発表・掲載日:2012/12/25

高速・低損失なダイヤモンドパワーデバイスの高温動作を実証

-省エネルギーのための次世代半導体材料-

ポイント

  • ダイヤモンド半導体を用いたダイオード整流素子の250 ℃の高温動作を確認
  • 高速・低損失動作を1アンペア級の出力が可能なデバイスで確認
  • 自動車や電車などに用いるパワーデバイスとして省エネルギー効果に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ダイヤモンド研究ラボ 鹿田 真一 研究ラボ長、梅沢 仁 主任研究員は、国立大学法人 大阪大学【総長 平野俊夫】大学院工学研究科 電気電子情報工学専攻 舟木 剛 教授と共同で、ダイヤモンド半導体を用いた1アンペア級の出力が可能なパワーエレクトロニクス用ダイオード整流素子を作製し、世界で初めてダイヤモンド半導体を用いたダイオードの250 ℃の高温でのスイッチング性能を測定し、高速・低損失動作を確認した。

 ダイヤモンドは、熱伝導率が大きく半導体としても絶縁破壊電界や電荷移動度などに優れている。そのため、高耐電圧・低損失・高速動作の半導体デバイス、特に電力を制御するパワー半導体デバイスとしての応用が期待されている。今回、250 ℃の高温で動作できる1アンペア級の出力が可能なショットキー型ダイオード整流素子を作製し、耐熱封止を行った。ダブルパルス法を用いてスイッチングの回復特性を計測したところ、15ナノ秒の高速スイッチングと60ナノJ(ジュール)の小さなスイッチング損失が確認できた。この技術により、冷却系が不要で、高耐電圧、大電流密度、高速動作、低損失のパワーデバイスの実現が期待される。

 この成果の詳細は2012年12月18日(日本時間)に電子情報通信学会の学術誌Electronics Expressにオンライン掲載された。また、2013年1月30日~2月1日に東京都港区の東京ビッグサイトで開催される「nano tech 2013 第12回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」において発表される。

試作したダイヤモンドダイオード整流素子の写真
試作したダイヤモンドダイオード整流素子


開発の社会的背景

 パワーデバイスは、電気機器に不可欠な電力制御を行う半導体デバイスであり、インバーターの普及に不可欠な省エネルギー技術の基幹構成要素となっている。最近では高電圧・大電流動作ができるパワーデバイスが作製可能になり、ハイブリッド自動車のモーター駆動にも使われるなど急速に普及しており、大きな市場となることが期待されている。また、パワーデバイスの高性能化による電力使用量の削減は、CO2排出量の大幅削減に向け経済産業省が策定した「Cool Earth - エネルギー革新技術計画」でも、重点的に取り組むべきエネルギー革新技術の1つとされている。

 しかし、現在パワーデバイスに使われているシリコン(Si)半導体は、耐熱、耐電圧、電力損失、電流密度などに課題があるため、パワーデバイス向けに炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)など新材料の開発が進められている。ダイヤモンドはこれらの新材料を越える性能をもつ材料で、それ自体が熱を伝達する熱拡散材料であり、超高耐電圧、超高温動作など、特異な物性をもつことから、冷却系が不要な、高耐電圧、大電流密度のパワーデバイスが実現できると期待されている。

開発の経緯

 産総研では、硬度、熱伝導率、弾性定数、光学的透過率、化学的安定性、電気化学特性など優れた特性をもつダイヤモンドについて、半導体特性をもつ素子と組み合わせて新しい応用を開拓する研究を行っている。既に大型単結晶接合ダイヤモンドウエハーを開発しており(2010年3月1日 産総研プレス発表)、その後2 cm×4 cmの世界最大サイズを実現している。また、ダイヤモンドを用いたデバイスの基礎研究も行っており、これまで小型のダイヤモンドダイオードを開発し、初めてのスイッチング動作の実証(2009年1月8日2010年9月8日 産総研プレス発表)に成功している。この時のデバイスは、数10ミリアンペアの大きさのものを用いていたが、その後1~5アンペア級のデバイスを開発しており(2012年12月17日 応用物理学会の学術誌Applied Physics Expressにオンライン掲載)、今回のスイッチング回路動作には、この素子を用いた。

 なお、今回の研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の「省エネルギー革新技術開発事業」(平成22~24年度)の支援を受けて行った。

開発の内容

 今回試作したショットキー型ダイヤモンドダイオード整流素子は、大きな縦型デバイスの250 ℃耐熱パッケージに耐熱封止材を実装して作製した。この素子は、ダイヤモンドの特性から、高温動作、冷却不要、大電流密度動作などを可能とする。

 これまでのダイオード整流素子は電極サイズが小さいため、大電流容量を得るには複数の素子をワイヤーで並列に接続する必要があったが、今回開発したダイヤモンドダイオード整流素子は単一で1アンペア級の大電流容量をもつ。また、250 ℃の高温でも動作できるように耐熱に優れた封止材を用いた。駆動用トランジスタには既存のシリコン半導体の金属酸化膜電界効果トランジスタ(MOSFET)を用いてダイオード整流素子のスイッチング特性を確認した。なお、MOSFETは高温動作できないため、整流素子のみ高温に加熱した。

 デバイスの温度変化の影響を受けない方法であるダブルパルス法により評価したところ、図1 に示すように、室温から250 ℃まで同様の電流・電圧のスイッチング特性を示し、15ナノ秒の高速なスイッチングを確認できた。また、スイッチング損失は60ナノJと低く抑えられていた。なお、リンギング(振動成分)のオーバーシュートや収束が悪いのは、ダイオード整流素子だけを高温にして長距離配線下で計測しているためである。

さまざまな温度(室温~250 ℃)におけるスイッチング特性の図
(a)電流特性 (b)電圧特性
図1 さまざまな温度(室温~250 ℃)におけるスイッチング特性
室温から250 ℃まで素子を加熱しても同様の特性をもつ。

今後の予定

 今回、ダイヤモンドダイオードの整流素子として動作が実証できたため、ダイヤモンドパワーデバイスの高温動作、低損失動作の優位が確認できた。今後、大面積の基板製造技術、低欠陥高品質膜成長技術、デバイス設計技術などの開発に取り組み、実用パワーデバイスに必要な大電流が流せるように、10アンペア級、最終的には100アンペア級の出力が可能なデバイス実現を目指す。またショットキー型ダイヤモンドダイオード整流素子だけではなく、ダイヤモンドトランジスタ素子の研究も進め、省エネルギー型パワーデバイスの実現を目指す。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
ダイヤモンド研究ラボ
研究ラボ長 鹿田 真一  E-mail:s-shikata*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

ダブルパルス法の説明図
◆パワーエレクトロニクス
半導体素子を用いてパワー(電力)の変換や制御を扱う電子工学分野。[参照元に戻る]
◆整流素子
プラスとマイナスの電流・電圧からの一方だけを取り出す作用をもつ素子。[参照元に戻る]
◆ダイオード整流素子
一方向だけに電流を流す半導体デバイス。pn型とショットキー型がある。ショットキー型は低損失に有効である。[参照元に戻る]
◆ショットキー型
ダイオード整流素子の類型の一つ。ショットキー電極を用いて低損失のスイッチングが可能である。ショットキー電極とは、半導体と金属電極を接合させ、半導体から金属またはその逆のどちらか一方向に電子が流れやすくした電極。ここに電圧をかけることによって電流の向きを変えることができる。この整流現象を利用して、交流を直流に変えるなど工業的に利用されている。[参照元に戻る]
◆ダブルパルス法
スイッチング動作の特性評価において、短時間パルス(信号)で温度変化を抑制するとともに、順方向電流パラメータをパルスの間隔で調整する方法。特にダイオードのターンオフにおける逆回復特性の評価で標準的に使用されている方法である。1 回目のパルスを入力するとインダクタ へ電流が流れ、エネルギーが蓄えられる。そしてMOSFET がオフすると流れていた電流が転流し、ダイオードの順方向電流となる。再度MOSFET がオンするとダイオードがターンオフし、その電流をオシロスコープで測定する。[参照元に戻る]
◆回復特性
ダイオードが一旦ゼロ電流になった後、短時間逆方向に電流が流れるが、これを逆回復電流という。これが大きいと回路のエネルギー損失が大きくなる。この特性を回復特性と呼ぶ。[参照元に戻る]
◆パワーデバイス
電源系を制御する半導体デバイスで、電気を使う全ての機器に使用されている基本デバイスである。最近では、自動車のモーター駆動などにも使われている。通常、半導体材料としてシリコンが用いられているが、動作速度、耐電圧、電流、冷却系などあらゆる面で、高性能化はほぼ限界に近づいている。そのため、炭化ケイ素、窒化ガリウム、ダイヤモンドなど新しい半導体材料の開発が期待されている。[参照元に戻る]
◆インバーター
直流電力から交流電力に変換する電源回路をもつ電力変換装置のこと。制御装置と組み合わせることなどにより、省エネルギー効果が大きく、応用が拡大している。[参照元に戻る]
Cool Earth - エネルギー革新技術計画
経済産業省が中心となって策定した地球環境問題対応プログラムで、2050年にCO2排出量を50 %削減するためのエネルギー革新技術計画。2008年北海道洞爺湖サミットで提案された。[参照元に戻る]
◆金属酸化膜電界効果トランジスタ(MOSFET)
電界効果トランジスタ(FET)は、ゲート電極に電圧をかけ、チャネルの電界によりソース・ドレイン端子間の電流を制御するトランジスタである。MOSFETとは、ゲートの絶縁に酸化膜を使った電界効果トランジスタ。パワートランジスタに比べ、駆動回路が簡単である。[参照元に戻る]

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