発表・掲載日:2013/11/26

人為的に設計・開発した生物発光酵素(ALuc)

-高輝度発光標識分子として医療・環境診断への利用に期待-

ポイント

  • 自然界の生物がもつ酵素ではなく、人為的に設計した遺伝子配列から作製
  • 従来より約100倍も明るく、発光の持続性にも優れる
  • 高感度のバイオアッセイや環境計測に利用可能

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)環境管理技術研究部門【研究部門長 田尾 博明】計測技術研究グループ 鳥村 政基 研究グループ長、金 誠培 主任研究員は、極めて高輝度で発光持続性に優れた生物発光酵素を人為的に設計・開発することに成功した。産総研では、以前から発光プランクトン(カイアシ類)の発光酵素が、分子量が小さくて強い発光強度を示す点に着目して研究を進めてきた。今回、カイアシ類の多数の発光酵素のアミノ酸配列を比較することによって頻度の高いアミノ酸を特定し、これらを独自の考え(多重整列規則)に基づいて再配列することで、これまでの天然の発光酵素とは異なる発光酵素群を作製した。自然界の生物がもつ天然の発光酵素とは異なることから、これを「人工生物発光酵素Artificial luciferase; ALuc)」と名付けた。ALucは既知の発光酵素より最大で100倍も高輝度であり、優れた発光持続性(半減期:20分)をもっている。

 既存の生物発光酵素が使用されているさまざまなアッセイ系(レポータージーンアッセイツーハイブリットアッセイ、生体イメージングなど)において、ALucを用いる試験を行った結果、既存のものに比べて、感度の向上、測定時間の短縮、生体組織の光透過性などに関して極めて高い優位性があることが分かった。今回発光酵素としてALucを開発したことにより、生命科学分野における基礎研究に貢献することはもちろん、病院での診断マーカーの高速スクリーニングや家庭での健康状態の自己管理などの医療診断分野ならびに水や食品中の内分泌撹乱化学物質などの高感度分析などの環境診断分野において、これまで感度や迅速性などの問題から適用が諦められていたさまざまな診断への応用範囲の拡大が期待される。

 なお、今回の研究開発の一部は、産総研所内プロジェクト「アジア戦略・水プロジェクト」(平成24~25年度)において行った。この技術の詳細は、米国科学雑誌Bioconjugate Chemistryに近日中にオンライン掲載される。

今回開発した人工生物発光酵素ALucの写真
今回開発した人工生物発光酵素ALuc



開発の社会的背景

 2008年の下村 脩 博士のノーベル化学賞受賞などを契機として、生物の発光現象に対する一般市民の感心が高まっているだけでなく、生命科学や医療診断、環境診断などの分野で生物発光をより広く利用しようという機運が高まっている。

 生体分子の発光現象は大別すると、外部からの光エネルギーで励起されて発光するもの(蛍光)と、化学反応のエネルギーで励起されて発光するもの(化学発光)があるが、蛍光測定は励起光源・光学フィルターなどを必要とするため小型化や簡易アッセイに限界があった。また、化学発光の一種である生物化学発光では、化学エネルギーを光に変換する触媒分子として発光酵素(ホタル由来の発光酵素など)が用いられるが、輝度や発光持続性などの点で産業利用に限界があった。

研究の経緯

 これまで発光標識用の発光酵素として広く用いられてきたホタル由来の発光酵素(firefly luciferase; FLuc)やウミシイタケ由来の発光酵素(Renilla luciferase; RLuc)は、発光輝度が弱く発光信号の安定性に欠けるため、信号の信頼性や長時間測定に問題点があった。また、従来のカイアシ類の発光酵素(GLucやMpLuc1)においても発光安定性や輝度に問題があった。このような問題を克服するため、自然界の発光動物から見いだされた発光酵素をそのまま利用する方式から脱却し、最適アミノ酸からなる人為的な生物発光酵素の作製を試みた。

 近年、産総研により発見された多くのカイアシ類発光酵素群を利用して、その多重整列情報から存在頻度の高いアミノ酸を中心に配列を再構築して、一連の人工生物発光酵素群を創製した。その一部の生物発光酵素から極めて明るく発光持続性の優れている発光酵素が見いだされた。

研究の内容

 産総研では、2011年から発光標識の産業的価値に注目し、海洋動物由来の発光酵素とその発光メカニズムに関する基礎研究を実施してきた。今回の研究では、既存のカイアシ類から採取される発光酵素類のアミノ酸配列を精査し、機能を再解析することから始めた。

 頻度の高いアミノ酸は長い進化の過程で自然選択的に生き残ったものであり、それ故、熱力学的な安定性にも寄与すると考えられている。実際、10種類以上のカイアシ類の酵素のアミノ酸配列を比較すると、頻度の高いアミノ酸が多く分布している領域が存在し、熱力学的に安定的なアミノ酸配列を抽出することができた。また、カイアシ類酵素は酵素の触媒反応をつかさどる二つの類似した領域を含んでおり、この類似性を向上させるようにアミノ酸配列を改変することによって発光性能(輝度、安定性)が著しく改善される現象を発見した。

 これらの発見を基に必須アミノ酸をつなぎ合せ、既存の発光酵素とは大きく異なる人工生物発光酵素(ALuc)群を創製した。これらのアミノ酸配列は既知の発光酵素のものとは大きく異なっており、配列の相同性は70%以下であった(図1左)。また、これらの酵素は、発光輝度、発光波長、発光持続性、基質特異性、耐熱性、細胞外への分泌性などの点で、異なるさまざまな個性をもち、その多様性はアッセイの目的や利用環境に応じて最適なシステムを構築するうえで有用であった。特に、かつてない超高輝度性をもち発光持続性にも優れた酵素は、診断の高感度化、ハイスループット化に極めて有用であった。

 今回開発したALucの発光標識分子としての有用性を以下の手法により検証した。

 (1)動物細胞に発光酵素の遺伝子を導入して発光酵素を等量発現させた場合、既存の発光酵素類の中で最も明るいもの(GLucとRLuc8.6-535)に比べ、ALucは最大で約100倍も明るく(図1右)、最大で約7倍長い発光持続性を示した。

 (2) 医療診断などでは、病気のマーカー分子(抗原)を測定するため、これと結合する抗体を作製し、発光酵素で標識化することが行われる。ALucを発光標識とした抗体を試作し、汎用のHRP標識抗体と比較した結果、ALuc標識抗体(タイプ3)は約2倍高輝度であった(図2(A))。またALucはHRPより生体組織光透過性(生体イメージング)に優れた長波長発光の比率が高かった。

 (3)人が受けているストレスの程度を測定するため、ALucとストレスホルモン(cortisol)の受容体から構成される一分子型発光プローブを開発した。GLucを用いたものより高い輝度で発光を示し、人の唾液の中でもストレスホルモンを測れるようになった(図2(B))。

 (4) ツーハイブリットアッセイは、化学物質の転写活性測定(環境診断)や、蛋白質間の相互作用の解析(生命科学)に用いられる。化学物質の転写活性やタンパク質相互作用があると、レポーター遺伝子が作られる仕組みとなっており、そのレポーター(発光標識)の発光強度から化学物質の濃度やタンパク質相互作用の強さを定量する。ALucを用いたものは同一条件でGLucを用いたものより高い輝度で発光した(図2(C))。

「人工生物発光酵素(ALuc)」と「従来の最高輝度発光酵素類」との比較図
図1 「人工生物発光酵素(ALuc)」と「従来の最高輝度発光酵素類」との比較

今回開発した装置による計測結果の図
図2 バイオアッセイにおける発光標識への応用
(A) 抗体標識としての利用例。タイプ1、2、3は、それぞれ抗体生産方式が違う発光抗体を示す。
(B) 一分子型生物発光プローブの作動原理。ALucを2分割して一時的に失活させる。ストレスホルモンによって、2分割されたALucが元の形に折畳むと発光活性を回復する。
(C) ALucを発光標識としたツーハイブリットアッセイの例。転写因子が活性化された場合、レポーターが発現する。

今後の予定

 今回の生物発光酵素の開発は、これまでのように天然酵素を発見するだけではなく、今後必要な高性能酵素が創製できることを期待させる。発光酵素の開発に関する今後の課題としては、発光酵素の立体構造の解明、より優れた生体組織透過性のために発光波長の長波長化、大量生成法の開発などが挙げられる。一方、発光酵素の診断分野への応用に関しては、今回紹介した実施例を踏まえ、立体構造に立脚したアミノ酸改変など細かい条件を調整することにより、さらに実用性を高めることが期待できる。このためには産業ニーズに合致した製品群を供給できる企業との共同研究を進めていく。さらに、周辺技術である光検出装置の小型化やポータブル化、並びに試験キットや試験紙化を進めていくことにより、医療機関や環境測定機関だけでなく、家庭での使用も含めて、より簡便に多く人々が使用できるように開発を進めていく。



用語の説明

◆生物発光
発光生物(ホタルのような昆虫、ウミシイタケのような海洋性発光生物など)から放たれる、熱を伴わない光(冷光)を指す。化学エネルギーを用いる点で化学発光の一種である。[参照元へ戻る]
◆生物発光酵素
光を放つ化学反応を触媒する生物由来の酵素の総称である。主に昆虫由来の生物発光酵素(ホタルなど)、海洋動物由来の生物発光酵素(ウミシイタケなど)があり、バクテリアのような下等生物から昆虫に至るまでさまざまな生物種から抽出できる。[参照元へ戻る]
◆カイアシ類
多くはプランクトンとして生活する微小な甲殻類であり、その一部は生物発光する。[参照元へ戻る]
◆多重整列
多数のタンパク質のアミノ酸配列を並べあわせることをいう。一般的に類似したタンパク質群のアミノ酸配列を並べあわせることにより、その配列間の相同性や遺伝的親類関係が分析できる。[参照元へ戻る]
◆半減期
ある信号・物質が半分に至るまでの時間を示す。[参照元へ戻る]
◆レポーターアッセイ
バイオアッセイの一種である。ある刺激を受けた転写因子が活性化されレポータータンパク質(通常、蛍光性のタンパク質や発光酵素である)の発現を開始する仕組みになっている。レポータータンパク質の発現量よりかけた刺激の強度が推定できる。[参照元へ戻る]
◆ツーハイブリットアッセイ
二つのタンパク質間相互作用を調べる手法の一つ。転写因子を2分割して、それぞれの断片に調べたいタンパク質を繋げておく。後にホルモンなどの刺激有無によって転写因子が再結合し、レポータータンパク質が発現する仕組みである。レポータータンパク質として、蛍光タンパク質や生物発光酵素がよく用いられている。[参照元へ戻る]
ドメイン
ここでいうドメインとは、蛋白質内の特定のアミノ酸配列を指す。あるアミノ酸配列が、他の配列とは区別される機能的な特徴を持つ場合にドメインという。
◆HRP
horseradish peroxidaseの略語であり、抗体の発光標識などで汎用されている酸化還元酵素。[参照元へ戻る]
cortisol
代表的なステロイド系のストレスホルモン。副腎皮質から分泌される。[参照元へ戻る]
◆一分子型発光プローブ
一つの分子内に化学物質認識と信号発光に必要な要素がすべて集積されていることを特徴とする融合タンパク質プローブである。動物細胞に導入する時には、プローブをコードする遺伝子を導入することによって形質変換細胞化し、それから化学物質の測定に用いる。[参照元へ戻る]
◆バイオアッセイ
生物または生物由来物質を用いて生理活性物質の定量を行うこと。例えば、妊娠診断やインフルエンザ診断に用いられている。[参照元へ戻る]


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