発表・掲載日:2017/12/25

共生細菌が示す第3形態のべん毛運動を発見

-学習院大学理学部西坂崇之教授の研究グループと産業技術総合研究所の共同研究 英科学誌「The ISME Journal」にて掲載-

研究のポイント

  • カメムシの共生細菌バークホルデリアが、運動器官であるべん毛繊維を体に巻き付けながら遊泳することを発見
  • べん毛繊維の巻き付け運動は、粘着環境や凸凹した基質表面での運動に有利
  • 特異な運動は基礎研究としての面白さだけでなく、将来的な害虫駆除剤開発等の応用研究の発展にも貢献


概要

 学習院大学 (学長 井上寿一)理学部物理学科 西坂 崇之教授、大学院生 木下 佳昭 (現: ドイツフライブルク大学・海外特別研究員)は、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 (理事長 中鉢 良治) (以下「産総研」という) 生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】環境生物機能開発研究グループ 菊池 義智 主任研究員と共同で、害虫カメムシの共生細菌において、べん毛繊維を菌体に巻き付けて遊泳するという全く新しいべん毛運動を発見しました。この特異なべん毛運動を示す細菌はガラス表面に捕らわれることがなかったことから、基質表面上での効果的な運動であることも明らかとなりました。今回の成果は、細菌がカメムシに共生する際に利用する特徴的な遊泳運動を初めて解明したもので、共生の成立を阻害して害虫の防除を行う新たな方法の開発につながることが期待されます。

 この研究成果は2017年12月21日(日本時間午後6時)、Nature Publishing Groupから出版される微生物生態学分野の雑誌「The ISME Journal」において、オンライン掲載されました。 

左:従来のべん毛運動 右:今回観察された第3形態のべん毛運動の図
左:従来のべん毛運動 右:今回観察された第3形態のべん毛運動


背景

べん毛運動の模式図

 多くの遊泳性細菌は、「べん毛」と呼ばれる20種類以上のタンパク質が組み合わさった運動装置を持っています。細菌はべん毛繊維の回転により推進力を得ることで、水中を自由自在に泳ぐことができます。べん毛運動は細菌がより良い環境を求めて移動する際に必須であり、(i)大腸菌などの周毛性の細菌が示すタンブリング運動 (ii) 海洋性細菌のビブリオ菌などで見られる、前進―後退運動、という2つの運動のパターンが知られていました (右図)。これらべん毛運動は、細菌が水中で移動するために用いられるばかりでなく、病原細菌などが私たちヒトの内部器官に到達する際にも用いられており、病原性因子としても広く知られています。

 病原性と関わりの深い細菌のべん毛運動ですが、いくつかの動物と細菌の共生系においては、両者の共生を成立させるために重要な役割を果たすことが知られています。例えば、自力で光ることのできないミミイカは発光細菌アリビブリオ菌を体内に取り込むことで、月などの光に紛れ込み外界の敵からの捕食を防いでいますが、その共生の成立には発光細菌の運動性が必須です。また、農作物の害虫として知られるホソヘリカメムシは、バークホルデリアという細菌を体内に取り込むことで殺虫剤への抵抗性を獲得することが知られていますが、その共生の成立にも細菌のべん毛運動性が重要な役割を果たしています。

 ホソヘリカメムシの消化管と共生器官の間には、多糖質の粘膜が充満した非常に細い狭窄部が存在しています。菊池主任研究員のグループは以前、運動性のあるバークホルデリアのみがこの狭窄部を通過でき、運動できない変異株は狭窄部を通過できないことを報告しました。興味深いことに、大腸菌のような非共生細菌は運動性を持つにもかかわらず狭窄部を通過することができず、共生器官に到達できないことも分かっていました。類似の狭窄部はミミイカにも存在しており、運動性を持つ発光細菌のみが選択的に通過できることがわかっています。しかしながら、『何故、共生細菌のみが狭窄部を突破できるのか?』という疑問については未だわかっていません。私たちの研究グループは、『共生細菌バークホルデリアには狭窄部を通過するための特異な運動機構があるのではないか』との仮説を立てて、研究をスタートさせました。

研究の成果

べん毛繊維の画像化

上図:電子顕微鏡で撮影したべん毛繊維と細胞、下図:蛍光顕微鏡で撮影したバークホルデリアの図

 この仮説を実証するためには、バークホルデリアのべん毛運動を直接捉える必要があります。しかしながら、べん毛繊維は20 ナノメートル (2ミリの10万分の1)程度の細さであり、電子顕微鏡観察でしか捉えることができません (右図:上)。この課題に対して私たちの研究グループは、細胞本体を蛍光色素で処理することにより、べん毛繊維が蛍光顕微鏡下で可視化されることを発見しました (右図:下)。また、世界で最も感度がいいとされるEMCCDカメラを用いることで、毎秒400枚の速さでべん毛繊維の動きの画像化が可能となりました。この観察から、バークホルデリアはべん毛繊維を毎秒150回転させることにより、毎秒25 マイクロメートル(体長の10倍程度の距離)の速さで泳げることが明らかとなりました。


第3のべん毛運動の発見

通常の連動モードからべん毛巻き付けモードへの切り替えの様子の図

 一般的な液体培地中において、バークホルデリアは大腸菌などが示す既知の運動様式を示すのみでした。研究グループの木下佳昭さんは、メチルセルロースを用いて狭窄部位を模したネバネバの環境を作製し、同様の観察を行いました。粘度の低い培地と同様、通常の運動モードも観察される一方で、この条件下では、べん毛繊維が細胞本体に巻き付きながら遊泳する様子を頻繁に観察することに成功しました (右図)。このべん毛巻き付き運動は既知のべん毛運動に当てはまらないものであり、第3形態のべん毛運動といえます。この運動形態によりべん毛を身にまとい、ドリルのように粘性液体中を進むバークホルデリアは、通常の運動モードに比べて半分程度の低効率で運動していました。


べん毛を使った滑走運動

 低効率にもかかわらず何故バークホルデリアは特異な運動様式を示すのでしょうか? 非共生細菌である大腸菌を用いて同様の観察をしたところ、大腸菌は時間経過とともにガラス表面に結合して動けなくなるという興味深い結果を得ることができました。一方で、バークホルデリアではそのようなガラスに捕捉されて動けなくなる細胞は観察されませんでした。注意深く観察したところ、通常運動で捕捉されたバークホルデリアはべん毛繊維を巻き付けることで、束縛から解消されてガラス表面を自由に動けることがわかりました。また、ガラス近傍の領域を高分解能で観察可能な全反射蛍光顕微鏡を用いることで、べん毛繊維はガラス表面上と接触しながら滑走運動をしていることが明らかとなりました。ガラス表面が凸凹した環境であることを考えると、菌体に巻き付いたべん毛繊維がそれら凸凹にがっちりとはまり回転することで推進力を生み出し、固形物表面上でも効果的に運動できていると考えられます。つまり、この第3形態運動は、基質表面上で留まることなく効果的に運動するために必要不可欠な運動であるといえます。

イカに共生する細菌のべん毛巻き付け運動の可視化

べん毛巻き付けモードから通常の運動モードへの切り替えの様子の図

 べん毛巻き付け運動は、バークホルデリアのみに見られる運動なのでしょうか?この問いに答えるために、ミミイカの共生細菌であるアリビブリオ菌を用いました。ミミイカは、ホソヘリカメムシ同様に共生細菌を選択的に取り込む機構を有しており、運動性のアリビブリオ菌のみが共生器官に到達可能であることが知られています。アリビブリオ菌を蛍光染色して同様の観察を行ったところ、アリビブリオ菌もべん毛繊維を菌体に巻き付けながら遊泳運動していることが明らかとなりました (右図)。このことは、今回発見された第3形態のべん毛運動が様々な共生細菌に共通してみられる可能性を示しています。


今後の予定

 本研究により、通常運動からべん毛繊維の巻き付け運動への変換は、反時計方向から時計方向へのべん毛回転方向の反転により達成されることが明らかとなりました。しかし、このような回転方向の切り替えは大腸菌などべん毛巻き付けを見せない細菌においても起きており、回転方向の変化だけでは第3形態の運動への切り替えを説明することはできません。今後は、第3形態のべん毛運動を引き起こすために必要なタンパク質の構造解析並びに遺伝子について網羅的な解析を行うことでこの謎に迫ります。また、宿主体内でのべん毛運動を解析することで、カメムシ消化管において部位特異的な遊泳モードの切り替えが起こっているのかという問いに答えます。この実験から、通常モードとべん毛巻き付けモードのどちらが効率的に狭窄部内で運動できるのかを明らかにできます。本成果をもとに、共生現象と細菌が見せる多様な運動性の関係を遺伝子レベルで徹底的に明らかにすることで、共生細菌の感染・定着を防ぐための新たな害虫防除剤の開発へつながることが期待されます。

発表雑誌: The ISME Journal
論文タイトル: Unforeseen swimming and gliding mode of an insect gut symbiont, Burkholderia sp.RPE64, with wrapping of the flagella around its cell body
著者: Yoshiaki Kinosita, Yoshitomo Kikuchi, Nagisa Mikami, Daisuke Nakane, Takayuki Nishizaka
Doi番号: 10.1038/s41396-017-0010-z
論文URL: https://www.nature.com/articles/s41396-017-0010-z





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