発表・掲載日:2013/08/23

軽量で消費電力の少ないナノカーボン高分子アクチュエーターを開発

-カーボンナノチューブを用いて高耐久性・高保持性を実現-

ポイント

  • 産総研開発の高純度スーパーグロースカーボンナノチューブをアクチュエーター電極に活用
  • 従来の約百倍の繰り返し耐久性と約数十倍の変位保持性を実現
  • 軽量、超薄型、低消費電力という特徴を生かし、さまざまな製品への応用を検討

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)健康工学研究部門【研究部門長 吉田 康一】人工細胞研究グループ 安積 欣志 研究グループ長、杉野 卓司 主任研究員は、アルプス電気株式会社【代表取締役社長 栗山 年弘】(以下「アルプス電気」という)仙台開発センター 徳地 直之 技術本部 材料技術部グループマネージャー、高橋 功 主任技師らと共同で、産総研 ナノチューブ応用研究センターらが開発したスーパーグロースカーボンナノチューブ(SG-CNT)を用いて、10万回駆動しても変位量が10 %しか減らない繰り返し耐久性、3時間にわたって変位状態をほぼ一定に保てる変位保持性などをもつ高性能なナノカーボン高分子アクチュエーターを開発した。この成果は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「低炭素 社会を実現する革新的カーボンナノチューブ複合材料開発プロジェクト」の一環として得られたものである。

 このアクチュエーターは、SG-CNT、イオン液体ポリマーバインダーであるベース樹脂からなる電極2枚の間に、イオン液体とベース樹脂からなるゲル電解質を挟んだ構造であり、3 V以下の電圧で大きく変形する。軽量、超薄型、低消費電力という特徴を生かして、今後、昇降する入力スイッチ点字ディスプレー、イルミネーション、マイクロポンプなどのさまざまな製品への応用を進める。

 なお、この技術の詳細は、平成25年8月26日~30日に大韓民国 済州島で開催される国際学会 BAMN2013(The 7th World Congress on Biomimetics, Artificial-Muscles and Nano-Bio)で発表される。

2.5 Vの電圧で駆動中の今回開発したナノカーボン高分子アクチュエーターの画像
2.5 Vの電圧で駆動中の今回開発したナノカーボン高分子アクチュエーター
(左)電圧をかける前の状態 (右)電圧をかけた駆動中の状態

開発の社会的背景

 携帯電話の普及や在宅での医療検査機器、リハビリ機器などの軽量コンパクトで安価な医療福祉機器の必要性が増すとともに、軽量・薄型のアクチュエーター素子が注目され、高分子アクチュエーターの研究開発が世界的に盛んに行われている。さまざまな高分子材料を用いたアクチュエーターが研究開発されている中、カーボンナノチューブとイオン液体からなるゲル状物質の応用として開発されたナノカーボン高分子アクチュエーターは、低電圧で駆動させられるため、実用化に高い期待が寄せられている。しかしこれまでは耐久性や変位の連続保持性などに大きな課題があった。

研究の経緯

 産総研とアルプス電気は、以下のようにナノカーボン高分子アクチュエーターの材料開発を進めてきた。

  1. 産総研と独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 相田ナノ空間プロジェクトが基本技術を開発
  2. 産総研がNEDO「イノベーション推進事業/ナノテク・先端部材実用化研究開発」による研究助成を受ける
  3. 産総研とアルプス電気がナノカーボン高分子アクチュエーターの共同研究を開始
  4. 産総研、アルプス電気、慶應義塾大学、東京大学らがナノカーボン高分子アクチュエーターを用いた薄くて軽い点字ディスプレーを開発(2010年3月23日 産総研主な研究成果

 さらにナノカーボン高分子アクチュエーターの性能を上げるため、2012年より、アルプス電気が助成金を受けたNEDO事業「低炭素社会を実現する革新的カーボンナノチューブ複合材料開発プロジェクト」の一部を、産総研 健康工学研究部門がCNTの分散法やイオン液体の改良などの基本的材料開発を担当する形で受託して、研究を行っている。

研究の内容

 ナノカーボン高分子アクチュエーターは、カーボンナノチューブとイオン液体、ポリマーバインダーであるベース樹脂からなる電極2枚の間に、イオン液体とベース樹脂からなるゲル電解質を挟み込んだ構造をしている(図1)。

ナノカーボン高分子アクチュエーターの構成とその駆動原理の図解
図1 ナノカーボン高分子アクチュエーターの構成とその駆動原理

 しかし、このような構造のアクチュエーターは、連続動作時の耐久性と変位の連続保持性に課題があった。すなわち、繰り返し変形動作をさせたときに変位量が徐々に小さくなり1万回程度で初期の半分程度になったり、一定の電圧を加えて静止動作をさせたときに反対方向に変位をはじめ30分程度で変位方向が逆転したりする現象などである。

 今回、カーボンナノチューブとナノカーボンの組み合わせを模索する中で、産総研ナノチューブ応用研究センターが開発したSG-CNTを用い、また、SG-CNTへのダメージが少なく効果的に分散できるイオン液体やポリマーとの最適分散法を新たに開発し、さらに、他種のナノカーボンとの混合による最適組成を見いだした。これらにより、産総研とアルプス電気が開発してきた従来のナノカーボン高分子アクチュエーターの変位、応答性の特徴を損なわずに、連続動作時の耐久性や変位の連続保持性の改善を行った。

 またこのアクチュエーター(サイズ:長さ5 mm・幅5 mm ※実効長 4 mm)を、気温20 ℃ 湿度40 %の環境で、表面にコーティングなどをしない状態(図2)で、通常の駆動電圧である±2 V、0.1 Hzの交流電圧をかけて、片側変位量の最大値の変化から連続動作時の耐久性を評価した。

ナノカーボン高分子アクチュエーターの変位測定の画像
図2 ナノカーボン高分子アクチュエーターの変位測定 (1マス:1 mm)
アクチュエーターを固定している上部電極の両面に交流電圧をかけ、変形させて変位量を評価

 その結果、従来のナノカーボン高分子アクチュエーターでは、1万回の駆動で片側変位量が初期の値から半減していたが、今回開発したアクチュエーターでは10万回駆動後の片側変位量は10 %減という実用レベルの耐久性を示した(図3)。これは従来の約百倍の繰り返し耐久性にあたる。

今回開発したアクチュエーターに交流電圧をかけたときの最大片側変位量の変化の図
図3 今回開発したアクチュエーターに交流電圧をかけたときの最大片側変位量の変化

 さらに一定電圧を加えたときのアクチュエーター(サイズ:長さ5 mm・幅5 mm ※実効長 4mm)の変位保持特性を評価した。気温23 ℃ 湿度50 %の環境で、2 Vの一定電圧をかけて、アクチュエーターの変形後、片側変位の時間変化(連続保持性)を調べた。図4に示すように、表面コーティングしていない構造での従来品では、電圧をかけた数分後から急激に変位が減衰し、本来の変位方向とは逆の方向にまで変位量が変化したが、今回開発したアクチュエーターでは、電圧をかけてから3時間以上にわたり、変位状態がほぼ一定であり、連続保持性は従来品に比べて飛躍的に改善されていた。これは従来の数十倍の連続保持性にあたる。また、この間の電流の漏れは数百µA以下とわずかで、低消費電力のアクチュエーターであることが確認された。

 これらの結果は、SG-CNTが超高純度のカーボンナノチューブで、金属触媒表面官能基が極めて少ないため、イオン液体との副反応が抑えられたものと考えられる。

アクチュエーターに一定電圧を連続通電したときの片側変位量の推移の図
図4 アクチュエーターに一定電圧を連続通電したときの片側変位量の推移

 このほか、より高耐久性が求められる製品にも対応するため、アクチュエーターの表面を防湿性が高い材料で薄くコーティングする封止技術を開発している。この封止技術との組み合わせにより、大気中の水分との反応が抑えられることで、繰り返し耐久性や変位の連続保持性はさらに大きく向上し、また、高温高湿度の環境でも駆動可能となっている。

今後の予定

 今後は、開発した高分子アクチュエーターの事業化を見据え、応用できるアプリケーションの選定とアプリケーション開発を連携できるメーカーの調査を進めていく。薄く軽く低消費電力である今回開発したナノカーボン高分子アクチュエーターの特徴を生かせるアプリケーションとして、これまでも開発を進めてきた昇降する入力スイッチ、点字ディスプレーなどに加えて、各種イルミネーション分野、マイクロポンプなどのヘルスケア分野など、幅広い分野での応用を検討していく。



用語の説明

◆カーボンナノチューブ、スーパーグロースカーボンナノチューブ
カーボンナノチューブは、グラファイトの一枚面を巻いてできる筒状物質。単層と多層があり、直径はおよそ1ナノメートルだが、長さは数マイクロメートルから数ミリメートルにも及ぶ。特別な処理をしない限り、何本かのチューブが束となって存在している。多層カーボンナノチューブは大きさの異なる単層ナノチューブが何枚も重なってできたもので、直径も重なる数に応じて大きくなる。
スーパーグロースカーボンナノチューブ(SG-CNT)は、産総研ナノチューブ応用研究センターらが開発したスーパーグロース法により作製された単層カーボンナノチューブである。従来のカーボンナノチューブと比較して純度が極めて高く、また、量産化により価格も安くなることが期待されており、さまざまな応用が研究されている。 [参照元へ戻る]
◆アクチュエーター
さまざまなエネルギーを機械的な仕事に変換するデバイスであり、電磁モーター、油圧、空気圧アクチュエーターが基本的なアクチュエーターとして、ロボットなどのメカトロニクス(機械工学と電子工学を統合した技術)分野で用いられている。近年、新しいアクチュエーターとして、形状記憶合金、水素吸蔵合金、磁歪(磁気ひずみ)などの金属材料アクチュエーター、圧電、電歪(分極による電気ひずみ)などのセラミックアクチュエーターなどがあるが、さまざまな高分子材料を用いた高分子アクチュエーターが、軽量・ソフトなアクチュエーターとして注目されている。[参照元へ戻る]
◆イオン液体
イオンだけからなる物質であるにもかかわらず、常温で液体状態である物質の総称。特殊な構造をした有機物の正イオンと負イオンの組み合わせで多種類のイオン液体が合成されている。液体であるが難揮発性で、ほとんど蒸発しない。さまざまな電気化学デバイスのイオン媒体として応用が進められている。[参照元へ戻る]
◆ポリマーバインダー
カーボンナノチューブなどの電極微粒子から電極層を作製するためのポリマー(高分子)。電極微粒子の分散性、電解質との相溶性、あるいは加工性、力学特性などが求められる。[参照元へ戻る]
◆ゲル電解質
ゲル化したさまざまな高分子電解質ゲル、あるいは、低分子の電解液で膨潤させたゲルである。固体の形状を持ちながら、室温でも比較的高いイオン導電性を持つことから、燃料電池、リチウム電池、キャパシター用など電気化学デバイスのための材料として、開発が進められている。[参照元へ戻る]
◆昇降する入力スイッチ
操作する人の用途や入力シーンに応じて必要なボタンが突出する入力スイッチ。この昇降する入力スイッチは、操作が不慣れである人や高齢者が操作するとき、ブランインドタッチで入力するときなどに入力操作をアシストできるため、操作性の向上や誤動作の防止に役立つ。従来、入力ボタンを昇降させるためのアクチュエーターは、大型で消費電力が高く製品化が難しかったが、ナノカーボン高分子アクチュエーターによって、薄く小型で低消費電力の昇降する入力スイッチを実現できる。[参照元へ戻る]
◆点字ディスプレー
点字は視覚障害者が触覚で読む文字であり、1825年にフランスのルイ・ブライユによりアルファベットの6点式点字が開発された。その後、石川倉次により日本語の点字が考案されている。点字ディスプレーは基本的に6個のピンを電気信号で制御されたアクチュエーターにより、上下させて表示するものである。現在、ソレノイド式あるいは圧電式アクチュエーターのものが用いられているが、携帯したり、機器の表示部分に貼り付けたりして用いるには、大きく重くなってしまう問題がある。[参照元へ戻る]
◆マイクロポンプ
小型化されたポンプの総称。医療・ヘルスケア用途では今後、血液、唾液、尿などを検査するプレート用として、使い捨て可能で小さく低コストなマイクロポンプを内蔵させる需要が増加すると予想されている。このため、ナノカーボン高分子アクチュエーターを使ったマイクロポンプに期待が寄せられている。[参照元へ戻る]
◆分散
単体でも優れた機能を有するカーボンナノチューブであるが、他の物質に混ぜ込む(分散させる)ことでさまざまな特性を引き出すことができる。その際はカーボンナノチューブの分散技術が重要となり、今回の成果でも、大量のカーボンナノチューブをダメージなく均質にベース樹脂中に分散させる技術が大きなポイントとなっている。[参照元へ戻る]
◆金属触媒
カーボンナノチューブの合成にはさまざまな方法が知られているが、その多くは、原料となる炭素源の反応を促進する金属の触媒を必要とする。この金属触媒は、合成されたカーボンナノチューブに付着して不純物となる。スーパーグロース法は、他の方法と比較して必要となる金属触媒の量が非常に少ないため、高純度なカーボンナノチューブが合成できる。[参照元へ戻る]
◆表面官能基
カーボンナノチューブをはじめとする、さまざまなカーボンの表面は、水酸基やカルボキシル基などの官能基がついていることが多く、その種類・量はカーボン材料の製造工程に依存する。また、その種類・量は、カーボン材料の反応性や分散性に大きく影響する。[参照元へ戻る]

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