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発表・掲載日:2014/07/22

分子量のばらつきがない高分子標準物質を開発

-分子の長さがそろった人工高分子で高精度計測に貢献-

ポイント

  • 長さの違う分子が集まった高分子から単一の長さの分子だけを分別採取する技術を開発
  • ポリエチレングリコールの23量体だけからなる標準物質の供給をスタート
  • 高分子材料の分子量測定やナノ粒子サイズの計測の高精度化に貢献


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【研究部門長 千葉 光一】ナノ材料計測科【研究科長 藤本 俊幸】粒子計測研究室【研究室長 桜井 博】高橋 かより 主任研究員と、計量標準管理センター計量研修センター 衣笠 晋一 センター長は、人工的に作られた合成高分子であるにもかかわらず重合度が単一で分子量のばらつきがない認証標準物質を開発した。

 この標準物質の開発は、超臨界流体クロマトグラフィーを用いて、合成高分子の個々の分子を重合度ごとに分離する技術と、分離した単一重合度の高分子を効率よく採取する技術の確立により実現した。今回開発した標準物質には、高分子材料の精密な分子量測定やナノ粒子の粒子径の厳密な計測への貢献が期待される。なお、認証標準物質 ポリエチレングリコール(23量体) [NMIJ CRM 5011-a]は、2014年7月23日より委託業者を通して頒布される。

頒布が開始されるポリエチレングリコール(23量体)認証標準物質の写真
頒布が開始されるポリエチレングリコール(23量体)認証標準物質


開発の社会的背景

 医薬品や半導体をはじめとする現代の工業製品の中には精密、微細を極めたものも多く、高度な機能性の付与やナノメートル・サイズの加工技術が求められており、合成高分子材料を利用する製造・研究開発分野では、分子レベルの制御が必要な段階に至っている。DNAなど、生物が作り出す物質は分子量が大きくても分子の長さがそろっている場合が多く、非常に精密な機能を発揮する。合成高分子でも、分子の長さを正確に制御し、分子量の分布を狭くして、よりシャープな物性を発現させることが期待されている。しかし、多くの場合、分子量のそろった人工的な高分子を合成することは、現在でも困難であり、技術革新の余地を多分に残している。

 これまで合成高分子の標準物質は世界各国の標準研究所から頒布されているが、すべて分子量の分布がある状態、つまり重合度の異なる高分子の混合物であった。高分子材料の製造・研究開発分野での精密化・微細化のニーズに応え、高分子計測を高精度化するため、分子量が完全にそろった高分子からなる標準物質が求められている。

研究の経緯

 産総研ではこれまで、合成高分子の分子量が認証値として与えられている標準物質としてポリエチレングリコールやポリスチレンを原料とする約10種類の標準物質の頒布を行ってきた。他国が平均的・代表的な分子量だけを値付けている(図1の1)のに対して、産総研の標準物質では、含有するすべての重合体の分率(すなわち分子量の分布の状態)まで認証値として値付けられている(図1の2)。そのため、各種クロマトグラフィーや質量分析計など、分子量の平均値だけではなく分布の広狭まで測定できる装置の校正や妥当性評価に使用できる。

 しかし、分子量に分布を持つ標準物質を使って、計測機器を精度良く校正するのは、必ずしも容易ではない。これは、計測機器によって、各分子量での検出感度が異なるため、機器の種類が違うと分子量分布が異なって計測されるためである。計測機器の計測値を標準物質に値付けされた分子量分布と比較するには、あらかじめ検出器の特性を調べておいて、分子量分布の計測値を補正する必要があるが、一般にこのような補正は非常に煩雑で、不確かさが大きい。産総研ではこの問題を解決するため、分子量をはじめとする各種物性値を、補正をせずに直接的に精密計測できる、図1の3のような分子量のばらつきがない標準物質の開発に取り組んできた。

単一な重合度を持つ高分子標準物質ができる過程模式図
図1 単一な重合度を持つ高分子標準物質ができる過程の模式図

 

研究の内容

 ポリエチレングリコールは、水溶性で、しかも経口摂取可能な数少ない合成高分子の一つとして、医薬品や生活用品など多方面で使用されている。近年はタンパク質などの改質剤やドラッグ・デリバリー・システムの基盤材料などとして、精密な分子量の制御が求められている素材であり、標準物質としてのニーズも高い。今回、単一の分子量を持つポリエチレングリコールの標準物質を開発した。

 従来のような低分子物質の重合反応では、副生成物を完全に抑えられないため、単一の分子量を持つ高分子を得ることはむずかしい。今回の標準物質は、超臨界流体クロマトグラフィーを用いて多数の異なる重合度の分子が含まれる市販の試料から、ある単一の重合度の分子だけを分離する技術と、分離した単一重合度の分子を効率よく自動的に採取するシステムの開発によって実現した。なお、超臨界流体クロマトグラフィーの分取システムの開発は日本分光株式会社の協力を仰いだ。

 図2に、平均分子量が約1000(重合度に換算すると約23)の市販ポリエチレングリコールを超臨界流体クロマトグラフィーによって分離した例を示す。今回は超臨界流体として、温度・圧力・流量などを正確に制御した二酸化炭素を用い、充填剤とポリエチレングリコールの相互作用を適切に調整して、重合度が異なる多数の成分が混在している試料から目的の重合度を持った高分子を分離した。図中の四角で囲まれた部分が重合度23の高分子の箇所で、ここに含まれる高分子だけを採取して、単一重合度のポリエチレングリコール(23量体)を精製した。ポリエチレングリコールの繰り返し単位の分子量は44であり、ポリスチレンの104やポリカーボネイトの254などより1重合度あたりの分子量が小さいため、重合度ごとに高分子を分離するには分離条件の最適化が重要であった。今回開発した標準物質のポリエチレングリコール23量体の質量分率は、拡張不確かさを勘案した上で0.998±0.002(kg/kg)と高純度であった。なお、今回開発した技術を用いて23量体以外のポリエチレングリコール標準物質も開発が可能である。また、ポリエチレングリコール以外の一般的な高分子にも適用できる。

 今回開発した標準物質は、図1の3に示したように単一の重合度を持ち、図1の1や2のように分子量の分布がないことから、高分子のさまざまな測定の高精度化に寄与できる。例えば、高分子の分子量測定装置の校正や妥当性確認、分解能評価などを高精度に行うことができる。また、ナノ粒子計測の際の粒子径標準としても利用できる。さらに、粘度、密度、屈折率などの物性値の計測では、分子量の分布に対する補正が不要になるため、分子量依存性が詳らかでない物性値であっても換算に伴う不確かさが生じず、高精度なデータを得ることが可能となる。

超臨界流体クロマトグラフィーによるポリエチレングリコールの分離例の図
図2 超臨界流体クロマトグラフィーによるポリエチレングリコールの分離例
nは重合度を示す)

 

今後の予定

 今回開発した標準物質は、認証標準物質「NMIJ CRM 5011-a ポリエチレングリコール(23量体)」として、2014年7月23日より頒布が開始される。



用語の説明

◆合成高分子
物質を構成する分子の大きさは、その物質の基本的な物理的性質を左右する尺度であり、分子の大きさの小さいものを「低分子」、大きなものを「高分子」と呼び表す。さらに、天然に存在する分子サイズの大きな物質を「天然高分子」と呼ぶのに対して、石油などを典型的な原料とて人工的に作られる高分子を「合成高分子」と呼んで区別する場合が多い。生物の体を構成するタンパク質やDNAは「天然高分子」であるのに対して、工場で生産されるプラスチックや合成ゴム・合成繊維などは「合成高分子」である。[参照元へ戻る]
◆重合度
天然高分子がDNAに代表されるように分子を「複製」することで形成される場合が多いのに対して、人工的に作られる合成高分子では、石油などを原料とする低分子化合物から化学反応を繰り返すことによって徐々に大きな分子へと「重合」させる過程によって分子が形成される。化学反応を繰り返し行わざるを得ないこの人工的な「重合」の過程で、化学反応の結果、何個の低分子が結びついたかを示す度合の数が重合度である。重合度が高いことは、多くの低分子が結合して大きな分子が形成されたことを意味する。ただし、化学反応を均一に行うことは難しく、一般的な工業材料としての合成高分子では、いろいろな重合度を持つ分子が混在した状態となっている。[参照元へ戻る]
◆認証標準物質
国家計量機関である産総研計量標準総合センターでは、国際規格に定められた手順にしたがって国家計量標準にトレーサブルな標準物質の頒布を行っている。このような標準物質を特に「認証標準物質」と呼び、標準物質とともにトレーサビリティーを確保した特性値が記載されている認証書が購入者に届けられる。[参照元へ戻る]
◆超臨界流体クロマトグラフィー
クロマトグラフィーとは一般に、充填剤を担持した管などの固定相に液体や気体を移動相として流し、この流れの場の中に分離したい混合物を注入して固定相と移動相の相互作用により混合物を一つ一つの成分へと分離する方法をいう。超臨界流体クロマトグラフィーは、クロマトグラフィーの移動相として液体や気体ではなく、液体と気体の中間的な状態である超臨界状態の流体を使用する。超臨界状態の流体は通常の液体よりも分離能が高く、また気体には分散しにくい高分子物質などの分離も可能である。近年は、有害な有機溶媒を移動相として使用する液体クロマトグラフィーの代替として、火力発電等の副産物として排出される二酸化炭素を再利用して超臨界流体クロマトグラフィーを行うことで地球環境に配慮できる点でも注目を集めている。[参照元へ戻る]
◆ポリエチレングリコール
水に溶ける合成高分子の代表として生活用品や化粧品、医薬品、洗剤の原料などとして大量に消費されている。標準物質としては主に水に溶ける物質の測定を行うための標準品として使用されてきた歴史が長く、産総研からも分子量の異なる3種類の認証標準物質を供給している。今回の23量体が4種類目にあたり、今後もニーズ調査に基づき順次開発が進められる計画である。[参照元へ戻る]
◆ポリスチレン
水には溶けないが有機溶媒には溶ける合成高分子として、古くから安価なプラスチック材料として汎用されてきた。標準物質としての歴史も古く、各国の国立研究所や民間の分析機器メーカーなどからの標準物質も多数市販されている。産総研からも分子量の異なる5種類の認証標準物質を供給している。[参照元へ戻る]



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