発表・掲載日:2017/01/13

抵抗変化メモリーの挙動を電流ノイズから解明

-不揮発性メモリーの用途拡大へ向けて-

ポイント

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「研究者が語る! 1分解説」動画(1分49秒)
  • 超低消費電力動作と従来動作を同一構造の素子で選択できる抵抗変化メモリー(ReRAM)を開発
  • 微小電流ノイズを精密に計測することで、超低消費電力で動作する際の挙動を解明
  • 環境発電や人工知能デバイスなどへの、不揮発性メモリーの用途拡大に期待

概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門 3D集積システム研究グループ 馮 ウェイ 研究員、エマージングデバイス研究グループ 島 久 主任研究員らは、国立大学法人 筑波大学【学長 永田 恭介】数理物質系物理工学域 大毛利 健治 准教授と共同で、幅広い電流レンジでノイズを計測する手法を開発し、不揮発性メモリーとして研究開発が進められている抵抗変化メモリー(ReRAM)が100ナノアンペア(nA)という超低消費電力で動作する際の挙動について明らかにした。

 抵抗変化メモリーでは、酸化物層に含まれる酸素の欠損(酸素欠損)が材料の電気抵抗値に大きく影響を与え、メモリーの低消費電力化に重要な役割を果たすことが予想されていたが、その具体的な挙動は明らかになっていなかった。今回、フィラメント状に電流が流れることで低抵抗状態が出現する動作モード(フィラメントモード)と、金属/酸化物界面全体で抵抗変化が起きる動作モード(界面モード)の異なる2つのモードで動作する同一構造の抵抗変化メモリーを作製することに成功した。さらに、素子中を流れる電流の分布を可視化する電子ビーム吸収電流(EBAC)測定と電流ノイズ測定を行い、この抵抗変化メモリーが超低消費電流で動作する際の挙動について調べ、酸素欠損と電気的特性との相関を明らかにした。

 今回の成果は、酸素欠損を精密に制御することによって、不揮発性メモリーのさらなる低消費電力化や高信頼性動作が期待できることを示唆しており、環境発電(エネルギーハーベスティング)や人工知能用デバイスなどへの用途拡大に貢献することが期待される。なお、この技術の詳細は、学術雑誌Scientific Reportsのオンライン版に2016年12月21日(英国現地時間)に掲載された。

今回開発した抵抗変化メモリーの図
今回開発した抵抗変化メモリー

開発の社会的背景

 IoT(Internet of Things)社会が到来し、家電製品や自動車のような身近なモノに情報を利活用することで生活の質や利便性を向上させるシーンが増えている。一方、情報処理や通信に必要な電力量の爆発的な増大が懸念されている。従来の記録媒体より消費電力の少ない不揮発性メモリーに対しても、IoT社会の持続的な発展のためにこれまで以上の低消費電力化が求められている。

 抵抗変化メモリーは電力の供給がなくとも情報の保持が可能であり、消費電力量の点などから期待されている。すでに実用化されているが、用途を広げるためには、さらなる微細化(高集積化)、低消費電力化などが課題である。従来、遷移金属酸化物を用いた抵抗変化メモリーの動作には、酸化物中の酸素欠損が関わっていることがわかっており、電子顕微鏡などを用いて組成や化学結合状態を分析して、酸素欠損やその動きが調べられてきた。しかし、電子顕微鏡を用いる場合には、観察のために試料を加工する必要があり、例えばメモリー動作を繰り返しながらわずかな量の酸素欠損の影響を調べることは困難だった。また、抵抗変化メモリーの超低消費電力化を進め、メモリー動作の信頼性や加工プロセスの最適化につなげていくためにも、酸素欠損が電気特性に与える影響を精緻に検出するための計測手法の開発が求められていた。

研究の経緯

 産総研は、抵抗変化メモリーの研究開発において、電圧で駆動する不揮発性ゼロカレントメモリー技術を目指して研究開発を推進してきた。これまでに、抵抗変化メモリーの高速書込みなどに関する基礎技術や遷移金属酸化物のスパッタ成膜プロセスの開発に取り組み(2007年2月21日 NEDOプレス発表)、遷移金属酸化物からなる超低消費電力・高速動作を兼ね備えた不揮発性抵抗変化メモリーを開発(2008年9月25日 産総研プレス発表)してきた。また、筑波大学では、トランジスタにおけるノイズ特性を理解することで、より信頼性の高いデバイス設計を目指し、そのノイズを広い周波数帯域にわたって計測する技術を開発(2013年6月7日 筑波大学プレス発表)してきた。

 今回、ノイズの計測技術を不揮発性メモリーに適用した。酸化物材料中の酸素欠損の量は、材料の抵抗値に大きく影響を与える。また、酸化物中でプラスに帯電した酸素欠損は、電子を捕捉したり、放出したりする性質を持っている。この現象は電流に微弱なノイズとして反映されることが予想されるため、電流の中に含まれるノイズを精密に計測することで、材料中の酸素欠損の状態を知ることができると考えた。さらに、このノイズの計測とともに、素子中を流れる電流の分布を可視化することができる電子ビーム吸収電流(EBAC)観察を併用した評価手法により、不揮発性メモリーの超低消費電流動作を詳細に調べた。

研究の内容

 今回、二酸化ケイ素(SiO2)と窒化チタン(TiN)を積層させたSiO2/TiN/SiO2を微細加工して微小な電極を形成し、ハフニウム酸化物 (HfOx)、チタン(Ti)、TiNを図1のように成膜し、抵抗変化メモリー素子を作製した。この作製方法の利点は、TiNの膜厚方向が電極の長さの一辺となるため、電極面積や素子サイズの極微細化を容易に実現できる点である。膜厚は成膜時間をコントロールして調節することができ、10 nm以下の厚さとすることもできる。また、微細加工した構造の側壁にメモリー素子を形成する今回の加工技術は、シリコン基板に垂直な方向にメモリー素子を積層して記録密度を高める三次元集積技術にも繋がる。

今回用いた抵抗変化メモリー構造の図
図1 今回用いた抵抗変化メモリー構造
微細化するなどの工夫により、従来動作と低消費電力動作の双方を示すメモリー構造の作製に成功した。さらに、EBAC測定と電流ノイズ測定を、同一構造の試料で行えるようになっている。なお、実際の電極は積層構造となっているが、この図においては簡略化して示してある。
 

 この抵抗変化メモリーでは、従来の抵抗変化メモリーと同等の100 マイクロアンペア(μA)程度の電流での動作(以下、「従来動作」という)だけではなく、それよりも動作電流が3桁小さい100 ナノアンペア(nA)以下の超低消費電力でも動作した(以下、「低消費電力動作」という)。

 低消費電力動作のメカニズムを解明するため、EBAC測定と電流ノイズ測定を行った。これらの測定はどちらも素子を加工することなく非破壊で行うことができる。例えば、あるメモリー素子の高抵抗状態における特性を評価した後、引き続き同一の素子の低抵抗状態における特性を評価することができ、さらに、同一の素子で低消費電力動作と従来動作とを比較することもできる。まず、EBAC測定の結果について低消費電力動作と従来動作とを比較すると、従来動作の場合、EBAC像には輝点が現れ、局所的な電流経路が形成された状態になっていることが確認された(フィラメントモード)(図2)。一方、低消費電力動作の場合、メモリー素子部分のEBAC像のコントラストはほぼ均一であり、電流がメモリー素子全体を流れている状態になっていた(界面モード)。

 これまでは、遷移金属酸化物材料の種類に応じて、メモリー動作がフィラメントモードと界面モードのどちらをとるのか調べられてきたが、今回、同一の素子に二つのタイプのメモリー動作を共存させることに成功した。同じように作製した素子でも、酸素欠損などの微小な状態を同じに作製することは極めて困難である。しかし、同一の素子を用いてこれら二つのタイプのメモリー動作を調べることができれば、界面モードとフィラメントモードとで信頼性の高い比較が行える。

 また、従来動作と低消費電力動作のそれぞれの低抵抗状態、高抵抗状態について、電流ノイズを計測した。ノイズは、電流を1 kHzから1 MHzで高速サンプリングすることにより計測し、時間領域と周波数領域の両方で解析を行った(図2)。ノイズの発生源である電子捕獲・放出が少ない場合は、周波数の2乗に対して強度が逆比例する1/f2ノイズが現れる。電子捕獲・放出が増えてくると、1/f2ノイズから1/fノイズに変わる。今回の測定で、低消費電力動作での高抵抗状態でのみ、1/f2ノイズが支配的になることが明らかになった。これは、低消費電力動作での高抵抗状態下では、ノイズに寄与する酸素欠損の数が限られているためで1/f2ノイズが観察されたと考えられる。逆に、低消費電力動作でも、低抵抗状態には依然として十分に多い数の酸素欠損が電気特性に影響を与えていることから、抵抗変化メモリーのさらなる低消費電力化、つまり低抵抗状態における電流値の低減のためには、電気伝導に寄与する酸素欠損の削減が必須であることが示された。

図1の赤枠で囲った部分の抵抗変化メモリー構造にて観察したEBAC像とノイズ計測の解析結果の図
図2 図1の赤枠で囲った部分の抵抗変化メモリー構造にて観察したEBAC像とノイズ計測の解析結果
従来動作と低消費電力動作は、抵抗変化メモリー構造に対して行う初期化動作の条件を変えて、そのどちらかを選択することができる。図中、白丸で酸素欠損を、赤い曲線の矢印で電子の捕獲と放出の過程を模式的に示した。 なお、規格化パワー密度とは、高速サンプリングした電流値の時間依存性を周波数依存性(パワースペクトル密度)に変換したもので、異なる抵抗状態、プロセス条件、または電圧条件間でのノイズ強度を比較するために、ここではパワースペクトルを電流値の2乗で規格化し、 [1/Hz]に変換した。

今後の予定

 現在、産総研では、高信頼メモリーシステムへの抵抗変化メモリーの応用研究や、抵抗変化メモリー技術を活用した脳型推論用アナログ抵抗変化素子の開発を実施している。どちらの研究開発においても、酸素欠損の位置や、その拡散の精密な制御を必要とするため、今回開発された技術は、これらの研究開発を大きく加速する。さらに、超低消費電力メモリーは、環境発電や蓄電、そしてセンサー・通信技術とともに、トリリオンセンサー社会の実現に必須のものとなっており、抵抗変化メモリーを用いた超スマート社会(Society 5.0)の実現に貢献していく。


用語の説明

◆不揮発性メモリー
電源の供給なしでも情報を保持できるメモリーを、不揮発性メモリーと呼ぶ。一方で、電源を供給しないと記憶している情報を保持できないメモリーは、揮発性メモリーと呼ばれている。[参照元へ戻る]
◆抵抗変化メモリー (ReRAM)
電圧(電流)の印加により生じる抵抗変化を利用したランダムアクセスメモリー。Resistance Random Access Memory、あるいはResistive Random Access Memoryの頭文字をとってReRAM(アールイーラム)と呼ばれている。[参照元へ戻る]
◆酸素欠損
本研究における酸素欠損とは、酸化物層に導入された結晶構造や組成分布の乱れを微視的に表現したものである。ハフニウム酸化物においては、化学的に安定な組成であるHfO2と比較して、酸素が足りない方向に乱れが導入されることから、酸素欠損と表現した。低消費電力動作をしている抵抗変化メモリーの高抵抗状態では、特定の時定数を持った電子の捕獲・放出が行われていることが示され、電流ノイズに関与する酸素欠損の数が限られていることが強く示唆された。[参照元へ戻る]
◆フィラメントモード、界面モード
抵抗変化メモリーのメモリー動作を担う抵抗変化が、メモリー素子の一部分で起きている場合にフィラメントモード、金属/酸化物界面、あるいは酸化物層全体で起きている場合に界面モードと呼ばれている。例えば、数百ナノメートル程度の素子サイズで作製した抵抗変化メモリーにおいて、その抵抗変化が局所的に起きる場合には、酸化物層内に形成される電流経路がフィラメント状になることが多いことから「フィラメントモード」と呼ばれている。[参照元へ戻る]
◆電子ビーム吸収電流(EBAC)測定
電子ビームを当てながら対象物の吸収電流を測定する手法で、半導体集積回路における配線の不良解析手段として知られている。本研究では、この測定を、フィラメント状に形成される低抵抗部分を観察するために用いた。英語ではElectron Beam Absorbed Currentと言い、EBACと略す。[参照元へ戻る]
◆ノイズ測定
本稿でのノイズとは、定電圧印加時の電流に含まれる時間的な揺らぎ成分のことである。材料中やその界面に存在する原子スケールの欠陥は電子を捕獲・放出し、例えば電流経路の抵抗を変化させることで、電流値の時間的な揺らぎを発生する。抵抗変化メモリーのようにスイッチング毎に原子の質量移動と欠陥の電子状態変化を伴う素子では、そのノイズ特性にさまざまな成分を含むと予測される。このような欠陥を介した電流が支配的な場合、電流揺らぎを計測することでその伝導機構を調べることができる。[参照元へ戻る]
◆環境発電(エネルギーハーベスティング)
太陽光や室内光、さまざまな電磁波、物体の振動や温度差といった、環境に広がった身の回りにあるエネルギー源を利用して発電する方法。現在のところ発電できる電力が小さいため、センサー信号を情報処理して通信する用途に用いるには、それらの素子に対して低消費電力であることが求められている。[参照元へ戻る]
◆1/f2ノイズ
素子の微細化により、単一電子の捕獲・放出に起因する電流値の揺らぎが顕在化する。この揺らぎは、特定の捕獲エネルギー準位を介するために特有の時定数を示し、1/f2として周波数スペクトルに現れる。また、時間領域では二つの電流値を交互に示すため、ランダムテレグラフノイズ(random telegraph noise)と呼ばれている。トランジスタにおいては酸化膜界面の捕獲準位が主たる要因とされている。一方、抵抗変化メモリーにおいては、遷移金属酸化物中の酸素欠損による捕獲準位が、主たる要因と考えられる。なお、1/f特性は、さまざまな時定数の1/f2特性が重なった状態と理解することができる。[参照元へ戻る]
◆1/fノイズ
ノイズはその周波数依存性によって幾つかの種類に分けることができる。1/fノイズはノイズ強度が周波数の逆数に比例するもので、周波数依存性のない熱ノイズが、白色ノイズと言われるのに対し、ピンクノイズとも呼ばれている。また、1/f特性は、ゆらぎとしてさまざまな現象に現れる事が知られている。 金属/酸化物/半導体構造をチャネルに用いた電界効果トランジスタにおいては、ドレイン電流の揺らぎが特にその低周波側で1/f特性を示すことが知られている。[参照元へ戻る]
◆脳型推論
ここで用いている脳型推論用のデバイスとは、低消費電力で深層学習を実行するシナプス・ニューロン模倣デバイスや回路のことを指している。広い意味で「人工知能」と同等と考えて良いが、より「脳型」であるデバイスや回路を指している。[参照元へ戻る]
◆Society 5.0
さまざまな分野、例えば、サービス、ものづくり、社会インフラ、エネルギーネットワーク、環境などで、コンピューターの中にある仮想的なサイバー空間と、実世界であるフィジカル空間が高度に融合することによって、新しい価値が次々に創出されるスマートな社会を実現するための取り組みのこと。[参照元へ戻る]

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