発表・掲載日:2016/06/27

1000 ℃付近の高温で使用できる高精度な温度計を開発

-高温域での温度測定・温度制御技術の向上に貢献-

ポイント

  • 1000 ℃付近の高温域で高精度の温度測定が可能な白金抵抗温度計を開発
  • 白金線の熱処理とセンサー構造を最適化することで実現
  • 材料製造プロセスなど、高温域での温度測定・温度制御技術の向上に貢献


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 中村 安宏】温度標準研究グループ ウィディアトモ・ジャヌアリウス主任研究員と株式会社チノー【代表取締役社長 苅谷 嵩夫】(以下「チノー」という)は共同で、1000 ℃付近の高温域で高精度に温度測定ができる白金抵抗温度計を開発した。

 半導体の製造現場など、高精度な温度測定が必要な場合には、センサー部に白金線を用いた白金抵抗温度計が利用されている。しかし1000 ℃付近の高温域では白金線の抵抗値が不安定なうえに、高温によって白金線自体に熱ひずみが生じて抵抗値がより不安定になるため、精度の高い温度測定は困難であった。

 今回、産総研の国家標準(温度標準)を用いた熱サイクル試験などによって、センサー部の白金線を詳細に調べ、抵抗値を安定化させる作製条件を探した。その結果、センサーの作製過程で、白金線に適度な熱処理を加えると、1000 ℃付近の高温域でも抵抗値が安定することを見出した。さらに、高温で白金線に生じる熱ひずみを低減できるセンサー構造を新たに考案した。これらにより、高温域でも、0.001 ℃レベルの精度で温度測定できる新たな白金抵抗温度計を開発した。今後、材料プロセスなど高温域での高精度な温度測定・温度制御の実現が期待される。

 なお、この技術の詳細は2016年6月27日から7月1日までポーランドで開かれる国際学会TEMPMEKO 2016において発表される。

今回開発した白金抵抗温度計の外観(左)と先端のセンサー部(右)の図
今回開発した白金抵抗温度計の外観(左)と先端のセンサー部(右)


開発の社会的背景

 産業の現場では、製品製造、品質管理、安全管理のため、高精度な温度測定が必要となることが多い。特に0.01 ℃の精度の温度測定では、センサー部に白金線を用いた白金抵抗温度計が利用されている。しかし、シリコンウエハーや金属など各種材料の熱処理に用いられる1000 ℃付近の高温域では、白金抵抗温度計のセンサー部に生じる熱ひずみなどにより、測定値が変動する。このため、高温域での信頼性の高い高精度な温度測定は困難であった。

研究の経緯

 1000 ℃付近の高温域でも高精度の温度測定ができる白金抵抗温度計を利用するには、温度計のセンサー部である白金線の抵抗値が安定していることが求められる。産総研は、国際的な温度の基準とされ極めて温度の再現性が良い水の三重点(0.01 ℃)や銀の凝固点(961.78 ℃)などを、我が国の温度の国家標準として実現するシステムの研究開発を行っており、さらに、高精度な温度センサーの開発やセンサーを評価する技術の研究開発も行っている。一方、チノーは国内で有数の温度計メーカーであり、高精度な温度計の製造技術を保有している。

 近年、ものづくりの高度化により、高温域での高精度な温度測定のニーズが、以前にも増して高まっている。そこで、産総研とチノーは共同で、1000 ℃付近で高精度な温度測定ができる白金抵抗温度計を開発することとした。

研究の内容

 本研究では、まず、市販されている従来型の白金抵抗温度計を複数本用意し、産総研において適度な熱処理を行った。その後、国家標準の「水の三重点装置」と「銀の凝固点装置」に繰り返し出し入れして、白金抵抗温度計の抵抗値を測定する熱サイクル試験(図1)を行い、各温度における抵抗値の変化を調べた。

水の三重点装置および銀の凝固点装置を用いた熱サイクル試験の様子(上)と熱サイクル試験の温度(下)の図
図1 水の三重点装置および銀の凝固点装置を用いた熱サイクル試験の様子(上)と熱サイクル試験の温度(下)

 その結果から、今回行った熱処理をセンサーの作製過程で行えば、1000 ℃付近での抵抗値の変化が最小となり、安定な温度計を作製できることを見出した。また、白金抵抗温度計を高温で使用するとセンサー部の白金線に熱ひずみが生じるが、これを低減させるための白金線を保持する新たな構造を考案した。この構造を採用し、最適な熱処理などをほどこした白金抵抗温度計を試作した。

銀の凝固点および水の三重点における白金抵抗温度計の評価結果の図
図2 銀の凝固点および水の三重点における白金抵抗温度計の評価結果

 図2に、従来型の温度計と今回開発した温度計に対して、0.01 ℃の水の三重点と961.78 ℃の銀の凝固点との熱サイクル試験を行い、センサー部の抵抗値の変化を温度に換算したものを示す。一般に、高精度な測定を行う際には、3回程度測定を繰り返して行う。従来型の温度計では、熱サイクルを加えるごとに961.78 ℃での抵抗値は増加傾向にあり、追加測定として行った4回目の熱サイクル試験では、その抵抗値の変動は約0.01 ℃に達した。一方、今回開発した温度計では、その抵抗変化が±0.001 ℃で安定していた。また、0.01 ℃での抵抗値の変化も、従来型では増加傾向が見られるが、開発した温度計は±0.0005 ℃で安定していた。これらの結果から、今回開発した白金抵抗温度計は1000 ℃付近の高温域において繰り返しても抵抗値の変動が極めて少なく、信頼性が高い高精度な温度測定が可能とわかる。

 今回開発した白金抵抗温度計の熱サイクル試験に対する安定性は、世界的にも最高レベルである。今後、材料プロセスなど高温域での高精度な温度測定・温度制御の実現に貢献できる。また、世界各国で温度の国家標準を維持している国家計量標準機関は、互いに1000 ℃付近の温度の国家標準を比較してその同等性を検証しているが、今回開発した温度計はこのような世界トップレベルの温度測定にも活用できる。



用語の説明

◆白金抵抗温度計
白金は温度が高くなると電気抵抗が増加し、温度が下がると電気抵抗は減少する。温度と白金の抵抗値の関係を事前に求めておいて、白金の抵抗値を測定して、これを温度に換算することを利用したのが白金抵抗温度計である。高純度の白金をセンサーに用いると、安定性や、再現性が高い温度測定ができる。[参照元へ戻る]
◆抵抗値
金属線の両端に電圧をかけると電流が金属中を流れるが、その流れにくさを表すものが電気抵抗である。抵抗値はそれを数値で示したものである。[参照元へ戻る]
◆熱ひずみ
金属を加熱すると膨張し、冷却すると収縮する。均一に膨張・収縮しない場合には、金属内部にひずみが生じ、抵抗値が不規則に変わってしまう。[参照元へ戻る]
◆国家標準
温度や電圧、長さや質量などを計測するために、国内外で統一した単位を用いている。日本国内の単位の基準である国家標準は、産総研が維持・管理している。[参照元へ戻る]
◆国際的な温度の基準
国際的に温度の目盛を統一するために決められているもので、一定の温度で極めて安定した状態となる水の三重点や金属の凝固点などが温度の基準とされている。現在は1990年に規定された「1990年国際温度目盛」が使われている。[参照元へ戻る]
◆水の三重点
密封容器の中に、水と氷と水蒸気が共存している状態。このときの温度は極めて再現性が高いため、温度の基準として用いられている。水の三重点が生じる温度は0.01 ℃と定められている。[参照元へ戻る]
◆銀の凝固点
銀などの金属は、液体から固体へ凝固するときの温度の再現性が良い。このため、1気圧下で凝固する温度(凝固点)が、温度の基準として用いられているものがある。銀の凝固点は961.78 ℃と定められている。[参照元へ戻る]



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