発表・掲載日:2023/08/08

ナノオブジェクト固有の細胞毒性を評価するための手順を定めたISO 19337:2023が発行

-ナノオブジェクトの適正な利用促進に期待-


これまで、ナノオブジェクトの細胞毒性評価は、評価者によって結果が異なるという問題がありました。東海国立大学機構 岐阜大学と国立研究開発法人 産業技術総合研究所は、この原因解明に取り組み、通例の化学物質とは異なるナノオブジェクトの毒性を評価する上での重要なポイントを見いだしました。見いだしたポイントを公知化するとともに、ISO会議にて各国関係者と合意形成することで、これら重要なポイントとそれぞれの解決手順を規定した国際標準ISO1) 19337の発行に至りました。

本標準に基づいた評価を行うことにより、誰もが国際同等性の保証されたナノオブジェクト固有の細胞毒性の評価が可能になりました。発行された国際標準は、毒性評価方法の基盤として、国内外の産業分野におけるナノオブジェクトの適正な利用を促進することが期待されます。
 
 

国際標準発行の背景

ナノオブジェクトは、少なくとも1次元がナノサイズ2)の範囲にある物体を指し、その小ささから、より大きな粒子とは異なる機能性を示し、化粧品や自動車などのさまざまな分野で利用されています。一方、その小ささから体に容易に侵入し、人に悪い影響を与えるのではと懸念され、2000年代初頭から、リスク評価のためのさまざまな研究が行われてきました。

ナノオブジェクトのリスク評価には動物実験が有効です。しかし、動物愛護やコストの観点から、すべての物質を評価することは困難です。培養細胞を用いた毒性評価は、動物実験を代替する方法であり、特に多くの材料のスクリーニングや毒性メカニズムを理解する上で、ナノオブジェクトの毒性評価には有効な方法です。問題は、同じ化学組成を持つナノオブジェクトでも、毒性が低いのにもかかわらず毒性有りと判定されたり、毒性があるにもかかわらず毒性なしと評価されたりすることとなり、評価者によって細胞毒性結果が異なることです。そこで、この問題の解決が求められていました。

 

試験方法の課題

岐阜大と産総研の生命工学および計量標準が、それぞれの知見・専門性を生かして、ナノオブジェクトの毒性評価が評価者により異なる原因の解明に取り組みました。

検討を始めたとき、ほとんどのナノオブジェクトの毒性評価で、一般の化学物質と同じ方法が用いられていました。われわれは、ナノオブジェクトの評価に従来の方法が適しているのかを検証しました。その結果、従来法を適用すると、ナノオブジェクトが有する本来の毒性とは異なる評価結果が生じることが明らかになりました。評価対象者が試料を調製した後、どのタイミングで評価するかにより、評価者によって細胞毒性の結果が異なることも明らかになりました。そこで、これらの影響を排除する上で、絶対に押さえなくてはいけない三つのポイントを以下に整理しました。

一つめは、大きさの変化です。ナノオブジェクトは、もともと凝集しやすいことから単独で存在することは少なく、特に細胞の培地中では、タンパク質や塩類とともに凝集体を形成します。この凝集体は、ナノサイズ以上となることもあり、同じ大きさのナノオブジェクトを評価しているつもりが、実際には評価者によって異なる大きさの材料の毒性評価をしてしまうことがわかりました。また、大きな凝集体は、重力により沈んで細胞の上に積もるため、細胞が曝露されている量が評価者により異なるという問題も生じます。さらに、ナノオブジェクトの細胞影響はエンドサイトーシス3)と関連します。

二つめは、金属イオンが溶け出すことです。数多く利用されている金属や金属酸化物のナノオブジェクトは、より大きな粒子と比較して単位質量当たりの表面積(比表面積)が大きいため、培地中で金属イオンの溶出速度が速くなります。多くの場合、細胞実験はフラスコ内のような閉鎖した実験系で行われるため、溶出した金属イオンが培地に溜まります。その結果、評価のタイミングによって、細胞毒性の評価結果に違いが生じていたことがわかりました。

三つめは、高い吸着力です。ナノオブジェクトは比表面積が大きいため、周りにあるたくさんの物質を吸着します。ナノオブジェクトが、細胞が増殖するために必要な培地中のタンパク質や塩類などをほぼ吸着してしまい、細胞に影響を生じさせていることがわかりました。細胞は栄養が不足して飢餓状態となってしまい、普段とは違う反応を生じます。このため、細胞の増殖には、培地にタンパク質や塩類が十分に存在することが必須です。

これら三つのポイントはどれも細胞応答に影響するので、同じ化学組成を持つナノオブジェクトを評価しているつもりが、異なる対象を評価しており、結果として評価者によって細胞毒性の結果が異なる問題が生じていたことがわかりました。

これらを解決するために、評価者はナノオブジェクト凝集体の大きさや金属イオンの溶出量を正確に把握することと十分な栄養成分が存在する培地を使用することが必要です。これによって、ナノオブジェクトの毒性を客観的に評価して、固有の毒性を見積もることが可能となります。

 

課題の解決と国際規格提案への取り組み

われわれは論文などを通じて、本来は毒性がないにもかかわらず、ナノオブジェクトの細胞試験において細胞応答を引き起こす三つの要因の国際的な認知に努めました。同時に、それらをどのようにすれば適切に把握することができるか、どのように対応すれば影響を排除できるかについて、議論を重ねました。ナノオブジェクトの状態を計測する手法の選定とナノオブジェクトの毒性評価を実施するために必要な手順を確定しました。

この手法・手順を国際共通化するための具体的な計測手法の選定や毒性評価に係る手順などを整理し、2013年よりISO/TC229(ナノテクノロジー)国際委員会の会議の場で国内外の関係者からの理解や合意を得る活動を粘り強く実施しました。最終的に国際的なコンセンサスを得て、このたびナノオブジェクトの細胞試験における重要なポイント、ならびにそれらを解決するための手法・手順を掲載した国際標準が発行されました。

 

本標準のポイント

  • 生物学者と計量学者の連携により、それぞれ単独では成し得なかったナノオブジェクトの検討すべき課題の抽出とその解決法を提供します。
  • 毒性の本質ではない影響を排除するための三つのポイントを整理し、これらを解決するための手法・手順を記載しました。
  • 本標準は、ナノオブジェクトの毒性の有無を判定するための規格ではありません。ナノオブジェクト固有の毒性を評価するための考え方と手順を提供します。
 

本標準の発行による波及効果

本標準を活用することで、細胞に対するナノオブジェクト特有の悪影響と有効性を正確に判断することができます 。それは、ナノオブジェクト本来の特性の理解につながります。また、間違った解釈による不要な動物実験を防ぐことができ、動物愛護やコストの削減につながります。この結果、ナノオブジェクトの産業分野への適正な利用を促進します。

 

本標準の基盤となる論文

① Horie M, Nishio K, Fujita K, Endoh S, Miyauchi A, Saito Y, Iwahashi H, Yamamoto K, Murayama H, Nakano H, Nanashima N, Niki E, Yoshida Y. Chem Res Toxicol. 2009, 22(3):543-553.
② Horie M, Nishio K, Fujita K, Kato H, Nakamura A, Kinugasa S, Endoh S, Miyauchi A, Yamamoto K, Murayama H, Niki E, Iwahashi H, Yoshida Y, Nakanishi J. Chem Res Toxicol. 2009, 22(8):1415-1426.
③ Kato H, Suzuki M, Fujita K, Horie M, Endoh S, Yoshida Y, Iwahashi H, Takahashi K, Nakamura A, Kinugasa S. Toxicol In Vitro. 2009, 23(5):927-934.
④ Kato H Nature Nanotech. 2011, 6, 139-140.
⑤ Horie M, Kato H, Fujita K, Endoh S, Iwahashi H. Chem Res Toxicol. 2012, 25(3):605-619.
⑥ Horie M, Kato H, Iwahashi H. Arch Toxicol. 2013, 87(5):771-781.


用語説明

1) ISO
International Organization for Standardization(国際標準化機構)の略称。スイスのジュネーブに本部を置く非政府機関で国際的に通用するISO規格を制定する。[参照元へ戻る]
2) ナノサイズ
1~100 nm(ナノメートル)の範囲。1 nmは、1メートルの10億分の1。少なくとも1次元の長さがナノスケールの範囲にある物質が、「ナノオブジェクト」と定義されている。[参照元へ戻る]
3) エンドサイトーシス
体の中のすべての細胞に備わる外部から栄養物質などを取り込む機構。ナノオブジェクトもエンドサイトーシスによって細胞の中に取り込まれる。[参照元へ戻る]


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