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発表・掲載日:2017/11/24

電子波の位相変化は人工原子の内部構造を反映することを世界で初めて実証

-20年来の電子の散乱位相に関する問題に決着-

ポイント

  • 多くの電子を含む人工原子(注1)によって散乱された電子波(注2)の位相のずれが人工原子内部の電子軌道の形に依存した振る舞いを示すことを実証しました。
  • 独自に開発・改良した二経路干渉計(注3)を用いて精密かつ信頼性の高い位相測定を行うことによって検証実験を実現しました。
  • 高精度な位相測定による新たな物理現象の解明および電子波の位相制御を用いた量子ビットなどの量子情報デバイスなどへの応用が期待されます。


概要

 電子波が原子によって散乱される際に生じる位相のずれは、物理学の最も基本的な問題のひとつです。位相のずれに原子内の電子軌道の形が反映されることが理論的に指摘された一方、1997年にNatureに掲載された論文では、電子を10個以上内包する人工原子による散乱で生じる位相のずれが、電子数を1変化させる毎に元に戻るという、軌道に依存しない普遍的な振る舞いが報告されました。その起源を巡って多くの研究が行われましたが、未解決のまま現在に至っていました。

 東京大学大学院工学系研究科の樽茶教授(理化学研究所創発物性科学研究センター量子情報エレクトロニクス部門部門長)、山本特任准教授(理化学研究所創発物性科学研究センター量子電子デバイス研究ユニットユニットリーダー)と産業技術総合研究所物理計測標準研究部門の高田研究員らは仏ネール研究所のボイヤレ博士らと共同で、電子波の位相のずれを精密かつ信頼性高く測定できる独自の二経路干渉計を用いて、多電子の人工原子でも位相のずれが軌道の形を反映することを世界で初めて明らかにしました。その研究結果は、2017年6月7日にPhysical Review Bに掲載されました。(https://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.95.241301)。

 本研究では更にデータを追加して、現実的な実験系で正しい測定を行えば普遍的な位相変化は観測され得ないことを示し、20年来の電子の散乱位相の問題に決着をつけました。開発した位相測定技術は、人工原子の内部構造を探る方法として有用であり、散乱問題が関わる様々な物理現象の解明や、電子波の位相を情報のリソースとする量子情報デバイスにも利用できます。

 なお、本研究成果は、2017年11月22日(英国時間)に英国科学雑誌Nature Communications (Nature Publishing Group)に掲載されます。



内容

 電子は物質を構成する最小単位の一つであり、粒子としての性質と波としての性質を併せ持っています。電子の波としての性質は、干渉実験によって捉えることができます。電子が散乱体によってどのように散乱されるかは量子力学の基本的な問題であり、これを利用すると散乱体の内部構造を調べることができます。例えば、電子が人工原子を通って散乱された際に生じる位相のずれは、人工原子内部の軌道の形に依存してその振る舞いを変えることが理論的に予測されていました。

 近年、半導体技術の進歩によって、電子の量子干渉計(注4)や、電子を1個単位で閉じ込めることができる人工原子を自在に設計、作成できるようになりました。このため、実際に電子が人工原子を通って散乱された際の位相の変化を測定する実験が試行されるようになりました。しかし、1997年と2005年に電子を10個以上含んでいる人工原子について行われた実験では、理論的な予測とは異なり、人工原子の内部の状態には依存しない、普遍的な位相の振る舞いが現れることが報告されました。その後、この理由を説明するため、多くの理論的考察がなされてきましたが、十分な説明は得られませんでした。これは、電子の位相を精確に測定することが技術的に困難であったためです。

 本研究グループは、これまでの研究で、独自の二経路干渉計を開発し、電子波の位相のずれを精密かつ信頼性高く測定できることを示していました。また、人工原子内の電子とそれに接続された電極中の電子との間の相互作用が強く現れている状態において、電子波に生じる位相のずれがどのように振る舞うかを明らかにするなど、その二経路干渉計の有用性を実証してきました。

 本研究では、新たに架橋構造を取り入れて制御性を高めた二経路干渉計を開発し、その片方の経路に人工原子を組み込みました(図1)。そして、人工原子内の電子数を1個単位で変化させながら、入射した電子波の位相変化を観測しました(図2)。電子波は、人工原子内の電子数が1個変化する際に現れる透過振幅のピークをまたぐ度に位相がπだけ変化します。そして、本実験では隣り合う2つの透過振幅のピークの間で、位相にπの跳びが現れて位相が元に戻る場合(図2(a)の黒矢印を参照)と、位相が滑らかに積み上がる場合(図2(a)の赤矢印(太矢印)を参照)の2つの異なる振る舞いが観測されました。

 本研究グループが調べた人工原子は数十(2017年6月7日にPhysical Review Bに掲載された研究)から数百個(本発表論文の研究)の電子を含んだものであり、1997年と2005年に行われた実験の結果から推定すると、πの跳びが現れる振る舞い(図2(a)の黒矢印)のみが普遍的に観測されることが期待されます。しかし、本研究では2つの異なる振る舞いが観測され、先行実験の結果とは一致していません。さらに、人工原子の対称性を変化させるなど詳細な実験を行うことにより、人工原子によって散乱された電子波の位相のずれが、当初の理論予測通りに内部の電子軌道の形に依存することを明らかにしました。

 本成果は、先行実験よりも広い条件範囲で信頼性の高い位相測定を行うことによって得られたもので、20年来の課題であった、理論と実験結果との不一致という問題に決着をつけるものです。これにより、人工原子によって散乱される電子波の位相の振る舞いの理解が進展するとともに、位相測定が人工原子の内部構造を探る方法として有用であることが示されました。

 本研究で培った位相の精密測定技術により、今後、散乱位相を通した様々な物理現象の解明が期待されます。また、この技術を電子波の位相の精密な制御に応用することにより、将来的には量子情報デバイスへの発展が期待されます。

 本研究は、仏国立科学研究センターネール研究所(Institut Néel)のクリストファー・ボイヤレ博士の研究チーム、独ルール大学ボーフム校(Ruhr-Universität Bochum)のアンドレアス・ヴィック教授の研究チームとの共同研究で行われました。また、科学研究費補助金基盤研究S(No. 26220710)、基盤研究A(No. 26247050)、JSTさきがけ(No. JPMJPR132D)、JST CREST (No. JPMJCR1675)などの支援を受けて行われました。

本研究で用いた二経路干渉計の模式図とマッハツェンダー干渉計の図
図 1:本研究で用いた二経路干渉計の模式図(メインの図)とマッハツェンダー干渉計(右上の図)
 二経路干渉計の中には人工原子(QD)が埋め込まれていて、まわりの電極に与えるゲート電圧によってその対称性や内部の電子数などの状態を制御することができる。この干渉計の動作原理は右上の図に示す光に対する同様の干渉計(マッハツェンダー干渉計と呼ばれる)と共通している。左上の電極から注入された電子波は、電子波に対する半透鏡によって二つの経路に分かれ、中央のリング構造に入射する。リング構造では、電子波はそれぞれの経路長や人工原子の状態に依存した位相の変化を受ける。その後、再び半透鏡を通り、右下の二つの電極に電流として出力される。実験では、中央のリング構造における左右の経路の位相差に応じて出力電流I、I が逆位相で振動する様子から、人工原子を通過する電子が獲得する位相を測定した。

多くの電子を含む人工原子によって散乱された電子波に生じる位相のずれの測定結果の図
図 2:多くの電子を含む人工原子によって散乱された電子波に生じる位相のずれの測定結果
 下の図(b)は電子の干渉から得られた、人工原子を通って散乱される電子波の透過振幅であり、周期的なピークが現れている。この透過振幅のピークは人工原子内の電子数が1個変わるときに現れるものである。左から右にピークをまたぐ際に電子数が1個だけ増加しており、ピークの間で電子数は一定となっている。この図では電子数がN(~数百個)個からN +14個の間で位相の測定が行われている。上の図(a)は下の図(b)で表される電子数の変化に対応した電子波に生じる位相のずれを示しており、ピークをまたぎ、電子数が1個だけ変化するときにπだけ変化している。また、隣り合うピークの間では、位相がπだけ跳んで元に戻る((a)内の黒矢印を参照)、もしくはそのような跳びが現れずに滑らかに積み上がる((a)内の赤矢印(太矢印)を参照)という2つの異なる振る舞いが現れている。この2つの異なる振る舞いが観測されたことは、位相のずれが人工原子内部の電子軌道の形に依存していることを示唆しており、多くの電子を含む人工原子の位相の振る舞いが普遍的ではないことを表している。

発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」: (2017年11月22日)
論文タイトル:Non-universal transmission phase behaviour of a large quantum dot
著者:H. Edlbauer†, S. Takada†, G. Roussely, M. Yamamoto, S. Tarucha, A. Ludwig, A. D. Wieck, T. Meunier and C. Bäuerle*, († these authors contributed equally to the work)
DOI番号:10.1038/s41467-017-01685-z
アブストラクトURL: http://www.nature.com/ncomms



用語解説

(注1)人工原子
電子を閉じ込める、ナノメートルサイズの微小な空間。量子力学で記述される離散的な電子状態を持ち、原子との類似性から人工原子と呼ばれる。半導体中ではゲート電圧を用いて電気的に形成することが可能であり、電子数を1個単位で制御できる。[参照元へ戻る]
(注2)電子波
電子は物質を構成する最小単位の1つであり、粒子のような性質と波のような性質を併せ持っている。電子波は、電子の波のような性質に着目しているときに用いられる表現。[参照元へ戻る]
(注3)二経路干渉計
ふたつの経路だけの寄与によって波の干渉が起こるようなシステム。電子系の場合には、電子が干渉計から出た後再び干渉計に戻るような経路があると、二経路干渉ではなくなってしまう。低磁場下で動作する固体中で集積可能な二経路干渉計は、当研究グループによって2012年に発表された(Nature Nanotechnology 7, 247-251 (2012))。本研究でも同様の二経路干渉計が使用された。[参照元へ戻る]
(注4)量子干渉計
量子は、粒子のような性質と波のような性質を持つ物理現象の最小単位であり、本研究で扱う電子も量子の一つである。量子干渉計は、量子が波としての性質として持つ位相によって引き起こされる干渉現象を観測するための系で、注3の二経路干渉計も量子干渉計の一種である。[参照元へ戻る]



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