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発表・掲載日:2018/03/19

溜め池底の泥の放射能汚染をスマホから操作して測定できる装置

-放射性セシウム濃度の深さ分布を10分で測定-

ポイント

  • 試料を採取せずに溜め池底の泥に挿すだけで放射性セシウム濃度の深さ分布を測定
  • 小型軽量で電池駆動、ケーブル接続が不要でWi-Fiでスマホなどから操作
  • 市販パーツから安価に製作でき、住民による汚染モニタリングやネット接続によるIoT展開も可能


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター【研究センター長 浅井 美博】統合マクロ計算手法開発チーム 小川 浩 上級主任研究員、ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】ナノ粒子機能設計グループ 南 公隆 主任研究員、川本 徹 研究グループ長らは、東京パワーテクノロジー株式会社【代表取締役 社長 原 英雄】(以下「東京パワーテクノロジー」という)と共同で、溜め池などの水底の泥(底質)中の放射性セシウム濃度の深さ分布を新しい解析手法に基づいて測定できる装置を開発した。

セシウム137の半減期は長く、溜め池底質の放射能汚染の影響は世代を超えて残る。今回開発した装置は長さ1.5 m、重さ2 kg弱の円柱状で、溜め池底質に挿して計測したγ線(ガンマ線)分布を、広く用いられているデータ処理法の1つである最大エントロピー法で変換して、放射性セシウム濃度(ベクレル/kg-wet)の深さ分布を測定する。電源を内蔵し、ケーブル接続が不要なため、取り回しが容易である。測定時間は1箇所当たり約10分で、スマホやタブレットからWi-Fi経由で操作でき、その場で測定結果を確認できる。複数の装置を用い、より効率的に測定できる多地点同時測定システムも併せて開発した。従来の土壌や泥(底質)の採取作業が不要で、放射能分析の負担を低減できる。また、市販パーツを用いて10万円程度で自作できるため、住民などによる放射能汚染モニタリングが可能で、装置のネット接続などのIoT的な展開も期待できる。この成果は、環境放射能除染学会誌に近日中に掲載される。

今回開発した装置による溜め池底質の放射能汚染測定の写真と図
今回開発した装置による溜め池底質の放射能汚染測定


開発の社会的背景

2011年の福島第一原子力発電所の事故により環境へ放出された放射性セシウムが農業用溜め池やダムの底に蓄積しており、食の安全などの観点から問題となっている。宅地周辺の除染に続いて溜め池の除染も進められているが、一般的な池底質汚染の調査方法であるコアサンプリング法は、中空パイプでの土壌や底質のコア(円柱状のサンプル)の採取・切り分けやその後に放射能分析をする方法で、多くの労力と時間が掛かっていた。また周辺山林からの放射性セシウム流入が今後も続く可能性があり、将来世代に渡る溜め池汚染の監視をどう続けていくかという課題もある。

研究の経緯

産総研は、福島第一原子力発電所の事故以来、青色顔料の一つであるプルシアンブルーを用いた放射性セシウム吸着材の開発や、焼却灰からの放射性セシウム抽出法の開発など、福島復興を支援する研究に取り組んできた。実験室での研究開発のみならず、福島県双葉郡川内村や同岩瀬郡天栄村での実地検証も東京パワーテクノロジー(旧社名:東電環境エンジニアリング株式会社)と共に積極的に行ってきた。特に溜め池底質の除染については、産総研が開発した手法が農林水産省の除染マニュアルで推奨されるなど、高い評価を得ている。またノイズの多い観測値に対するデータ処理法の1つである最大エントロピー法を用いた新しい深さ分布解析法を2017年に提唱した(Ogawa et al., J. Environm. Radioact., 175-176, 158-163 (2017))。東京パワーテクノロジーと産総研は、共同研究「ため池等からの放射性セシウム回収ならびに環境測定に関わる技術開発研究(平成27年度~)」によって今回の測定装置の開発に取り組んだ。

研究の内容

今回開発した装置の基礎となる技術は水底の泥(底質)を採取することなく、放射性セシウムが出すγ線の深さ分布から放射性セシウム濃度の深さ分布を計算で求めるものである。γ線センサーを底質中に設置して計測しても、さまざまな方向(深さ)からのγ線がセンサーへ入射するため、得られるγ線の深さ分布は放射性セシウム濃度の深さ分布とは異なっている。しかしこれまでγ線の深さ分布を放射性セシウム濃度の深さ分布へ換算する良い方法がなかった。今回の技術では、まず、放射性セシウム濃度は水平方向には一様と仮定し、底質と池水中でのコンプトン多重散乱(γ線が物質を通過する際に起きる現象)を含むγ線輸送計算によりセシウム濃度の深さ分布からγ線の深さ分布へ変換する係数を求める。次に計測されたγ線の深さ分布を最大エントロピー法で逆に変換することでセシウム濃度の深さ分布が得られる。この手法は誤差に強く、短時間の計測で本来の深さ分布を得ることができる。

この新しい手法に基づき、溜め池で簡単に測定できるよう設計したのが今回の装置である(図1)。本体は直径約4 cm、長さ約1.5 mのパイプ状で、複数のγ線センサー、逆変換用演算ボード、位置計測用のGPSモジュール、バッテリーや、その他の機器を格納してある。装置の重量は2 kg弱と軽量で容易に運搬でき、バッテリー1個で約5時間稼働できる。操作は手持ちのスマホやタブレット、パソコンなどからWi-Fi接続で行う。このパイプを溜め池の底に挿しこんで底質中のγ線深さ分布を計測し、放射性セシウム濃度の深さ分布に換算する。最大エントロピー法による換算をγ線計測と並行して行うため、リアルタイムで制御端末へ送信できる。γ線センサーには高感度の市販品を、演算ボードにはIoT分野(装置などが直接インターネット接続する技術や分野)で利用されるラズパイ・ゼロを用いた。それぞれ1個数千円と安価である。製作パーツの総額はおよそ10万円で、自作も可能である。

(1)
今回開発した装置(測定用パイプ)の概略図
 
(2)
今回開発した装置(測定用パイプ)の写真
図1 今回開発した装置(測定用パイプ) (1)概略、(2)写真
石突き部を下に向け溜め池底へ挿してスマホなどのWi-Fi端末から無線で操作する。

図2左は福島県内の3つの溜め池で、今回開発した装置と従来のコアサンプリング法で測定した、溜め池底質中の放射性セシウム濃度の深さ分布の比較である。今回の装置の測定時間は10分間とした。池ごとに深さ分布の形状やピーク濃度が異なっているが、いずれの池でも今回の装置による測定値はコアサンプリング測定値をほぼ正しく再現していた。図2右は3池の複数の地点で、深さ方向に積算した単位面積当たりの放射性セシウム量の両手法による測定値の相関図である。今回開発した装置とコアサンプリング法の実測値には良い対応関係があった。

福島県内の3つの溜め池で測定した底質中の放射性セシウム濃度深さ分布の例と3つの溜め池の複数地点で測定した、単位面積当たり放射性セシウム量の比較の図
図2 左: 福島県内の3つの溜め池で測定した底質中の放射性セシウム濃度深さ分布の例
青線が5 cm間隔で切断して放射能分析したコアサンプリング法による測定値、赤線が今回の装置で10分間測定した値である。
右: 3つの溜め池の複数地点で測定した、単位面積当たり放射性セシウム量の比較
底質表面から深さ10 cmまでと20 cmまでの積算量

底質汚染の状況は池内の場所によって異なるので、地点を変えて測定することで溜め池底質全体の3次元的な汚染分布が把握できる。広い範囲をより効率的に測定するために、複数の測定装置を使用できる多地点同時測定システムも開発した。図3は同システムによる測定のイメージ図で、一台の端末で制御して複数地点の測定を同時に並行して行えるため効率良く測定できる。

多地点同時測定システムによる溜め池底質測定イメージ図
図3 多地点同時測定システムによる溜め池底質測定のイメージ図

原発事故で放出されたセシウム137の半減期は30年と長く、その影響は世代を超えて残る。山林の除染は大半が手付かずで、多くの溜め池はそれらの下流に位置するため、今後大雨などによる溜め池の汚染状況の変化も予想される。今回開発した装置により、溜め池底質汚染の深さ分布を迅速に測定できる。

今後の予定

今回開発した装置を用いて山林、水田や畑などの土壌、フレキシブルコンテナバッグなどに納められた除染廃棄物などの放射性セシウム分布を簡便に測定する手法について検討中である。



用語の説明

◆放射性セシウム
セシウム134とセシウム137が代表的で、人体に有害なβ線やγ線を放出しながら安定な核種(元素)へと変化する。福島第一原発事故ではほぼ等量のセシウム134とセシウム137が環境へ放出されたと推定されている。半減期(量が半分になるまでの時間)はそれぞれ2.1年と30.2年で、事故から7年経過の2018年時点で、事故当時の量のそれぞれ約10%と約85%が残っている計算である。セシウム137の方が長期間残り、事故50年後の残留量は32%、100年後の2111年では10%と計算される。[参照元へ戻る]
◆γ線(ガンマ線)
放射性物質が放出する、紫外線や通常のX線よりもエネルギーが高い電磁波の一種。物質を透過する能力が高いため、鉛などで遮蔽する。[参照元へ戻る]
◆最大エントロピー法
スペクトル解析や画像処理、機械学習など幅広い分野で使われているデータ処理法の一つ。ある観測値分布から別の分布へ変換する際に、変換後統計エントロピー(無秩序さの度合い)が最大となるような分布を測定誤差の範囲内で求めて解とする。測定誤差やデータ欠損によって発生するノイズを抑える効果がある。[参照元へ戻る]
◆ベクレル/kg-wet
放射性物質の量を表す単位。ベクレルは1秒間に崩壊する放射性元素(原子)の個数で定義され、Bqと表記する。溜め池底の泥(底質)の汚染では、水分を含んだ湿潤重量当たり(Bq/kg-wet)と、水分を除いた乾燥重量当たり(Bq/kg-dry)の2種類の単位が用いられる。空間線量で用いられるマイクロシーベルト毎時(µSv/h)は人体の被曝量を表すための単位で、ベクレルの定義とは異なる。[参照元へ戻る]
◆IoT(アイ・オー・ティー)
Internet of Thingsの頭文字で、「モノのインターネット」と訳される。さまざまな入出力デバイス(各種センサー、カメラ、マイク、モーター、スピーカー、スマホなど)をインターネットに接続して相互通信することで、遠隔操作などの新しい機能を実現する技術や分野を指す。[参照元へ戻る]
◆コアサンプリング
中空のパイプで土壌や底質のコア(円柱状のサンプル)を採取し、一定間隔で切断して分析を行う手法のこと。溜め池底質の放射能調査で一般的に用いられる。[参照元へ戻る]
◆γ線輸送計算
放射性物質から放出されたγ線が物質中の減衰や散乱を経由して遠方へ伝搬する過程を詳細に計算すること。[参照元へ戻る]
◆ラズパイ・ゼロ
英国のラズペリーパイ財団が子ども向けのプログラミング教育用に開発し販売している名刺サイズの演算ボード Raspberry Pi(通称ラズパイ)の小型版。英語名は「Raspberry Pi Zero」。5ドルという低価格と 3 cm x 6.5 cmの大きさでリナックス(パソコンのOS)が動作し、汎用入出力ポートを備えることから、ロボット工作やIoT(モノのインターネット)分野で活用されている。[参照元へ戻る]



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