容量を増大させる方式を、波長分割多重方式(WDM; Wavelength Division Multiplexing)といいます。 [参照元へ戻る]
◆量子井戸
極めて薄い半導体膜の中に電子を閉じ込める構造を量子井戸といいます。電子は、膜に垂直な方向の電子の運動が量子化されて、飛び飛びのエネルギーをもつようになります。この特徴を生かすことで、電子を効率よく利用することができ、高性能の半導体レーザや、赤外線の受光素子が実現されています。 [参照元へ戻る]
◆サブバンド間遷移
量子井戸の中の伝導帯、あるいは価電子帯の中に形成されるエネルギー準位をサブバンドといいます。同じ帯(伝導体あるいは価電子帯)の中のサブバンド間の光による電子の遷移をサブバンド間遷移といいます。通常の半導体のバンド間(電導帯と荷電子帯)の遷移に比べて高速で電子が上の準位(サブバンド)から下の準位(サブバンド)に戻るため、高速の動作が可能になります。英語ではIntersubband transition (ISBT)といいます。 [参照元へ戻る]
◆TE偏光、TM偏光
光には、偏光という光があります。ここでは、光の電界が量子井戸の面と並行な成分だけを持っている光をTE(Transverse Electric)偏光、 一方、光の磁界が量子井戸面に並行な成分だけを持っている光、つまり電界が主に量子井戸の面と垂直な成分を持つ光をTM(Transverse Magnetic)偏光といいます。サブバンド間遷移は、TM偏光の光に対してのみ生じます。 [参照元へ戻る]
◆バンドの非放物性、電子の有効質量
電子は一定の質量を持っていますが、半導体の中では、バンド構造という電子がとりうるエネルギーバンド構造があり、これは電子の運動量に対して放物線の形をしています。通常、エネルギーが大きくなると、放物線の形からずれてきますが、これは電子の実効的な重さ(有効質量)が大きくなることに対応しています。バンドギャップの小さい半導体ほど非放物性が大きくなり、高エネルギーのバンドになるほど電子が重くなります。 [参照元へ戻る]
◆プラズマ効果
半導体中に多数の電子が存在するとき、母体材料のプラスの電荷とバランスしてプラズマと呼ばれる状態になります。このプラズマは固有の共鳴振動周波数を持っており、この固有の振動周波数に近い振動数の光を吸収します。この振動周波数は、波長に換算すると10-50µm程度の波長領域にあります。しかし、対応する屈折率変化が波長1.55µm付近でも起こります(Kramers-Kronigの関係)。吸収の波長10-50µmから離れているため、1.55µm付近では、純粋の屈折率変化だけを生じ、量子井戸に閉じ込められているプラズマの特徴として、TE偏光に強く屈折率変化を与えます。 [参照元へ戻る]
◆符号誤り率
デジタル光信号をデバイスで処理したり、伝送したりしたとき、雑音や波形歪みにより符号の誤りが生じます。通常許容できる誤り率として、10-9程度(10億回に1回の誤り)が目安とされており、誤り訂正符号を用いることで、誤り率を0にすることができます。 [参照元へ戻る]


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