発表・掲載日:2015/08/26

耐熱性に優れ、光をよく反射する断熱アルミナ膜を開発

-真珠に似た積層構造によって光を反射-

ポイント

  • 近赤外~可視光領域の光を70 %以上反射し、1000 ℃の処理でも性能劣化しない断熱材を開発
  • アルミナナノファイバーゾルの乾燥、という簡便な方法で容易に作成が可能
  • 生体模倣構造により金属的光反射を酸化物材料で実現


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門【研究部門長 濱川 聡】膜分離プロセス研究グループ【研究グループ長 根岸 秀之】小平 哲也 主任研究員、水上 富士夫 客員研究員は、川研ファインケミカル株式会社【代表取締役 新野 喜由】(以下「川研」という)と共同で、高い断熱性能と可視光~近赤外領域にて光反射率70 %以上を併せ持つ銀色の高耐熱性アルミナ膜を開発した。

 この膜は1000 ℃の耐熱性と同時に光反射能力を有するアルミナ多孔質膜であり、アルミナナノファイバー(太さ約6 nm、長さ約3000 nm)のゾル溶液にアンモニアを加えて乾燥させるという簡単な方法により調製可能である点も特徴であり、さまざまな応用分野への展開が期待される。この技術の詳細は、ドイツの学術誌Advanced Materialsに掲載されるが、それに先立ち、オンライン版が2015年8月25日20:00(日本時間)に掲載される。また同誌編集部により重要論文に選出され、出版社のWebサイトMaterialsViewsに近く概要が紹介される。

原料のアルミナナノファイバーゾル(左)、今回開発した光反射・断熱アルミナ膜(中央)、一般的なアルミナ粉末(右)の写真
原料のアルミナナノファイバーゾル(左)、今回開発した光反射・断熱アルミナ膜(中央)、一般的なアルミナ粉末(右)


開発の社会的背景

 保温や保冷のための断熱材は多方面で用いられ、高性能化も進められている。これまでの断熱材の開発は熱そのものの伝達を抑制することが主眼とされてきた。ところが、熱エネルギーは光によっても伝達され、特に高温の環境や高温物体からの黒体放射は周辺環境に膨大なエネルギーを放出する。高い光反射能力を持つ金属は、断熱性が損なわれ、高温では酸化されるという欠点を持っているため、高温で使用できる材料で、高い光反射能力を併せ持つ単一素材からなる断熱材は開発されてこなかった。製造が容易で高性能な断熱材への需要は高いことから、広い波長領域で光を反射し、かつ高温環境に適した断熱材の開発が期待される。

研究の経緯

 産総研と川研は、太さが10 nm以下、長さが1000 nmを超すアルミナのナノファイバーを水性ゾルとして合成することに世界で初めて成功し、その用途の開発を行ってきた。今回、このゾルから作製したアルミナ膜の光反射能力が高いことを発見したことを契機に、高性能な断熱材料としての開発に取り組んだ。

 なお、本研究開発は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「ナノテク・先端部材実用化研究開発/「形状制御されたアルミナナノ粒子ゾルの実生産のための基盤技術の確立と用途開発」プロジェクト」(平成21~23年度)と国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム シーズ顕在化タイプ「超親水性アルミナ多孔質水分離膜の開発」(平成23年度)による支援を受けて行った。

研究の内容

 これまでに、アルミナナノファイバーゾルを乾燥させることにより、ナノファイバーが平行に並んだ構造で、透明かつ多孔質の膜が得られている。断熱材として求められる条件の一つに高い空隙率がある。そこで、ナノファイバー間の反発力を弱め、その配列を乱すことにより乾燥後の空隙率を上げるために、ゾルにアンモニアを添加して乾燥させる方法を考案した。調製条件を最適化したところ、可視光領域から近赤外領域で、優れた光反射能力(具体的には500~1400 nmで反射率70 %以上)を有する材料の合成が実現できた。

 アルミナは酸化物であり、その化学組成からは金属のように光を反射することは説明できない。走査電子顕微鏡(SEM)により、この光反射膜の微細な形態を観察したところ、網目状の層(層状網目構造)(図1)が積み上がった構造(積層構造)(図2)であることが分かった。このような積層構造は銀色の光反射を呈する表皮を持つサンマなどの魚類や、真珠の表面層でも見られるもので、この断熱アルミナ膜の銀色は構造色の一種である。すなわち、今回開発した光反射・断熱アルミナ膜の光反射能力は生物と同様のメカニズムにより得られたもので、生体模倣材料の一種とも言える。

断熱性・光反射アルミナ膜のSEMによる断面(a)と表面(b)の写真
図1 断熱性・光反射アルミナ膜のSEMによる断面(a)と表面(b)の写真

断熱性光反射膜の形成過程とその階層構造における構成パーツ模式図
図2 断熱性光反射膜の形成過程とその階層構造における構成パーツの模式図

 一方、断熱性能については、乾燥しただけのアルミナ膜の熱伝導率は0.095 Wm-1K-1であったが、1000 ℃で焼成することにより、光反射の性能は維持しつつ、0.055 Wm-1K-1まで性能が向上した。このように断熱性能と光反射能力のどちらも高温に曝しても維持されているのは、今回開発した膜が無機酸化物であるアルミナだけから構成され、層状網目構造とその積層構造が安定に維持されるためである。

今後の予定

 今後は、調製条件をさらに詳しく検討し、断熱性能の向上およびさらに広い波長領域にて高い光反射率を示す、より高性能なアルミナ膜の創製を目指す。



用語の説明

◆断熱性能
一般には熱伝導率といわれる指標で評価し、単位はWm-1K-1である。熱伝導率が小さいほど優れた断熱材といえる。例えば、発泡スチロールの熱伝導率は0.033 Wm-1K-1である。ここでの熱伝導率は全て室温での値である。[参照元へ戻る]
◆アルミナ
狭義には化学式Al2O3と表記される無機酸化物。ここでは高温加熱によりAl2O3が得られるアルミナ・一水和物(ベーマイト[AlOOH])も含めた総称として用いており、原料のゾルはベーマイトのナノファイバーである。最も安定なアルミナの構造はサファイアであり、熱伝導率は40 Wm-1K-1に達する。[参照元へ戻る]
◆ナノファイバー
細く長い形態で柔軟性を持つ物質をファイバー(日本語訳「繊維」)と表現する。よく知られるところでは、「光ファイバー」が挙げられる。ここでは、太さがナノメートルサイズのファイバーをナノファイバーと呼んでいる。[参照元へ戻る]
◆ゾル
溶液のゾルの場合、帯電した微小な粒子が沈降せず安定に溶液内で分散している状態を指す。このような状態にある溶液中の微小粒子をコロイドと呼ぶ場合もある。[参照元へ戻る]
◆黒体放射
物質は高温になると、燃焼等の化学反応を起こさずとも、光を発するようになる。このような光を黒体放射と言う。溶けた鉄がオレンジ色や白色の光を発しているのが典型例である。高温になるほど、光量が増し、また次第に波長の短い光も発せられる。すなわち赤外光~可視光を含む広い波長領域の光を発するようになる。[参照元へ戻る]
◆空隙率
断熱性能を上げるためには、一般に微小な空孔を多数持つ(高い空隙率の)物質を利用するのが良い。シリカエアロゲルと呼ばれる断熱材料では、熱伝導率が0.01~0.02 Wm-1K-1であり、体積に占める空隙の割合は95 %にも達する。一般に高い空隙率を持つ断熱材は非常に軽く、シリカエアロゲルは密度が0.1 gcm-3程度である。[参照元へ戻る]
◆走査電子顕微鏡
物質・材料のミクロな表面構造を観察するための顕微鏡である。細く絞った電子線を一次元走査(スキャン)しながら観察対象物に照射し、各照射部からの電子を検出する。少しずつ走査軸をずらすことにより観察対象物全体の像が得られる。[参照元へ戻る]
◆構造色
非金属物質・材料の色は一般に、それらの化学組成に由来する。食紅などの色素が代表的である。一方、モルフォチョウの羽は美しい青色で知られるが、鱗粉に青い色素は含まれない。鱗粉を走査電子顕微鏡で見ると、棚状の構造をしている。この棚に光が当たり反射・回折する際、異なる棚から反射した光は干渉しあう。それにより特徴的な青い色だけが反射される。構造に由来した色、ということで「構造色」と呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆生体模倣材料
生物が持つ多様な機能は、ときに非常にシンプルな機構により実現しているため、それを模して機能化した材料のことを生体模倣材料と呼ぶ。蓮の葉の上で水滴が転がる(超撥水性)のは、葉の上に微小な突起があるためであり、そのような撥水性材料の開発が代表的である。人工的かつ複雑な化合物を利用する代わりに、生物の特徴的な機能に密接に関わるミクロな構造等を模したシンプルな材料設計が特徴である。[参照元へ戻る]



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