発表・掲載日:2016/03/03

世界最高水準の標準ガスバリアフィルムを開発

-有機ELの長寿命化への貢献に期待-

ポイント

  • 水蒸気に対して優れたバリア性能をもつ標準ガスバリアフィルムを開発
  • 粘土にポリイミドを添加して作製した高機能粘土膜クレースト®を利用
  • 有機ELで用いられるハイバリアフィルムの品質向上への貢献に期待


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)工学計測標準研究部門【研究部門長 高辻 利之】 圧力真空標準研究グループ 吉田 肇 主任研究員、化学プロセス研究部門【研究部門長 濱川 聡】 蛯名 武雄 首席研究員らは、粘土ポリイミドを原料とする、極めてガス透過性が小さいバリアフィルムを用いて、水蒸気透過度が10-6 g m-2 day-1レベルの標準ガスバリアフィルムを開発した。

 今回、穴の開いたステンレス薄板に、産総研が開発した粘土を主成分とするバリアフィルム「クレースト®」を、穴をふさぐように熱プレスで隙間なく直接接合して、標準ガスバリアフィルムを作製した。開発した標準ガスバリアフィルムの水蒸気透過度は、クレースト®自体がもつ水蒸気透過度と穴の面積から算出・設計でき、今回は、標準的な試験条件である温度40 ℃、相対湿度90 %条件で、10-4~10-6 g m-2 day-1の水蒸気透過度を示す三種類の標準ガスバリアフィルムを作製した。これらの水蒸気透過度は、従来品の1/1000以下という微小な値である。標準ガスバリアフィルムを用いることで得られる信頼性の高い水蒸気透過度の測定は、有機ELディスプレイや有機太陽電池などに使われるハイバリアフィルムを評価する基準となり、これら製品の品質管理や長寿命化に貢献すると期待される。

 この標準ガスバリアフィルムは、2016年3月3日に一般社団法人 バリア研究会が明治大学(東京都千代田区)で開催する 2015年度第8回講演会・異業種交流会で展示され、2016年3月19日~22日に、東京工業大学(東京都目黒区)で開催される第63回応用物理学会春季学術講演会で発表される。

開発した標準ガスバリアフィルムの写真(左)と模式図(右)の画像
開発した標準ガスバリアフィルムの写真(左)と模式図(右)


開発の社会的背景

 フレキシブル有機ELディスプレイや有機EL照明は、軽い、薄い、落としても壊れにくい、消費電力が小さい、ロール・トゥー・ロール製造技術との相性が良いことなどから、省エネルギーさらにはグリーンイノベーションの実現に寄与すると期待されている。しかし、プラスチックフィルム上に有機ELを形成すると、フィルムを透過した水蒸気や酸素が有機ELを劣化させるため、十分な製品寿命を確保できないという問題がある。有機太陽電池など他の有機エレクトロニクスデバイスでも、同じ原因による性能劣化が問題になっている。

 そこで、水蒸気や酸素を透過させないハイガスバリア層をプラスチックフィルム上にコーティングして、有機エレクトロニクスデバイスの劣化を防ぐ試みが行われている。このハイガスバリア層には、水蒸気透過度が10-6 g m-2 day-1という高いバリア性能が求められる。これまでに、10-6 g m-2 day-1レベルという極めて小さい水蒸気透過度を評価するため、様々なガスバリア性評価装置や評価法が提案されてきた。これらガスバリア性評価装置の多くは、校正のために標準ガスバリアフィルムを必要とする。しかし、10-6 g m-2 day-1レベルの水蒸気透過度をもつ標準ガスバリアフィルムが無かったため、測定値の信頼性が問題となっていた。

研究の経緯

 産総研工学計測標準研究部門では、圧力真空標準の開発で培われた、分圧真空計の校正技術を応用したガスバリア性評価装置の開発を行っている。特に、産総研が開発した定量ガス導入素子「標準コンダクタンスエレメント」は、任意の気体の微小な流量を発生させることができ、水蒸気を含む様々な気体を用いた分圧真空計の校正を可能にする技術として注目されている。

 また、化学プロセス研究部門では、クレースト®の開発(2004年8月11日産総研プレス発表)以来、大学などの研究機関や民間企業との共同研究を通して、クレースト®の実用化に取り組んできた。クレースト®は、緻密に積層した粘土結晶の間をバインダーが埋める構造であり、そのため高いガスバリア性を発現する。また、耐熱性にも優れ、ガスケット、難燃プラスチック、ガスバリアフィルムなど、食品包装からロケット開発に至るまで幅広い用途へと応用されている。2010年5月には産総研コンソーシアム「Clayteam」を設立し、産学官の連携により開発を加速・展開している。

 今回、工学計測標準研究部門がもつ極微量の水蒸気分圧の測定・校正技術と、化学プロセス研究部門のクレースト®製造技術を組み合わせることで、高性能な標準ガスバリアフィルムを開発することとした。

研究の内容

 クレースト®は、粘土とバインダーの混合割合などを調整して、水蒸気透過度を制御できる。今回、バインダーとしてポリイミドを採用し、温度40 ℃、相対湿度90 %条件で、水蒸気透過度が2.0×10-3 g m-2 day-1になるように調整して作製した。このクレースト®を、穴の開いたステンレス薄板に熱プレスにより直接接合して標準ガスバリアフィルムを作製した(図1)。接合に接着剤を用いていないため、水蒸気が接着剤を透過することはない。ガスバリア性評価装置の測定有効径が90 mmの場合、ステンレス薄板の穴径を20 mm、6.5 mm、3.5 mmとすると、それぞれ、1.0×10-4 g m-2 day-1、1.1×10-5 g m-2 day-1、3.1×10-6 g m-2 day-1の標準ガスバリアフィルムとなることが、設計上見込まれる。また、比較のため、同様の試料を、PETフィルムを熱圧着にてステンレス薄板に張り付けて作製した。PETフィルム(厚さ80 µm)の水蒸気透過度は温度40 ℃、相対湿度90 %条件で6.9 g m-2 day-1であり、ステンレス薄板の穴径を2 mmとすることで、3.4×10-3 g m-2 day-1となることが、設計上見込まれる。

今回開発した三種類の標準ガスバリアフィルムの裏面の写真
図1 今回開発した三種類の標準ガスバリアフィルムの裏面
水蒸気透過度 1.0×10-4 g m-2 day-1 (穴径20 mm)(左)
1.1×10-5 g m-2 day-1(穴径6.5 mm)(中央)、3.1×10-6 g m-2 day-1 (穴径3.5 mm)(右)

 開発した標準ガスバリアフィルムと比較用のPETフィルム試料の水蒸気透過度を、ガスバリア性評価装置(図2)を用いて確かめた。このガスバリア性評価装置は、差圧式質量分析法を用いており、バリアフィルム試料のガス供給側(暴露側)に水蒸気を導入し、透過側(検出側)を真空排気して、試料を透過した水蒸気を分圧真空計で検出する。検出側を超高真空(10-7 Paレベル)とすることで、透過前の水蒸気分圧を低減するとともに、分圧真空計を用いることで、残留ガスを除き、透過した水蒸気だけを測定する。水蒸気透過度を定量化するには、分圧真空計を校正する必要があるが、評価装置に標準コンダクタンスエレメントを搭載することで、分圧真空計を、水蒸気を用いて“その場”校正できる。すなわち、標準コンダクタンスエレメント上流の水蒸気圧力を変化させて装置への水蒸気導入量を変え、その時の分圧真空計のイオン電流を記録することで、水蒸気透過度とイオン電流の検量線を作成できる。

標準ガスバリアフィルムの水蒸気透過度確認実験に用いたガスバリア性評価装置の模式図(左)、写真(中央)、標準コンダクタンスエレメント(右)の写真
図2 標準ガスバリアフィルムの水蒸気透過度確認実験に用いたガスバリア性評価装置の模式図(左)、
写真(中央)、標準コンダクタンスエレメント(右)

 作製した標準ガスバリアフィルムの水蒸気透過度を、温度40 ℃、相対湿度90 %条件で測定した結果(図3)、標準ガスバリアフィルムの水蒸気透過度は、穴径を3.5 mmとして水蒸気透過度を3.1×10-6 g m-2 day-1としたものを含め、標準コンダクタンスエレメントを用いて作成した検量線の直線上にあった。これらの結果より、設計値通りの水蒸気透過度であることが確認できた。

従来の手法からの改善点の図
図3 クレースト®を用いた標準ガスバリアフィルムの水蒸気透過度の確認実験結果
比較のため、PETフィルムを用いて作製した試料の結果も示した。

今後の予定

 今回開発した標準ガスバリアフィルムは、その他の様々なガスバリア性評価装置の試料ホルダーに取り付けることができるので、それらについても、同様の測定結果が得られるか確認するための比較実験を行う。また、国家標準にトレーサブルな標準ガスバリアフィルムを供給できる体制を整えていく予定である。



用語の説明

◆粘土
2 µm以下の微細な層状珪酸塩。ケイ素と酸素からなる4面体シートとアルミニウム、鉄、マグネシウムなどの金属元素と酸素、および水酸基からなる8面体シートが重ね合わさり、厚さ約1 nmの単位結晶となる。[参照元へ戻る]
◆ポリイミド
分子の繰り返し構造単位内にイミド基と呼ばれる化学構造をもつプラスチックの総称。耐熱性に優れ、広い温度範囲で物性変化が少ないことから、宇宙航空用やエレクトロニクス分野、光通信分野などに用途が拡大しており、プリンタブルエレクトロニクス用基板や半導体実装用フィルム、車輛用や産業用モーターのコイル絶縁体などに使用されている。[参照元へ戻る]
◆バリアフィルム
ガスを透過しない、又は、透過しにくいフィルム。ポリエチレンテレフタレート(PET)やポリエチレンナフタレート(PEN)などのプラスチックフィルムにガスバリア層をコーティングして作製することが多い。水蒸気透過度が10-3~10-4 g m-2 day-1以下のバリアフィルムを、特にハイバリアフィルムと呼ぶことがあり、有機EL等の劣化を防ぐための保護フィルムとして利用されることが期待されている。[参照元へ戻る]
◆水蒸気透過度
単位時間、単位面積当たりの水蒸気の透過量。水蒸気バリア性を定量的に表した値として用いられる。慣習的に、g m-2 day-1という単位が用いられることが多い。今回開発した標準ガスバリアフィルムの場合、最小の水蒸気透過度は3.1×10-6 g m-2 day-1であり、これは面積が1 m2のガスバリアフィルムを透過する水蒸気の量が、1日当たり3.1×10-6 g(3.1マイクログラム)に相当する。これを液体の水に換算すると、直径が約0.18 mmの球形の水滴となる。[参照元へ戻る]
◆標準ガスバリアフィルム
ガスバリア性評価装置を校正する際に基準として用いる、ガス透過度が予め評価されたガスバリアフィルム。市販されている標準ガスバリアフィルムで水蒸気透過度が最も小さいものは、米国国立標準技術研究所(NIST)にトレーサブルな標準ガスバリアフィルム(水蒸気透過度は3.2×10-2 g m-2 day-1)である。そのほか、米国モコン社が開発した標準ガスバリアフィルム(水蒸気透過度は8×10-3 g m-2 day-1)がある(2016年1月現在)。[参照元へ戻る]
◆クレースト®
産総研で開発された、粘土を主成分とする膜材料。厚さ約1 nmの粘土結晶を緻密に積層した柔軟で耐熱性に優れた膜である。耐熱性、高ガスバリア性などが特徴。合成粘土を用いることにより透明なフィルムも作製することができる。[参照元へ戻る]
◆温度40 ℃、相対湿度90 % 条件
プラスチックフィルムの水蒸気透過度は試験条件によって異なるため、試験条件がJIS等の規格で決められている。有機ELなどに用いられるハイバリアフィルムに対しては、JIS K 7129:2008「プラスチック―フィルム及びシート―水蒸気透過度の求め方(機器測定法)」に示された温度40 ℃、相対湿度90 %の条件で試験されることが多い。[参照元へ戻る]
◆ロール・トゥー・ロール
ロール状に巻いたプラスチックフィルムを、再びロール状に巻き戻す途中に、成膜などのフィルム加工工程を加えることで、フィルムに機能性を持たせる生産技術。量産化に優れる。[参照元へ戻る]
◆ガスバリア性評価装置
ガスバリアフィルムを透過する微量のガス透過度を測定する装置。ガスバリア性評価装置は、等圧法と差圧法に分類でき、等圧法には、カップ法、電極法、カルシウム法、モコン法、ガスクロマトグラフ法、API-MS法などが、差圧法には、圧力法、容積法、及び今回の研究で使用した差圧式質量分析法がある。ガスバリア性評価装置の多くは、装置定数の校正や、異なる測定装置間の結果の比較、測定装置の信頼性評価のために、標準ガスバリアフィルムを必要とする。[参照元へ戻る]
◆圧力真空標準
圧力計や真空計を校正するための基準。工学計測標準研究部門圧力真空標準研究グループでは、10-9 Pa~109 Paまでの圧力真空の国家標準を開発、維持し、産業界に供給すると共に、国際整合性の確保に努めている。[参照元へ戻る]
◆分圧真空計
真空中の気体種ごとの圧力(分圧)を測定するための真空計。代表的な分圧真空計として、四極子形質量分析計がある。気体分子の重さ(より正確には、質量電荷比m/z)ごとに、気体分子を分離して測定する。水分子の分子量は18なので、分圧真空計の出力信号の中のm/z 18の信号だけを選択的に測定することにより、水分子だけを計測できる。真空中で行われる半導体や薄膜等の製造プロセスにおいて、残留ガスや漏れ(リーク)を測定するために用いられている。[参照元へ戻る]
◆標準コンダクタンスエレメント
ステンレス製多孔質焼結体からなる定量ガス導入素子。焼結体の孔径を1 µm以下とすることで、104 Pa(絶対圧力)という比較的高い圧力で、分子流と言う特性の良く分かった流れを発生することができる。標準コンダクタンスエレメントを介して気体を導入することで、水蒸気を含む様々なガスを使って、真空容器内に気体を定量導入できる。[参照元へ戻る]
◆Clayteam
粘土膜や無機ナノ素材の製品化などを目的とした産総研コンソーシアム。研究機関、民間企業などが参加し、2016年3月1日現在、企業50社が入会している。粘土原料のデータベース作成、セミナー事業、技術情報提供、製品試作評価支援、見学会などを行っている。[参照元へ戻る]
◆“その場”校正
計測器を装置から取外すことなく、使用している状態のまま、現場で校正すること。計測器の校正結果は、環境温度や取付けの向き、計測器の使用履歴や輸送によって変化する可能性があるが、“その場(in-situ)”校正できることで、これらの影響を低減することができる。[参照元へ戻る]
◆検量線
予め量がわかっている物質と、それに対する測定データとの間の関係を示したグラフ。未知の試料の測定データは、検量線を用いて定量化される。校正曲線とも呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆国家標準にトレーサブル
校正の切れ目ない連鎖により、国が定める標準(目盛りの基準)にたどれることが確かめられた状態。製品の安全性担保や輸出入等の円滑な商取引に欠かせない。[参照元へ戻る]


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