発表・掲載日:2021/11/15

連続・自動合成法でPEFC向け高性能触媒の合成に成功、高効率合成も実現

-燃料電池の白金コスト大幅低減を目指す-


NEDOは「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」に取り組んでおり、今般、産業技術総合研究所、先端素材高速開発技術研究組合、宇部興産(株)と共同で、固体高分子型燃料電池(PEFC)向けの高性能なコアシェル型触媒の合成に成功し、その高効率合成も実現しました。1日当たり数十種の触媒を連続・自動合成することが可能なハイスループットフロー合成装置を用いて、短時間で最適なコアシェル構造を有する触媒合成条件を確立しました。また、これまで課題であったコアシェル型触媒の生産性を抜本的に向上するため、プロセス条件を最適化して、従来比10倍以上の本触媒の高効率合成プロセスを実現しました。

本成果によりPEFCで課題となっている高い白金コストを大幅に低減することで、燃料電池触媒のより一層の社会実装を促進するとともに、脱炭素社会の実現に貢献します。


1.概要

固体高分子型燃料電池(PEFC)※1は、高いエネルギー変換効率や長寿命、低温作動(室温~100℃)などの特徴を持つことから、クリーンな電源システムとして燃料電池自動車(FCV)の動力源や家庭用コージェネレーションシステムなどで利用されています。PEFCのエネルギー変換効率をより向上させるためには、正極(カソード電極)での酸素還元反応(ORR)※2の活性を高める必要があります。このため正極の触媒(カソード触媒)には触媒活性の高い白金を採用するのが一般的ですが、白金は高価で資源量も少ないため、使用量を大幅に低減しながらもエネルギー変換効率を向上させる手法の確立が求められています。

そこで近年は、触媒粒子の外表面(シェル)部分のみに選択的に白金を存在させ、粒子の内部(コア)部分を他の金属で置き換えた構造を持つコアシェル型触媒により、白金利用効率の向上を目指す研究が活発に行われています。しかしコアシェル型触媒の合成法として普及している銅-アンダーポテンシャル析出(Cu-UPD)法※3は工程が非常に複雑かつバッチ式※4であるため、生産性が低いことが実用化に向けた大きな問題点となっていました。

このような背景の下、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト※5」(以下、超超プロジェクト)で、計算・プロセス・計測の三位一体による機能性材料の高速開発に取り組んでおり、その一環として、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)、先端素材高速開発技術研究組合(ADMAT)、宇部興産株式会社(宇部興産)と共同で、カソード触媒の白金使用量の大幅な削減を可能とするコアシェル型触媒を効率的に合成する技術開発を行ってきました。

その結果、2019年にはPd@Ptナノ粒子※6フロー合成法※7を開発※8し、2020年には合成したナノ粒子を基材に固定する担持工程もフロー化したプロセスを構築し、Pd@Pt/炭素触媒を全工程フロープロセスで合成することに成功※9しました。これにより白金利用効率の向上が可能となるコアシェル型ナノ粒子触媒のバッチ合成からフロー合成への変換が可能な基盤技術を確立しました。しかし、ここで合成した触媒はPtシェル構造の精密な制御ができておらず、Cu-UPD法にて合成した触媒に比べ活性が低いという課題がありました。

今般、1日当たり数十種に及ぶ各種コアシェル型触媒の連続・自動合成が可能なハイスループットフロー合成装置※10(図1)を用いてプロセス条件の最適化を迅速に実施することで、従前用いられていたCu-UPD法で合成した触媒に匹敵する性能を有するPd@Pt/炭素触媒の合成に成功しました。さらに、今回確立した条件を2020年度に開発した全工程フロー合成法に応用した結果、Cu-UPD法に匹敵する活性、構造を有するPd@Pt/炭素触媒の連続合成に成功しました。

本技術により、白金利用効率の高いコアシェル型触媒の高効率な製造が可能となるため、PEFCの課題であった白金のコストを大幅に低減できるようになります。

図1

※オートサンプラー(a)と送液ポンプ(b)により、任意の金属原料および還元剤をリアクター(c)へ送液し、Pd@Ptナノ粒子を合成します。合成されたPd@Ptナノ粒子は炭素スラリー用ポンプ(d)により供給された炭素に担持され、連続的にPd@Pt/炭素触媒となります。Pd@Pt/炭素触媒はフラクションコレクター(e)により特定のサンプル管へ採取、保存します。制御用PC(f)により、これらの一連の操作を全て自動で連続的に行います。
図1 ハイスループットフロー合成装置
 

2.今回の成果

Pd@Pt/炭素触媒のフロー合成反応では従来、Pd前駆体として塩化パラジウム酸カリウム、Pt前駆体として塩化白金酸、還元剤として水素化ホウ素ナトリウムを使用していました。しかし、これらの材料を用いるとPdの周りに均一な1原子層のPtシェルを形成することが困難であり、Cu-UPD法に比べ活性が低い触媒しか合成できないという課題がありました。そこで、本研究ではまず、ハイスループットフロー合成装置を用いて、金属前駆体や反応剤、添加剤の種類、接触効率、滞留時間などのプロセス条件を迅速に評価した結果、Pt用還元剤の還元速度がPtシェル形成に大きな影響を与えることを見出しました。さらにこの知見を基に、還元剤と各種プロセス条件の組み合わせに関するシミュレーション結果をより詳細に検討したところ、還元剤として2-メチルピリジンボラン錯体を用いることで、均一な1原子層のPtシェルを有するPd@Pt/炭素触媒の合成に成功しました。

合成したPd@Pt/炭素触媒の透過電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分光法(TEM-EDS)※11の画像(図2A)より、粒子の外側がPtの存在を示す赤、内側がPtとPdの存在を示す緑であることがはっきりとわかり、この粒子がPdコアとPtシェル構造で構成されていることが確認されました。さらに、電子エネルギー損失分光法(EELS)ライン分析※12(図2B)の結果、Ptシェルの厚さが約0.25nm(Ptの原子径は0.28nm)であることから、この粒子が1原子層のPtシェルを有していることが示唆されました。さらに、SPring-8※13でのX線吸収微細構造解析(XAFS)※14により、Pt-Pt配位数が5.6、Pt-Pd配位数※15が2.4であることが示され、平均構造としても1原子層のPtシェルを有することが確認されました。

図2

※図(C)コアシェル粒子TEM画像の赤い線上を分析することで、PtとPdの存在を検出します。図(B)の緑線はPtとPdの存在を、青線はPdの存在を表します。得られた分布プロットを2次微分し、PtおよびPdが存在し始める位置を決定します。赤破線はPtが存在し始める位置を、青破線はPdが存在し始める位置を表しており、破線に囲まれた領域がPtシェルの厚みになります。
図2 (A)TEM-EDSおよび(B)EELSライン分析

次に、合成した触媒のPEFC用カソード触媒としての性能を調べるため、ORR活性評価※16を実施しました。その結果、0.9Vにおける白金重量当たりの活性(Mass Activity, MA)が522A/g-Ptと、Pt/炭素触媒※17のMA(180A/g-Pt)の約3倍を示すことが分かりました。これは、Cu-UPD法によって合成した触媒に匹敵する性能※18です。

さらに、今回確立した条件を2020年度に開発した全工程フロー合成法に応用した結果、Cu-UPD法に匹敵する活性、構造を有するPd@Pt/炭素触媒の連続合成に成功しました。これにより、Cu-UPD法に比べ、ラボレベルで10倍以上高い生産性が見込めるPd@Pt/炭素触媒の連続合成プロセスを実現しました。スケールアップが容易であるというフロープロセスの特徴から、今後、さらなる生産性の向上が期待できます。

表1 コアシェル型触媒の合成手法の比較
合成手法 合成手法の概要
Cu-UPD
(銅-アンダーポテンシャル析出)法
・従来法
・工程が非常に複雑、バッチ式、生産性が低い
Pd@Ptナノ粒子のフロー合成法 ・2019年に開発
・Pd@Pt/炭素触媒を全工程フロープロセスで合成することに成功
・Cu-UPD法に比べて活性が低い
改良型全工程フロー合成法 ・今回開発
・Cu-UPD法に匹敵する性能、活性、構造を有するPd@Pt/炭素触媒の連続合成に成功
・Cu-UPD法に比べラボレベルで10倍以上の生産性
 

3.今後の予定

超超プロジェクトでは、材料開発のスピードを大幅に向上させるための材料設計プラットフォーム(MDPF)の開発を進めています。NEDO、産総研、ADMAT、および宇部興産は本事業において、モデル材料であるPd@Pt触媒の性能をさらに上回る材料の創出を目指し、このMDPFの一部をなすハイスループット自動合成装置の活用による、迅速かつ効率的なデータ蓄積、およびマテリアルズ・インフォマティクスを活用した材料開発を進めます。これにより、白金の利用効率の向上を可能にする新規触媒開発を加速させ、コアシェル型燃料電池触媒の実用化による脱炭素社会実現へ貢献します。


注釈

※1 固体高分子型燃料電池(PEFC)
電気化学反応によって燃料の化学エネルギーから発電する燃料電池の一種で、電池イオン伝導性を有する高分子膜(イオン交換膜)が電解質として用いられ、100℃以下の低温で動作する特徴があります。[参照元へ戻る]
※2 酸素還元反応(ORR)
燃料電池の空気極(正極、カソード極)で起こる酸素分子の還元反応であり、電子還元、酸素-酸素結合の解裂をともなう速度の遅い反応であるため、最も高い活性を示す白金が用いられています。[参照元へ戻る]
※3 銅-アンダーポテンシャル析出(Cu-UPD)法
バッチ法にて、コアシェル型触媒を合成する手法です。銅イオン含有電解液中で、銅の酸化還元電位よりも貴な電位を印加してパラジウム含有粒子表面に銅を析出(アンダーポテンシャル析出)させ、さらに白金イオンを含有する溶液に浸漬し、イオン化傾向の違いを利用して銅を白金で置換して、パラジウム粒子が白金で被覆されたコアシェル型触媒を合成します。[参照元へ戻る]
※4 バッチ式
全ての原料などを反応容器に投入し、物質の反応がすべて終了した後に生成物を取り出します。これを繰り返すことで化合物が合成される反応方式です。[参照元へ戻る]
※5 超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト
事業期間:2016年度~2021年度
事業ページ:https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100119.html [参照元へ戻る]
※6 Pd@Ptナノ粒子
Pd(パラジウム)をコア部、Pt(白金)をシェル部とするコアシェル型ナノ粒子 [参照元へ戻る]
※7 フロー合成法
筒状のカラムを反応器として、その一方の入口から出発原料の溶液を連続的に供給して目的の反応を進行させ、その反対 側の出口から生成物が連続的に排出される流通式の反応プロセスです。[参照元へ戻る]
※8 Pd@Ptナノ粒子のフロー合成法を開発
テーマ名:「多次元高度構造制御金属ナノ触媒の研究開発」
参考:「2019年度超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(超超PJ)成果報告会」発表資料
(リンク:https://www.admat.or.jp/20201016105048#ttl-20200413
Y. Hashiguchi, F. Watanabe, T. Honma, I. Nakamura, S. S. Poly, T. Kawaguchi, T. Tsuji, H. Murayama, M. Tokunaga, T. Fujitani, Continuous-flow synthesis of Pd@Pt core-shell nanoparticles, Colloids Surf. A Physicochem. Eng. Asp., 2021, 620, 126607 DOI: https://doi.org/10.1016/j.colsurfa.2021.126607 [参照元へ戻る]
※9 Pd@Pt/炭素触媒を全工程フロープロセスで合成することに成功
テーマ名:「多次元高度構造制御金属ナノ触媒の研究開発」
参考:「2020年度超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト(超超PJ)成果報告会」発表資料
※10 ハイスループットフロー合成装置
高度に自動化され、短時間に多数の触媒を合成することが可能な装置です。 [参照元へ戻る]
※11 エネルギー分散型X線分光法(TEM-EDS)
TEMは観察対象に電子線を当て、透過した電子線の強弱から対象内の電子透過率の空間分布を観察する電子顕微鏡のことで、EDSは対象領域に電子線照射した際に発生する特性X線の、エネルギーと発生回数を計測し、元素や組成の分析を行う手法です。[参照元へ戻る]
※12 電子エネルギー損失分光法(EELS)ライン分析
入射電子が試料物質との相互作用によりエネルギーを失った非弾性散乱電子を分光することで、試料の元素組成や化学結合状態を解析する手法です。[参照元へ戻る]
※13 SPring-8
兵庫県の西部、播磨科学公園都市にある大型放射光施設で、一周が1436mある電子蓄積リングと呼ばれる大型加速器から放出される、世界最高性能の放射光を用いて、物質の原子・分子レベルでの形態や機能を測定できる研究施設です。[参照元へ戻る]
※14 X線吸収微細構造解析(XAFS)
入射するX線のエネルギーを変えながら物質による吸光度を測定することで、対象の原子近傍の局所的な構造や化学状態を分析する手法です。[参照元へ戻る]
※15 配位数
分子および結晶中の対象の原子に結合している最隣接原子の数のことです。粒子径3.5nm、1原子層のPtシェルを有するPd@Ptナノ粒子の場合、Pt-Pt配位数は6、Pt-Pd配位数は3となることが報告されています。[参照元へ戻る]
※16 ORR活性評価
合成した触媒を回転ディスク電極に塗布、乾燥させます。準備した電極を酸素飽和させた電解液中、一定の回転数に保ちながら電位を0.05Vから1.0Vまで掃引します。その際、ある一定の電位で流れる電流値から、触媒のORR速度を見積もります。[参照元へ戻る]
※17 Pt/炭素触媒
Ptナノ粒子が炭素担体に担持された触媒です。PEFC触媒開発の際に性能の指標として広く使われています。[参照元へ戻る]
※18 Cu-UPD法によって合成した触媒に匹敵する性能
Cu-UPD法にて合成した1原子層のPtシェルを有するPd@Pt/炭素触媒ではPt/炭素触媒の約3倍のMAを示すことが報告されています。例えば、下記の文献ではPd@Pt/炭素のMAが570、Pt/炭素のMAが200と報告されています。
参考:K. Sasaki, J.X. Wang, H. Naohara, N. Marinkovic, K. More, H. Inada, R.R. Adzic, Recent advances in platinum monolayer electrocatalysts for oxygen reduction reaction: scale-up synthesis, structure and activity of Pt shells on Pd cores, Electrochim. Acta, 2010, 55, 2645 DOI: https://doi.org/10.1016/j.electacta.2009.11.106 [参照元へ戻る]


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