発表・掲載日:2014/10/27

圧力を使って磁性材料の吸熱・放熱を室温で制御

-フロン類が不要な冷凍技術の開発に新展開-

ポイント

  • 圧力により室温で磁性材料に熱変化を発生
  • 外部に磁力を出さない特殊な磁性体を冷凍に利用可能
  • ノンフロンで省エネルギーの新たな固体冷凍技術の開発に新展開

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)グリーン磁性材料研究センター【研究センター長 尾崎 公洋】材料解析・開発チーム 藤田 麻哉 研究チーム長は、国立大学法人 東北大学【総長 里見 進】(以下「東北大」という)工学研究科 松波 大地 大学院生、狩野 みか 博士研究員、 国立大学法人 名古屋大学【総長 濵口 道成】(以下「名大」という)工学研究科 竹中 康司 教授と、反強磁性体と呼ばれる外部に磁力を出さない磁性材料を用いて、圧力により磁性を制御して室温で吸熱・放熱を制御する技術を開発した。さらに反強磁性に固有の性質が熱変化を増大することを発見した。

 磁気による熱変化(磁気熱量効果)を用いたノンフロン・省エネルギーの磁気冷凍技術が期待されていたが、磁気の乱れ(エントロピー)の変化による吸熱・放熱を利用するので、これまではNS極をもつ強磁性体という材料に磁場をかける方式に限られていた。今回、磁場の替わりに圧力を使って、磁極のない反磁性体から熱変化を得られたことから、磁気冷凍技術用の新たな材料の開拓が期待できる。

 なお、この技術の詳細は、英国科学誌Nature Materialsに2014年10月27日(日本時間)にオンライン掲載される。

磁性の制御に伴う熱量効果模式図
磁性の制御に伴う熱量効果の模式図
a. 強磁性を磁場で制御(従来型) b. 反強磁性を圧力で制御(今回)


開発の社会的背景

 これまでの冷凍技術では、室内(庫内)で冷媒が蒸発する際に気化熱を吸収し、室外(庫外)で気体の冷媒をコンプレッサーで圧縮して液体に戻す際に液化熱を放出する現象を用いてきた(図1)。これまで冷媒として用いられてきたフロン類ガスの環境負荷(オゾン層破壊や大きな温暖化係数)が問題となっているが、フロン類に替わる気体冷媒の開発は、効率や安全性を含めて容易でないため、気体を用いない固体冷凍技術が注目されている。特に磁性体の磁場による熱変化を応用した磁気冷凍は、気体冷媒が不要なだけでなく冷凍効率も高いと予想されるため実用化が期待されている。従来、外部に磁気を発する強磁性体を磁場で制御する方式が研究されてきたが、室温で冷凍に利用できるのは、室温付近で1次相転移を示す磁性体だけであり、このような条件を満たす物質は限られているため、材料探索の広がりには限界があった。

気体冷媒による冷凍模式図
図1 気体冷媒による冷凍の模式図

 

研究の経緯

 産総研は、環境問題解決に貢献できるグリーン磁性材料の開発を目指しており、高効率でコンパクトな磁気冷凍システムを実現するための磁気熱量材料の開拓に取り組んできた。磁気熱量材料については、独自に開発している物質が、現在、最も実用的な材料として世界中の研究グループ・企業に認知されている。

 本研究の共同実施先の名大では、今回用いたMn3GaN(窒化マンガン・ガリウム)金属間化合物の磁性と体積の関係を基礎物性と応用の両面から詳しく研究しており、最先端の知見をもっている。東北大では磁性の根幹である電子スピンの機能性と材料に果たす役割について先導的な研究を行ってきた。

 今回、この三者は磁場の替わりに圧力による磁性の変化に伴う吸熱・放熱に着目し、磁場への反応が小さいためにこれまで開発の対象になっていなかった反強磁性体から熱変化を取り出す研究に取り組んだ。

研究の内容

 Mn3GaNのネール温度という転移温度は室温付近(17 ℃)にあり、この温度を境に低温相の反強磁性体から磁気が消失した高温相の常磁性体に変化する。この変化は、磁気モーメントと呼ばれる原子磁石のNS極が整列した状態からランダムな状態への移り変わりで、1次相転移という急激な変化である。この際、状態の乱雑さを表すエントロピーが不連続に変化し、試料全体では潜熱と呼ばれる自発的な熱変化(水の気化熱に相当)が現れる(図2)。

磁気秩序変化に伴うエントロピー(熱)変化の図
図2 磁気秩序変化に伴うエントロピー(熱)変化

 反強磁性体では、隣同士の原子磁石のNS極が反平行に整列しているため外部には磁気が現れず、平行に整列した強磁性体(磁石材料)のように磁場により磁性を制御することができないが、1次相転移による潜熱の発生は磁気熱量材料としては大きな魅力である。そこで磁場以外に磁性を制御する方法として、圧力に注目した。これまで、室温付近で反強磁性体の1次相転移による圧力熱量効果を観測した例はなかったが、今回、反強磁性状態のMn3GaNに小型油圧機器で発生可能な100 MPa(1000気圧)程度の圧力をかけたところ、常磁性体に変化し実際に大きな吸熱(試料1キログラム あたり6キロジュール)、すなわち冷熱の発生が確認された。また、Mn3GaNでは反強磁性体の特徴である磁気構造と原子構造の不整合: フラストレーション (図3)が生じるが、これが相転移に伴う吸熱・放熱の発生量を増幅していることを発見した。フラストレーションは強磁性体では生じないため、反強磁性体の圧力熱量効果がフラストレーションによって増幅されて発現する現象は、今後の磁気熱量材料開発の対象を大きく拡大させることにつながると期待される。

原子構造と磁気構造の整合 /不整合(フラストレーション)の図
図3 原子構造と磁気構造の整合 /不整合(フラストレーション)

 

今後の予定

 今後は圧力熱量効果を効果的に利用できるデバイスのデザインを構築していく。特に、環境にやさしい磁気冷凍に応用する際、精密電子機器に隣接した用途など磁場以外の利用が好ましい場合に対応できるように、強磁性磁気冷凍と相補的な利用を検討していく予定である。



用語の説明

◆反強磁性
物質中の原子は、構成する電子の運動により磁気モーメントと呼ばれるN極S極の磁極をもつ。通常はこれらの方向がそろうことはなく、多くの物質は自発的に磁気を発しないが、磁気モーメント全てが平行にそろう作用が生じると、目に見える大きさで磁極を生じ磁石(強磁性)になる。しかし、隣同士の磁気モーメントが反平行にそろう場合は、磁気モーメントに秩序は生じるが、反平行の磁極同士でキャンセルするため外部に磁力が出ず、材料全体で磁極は生じない。このような磁気秩序状態を反強磁性と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆磁気熱量効果
強磁性体(磁石など)へ磁場をかけるなど、磁性体の磁気モーメントのそろい方に変化を加えると、温度・熱変化が生じることをいう。磁気モーメントを磁場で変化させる場合は、気体分子の運動を圧力で変化させて熱変化を生み出すことと原理は同一である。[参照元へ戻る]
◆エントロピー
熱力学あるいは統計力学で用いられる状態を示す量の一種。熱力学では、熱変化の不可逆性の指標とされるが、統計力学によると状態の微視的な乱雑性を示すとされる。これらの関係から分子や磁気モーメントなど目に見えないサイズでの乱雑さに変化が生じると人間が体感できるスケールの熱変化が現れることが説明できる。[参照元へ戻る]
◆温暖化係数
地球上の人間の生活圏では、太陽からの入熱と宇宙に散逸する放熱が釣り合って、気温は穏やかな変化に収まっているが、大気圏にとどまる二酸化炭素(CO2)などの特定ガスが放熱を妨げると、地表は「温室化」し、地表が温暖化してしまう。ガス種ごとの濃度あたりの温暖化寄与についてCO2を基準に評価した指標が温暖化係数である。例えば最近、オゾン層破壊を招かないフロンとして使われているHFCガスには、温暖化係数がCO2の2000倍近くになるものもある。[参照元へ戻る]
◆1次相転移
安定な状態として出現する系の形態を相と呼び、異なる特徴の相に変化することを相転移という。例えば、水は液相、氷は固相であり、0 ℃で液体-固体相転移が生じる。氷結や沸騰のような変化は、決まった温度において生じる性質の大きく違う相への急激な移り変わりであり、このような変化を1次の相転移と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆電子スピン
電子が動くと磁場が生じるが、電子の運動自由度には原子核周りを動く軌道運動の他に、量子としての自由度があり、これをスピンと呼ぶ。原子磁石の最小要素である。スピンは電子の軌道運動以外の磁極を生じる。イメージしやすさのため、古典力学の自転運動になぞらえられることが多いが、実際には量子の性質から生じるものである。[参照元へ戻る]
◆転移温度
物質の出現状態である相が別の相に移り変わることを相転移と呼ぶが、温度変化により相転移が生じる境界を転移温度と呼ぶ。1次の相転移の場合、特定の一定温度で相転移が生じる。例えば、水が蒸気に変化するのは液体-気体相転移であるが、1気圧の場合に100 ℃の沸点が転移温度に相当する。[参照元へ戻る]
◆フラストレーション
反強磁性体内部で、原子配置と磁気配列の矛盾による不安定性をフラストレーションと呼ぶ。例えば三角格子の頂点に磁気モーメントが存在する場合、頂点の二つは反平行になれるが、後の一つはどちらとも反平行になれないため、この配列は不安定になる。特徴的な相互作用が他にないと、反強磁性自体が実現しえないが、より遠くの磁気モーメントとの相互作用で、単純な反平行以外の磁気構造に落ち着く場合もある。[参照元へ戻る]



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