発表・掲載日:2015/01/13

未来の磁気メモリー材料開発につながる新たな電気分極成分を発見

発表のポイント

  • ビスマスフェライトという物質において磁場で制御できる新たな電気分極成分を発見し、この新しい成分が室温で示す不揮発性メモリー効果を観測しました。
  • ビスマスフェライトにおいてこれまで見つかっていなかった上記の性質を、瞬間的に発生可能な世界屈指のパルス強磁場を用いた精密実験で初めて明らかにしました。
  • 磁場で電気分極成分を制御できる性質は、消費電力が少なく磁石を近づけても情報が消えない磁気メモリー材料といった応用技術の発展につながると期待されます。


発表概要

 コンピューターメモリーの高密度化は、これまでメモリーをより狭い領域に作り込む微細加工技術の進展に支えられてきましたが、その延長による高密度化はほぼ限界を迎えています。そこで原子レベルでメモリーとして機能する物質を開発することへの期待が高まっています。その有力な候補物質として磁性体であり強誘電体でもあるビスマスフェライトという物質が注目されてきました。

 東京大学物性研究所の徳永将史 准教授らの研究グループは、産業技術総合研究所、福岡大学、上智大学、青山学院大学と協力して、瞬間的に大きな磁場を発生できるパルスマグネットを用いた精密な実験の結果、ビスマスフェライトでこれまで知られていなかった新たな方向の電気分極を発見し、その電気分極が磁場によって制御できることを示しました。この電気分極は一度磁場を加えると元と異なる状態に変化し、磁場を除いた後でも変化後の状態を保持し続けます。電気分極の向きで情報を記録するメモリーとしての使用を考えると、今回観測された効果は特定の状態を保持するのにエネルギーを必要としない不揮発性メモリー効果であり、その効果は室温でも観測されています。

 この成果から期待される、電場による磁気状態の制御を使うと、消費電力が少なく、磁石を近づけても情報が乱されない磁気メモリー材料に応用できると期待できます。



発表内容

 磁性と強誘電性が共存するマルチフェロイック物質は、将来の省電力メモリーデバイスの候補として盛んに研究されてきました。しかしこれまでに見つかったマルチフェロイック物質のほとんどは、マイナス200 ℃以下の温度でしかその特性を示さず、それが実用化に向けた大きな障壁となっていました。その中で唯一、室温でマルチフェロイック特性を示す物質がビスマスフェライトです。この物質が室温でマルチフェロイック状態にあることは広く知られていましたが、実用上は磁性と誘電性の片方を変化させたときにもう片方も変化するという性質が重要です。今回、この磁性と電気分極との結合について、これまで認識されていなかった新たな現象が発見されました。

 東京大学物性研究所の徳永将史 准教授らの研究グループは、産業技術総合研究所で最近作製に成功したビスマスフェライトの良質な単結晶試料に対し、東京大学物性研究所の国際超強磁場科学研究施設で強磁場下における磁気的および電気的応答を精密に調べました。この精密測定に必要な試料の整形は上智大学の装置を用いて行いました。その結果、これまで知られていた結晶のc軸と平行な電気分極の他に、これと垂直な電気分極が存在すること、そしてこの新たな電気分極成分が磁場によって制御可能であることがわかりました。

 ビスマスフェライトでは図1に示すように、結晶中のある方向(Q)に向かって磁気モーメントの向きが連続的に変化するらせん磁気秩序を起こしています。今回の研究では、このQを図1の中でX方向に向けた時、Y方向(正負は不明)に電気分極が生じることを示しました。福岡大学と青山学院大学の理論グループは、このQと垂直方向に生じる電気分極の微視的な説明に成功しており、今後の関連物質の物質設計にも新しい指針となることが期待されます。

 ビスマスフェライトでは安定な三つの磁気構造があります(図2左)。磁場を加えると、磁場と垂直方向を向いたQをもつ状態が安定になるため、この三つの状態のうち一つを選択的に実現できます(図2右)。それにともなって磁気秩序に付随する電気分極も120度ずつ回転した三つの状態のうち、一つを選択することができます。一度磁場を加えて状態を変えると、磁場を取り除いた後でも変化後の状態が続くため(図3)、不揮発性メモリーとしての性質を備えています。

 今回発見した新しい電気分極を使ったメモリー効果は、将来の磁気メモリー(かつ強誘電メモリー)としての使用が期待できます。実用的なメモリー材料として考えた時、この物質の利点として以下の三つの特徴が挙げられます。

① 動作環境
ビスマスフェライトのマルチフェロイック状態は300 ℃以上まで続くことが知られており、今回のメモリー効果は少なくとも室温(27 ℃)までは観測されています(図3挿入図)。またこれまでの磁気メモリーでは磁石を近づけると情報が消えてしまうという問題がありましたが、ビスマスフェライトの電気分極は、最強の永久磁石による磁場(1テスラ)程度ではほとんど変化しておらず(図3)、日常生活における磁場範囲では安定です。
② 3値のメモリー
この物質で安定ならせん磁気秩序の方向、それに付随した電気分極の方向は三つあります。この三つの状態を使うと、これまでの0と1の2値メモリーではなく、3値のメモリーになります。N個のビットで現せる状態が、これまでの2N個から3N個に増えるため、より高密度の情報記録にも応用できる可能性があります。
③ 作製の容易性
物質自身がメモリーとしての機能を保有しているため特殊な構造を作る必要がなく、高密度記録に必要な微細化が容易です。また比較的単純な構造を持ち、かつ使用元素の種類が少ない点も、将来の量産化に向けたメリットとなります。

 今回の研究では、磁場による電気分極の制御を示しましたが、省電力メモリーとしての実用化には電場による状態の制御が必要です。その実証は今後の課題ですが、これまでのビスマスフェライトに対する報告を今回の成果に照らして考えると、電場による制御は十分可能であると予想されます。今後、実際のメモリーとしての動作に必要な電場による磁気秩序、電気分極の制御とその直接観測を目指して研究を発展させる予定です。

 この研究成果は科学研究費補助金(補助金番号23340096, 25287088, 25610087, 25800189)および公益財団法人三菱財団の助成により得られたものです。
 

添付資料

模式的に示した磁気モーメントと新規電気分極成分の関係の図
図1 模式的に示した磁気モーメントと新規電気分極成分の関係。
X, Z方向はそれぞれ結晶のa, c軸と平行である。

ビスマスフェライトの結晶における分極配向模式図
図2 ビスマスフェライトの結晶における分極配向の模式図。
図のY方向に磁場を印加すると左図にある3つのQ方向(Q1, Q2, Q3)で表される磁気構造のうちQ2の構造が安定になり(右図)、Y方向に正味の電気分極が生じる。

電気分極の磁場依存性の図
図3 電気分極の磁場依存性。
初期に磁場を加えた過程(破線)と2回目以降に磁場を加えた過程(実線)の差がメモリー効果を表す。挿入図は27℃(300K)の温度で観測された電気分極の非可逆成分。不揮発性メモリー効果が室温で実現していることを表している。

模式的に表した3値メモリーの図
図4 模式的に表した3値メモリー。図2に示した3方向のQのうち一つを磁場または電場で選択することで、電気分極方向が120度異なる3つの状態を表現できる。


用語解説

◆ビスマスフェライト
フェライトの一種でありBiFeO3(Bi:ビスマス、Fe:鉄、O:酸素)の化学式で表される。代表的な強誘電体であるチタン酸バリウムや超巨大磁気抵抗で知られるマンガン酸化物と同様のペロフスカイト構造を基本とした結晶構造を持つ。鉛の含まれない強誘電体として大きな自発電気分極を持ち、室温で強誘電性と磁性が共存する特徴を持つ。[参照元へ戻る]
◆パルスマグネット
瞬間的にしか発生できない極限的磁場を発生するために開発された電磁石。本研究で使われたマグネットは8ミリ秒の時間内に最大56テスラまでの磁場を発生することができる。高速な磁場変化を利用して磁場化における磁化や電気分極のわずかな変化も敏感に計測することができる。[参照元へ戻る]
◆電気分極
物質の中で正電荷と負電荷の分布の偏りによって生じる電気的な分極。[参照元へ戻る]
◆マルチフェロイック
広義には強磁性、強誘電、強弾性など、複数の強的秩序が共存する状態。狭義には強誘電体であり、同時に磁気秩序も示す物質を意味する。通常磁性と強誘電性は排他的であるが、磁気メモリーへの応用などに向けて研究が進み、この約10年の間に多数のマルチフェロイック物質が発見されている。[参照元へ戻る]



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