発表・掲載日:2015/10/27

グラフェンナノリボンによる紫外光のテラヘルツ変調

-テラヘルツ波発振素子の可能性をシミュレーション-

ポイント

  • 紫外線光源を利用したテラヘルツ波発振技術のシミュレーション
  • シミュレーションからグラフェンナノリボンによる紫外光のテラヘルツ周期の変調を計算
  • 計算科学の光デバイス研究開発への貢献の可能性


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】材料界面シミュレーショングループ 宮本 良之 研究グループ長と、中国 四川大学 Hong Zhang教授、Xinlu Cheng教授、ドイツ マックスプランク 物質構造・ダイナミクス研究所 Angel Rubio教授は、グラフェンナノリボンが紫外光をテラヘルツ(THz)の周期で変調させる作用があることをシミュレーションで発見した。この計算結果から、テラヘルツ波発振素子への応用を提案した。

 このシミュレーションは、紫外光がグラフェンナノリボンを通ると、その強度がテラヘルツ周期で変調されることを計算したものである。変調された紫外光を光伝導特性を持つ半導体に当てると半導体内にテラヘルツ周期で変調された光電流が流れるため、それをアンテナに流すとテラヘルツ波の発振が可能になると予想される。これにより、有機物質の特定や生体観察などに利用できるコンパクトなテラヘルツ波発振素子を開発できる可能性が考えられる。

 なお、このシミュレーションの詳細は、英国王立化学会の発行する雑誌Nanoscaleに近くオンライン掲載される。

グラフェンナノリボンを用いたテラヘルツ波発振素子概念図
グラフェンナノリボンを用いたテラヘルツ波発振素子の概念図


開発の社会的背景

 近年、グラフェンの応用技術が注目を集めており、電子と正孔の伝導特性がどちらも高いことなどを利用したデバイスが研究されている(2012年12月11日産総研プレス発表)。しかし、光デバイスでは伝導特性が高ければ高いほどよいというわけではなく、この特性は必ずしも有利ではなかった。一方、グラフェンを短冊状に切ったグラフェンナノリボンはバンドギャップをもち、半導体のような特性があり、光の吸収や透過といった性質を利用することが研究されてきた。

 また、特定有害物質の同定や建築物劣化の測定にはテラヘルツ波が利用できるが、強力なテラヘルツ波発生源をコンパクトな素子を用いて安価に製作することは容易ではなかった。

研究の経緯

 産総研は、計算科学による設計からナノスケール材料の研究開発を加速することを目指しており、第一原理計算によって物質中の電子や原子の働きをシミュレーションし、材料に光を当てた場合の電子の運動の計算や、グラフェンなどのナノスケール材料の光応答の計算に取り組んできた(2015年3月18日産総研プレス発表)。

 今回の研究では、産総研と四川大学でグラフェンナノリボンの応用を検討し、マックスプランク 物質構造・ダイナミクス研究所が第一原理計算の適用方法と解釈について検討し、数値計算を産総研が担当した。なお、今回の数値計算は、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「原子層科学(SATL)(平成25~29年度)」による支援を受けて行い、大阪大学 サイバーメディアセンターの共同利用設備であるスーパーコンピューターを用いた。

研究の内容

 今回の研究では、紫外光がグラフェンナノリボンを通過する際に、紫外光の強度がグラフェンによりテラヘルツ周期で変調されることをシミュレーションで確認し、その現象を利用したテラヘルツ波の発振素子を提案した。半導体のようにバンドギャップを持つ、リボン状になった一次元グラフェンナノリボンを対象とし、グラフェンナノリボンの端はグラフェンシートを構成する炭素原子に水素原子が結合したアームチェア型という構造を仮定した(図1)。このグラフェンナノリボンに、図1に示す方向に分極する光電場の紫外光を当てるシミュレーションを、時間依存密度汎関数理論に基づいた第一原理計算により行ったところ、グラフェンナノリボンの端から端に電子が行き来する振動が誘起されると計算された。すなわち、光照射により、グラフェンナノリボン内部の電子による電子雲が光電場の振動に合わせて振動しようとする。もし電子雲の固有振動数が光電場の振動数に近ければ共鳴現象を起こすと予想される。第一原理計算によるシミュレーションでは、紫外光(光子のエネルギーが6 eV程度)が照射されると電子雲の振動と光電場の振動が共鳴現象を示し、電子雲の振動の振幅が増大と減衰を繰り返すと計算された。

シミュレーションに用いたグラフェンナノリボンに長手方向に垂直に分極した紫外光の光電場を当てる様子の図
図1 シミュレーションに用いたグラフェンナノリボンに長手方向に垂直に分極した紫外光の光電場を当てる様子


 図2に、グラフェンナノリボンの表面から0.334 nmの高さでの、グラフェンナノリボンの電子の振動により発生した誘導電場と光電場の和(これを全電場と呼ぶ)と、光電場の時間変化のシミュレーション結果を比較した。なお、紫外光の光子エネルギーは、6.20 eVと6.53 eVとして計算してある。

グラフェンナノリボンに光子エネルギーが6.20 eVと6.53 eVの紫外光を照射した際のグラフェンナノリボン表面付近の全電場のシミュレーション結果の図
図2 グラフェンナノリボンに光子エネルギーが6.20 eVと6.53 eVの紫外光を照射した際のグラフェンナノリボン表面付近の全電場のシミュレーション結果


 図2に示すように、全電場の強さは増大と減衰を繰り返し、その周期は約100 フェムト秒(fs)であった。この周期は約10 THZに対応する。したがって、グラフェンナノリボンを半導体表面に塗布し、紫外光をグラフェンナノリボン越しに半導体へ照射すると、周期100 fsで変調された紫外光が半導体に到達し、半導体内に流れる光電流も100 fsの周期で変調されると考えられる。この半導体をアンテナに接続すればテラヘルツ波を発生できると予想される。なお、アンテナからのテラヘルツ波発振には、電場として発振するために一方向の電流の強弱変化よりも、双方向の電流の変化が厳密には望ましいので、電流・電圧変換機を挿入してアンテナに接続することを併せて提案した。

今後の予定

 今後は、実際に応用が期待されている0.5 THZから5 THZのテラヘルツ波を発生させる、グラフェンナノリボン以外の低次元材料を探索する。また、照射する光の波長も、紫外光領域から可視光、赤外光領域まで、より幅広い可能性を追求していく予定である。



用語の説明

◆グラフェンナノリボン
蜂の巣状の炭素原子で構成される層状物質からなるのが黒鉛で、その層一枚一枚を分離したものがグラフェンである。さらに、グラフェンの層を短冊のようにしたものをグラフェンナノリボンと呼ぶ。リボンの幅はnmからμmのものまであり、nm幅になるとグラフェンが半導体のような性質になることがある。今回は1 nm程度の幅のナノリボンについてシミュレーションを行った。[参照元へ戻る]
◆テラヘルツ波発振
テラヘルツ波は、可視光や近赤外の光の振動数よりも低く、無線の電波の振動数よりも高い領域で、一秒間に1012回程度振動する周期をもつ電磁波である。なお、テラとは1012(一兆)のことである。有機材料特有の振動モードの周波数に近いことを利用した、物質特定に応用される。なお、紫外光では周波数がテラヘルツ波の1000倍を超える。[参照元へ戻る]
◆光伝導特性
光を当てると電気伝導性を示す特性のこと。有機・無機半導体材料に見られる性質。[参照元へ戻る]
◆正孔
固体中で局所的に電子が足りなくなって、あたかも正の電荷をもつように見えるもの。[参照元へ戻る]
◆バンドギャップ
物質の中で電子はさまざまなエネルギーを持つが、半導体や絶縁体中ではある特定のエネルギー領域の状態を取ることができない場合があり、このエネルギー領域をバンドギャップと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆第一原理計算
物質の構造、電子状態を実験によるパラメータを参照せずに、基礎理論に基づき計算すること。[参照元へ戻る]
◆光電場
光とは電場と磁場が振動しながら進行する波であり、その電場成分のこと。[参照元へ戻る]
◆時間依存密度汎関数理論
物質中の電子の運動を近似的に求める理論。もともとは、物質中の電子の状態を近似的に記述する密度汎関数理論が基礎になっており、物質の光吸収や、物質に強い光や高速イオンを当てた場合の構造変化のシミュレーションなどに利用されている。[参照元へ戻る]
◆電子雲
電子は粒子の性質とともに波の性質も併せ持つので、その存在は雲のように例えられることがある。実際に、電子が集団で運動する様子を数値計算するとさながら雲の動きのように見える。[参照元へ戻る]
◆低次元材料
通常の材料は体積のある3次元構造をなしているが、グラフェン、カーボンナノチューブ、フラーレンといった材料は、材料の広がっている方向が2次元以下なので、これらの材料を総じて低次元材料と呼ぶ。[参照元へ戻る]


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