発表・掲載日:2017/12/05

1200ボルトクラスのショットキーバリアダイオード内蔵SiCトランジスタを開発

-ハイブリッド車(HEV)/電気自動車(EV)向けの高効率・高信頼パワーモジュール実現へ-

ポイント

  • 1200 V耐圧クラスのトランジスタの量産レベル試作品で内蔵ダイオードが順方向劣化しないことを実証
  • ショットキーバリアダイオード(トレンチSBD)内蔵のSiC縦型トレンチMOSFET(トランジスタ)を開発
  • HEVやEV向けのオール炭化ケイ素(SiC)パワーモジュールの高効率化・高信頼性化に貢献


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)先進パワーエレクトロニクス研究センター【研究センター長 奥村 元】SiCパワーデバイスチーム 原田 信介 研究チーム長らのグループは、富士電機株式会社との共同研究で、炭化ケイ素(SiC)半導体を用いた1200 V(ボルト)耐電圧(耐圧)クラスのトランジスタである縦型MOSFETとして、低いオン抵抗と内蔵ダイオードの高い信頼性を両立した独自構造のデバイス(SWITCH-MOSSBD-Wall Integrated Trench MOS)を開発し、量産レベルの試作品で性能を実証した。

 SiCデバイスだけを用いたパワーモジュール(オールSiCモジュール)により、電力変換(直流・交流変換や電圧変換)が大幅に高効率化すると考えられている。その低コスト化、高信頼性化にはSBD(ショットキーバリアダイオード)内蔵型MOSFETを用いることが有効とされているが、これまで3300 Vクラス以上の比較的高い耐圧のMOSFETでだけ信頼性向上の効果が実証されていた。今回開発したSWITCH-MOSはトレンチ型MOSFETにトレンチSBDを内蔵することで、1200 Vクラスの低い耐圧デバイスでも高い信頼性が実証できた。従来技術では信頼性向上の効果が低いために1200 V耐圧クラスでは困難であったSiC-MOSFETとSiC-SBDの一体化が量産試作レベルで実証できたので、今後はハイブリッド電気自動車(HEV)/電気自動車(EV)の電力変換システムでの使用が期待されるオールSiCモジュールの市場導入が大幅に前進すると期待される。

 この成果の詳細は、米国サンフランシスコ市で開催のIEDM 2017(International Electron Device Meeting)にて2017年12月4日(現地時間)に発表された。

今回開発したトランジスタ(SWITCH-MOS)断面模式図
今回開発したトランジスタ(SWITCH-MOS)の断面模式図


開発の社会的背景

 エネルギーの有効利用を促進し低炭素社会の実現を目指していくには、電力の変換(直流・交流変換や電圧変換)や制御を担うパワーエレクトロニクス(パワエレ)技術を進展させ、パワエレ電力機器を飛躍的に効率化、小型軽量化、高機能化することが求められている。特に自動車産業では、HEV/EVの普及が加速度的に進むと見込まれ、モーター制御に用いられる1200 V耐圧クラスのパワーモジュールの高効率化、小型化が競争力に直結する重要なキーテクノロジーと考えられている。これまでのパワーモジュールはSi (シリコン)デバイスのIGBTやダイオードが使われてきたが、デバイス性能はSiの材料物性で決まる理論限界に近づきつつあり、今後の大幅な性能向上は望めない。ワイドギャップ半導体であるSiCは高い絶縁破壊電界強度などパワーデバイスの小型化、高効率化に有利な物性をもつためSiCデバイスを用いたパワーモジュールの開発が求められていた。

研究の経緯

 産総研はパワーエレクトロニクスを、産総研が大学や研究機関4機関と連携するオープンイノベーション拠点 TIAの戦略的研究領域の一つと位置付け、SiCパワーデバイスの量産試作ラインを整備し、民活型共同研究体「つくばパワーエレクトロニクスコンステレーション(TPEC)」を発足させ、SiCパワーデバイスの量産試作技術開発に関する共同研究を推進してきた。富士電機株会社との共同研究ではこれまで独自構造のSiCパワーMOSFET(トランジスタ)として、第1世代のプレーナー型MOSFETIE-MOSFET)、第2世代のトレンチ型MOSFET(IE-UMOSFET)を開発し、量産試作を実証してきている。今回はSiCパワーデバイスのボリュームゾーンと目される1200 Vクラスでの高性能化、高機能化を目指し、IE-UMOSFETを基本構造としたSBD内蔵タイプのデバイス開発を行った。

研究の内容

 図1にSBD内蔵MOSFETの一般構造を示す。パワーモジュールを構成するSiC-SBDの代わりにSiC-MOSFETに構造的に内包されているPiNダイオードが使えればSBDが不要となり低コスト化できるが、SiCのPiNダイオードには順方向に電圧をかけていると電流が徐々に低下してしまう順方向劣化があり、信頼性に問題があった。これは電流を構成する電子と正孔が、ウエハー内の転位で再結合し消滅する現象である。これに対して、SBD内蔵MOSFETは、SBDの電流が電子だけなのでダイオードの順方向劣化が無いと期待されていた。しかしながら、順方向電圧が上昇し、内蔵PiNダイオードにかかる電圧(VPiN)がある値を超えると、PiNダイオードの動作が始まり順方向劣化を引き起こすので、開発のポイントは如何にしてVPiNを抑えて、PiNダイオードを不活性化するかであった。

 図2に開発したSWITCH-MOS(SBD-Wall Integrated Trench MOS)の構造、及び内蔵ダイオードに順方向電圧をかけたときの電圧分担を示す。耐圧保持領域となるドリフト層の電圧分担(Vドリフト)を大きくすれば、その分VPiNが下げられ効果的であるが、その効果は高い耐圧クラスのデバイスに限られる。今回、Vドリフトが小さい低い耐圧クラスにおいてもVPiNを抑えられるよう、VPiNがSBD部の電圧分担(VSBD)と P型領域周囲の電流広がり領域の電圧分担(V広がり)の和に等しいことに着目し、V広がりの低減を目指した。V広がりを低減させるためには、セルピッチを小さくすれば良いので、開発したSWITCH-MOSはセルピッチの狭い低オン抵抗のトレンチ型MOSFETのIE-UMOSFETを基本構造として、トレンチゲートの電界緩和層の埋め込みp+層上にトレンチを形成し、その側壁にSBD-wallを内蔵した。その結果、SBDを内蔵してもIE-UMOSFET単体と比べて必要なエリアが拡大することなく5 µmのセルピッチが保たれるので、p型領域幅を最小限に抑えてV広がりを低減できた。

ショットキーバリアダイオード(SBD)内蔵MOSFET(トランジスタ)の一般構造図
図1 ショットキーバリアダイオード(SBD)内蔵MOSFET(トランジスタ)の一般構造

今回開発したデバイスSWITCH-MOSの内蔵ダイオードがオン状態における電圧分担の図
図2 今回開発したデバイスSWITCH-MOSの内蔵ダイオードがオン状態における電圧分担

今回開発したデバイスSWITCH-MOSの内蔵ダイオードの順方向電流―電圧特性の図
図3 今回開発したデバイスSWITCH-MOSの内蔵ダイオードの順方向電流―電圧特性

 図3中の変曲点(黄色十字)に示すように、1200 V耐圧クラスのSWITCH-MOSでセルピッチが16 µmと広い場合はPiNダイオードが約300 A/cm2の低い電流密度で動作を開始してしまい、SBDを内蔵しない従来型UMOSFETとほぼ同じ電流-電圧特性を示したが、セルピッチが5 µmと狭いSWITCH-MOSではV広がりが抑制されており、電流密度2800 A/cm2までPiNダイオードの動作を不活性化できた。

 図4は順方向劣化試験後のフォトルミネッセンス像であるが、従来型トランジスタUMOSFETはPiNダイオードが動作して順方向劣化したため積層欠陥が拡がっているのに対し、今回開発した独自デバイスであるセルピッチ5 µmの SWITCH-MOSは、積層欠陥の拡がりがなく順方向劣化していないのが分かる。今回開発したセルピッチ5 µmの SWITCH-MOSでは、これまで問題であった1200 V耐圧クラスのSiC-MOSFETのPiNダイオードの順方向劣化問題が解消され、高い信頼性が実現したと言える。

今回開発したデバイスSWITCH-MOSの順方向電流ストレス後のフォトルミネッセンス像の図
図4 今回開発したデバイスSWITCH-MOSの順方向電流ストレス後のフォトルミネッセンス像

今後の予定

 企業での事業化を念頭に企業連携を更に強化し、デバイス構造多層化などの複雑化や、製造プロセスの高度化を進めると同時に、パッケージング技術などの周辺技術開発も進める。



用語の説明

◆炭化ケイ素(SiC)
炭素(C)とケイ素(Si)からなる化合物半導体。シリコン(Si)と比べ、絶縁破壊電界、飽和電子速度、熱伝導度といったパワーデバイスの特性向上につながる物性値が大きい。パワーデバイスに応用した場合、同じデバイス構造でSiデバイスより1桁高い耐電圧が得られるにもかかわらず同等のオン抵抗となる他、デバイス自身の高温動作も可能となるため、次世代のパワーデバイス用材料として期待されている。[参照元へ戻る]
◆縦型MOSFET
MOSFETとは、金属/酸化膜/半導体電界効果トランジスタ(Metal/Oxide/Semiconductor Field Effect Transistor)のこと。金属/酸化膜/半導体の3層構造からなる制御電極(ゲート)の電圧によってその直下のチャネル部分の導通状態を変え、トランジスタの入力電極(ソース)と出力電極(ドレイン)の間のスイッチング状態(オン状態:導通状態とオフ状態:遮断状態)を制御する。LSIなどでは基板の表側にソース、ドレイン、ゲートが配置される横型構造であるが、パワーデバイスではドレインが基板の裏側に配置される縦形構造が一般的である。[参照元へ戻る]
◆オン抵抗
通電状態(オン状態)の抵抗。トランジスタの効率を表す重要な指標である。[参照元へ戻る]
◆MOS
金属/酸化膜/半導体(Metal/Oxide/Semiconductor)のこと。[参照元へ戻る]
◆SBD
ショットキーバリアダイオード(Schottky Barrier Diode)。金属と半導体を接合させたダイオード。電子のみが伝導するユニポーラデバイスである。[参照元へ戻る]
◆パワーモジュール
パワーデバイス単体ではなくトランジスタとダイオードを1つにパッケージ化したもの。パワーデバイス以外に、駆動回路、制御回路、保護回路などをパッケージ化したインテリジェントパワーモジュールもある。[参照元へ戻る]
◆トレンチ型MOSFET
縦型MOSFETのチャネルをトレンチ溝側壁に形成した構造で、チャネルが表面にあるプレーナーMOSFETに比べセルピッチが短縮される。チャネル抵抗の寄与が大きいSiCではオン抵抗低減に有効で、ドリフト抵抗が低い1200 Vクラスでの効果は大きい。[参照元へ戻る]
◆IGBT
絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(Insulated Gate Bipolar Transistor)。縦型MOSFET構造のドレイン側にドレイン層とは異なる伝導型の半導体層(コレクタ)を加えた構造のトランジスタ。電子伝導に加えて正孔注入が低オン抵抗化に寄与するバイポーラトランジスタとスイッチング機能の制御が電圧によって行えるMOSFETの利点を併せ持ったトランジスタである。[参照元へ戻る]
◆ワイドギャップ半導体
バンドギャップが大きい半導体を指す。炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、酸化ガリウム(Ga2O3)、ダイヤモンドなど高耐圧で低損失なパワーデバイスの実現が期待されている。[参照元へ戻る]
◆絶縁破壊電界強度
絶縁破壊は、電気部品などにおいて、電導体の間を隔離している絶縁体または半導体が破壊され、絶縁状態が保てなくなる現象で、これをおこす限界の電界値を絶縁破壊電界強度という。この値が高いと耐電圧を得るための距離が短くて済むため抵抗が下がる。ワイドギャップ半導体の炭化ケイ素はシリコンに比べこの値が約10倍高いため、同じ耐電圧でも抵抗を約10分の1にできる。[参照元へ戻る]
◆プレーナー型MOSFET
縦型MOSFETのチャネルを表面に形成した構造で、トレンチ型に比べセルピッチが広い。[参照元へ戻る]
◆IE-MOSFET
Implantation and Epitaxial MOSFETと呼ばれる産総研で独自に開発したSiCパワーMOSFET。電圧を保持するpベース下部を高濃度のイオン注入で形成し、低アクセプタ濃度と高結晶品質が要求されるチャネルをエピタキシャル成長で形成した構造である。高いチャネル移動度によって低いオン抵抗が実現されている。[参照元へ戻る]
◆IE-UMOSFET
Implantation & Epitaxial Trench MOSFET。SiC縦型トレンチMOSFETの製法において、ゲートトレンチを保護する電界緩和の高濃度p型領域をイオン注入で形成し、チャネルとなるpベース層を結晶品質に優れたエピタキシャル成長で形成したことを特徴とする。産総研独自構造のプレーナー型MOSFETであるIE-MOSFETをトレンチ型に応用した構造で産総研と富士電機株式会社で共同開発した成果である。IE-MOSFETに比べ大幅なオン抵抗低減とオフ状態でのトレンチゲートの信頼性確保が両立されている。[参照元へ戻る]
◆PiNダイオード
p型半導体層とn型半導体層を接合させたダイオード。SBDが電子のみが伝導するユニポーラデバイスであるのに対し、電子と正孔の両方が伝導するバイポーラデバイスである。[参照元へ戻る]
◆順方向劣化
順方向電流が時間とともに劣化する現象。SiC のPiNダイオードなどバイポーラデバイスに順方向電圧を印可した際、SiC結晶の基底面である(0001)面に基底面転位が存在すると、電子と正孔が再結合しそこを起点にして積層欠陥が拡張すると起こる。[参照元へ戻る]
◆内蔵ダイオード
一般的にはMOSFET構造に内在するPN接合を利用したPiNダイオードを指す。バイポーラデバイスであるため、逆回復過程のスイッチングロスが大きい。[参照元へ戻る]
◆フォトルミネッセンス
励起光を照射した際に生じる発光を検出・分光することで、結晶欠陥に固有なスペクトルが得られ、結晶欠陥を同定することができる。また、ある特定のスペクトルに対して発光強度のマッピング測定をすることで、不純物や結晶欠陥のウェハー面内分布を評価することができる。[参照元へ戻る]



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