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発表・掲載日:2015/09/25

相変化光メモリーの動作を超高速化するメカニズムを解明

-相変化記録膜材料で結晶格子が一瞬変化する様子を観測-

研究成果のポイント

  • DVDやブルーレイディスクで使用されている記録材料のGe-Sb-Te超格子構造薄膜に、レーザー光を照射して一瞬でその局所構造を変化させ、その状態変化をストロボ測定することに成功しました。
  • Ge-Sb-Te合金の状態変化との比較により、超格子構造における状態変化が、従来考えられていた熱的な反応過程ではなく、非熱的な反応過程であることを実証しました。
  • 超高速で書き込み・消去が可能な相変化メモリーへの応用が期待されます。


 国立大学法人筑波大学(以下「筑波大学」という)数理物質系の長谷宗明准教授および国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門の富永淳二首席研究員らのグループは、格子振動(フォノン)の振動振幅を約100 fs(フェムト秒、1000兆分の1秒)の精度で光操作する技術を開発し、現在使用されている記録型DVDや次世代の不揮発性固体メモリーとして期待されている相変化メモリーの記録材料において、ほんの1 ps(ピコ秒、1兆分の1秒)程度しか出現しない励起状態の観測に成功しました。

 本研究グループは、超短パルスレーザー光をマイケルソン干渉計を応用して励起光パルス対を生成し、超格子型相変化メモリー用薄膜(GeTe/Sb2Te3超格子薄膜)に照射することにより、光学フォノン(周波数約3.5 THz)の選択的励起とフォノン振幅の増強に成功しました。また、この光学フォノンの選択的励起によって超格子構造中のTe原子を中心とした局所構造が、励起パルス対の照射後、約300 fsという極短時間で2種類の局所構造に変化してゆく過程を、コヒーレントフォノンスペクトルの時間変化を測定することにより世界で初めて観測しました。

 今回観測された超高速相転移現象は、これまで考えられてきた熱的な転移過程ではなく、非熱的な転移過程であることを強く示唆しています。すなわち、相転移が熱伝導率に依存するのではなく、レーザーパルス対の時間間隔のみで制御できるという、全く新しい動作原理の超高速スイッチング相変化デバイスが可能になると期待されます。

 本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。

* 本研究成果の一部は、以下の事業・研究領域・研究課題などによって得られました。
① 文部科学省 X線自由電子レーザー重点戦略研究課題 「相変化記録膜材料のX線回折プローブによる格子ダイナミクス」 長谷 宗明
② 国立研究開発法人 科学技術振興機構 CREST「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出」研究領域(黒部 篤 研究総括):「カルコゲン化合物・超格子のトポロジカル相転移を利用した二次元マルチフェロイック機能デバイスの創製」 富永 淳二



研究の背景と経緯

 DVD-RAMなどに代表される光記録や近年実用化が進む不揮発性固体メモリーの一つである相変化メモリー(Phase Change Random Access Memory: PCRAM)で使用されている記録膜材料は、Teを主成分とするカルコゲン化合物と呼ばれる半導体で、相変化材料と呼ばれています。この材料の20 nm(ナノメートル)程度の薄膜に、半導体レーザーなどのパルス状レーザービームやパルス電流を入射させることによって膜の温度を融点(650 ℃)以上まで加熱・急冷し、結晶→アモルファスあるいはその逆の相転移過程を起こすことでメモリー機能を実現しています。

 相変化メモリーは1960年代に提案されましたが、1991年に松下電器産業(現パナソニック)によってGeTe-Sb2Te3系合金(GST合金)が開発され、DVDディスクの光記録材料として実用化を果たしました。その後、同じGST合金を用いて電気パルスで動作する不揮発性固体メモリーとしての相変化メモリーの研究開発が盛んになり、次世代の省電力タイプの実用化にむけた研究開発が加速しています。同時に、GST合金の相転移プロセスの物理機構の解明に向けた基礎研究も活発化しています。特に近年、SPring-8などの高輝度X線を用いた吸収分光による解析や、第一原理計算・分子動力学計算を用いた理論解析方法が確立し、他分野の研究者でも利用できるようになったため、1ナノ秒(10億分の1秒)程度と考えられている高速相転移の機構や、格子ダイナミックスについての知見の蓄積が進んでおり、1ナノ秒以下で相転移スイッチングが実現出来れば、現在よりも格段に高速のデータ記録・消去が可能な省電力型の相変化メモリーが実現すると期待されています。

 これまで筑波大学の長谷宗明准教授は、結晶構造における相転移プロセスにおいて原子変位を制御する手段として、原子の集団振動である格子振動(フォノン)に着目し、半導体など固体結晶中に存在するTHz周波数帯域の光学フォノンの観測と制御に関する研究開発に取り組んできました。特にフェムト秒パルスレーザーを固体に照射した際には、位相の揃ったフォノン(コヒーレントフォノン)(a)が発生することが知られており、このコヒーレントフォノンの振幅は光パルス対による励起によって制御できることが分かってきました。しかし、GST合金に代表される相変化記録膜材料の相転移に関しては、結晶性や配向が高度に制御された薄膜を作製することが困難で、研究が進んでいませんでした。

 一方、産総研の富永淳二首席研究員らのグループは、GST合金を超格子状に作製する技術を世界に先駆けて開発し、省電力型相変化メモリーへの応用を2007年から手がけてきました。特定の厚みを持ったGeTe層とSb2Te3層を繰り返し積層した超格子構造(GeTe/Sb2Te3)において、従来のGST合金に比べて半分以下の電流と電圧で相転移スイッチングが動作し(b)、記録消去回数も数桁以上(10億回以上)向上できることが実証されています。

研究内容と成果

 本研究では、産総研のグループが作製した、結晶性が極めて良質かつ配向制御されたGeTe/Sb2Te3超格子構造薄膜を使用し、筑波大学においてパルス幅40 fsの超短パルスレーザー光をマイケルソン干渉計により励起パルス対(P1 =10.6 mJ/cm2とP2 = 6.9 mJ/cm2の励起光エネルギー密度)にして照射し(図1)、Ge原子を中心とする局所構造のコヒーレント光学フォノン(周波数約3.5 THz)の選択的励起および振動振幅の増強に成功しました(図2)。なお、GeTe/Sb2Te3超格子構造では、SET相と呼ばれる構造がGST合金での結晶相に対応し、またRESET相と呼ばれる構造がGST合金でのアモルファス相に対応しています(b)

 また、このコヒーレント光学フォノンの振動振幅の増強により結晶格子が大きく変調され、Te原子を中心とした局所構造が光照射後290 fsで格子変形し、もともと1種類だった局所構造から2種類の局所構造が発現してゆく様子を、コヒーレントフォノンスペクトルの時間変化から捉えることに世界で初めて成功しました(図3a, b)。この2種類の局所構造は、第一原理分子動力学計算の結果との比較などから、もともと配位価数が6配位(GeTe6)だった結合状態が、4配位(GeTe4)と3配位(GeTe3)に分裂して出現したものと考えられます(図3c)。

 比較のためGST合金の薄膜についても同様に励起パルス対を照射しましたが、コヒーレントフォノンスペクトルの時間変化からは2種類の局所構造の発現は確認できませんでした。すなわち、同様のレーザーパルス光のパワー照射下では、GST合金よりも相転移スイッチングの特性をあらかじめ第一原理計算によるシミュレーションなどで設計された人工結晶構造である超格子構造の方が、Ge原子を中心とする局所構造の変化が発生し易いことを示しています。また、その転移速度は、フォノンの振動周期とほぼ同等であることから、今回観測された局所構造転移は、通常10 ps以上を要する従来の熱的な相変化過程ではなく、Ge原子とTe原子に束縛された価電子励起のみに依存する非熱的な反応過程であることを示唆しています。以上のように、相変化光メモリーの動作を超高速化するためには、超格子構造を持つことと、フェムト秒レーザーの励起パルス対の組み合わせが重要であることを発見しました。

今後の展開

 本研究成果は、現状の相変化光記録膜や相変化メモリーの相転移過程を1 ps以下の時間で制御できることを示しています。すなわち、相変化メモリーの書き換え速度をこれまでより1000倍以上高速化できるだけでなく、相転移スイッチングを光スイッチとした光通信などにおいて高ビット数の情報の転送が可能となります。

 また、GeTe/Sb2Te3超格子構造薄膜の相転移をフェムト秒の超高速パルス対で誘起できれば、コンピュータのプロセッサにも応用できるTHz周波数帯域での書き込み・消去可能な超高速相変化メモリーが可能になり、シリコンベースのプロセッサのGHz周波数帯域の性能を凌駕する潜在能力も秘めています。さらに、今回得られた超高速相転移は、シングルパルス励起では観測されず、励起パルス対の照射でしか観測できないこと、および励起パルス対の時間間隔に依存することから、従来の熱的な転移過程ではなく、非熱的な転移過程であると考えられます。すなわち、熱伝導率に支配されることなく、レーザーパルス対の時間間隔のみで相転移を制御できる、新しいタイプの超高速相変化メモリーデバイスの創製につながります。

 さらに、超格子構造を改良し、相転移スイッチングに必要なレーザーパワーを省力化し、かつスイッチング動作をさらに安定化できれば、デバイスサイズの極小化も可能で、上に述べたような超高速相変化メモリーデバイスの実現も期待できます。

参考図

パルス対励起と期待される超高速相変化反応プロセスの図
図1 パルス対励起と期待される超高速相変化反応プロセス。(a) 第一励起パルス(P1)により、試料の状態を基底状態から励起状態に遷移させ、第二励起パルス(P2)により励起状態での相転移制御を行う。励起状態での構造変化のモニターは、プローブパルス(P3)により行う。なお、P1とP2の時間差(∆t)はマイケルソン干渉計により10 fsの精度で変化させることができる。また、モニターするタイミングは、P2とP3パルス間の時間(τ)を変化させる。(b) パルス対励起で観測できる超高速相変化反応プロセスを表す。実験では、SET相(合金では結晶に対応)の状態からスタートし、RESET相(合金ではアモルファスに対応)への前駆反応プロセスを観測する。Ge原子は緑色、Te原子は橙色、Sb原子は紫色で示す。

超格子構造のGeTe/Sb2Te3において得られたプローブ光の反射率変化の図
図2 超格子構造のGeTe/Sb2Te3において得られたプローブ光の反射率変化。(下) 初期状態(SET相)において第一励起パルス(P1)なしで測定したものである。矢印はP2パルス照射の時間を示す。(b)時間間隔∆t = 290 fsで励起パルス対を試料に照射した際のコヒーレントフォノンの振幅増強の様子を示す。第二励起パルス(P2)照射直後の振動波形は、いったん振幅が増強されるが、その後、水色の帯で示すように1 ps程度経つと大きく減衰しており、励起状態では初期状態とは異なるコヒーレントフォノンに変化したことが分かる。

コヒーレントフォノン信号をフーリエ変換して得られたフォノンスペクトルの図
図3 コヒーレントフォノン信号をフーリエ変換して得られたフォノンスペクトル。(a) 励起パルス対を照射する前、試料は初期状態(SET相)にあり、このとき6配位状態のGeTe6に対応するフォノン周波数は3.48 THzであることが分かる。(b)励起パルス対を照射した場合。∆t=290 fsで励起パルス対を照射すると、もともと3.48 THzにあったピークは2つに分裂し、一方は高周波数側にブルーシフト(3.7 THz)し、もう一方は、低周波数側に大きくレッドシフト(2.55 THz)することが分かる。(c) フォノンスペクトルで観測された局所構造変化のモデル。励起パルス対を照射すると、励起状態になり、3配位(GeTe3:2.55 THz)と4配位(GeTe4:3.7 THz)の局所構造が出現すると考えられる。

参考文献

a) M. Hase, M. Katsuragawa, A. M. Constantinescu and H. Petek, 2012, Frequency comb generation at THz frequencies by coherent phonon excitation in Si. Nature Photon. 6, 243–247 (doi:10.1038/nphoton.2012.35).
b) R. E. Simpson, P. Fons, A. V. Kolobov, T. Fukaya, M. Krbal, T. Yagi and J. Tominaga, 2011, Interfacial phase-change memory. Nature Nanotech. 6, 501-505. (doi:10.1038/nnano.2011.96).



用語解説

◆不揮発性固体メモリー
不揮発性メモリーとは、電源を切っても記録した情報を保持できる記録装置(メモリー)のことをいう。特に半導体など、固体で作製された不揮発性メモリーを不揮発性固体メモリーと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆相変化メモリー
不揮発性固体メモリーの一種であり、カルコゲン化合物と呼ばれる半導体が相変化メモリーの記録膜材料として用いられる。半導体レーザーなどのパルス状レーザービームやパルス電流を入射させることによって光記録膜の温度を変化させ、結晶とアモルファス相を高速でスイッチできる。結晶とアモルファス相では、大きな反射率の差(屈折率の差)や電気抵抗差があり、これらの変化を測定することで容易に記録状態か消去状態かを判別できる。[参照元へ戻る]
◆マイケルソン干渉計
マイケルソン干渉計は2つの光学ミラー、およびビームスプリッターから構成される。ビームスプリッターでは、入射したレーザー光の約50%はそのまま透過して一方の光学ミラーに向かい、残りの約50%は反射されてもう一方の光学ミラーに向かう。それぞれの光学ミラーで反射されたレーザー光はビームスプリッターに戻り合流する。一方の光学ミラーに光路差を与えることにより、レーザーパルスを2分し、パルス対を作成することが出来る。[参照元へ戻る]
◆光学フォノン
フォノン(格子振動;原子の集団振動)は、一般に音響フォノンと光学フォノンに区別される。音響フォノンは隣り合う原子が同じ位相で振動する弾性的な波であるが、光学フォノンは隣り合う原子が逆の位相で振動する高周波数の波である。超短パルスレーザーにより光励起された光学フォノンは、時間的に位相が揃っており、コヒーレント光学フォノンと呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆局所構造
カルコゲン化合物などのいわゆるアモルファス半導体においては、シリコンなどの結晶格子がもつ長距離秩序と、ガラスなどがもつ短距離秩序が混在しており、その結果、カルコゲン化合物における光学的格子振動(光学フォノン)は、短距離秩序、すなわち局所構造によってその周波数や振動振幅などが決まる。[参照元へ戻る]
◆非熱的な転移過程
光記録膜材料などにおける相転移プロセスは、通常、半導体レーザーなどのピコ秒パルス状レーザービームやナノ秒パルス電流を入射させることによって膜の温度を融点以上まで上昇させるといった熱的過程により発生させることができる。一方、フェムト秒レーザーパルスを照射した際には、膜の温度が上昇するよりもずっと速く1ピコ秒以内に相転移が起こることがある。このような相変化過程は非熱的な転移過程と呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆第一原理計算・分子動力学計算
第一原理計算とは、「もっとも基本的な原理に基づく計算」という意味で、量子力学の基本法則に基づいた電子状態理論を用いて電子状態を解く計算手法であり、物質の光学特性などの物性を求めることが出来る。また、分子動力学計算とは、分子モデルを用いて分子運動のシミュレーションを行い、分子の性質や構造を求める計算手法であり、しばしば第一原理計算と組み合わせて計算が実行される。[参照元へ戻る]
◆超格子
超格子とは、厚さがそれぞれ数ナノメートルの二種の超薄膜を周期的に積層させたものである。特に、異なる二種の半導体超薄膜を積層させた超格子を半導体超格子と呼び、1970年に江崎玲於奈博士とTsu博士により半導体超格子が提案された。その応用は、材料科学・物理・デバイス作製といった幅広い科学技術分野に波及している。[参照元へ戻る]
◆光スイッチ
光ファイバーを使った光通信では、光信号を電気信号に変換することなく光信号の経路を変えたり、分岐させることが可能な光スイッチが用いられている。光スイッチには、プリズムなどの光学部品を配置したタイプなどがある。[参照元へ戻る]



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