発表・掲載日:2013/12/12

多結晶ゲルマニウムでp、n両極性のトランジスタ動作に成功

-低温積層CMOSによる3次元LSIの実現に大きく前進-

ポイント

  • 多結晶ゲルマニウムのn型MOSFETを世界で初めて実現
  • 多結晶ゲルマニウムのp型MOSFETで単結晶シリコンと同等の性能を実現
  • 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)のプロジェクト「グリーン・ナノエレクトロニクスのコア技術開発」の助成による成果

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター【連携研究体長 横山 直樹】臼田 宏治 特定集中研究専門員らは、大規模集積回路(LSI)の3次元積層技術に向けた多結晶ゲルマニウム(Ge)トランジスタのp型動作とn型動作の両方を実現し、多結晶Ge-CMOSが実現可能であることを示した。

 多結晶Geは、広く用いられている多結晶シリコン(Si)に比べ、より低温(500 ℃以下)で形成することができる。そのため、集積回路上に熱的ダメージを与えずにCMOS回路を直接積層することが可能であり、3次元LSIの要素技術として有望である。さらに、Ge中の電子と正孔移動度はSiよりも高いために、高性能化や低電圧動作が期待される。しかし、p型トランジスタの動作は実現していたが、これまでn型トランジスタの動作報告例はなく、CMOS回路の実現性は不明であった。今回、多結晶Geの結晶品質を向上させることで初めてnMOSFETの動作を実現し、多結晶GeのCMOS化が可能であることを示した。さらに、pMOSFETでは、単結晶Si-pMOSFETに匹敵する、従来の3倍近い電流駆動力を達成した。これらの成果から、高性能多結晶Ge-CMOSを積層した3次元LSIの実現と、それによるLSIの大幅な小型化と高機能化、低消費電力化が期待される。

 なお、この技術の詳細は、2013年12月11~13日(米国東部時間)に米国メリーランド州Bethesdaで開催される2013 International Semiconductor Device Research Symposiumで発表される。

作製した多結晶Geトランジスタの断面構造と、pMOSFETおよびnMOSFETの特性図
作製した多結晶Geトランジスタの断面構造と、pMOSFETおよびnMOSFETの特性

開発の社会的背景

 携帯情報端末の爆発的な普及やIT機器の高機能化に伴う消費電力の増大により、電子情報機器の消費電力低減が求められている。そのためには、これらに搭載されているLSIを構成する個々のトランジスタに供給する電圧(電源電圧)を低くすることが重要である。従来、LSIの高性能化・低消費電力化はトランジスタの微細化によってもたらされてきた。しかし、近年、微細化の副作用である漏れ電流の増加や細い配線による抵抗の増大、トランジスタ自体の性能の頭打ちなどに対処するために新たなプロセス技術の開発や設備導入が必要となり、技術的、経済的に微細化が困難となってきている。一方、複数のLSIを積層した3次元的な集積回路は、微細化技術によらずに、チップ面積の縮小や高機能化、配線遅延の低減による省電力化などの効果が得られる。現状では別々に作成したLSIチップを薄膜化して積層する手法が開発されているが、コストが高く、配線の密度が十分に高められないといった問題がある。そこで、新たな3次元積層技術として、多層のCMOS集積回路を連続的に形成できる積層CMOS技術が求められている。

研究の経緯

 連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター(GNC)は、内閣府と独立行政法人 日本学術振興会によって運営される最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択されたプロジェクトを実施するために平成22年4月に設立された。企業5社(富士通株式会社、株式会社 東芝、株式会社 日立製作所、ルネサスエレクトロニクス株式会社、株式会社 アルバック)からの出向研究者と産総研研究者によって構成されている。GNCでは平成23年度より、LSIの低電圧動作を目指して、高移動度材料であるGeを用いたトランジスタの研究開発を行ってきた。一方で、多結晶Geが低温で絶縁膜上に形成可能であることに着目し、多結晶Geによる積層CMOSの開発を平成24年度より開始した。

 今回、多結晶Ge-nMOSFETの動作に初めて成功し、既に動作確認済みのpMOSFETと組み合わせることでCMOS回路の形成が可能であることが実証された。本研究成果は、FIRSTのプロジェクト「グリーン・ナノエレクトロニクスのコア技術開発」(中心研究者:横山 直樹)の助成により得られたものである。

研究の内容

 トランジスタを形成する多結晶Ge膜は、Si基板上に熱酸化膜(SiO2)を形成し、その上に、スパッタリング法によって非晶質Ge膜を堆積し、熱処理によって結晶化させて形成した。今回、フラッシュランプ・アニール(FLA)法により熱処理をしたため、従来の加熱炉での長時間熱処理に比べて結晶性を向上させることができた。また、図1に示すように、長軸方向が数µmに及ぶ大きな結晶粒が生成し、200 cm2/Vsという非常に高い正孔移動度が得られた。なお、従来法での多結晶Ge膜の正孔移動度は50 cm2/Vs程度であった。また、従来法で得られた結晶粒の主軸の方位はランダムであるが、FLA法では、結晶粒の6割以上が<001>方位であった。結晶粒のサイズが大きいだけでなく、方位がそろっていることも高い移動度の要因である可能性がある。なお、この多結晶Ge膜は、不純物ドーピングをしていないが、p型伝導を示し、正孔濃度が1018cm-3台であった。Ge結晶中では、結晶欠陥が正孔の発生源として働くことが知られている。今回のGe多結晶膜では、結晶粒界などの結晶欠陥が正孔の発生源となりp型化しているものと考えられる。

FLA法で作製した多結晶Ge薄膜の平面透過型電子顕微鏡像と、電子線後方散乱回折法により得られた結晶主軸方位の分布図
図1 FLA法で作製した多結晶Ge薄膜の平面透過型電子顕微鏡像(左)と、電子線後方散乱回折法により得られた結晶主軸方位の分布図(右)

 この多結晶Ge膜を用いて、図2に示すフィン型トランジスタを作製した。nMOSFET用には、電流の入り口、出口に相当する電極との接合領域にn型不純物であるリンをイオン注入し、活性化熱処理を行った。一方、pMOSFET用には、p型化のための不純物は導入せず、接合領域にニッケルとゲルマニウムの合金(NiGe合金)を形成した。チャネル部はp型であるため、nMOSFETは反転型、pMOSFETは空乏型の動作となる。FLA処理以降のプロセス温度は最高350 ℃で、これは下地に銅配線を含むCMOSがあっても、それを傷めないで済むプロセス温度である。

作製したフィン型トランジスタの構造概念図と、断面透過電子顕微鏡像
図2 作製したフィン型トランジスタの構造概念図(左)と、断面透過電子顕微鏡像(右)

 図3に、ゲート長80 nmのpMOSFETの入出力特性(ドレイン電流-ドレイン電圧特性)を示す。電源電圧1 Vでの電流値は約200 µA/µmで、これは同等のゲート長の単結晶Si-pMOSFETに匹敵する値である。これは、今回の多結晶Ge膜の高い正孔移動度と、NiGe合金による低抵抗な接合の効果によると考えられる。このように、絶縁膜上に容易に形成できる多結晶トランジスタで、従来の集積回路で用いられている単結晶Siトランジスタと同等の性能が得られたことは、従来Si基板上に形成されていたトランジスタの設計を、ほぼそのままのサイズで移植すればよいため、大きな設計変更なく積層することができることを意味している。

多結晶Ge-pMOSFETの入出力特性図
図3 多結晶Ge-pMOSFETの入出力特性(ドレイン電流-ドレイン電圧特性)

 図4に作製したpMOSFETとnMOSFETの伝達特性(ドレイン電流-ゲート電圧特性)を示す。ゲート長がいずれも80 nm以下と短いにもかかわらず、どちらの極性のトランジスタもゲート電圧によってドレイン電流のオン、オフの切り替えができており、正常に動作していた。特に、多結晶Ge-nMOSFETの動作報告は今回が初めてである。両極性の動作が確認されたことから、多結晶GeトランジスタによるCMOS回路が構成可能であることが示された。

多結晶Ge-pMOSFETとnMOSFETの伝達特性図
図4 多結晶Ge-pMOSFETとnMOSFETの伝達特性(ドレイン電流-ゲート電圧特性)

今後の予定

 今後は、多結晶GeのpMOSFETとnMOSFETを組み合わせたCMOS回路を絶縁膜上に形成し、回路動作の実証を目指す。さらに、Geの高い移動度を生かして、単結晶Si-CMOS回路を超える性能を目指す。


用語の説明

◆大規模集積回路(LSI)
シリコンなどの半導体基板上に、微細加工技術により大量のトランジスタなどの素子を作りこんだ回路。[参照元へ戻る]
◆多結晶
多数の微細な結晶の粒からなる物質の個体状態。結晶の粒の向きは通常ランダムであり、結晶の粒同士の間には粒界と呼ばれる界面がある。[参照元へ戻る]
◆p型、n型
トランジスタのゲート電極に、負の電圧を印可した時に電流が流れるトランジスタをp型トランジスタと呼ぶ。一方、正の電圧を印可した時に電流が流れるものをn型トランジスタと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆CMOS
p型とn型の金属酸化膜半導体電界効果トランジスタを組み合わせて構成した論理回路。Complementary Metal Oxide Semiconductor[参照元へ戻る]
◆正孔
半導体中で電子を収容するエネルギー帯(価電子帯)が完全に満たされていないとき、空席となった状態は正の電荷をもつ粒子のように振る舞う。これを正孔と呼び、これが電子よりも優越する半導体をp型半導体という。[参照元へ戻る]
◆移動度
半導体に電場をかけると、負の電荷をもった電子あるいは正の電荷をもった正孔(電子の抜け孔)が動いて電流が流れる。電場をかけた時の電子や正孔の半導体中での動きやすさを示す値を移動度と呼ぶ。半導体デバイスの特性を示す指標として用いられる。移動度が大きいほど、電気抵抗が下がり、より低い電圧で必要な電流値を得ることができる。[参照元へ戻る]
◆MOSFET
シリコンなどの半導体基板上に、酸化膜を介してゲート電極を形成し、その両側にソース、ドレイン電極を形成した電界効果トランジスタ。ソースが入力端子、ドレインが出力端子に相当し、ゲート電圧によってドレイン電流を制御する。Metal-Oxide-Semiconductor Field Effect Transistor。p型(pMOSFET)とn型(nMOSFET)が存在する。[参照元へ戻る]
◆微細化
集積回路の性能向上、低消費電力化、低コスト化を一気に達成する手法として、トランジスタのサイズを比例縮小していく方法。最近では配線の最小寸法が20 nm台にまで縮小されている。ただし、単純に微細化を進めると、漏れ電流が増大してしまうので、そうならないための新しい工程、材料やトランジスタ構造を取り入れながら微細化していく必要がある。[参照元へ戻る]
◆スパッタリング法
薄膜形成方法の一つ。真空チャンバー中に、成膜したい材料と基板を設置し、希ガスや窒素ガスのイオンを成膜材料にぶつけて弾き飛ばし、基板表面に堆積させる成膜方法。半導体作製工程で一般的に用いられている。[参照元へ戻る]
◆フラッシュランプ・アニール(FLA)法
強力な光(フラッシュランプ)を1ミリ秒かそれ以下の短時間、試料表面に照射することによって、瞬間的に加熱する熱処理手法。[参照元へ戻る]
◆方位
結晶格子の向き。SiやGeは立方体状の結晶格子であり、その立方体の各辺の方向が<100>、<010>および<001>方位と表される。[参照元へ戻る]
方位の説明図
◆不純物ドーピング
半導体は、通常、結晶格子の一部が別の原子(不純物原子)で置き換わることで、正孔が過剰なp型半導体、あるいは、電子が過剰なn型半導体のいずれかとなる。この極性を制御するために、意図的に不純物原子を半導体中に混ぜ込む処理を不純物ドーピングと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆フィン型トランジスタ
通常のトランジスタは、電流経路(チャネル)が基板表面に沿った平面状である。これに対し、基板を加工して、表面にほぼ垂直に立つ板状(フィン状)の電流経路をもち、その立体的なチャネルの周囲にゲート電極が形成され、両端に電流の入り口、出口であるソース、ドレインが形成されているトランジスタをフィン型トランジスタと呼ぶ。平面上のトランジスタに比べ、漏れ電流を低く抑えることが出来る。[参照元へ戻る]
◆反転型、空乏型
MOSFETは、通常、ゲート電極下の領域がソース、ドレインと逆極性となっており、ゲートに電圧をかけることによって逆極性のキャリア(n型半導体中に正孔、あるいはp型半導体中に電子)を誘起することでオン状態とする。これを反転型トランジスタという。これに対し、ゲート電極下の領域がソース、ドレインと同一極性となっており、ゲートに電圧をかけることによってキャリアを反発させ、オフ状態とするタイプのトランジスタを空乏型トランジスタという。[参照元へ戻る]
◆ゲート長
MOSFETのゲート電極の、電流方向の長さ。MOSFETの性能を決める重要なサイズの一つ。ゲート長が短いほど電流が流れやすくなる。しかし、短くしすぎると漏れ電流も多くなり、正常に動作しなくなる。[参照元へ戻る]


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