発表・掲載日:2014/07/31

微生物の力で合成界面活性剤の使用量を大幅に低減

-納豆菌が作り出す環状ペプチドは、微量でも界面活性剤の働きを増強-

ポイント

  • 納豆菌が作り出す環状ペプチド(サーファクチン)は、合成界面活性剤の働きを増強する。
  • 微量の添加で、界面活性剤量を100分の1に減らしても、同等以上の界面活性効果を維持できる。
  • 洗濯などで大量に消費されている合成界面活性剤の使用量の大幅な低減が期待される。


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)環境化学技術研究部門【研究部門長 北本 大】の北本 大 研究部門長、井村 知弘 主任研究員、平 敏彰 研究員は、株式会社カネカ【代表取締役社長 角倉 護】(以下「カネカ」という)と共同で、納豆菌が作り出す環状ペプチドサーファクチン)によって、合成界面活性剤の使用量を100分の1程度にまで低減できることを発見した。

 低炭素社会への意識が高まる中、環境中への拡散が懸念される合成界面活性剤の使用量の低減や、石油由来からバイオ由来の界面活性剤への転換が求められている。今回、納豆菌を用いて量産できるサーファクチンの特性を詳しく調べたところ、かさ高い環状ペプチドの作用で、合成界面活性剤の働きが大きく増強されることがわかった。石油由来の合成界面活性剤に微量のサーファクチンを添加するだけで、合成界面活性剤の量を100分の1に減らしても、同等以上の界面活性効果を維持できることを実証した。今回発見した効果を活用すれば、洗剤やシャンプーなどの日用品や、広範な化学製品で利用されている合成界面活性剤の使用量を大幅に低減できると期待される。

 なお、この技術の詳細は、2014年9月9日~11日に北海道札幌市で開催される日本油化学会 第53回年会で発表される。

サーファクチン(左)と合成界面活性剤(右)の図
サーファクチン(左)と合成界面活性剤(右)


研究の社会的背景

 プラスチックと並ぶ代表的な石油製品である合成界面活性剤は、国内だけでも年間およそ100万トンも生産され、台所洗剤やシャンプーなどの日用品から、機械、建築、土木など幅広い産業で使用されている。使用後に環境中に拡散される可能性もあるため、より安全で、少量でも機能を発揮できる高機能な新製品や、界面活性剤の使用量を低減できる新技術の開発が重要になっている。

 また、地球温暖化などの環境問題が顕在化する中で、化石資源からの脱却を目指し、石油由来からバイオ由来の化学品への転換が求められている。環状ペプチドは、抗菌性を始め多様な機能を示す一方で、生産コストが高いため、主に医薬品分野への応用が検討されてきた。最近、環状ペプチドが、優れた界面活性効果(洗浄作用など)を示すことが分かりつつあり、量産技術を確立するとともに、医薬品以外への用途展開が期待されている。

研究の経緯

 産総研では、環境に優しい化学品開発の一環として、バイオ由来の化学品の研究に取り組み(2013年8月29日 産総研プレス発表)、微生物の発酵プロセスを利用した生産技術開発や、その性能評価・用途開拓などの応用研究に一貫して取り組んできた。

 カネカでは、独自の発酵技術や精製技術によって、培養工程の生産性が低いなどの理由で大量生産に課題のあったサーファクチンを量産することに成功し、各種産業での新しい用途を探していた。用途展開を迅速に進めるためには、特異な環状ペプチド構造に着目した基盤的な研究開発が必要であり、産総研と共同研究を開始した。

研究の内容

 カネカが量産に成功したサーファクチンは、アミノ酸が環状につながったペプチドであり、環境や生体に対して低負荷であるだけでなく、合成界面活性剤(直鎖状)と大きく違い、特異な機能を発揮すると予想されていた。

 産総研では、まず、サーファクチンの水溶液中での集合特性を評価することから研究に着手した。一般に、界面活性剤は、水の表面に規則的に並んで飽和に達すると、水溶液中に移行し、ミセルと呼ばれる集合体を形成することで洗浄力を発揮する。従って、ミセルを形成する濃度(ミセル形成濃度)が低いほど、界面活性剤の使用量を低減させることができる。

 今回の研究で、サーファクチンは、合成界面活性剤に比べて、分子1個のサイズが3~5倍程度も大きいことに加えて、水の表面に並びやすいことが分かった。そのため、サーファクチンと合成界面活性剤を併用した場合、水の表面がサーファクチンで優先的に覆われて飽和するため、ミセル形成が促進され、合成界面活性剤のミセル形成濃度を大きく低減できることが予想された。

 実際に、微量のサーファクチンを、洗剤の主成分である直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムに添加して界面活性効果を調べた結果を図1に示す。合成界面活性剤に対して、サーファクチンを1 %添加すると、ミセル形成濃度は10分の1となり、合成界面活性剤の使用量をもとの濃度から10分の1に減らしても、同等以上の界面活性効果(表面張力低下能)が維持されていた。また、合成界面活性剤にサーファクチンを10 %添加した場合では、合成界面活性剤の使用量を100分の1に減らしても、同等以上の界面活性効果が見られた。

サーファクチンによる直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの使用量低減効果の図
図1 サーファクチンによる直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの使用量低減効果

 また、別種の石油由来の合成界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウムなどに対するサーファクチンの添加効果も調べた(表1)。その結果、ドデシル硫酸ナトリウムに対して、サーファクチンを10 %添加した場合でも、ミセル形成濃度は100分の1となり、合成活性剤の使用濃度を100分の1程度に減らしても、同等以上の界面活性効果を維持できることがわかった。

表1 サーファクチンによる合成界面活性剤の使用量低減効果
サーファクチンによる合成界面活性剤の使用量低減効果の表

 サーファクチンの添加効果を洗剤やシャンプーなどの日用品や広範な化学製品へ応用することで、製品中の合成界面活性剤の使用量を大きく低減できると期待される。

今後の予定

 サーファクチンのさらなる機能評価を進め、さまざまな分野でのサーファクチンの活用を促進する。また、新たな構造や特性を持つアミノ酸・ペプチド素材の探索・開発を続け、石油由来からバイオ由来の化学品への転換、バイオ由来の化学品の製造・利用促進に貢献していく。



用語の説明

◆環状ペプチド
複数のアミノ酸がつながったものをペプチドというが、そのうち環状のもの。直鎖状のペプチドに比べて機能面で優れており、抗腫瘍活性、鎮痛作用、酵素阻害、抗菌性などの生理活性を示すものが多い。最近では、医薬品の重要な候補化合物の一つになっているばかりか、化粧品・食品、化学品、材料などの分野での利用も進められている。[参照元へ戻る]
◆サーファクチン
納豆菌などによって各種の資源から量産され、7つのアミノ酸からなる環状ペプチド。生分解性に優れ、皮膚への刺激も少ないことに加え、血液凝固阻害、血栓溶解、抗菌性などの多くの生理活性を示す。[参照元へ戻る]
◆界面活性剤
1つの分子の中に水に馴染みやすい親水基と、水に馴染みにくい疎水基を併せ持った物質。界面に作用して、水と油のように互いに混じり合わない液体を混ぜ合わせたり(乳化)、固体の表面に作用して、各種の媒体中に分散安定化(分散)することができる。洗浄を始めとして、繊維、化粧品・医薬品、土木・建築、紙・パルプ、機械・金属など、幅広い産業で汎用されている。[参照元へ戻る]
◆アミノ酸
生体における最も基本的な構成単位であり、生体内には20種類のアミノ酸が存在する。工業的には、微生物を利用した発酵プロセスで生産され、近年では、アミノ酸を含む多数のサプリメントが製品化されている。これが複数個つながるとペプチドと呼ばれ、さらにつながるとタンパク質になる。[参照元へ戻る]
◆ミセル
界面活性剤が、水中で形成する球状の集合体のこと。ミセルの内部に油汚れなどを溶かしこむことにより洗浄力を発揮する。表面に並んだ分子が飽和に達する濃度からミセルが形成し、このミセル形成濃度が低いほど、界面活性剤の使用量が低減される。[参照元へ戻る]
ミセルの説明図
◆表面張力低下能
液体には、表面をできるだけ縮めようとする(丸くなろうとする)力が働き、この力を表面張力という。水は、他の液体に比べて表面張力が大きく、球状になりやすい。界面活性剤を添加すると、表面に界面活性剤が規則的に並び、表面張力を低下させることができる。[参照元へ戻る]


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