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発表・掲載日:2013/03/19

ヒトiPS細胞を生きたまま可視化できるプローブを開発

-細胞の状態を確認しながらの効率的な培養が可能に-

ポイント

  • レクチンプローブrBC2LCNを用いて、ヒトiPS細胞を生きたまま可視化し、効率よく検出
  • rBC2LCNがHタイプ3とよばれるO型糖鎖に結合することを発見
  • 移植用細胞から腫瘍を引き起こす残存ヒトiPS細胞を除去する、安全な再生医療技術への応用にも期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)幹細胞工学研究センター【研究センター長 浅島 誠】器官発生研究チーム 伊藤 弓弦 研究チーム長、小沼 泰子 主任研究員、糖鎖レクチン工学研究チーム 平林 淳 研究チーム長、舘野 浩章 主任研究員は、和光純薬工業株式会社【代表取締役社長 小畠 伸三】試薬事業部 試薬開発本部 ライフサイエンス研究所(以下「和光純薬工業」という)と共同で、培養液に添加するだけでヒトiPS細胞(以下「iPS細胞」という)を生きたまま可視化できるiPS細胞高感度検出レクチンプローブrBC2LCNを開発した。また、rBC2LCNがiPS細胞の膜タンパク質上のHタイプ3と呼ばれるO型糖鎖に結合することを明らかにした。

 rBC2LCNを用いると、良質なiPS細胞を簡便に見分けることが可能となり、iPS細胞の品質管理と培養の効率化が期待される。iPS細胞を用いた再生医療の課題の1つに、移植用に作製された細胞に残存するiPS細胞が腫瘍形成の要因となることがある。このプローブを用いて、残存iPS細胞を可視化し、除去することで、腫瘍形成の回避への貢献が期待される。

 なお、この技術の詳細は2013年3月22日に神奈川県横浜市で開催される第12回日本再生医療学会総会で発表される。また、米国の論文誌STEM CELLS Translational Medicineにオンライン掲載される。

rBC2LCNが腫瘍化の危険性をなくす技術につながることが期待されるイメージ図
rBC2LCNが腫瘍化の危険性をなくす技術につながることが期待される

開発の社会的背景

 近年、iPS細胞などのヒト幹細胞を用いた再生医療に大きな期待がよせられ、iPS細胞を品質管理しながら安定して大量に供給する仕組み作りが重要となっている。iPS細胞の培養には、iPS細胞とそれ以外の細胞を効率的に識別することが必要とされるが、これまでは細胞を染色するためにiPS細胞を殺さなければならない方法や、生きたまま染色できても、感度の面などで不十分な方法しかなく、高感度で簡便にiPS細胞の品質を判断できる未分化マーカーの開発が強く望まれていた。

 また、iPS細胞を分化させて神経細胞や網膜細胞などさまざまな細胞を作り出し、細胞治療に用いる試みが世界中で精力的に進められている。一方、iPS細胞から分化し移植される細胞の中に残存した未分化のiPS細胞が腫瘍化することが知られている。このことがiPS細胞を再生医療に応用する上での大きな障壁となっており、残存iPS細胞を効率良く除くための新しいプローブが切望されていた。

研究の経緯

 産総研は幹細胞の産業応用におけるトップランナーを目指しており、特に幹細胞分化技術や幹細胞の標準化に力を入れている。また、糖鎖を分析する新しい技術として高密度レクチンマイクロアレイの応用にも取り組んでいる。今回、これらの技術を融合することにより、既存の抗体に代わる優れたiPS細胞染色プローブの開発に取り組んだ。

 なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(平成21~22年度)、および和光純薬工業からの資金提供型共同研究(平成23年度~)により産総研と和光純薬工業が共同で実施した。

研究の内容

 高密度レクチンアレイによる解析の結果、レクチンの一種であるrBC2LCNが、iPS細胞に特異的に結合するプローブであることを発見しており、今回の研究では、rBC2LCNがiPS細胞、ES細胞の生体染色に有効であることを見出した。図1にrBC2LCNによるiPS細胞の生体染色の結果を示す。培養中のiPS細胞の培養液に、赤色蛍光物質で標識したrBC2LCNを添加したところ、iPS細胞を生きたまま蛍光染色できた。このプローブは毒性がほとんどなく、培養液中に入れたままにしておけるため、常に品質管理しながらiPS細胞を培養できる。またこのプローブは、ES細胞も生きたまま染色でき、幅広く幹細胞の品質管理に使用できる。

生きたまま染色したiPS細胞の光学顕微鏡像写真
図1 生きたまま染色したiPS細胞の光学顕微鏡像
赤色蛍光物質で標識したrBC2LCNを培養液に添加し、iPS細胞を可視化した。

 rBC2LCNがiPS細胞上のどのような分子に結合するかを調べた。その結果、rBC2LCNはポドカリキシンと呼ばれる高度に糖鎖修飾された膜タンパク質上のO型糖鎖に結合することが分かった(図2)。また、O型糖鎖のうち、Hタイプ3(Fuca1-2Galb1-3GalNAc)と呼ばれる構造を認識することが分かった。これらは、Hタイプ3が新規のiPS細胞マーカーであることを示唆している。

rBC2LCNがiPS細胞を検出する模式図画像
図2 rBC2LCNがiPS細胞を検出する模式図
rBC2LCNは、ポドカリキシン上ムチン様O型糖鎖(Hタイプ3)に結合する。

 iPS細胞と分化細胞が混じった細胞集団に、蛍光標識したrBC2LCNを加えて、フローサイトメーターによる分離実験を行ったところ、分化細胞とiPS細胞を分離できた(図3)。再生医療に用いる移植用の細胞にiPS細胞が混入していても、この技術を応用してiPS細胞を分離することによって、腫瘍化を防げると期待される。

rBC2LCNを用いたiPS細胞の分離実験の図
図3 rBC2LCNを用いたiPS細胞の分離実験

 rBC2LCNは大腸菌を用いて大量(>80 mg/L)に調製できることから、従来の抗体にかわるiPS細胞を評価するための新しいiPS細胞プローブとしてコストの面からも期待できる。

今後の予定

 rBC2LCNを用いて混入しているiPS細胞を取り除いた細胞源が、本当に腫瘍化が起きないかどうかなどの安全性を確認する予定である。産学官連携により、rBC2LCNを用いた技術に関して、5年後の医療現場での実用化を目指す。なお、rBC2LCNは、和光純薬工業より早期に製品化を行う予定である。


用語の説明

◆iPS細胞
induced pluripotent stem cell(人工多能性幹細胞)のこと。京都大学の山中 伸弥 教授らによって開発された細胞で、山中4因子(OCT3/4SOX2KLF4c-MYCの4遺伝子)を皮膚・血球などの細胞に導入することで作製できる細胞。体中を構成する全ての細胞種に分化する能力があると考えられている。2006年にマウスiPS細胞の樹立が報告され、2007年にはヒトiPS細胞が樹立された。受精卵を破壊して作製するES細胞に比べ、倫理的な問題も少ないと考えられることから世界中で脚光を浴び、さまざまな再生医療への応用が期待されている。本成果により、山中教授らは2012年にノーベル生理医学賞を受賞した。[参照元へ戻る]
◆プローブ
ある特定の分子や細胞を検出する際に用いる物質のこと。今回発見したrBC2LCNは未分化のiPS細胞やES細胞に特異的に反応するプローブである。[参照元へ戻る]
◆rBC2LCN
グラム陰性菌 Burkholderia cenocepacia由来のレクチンBC2L-CのN末端ドメインのリコンビナント体のこと。高密度レクチンアレイによる解析の結果、未分化なiPS細胞やES細胞と反応するものの、分化した体細胞やマウスフィーダー細胞とは全く反応しないレクチンプローブとして発見された。[参照元へ戻る]
◆O型糖鎖
糖タンパク質の糖鎖のうち、タンパク質のセリンまたはスレオニン残基に結合している糖鎖のこと。これに対し、タンパク質のアスパラギン残基に結合している糖鎖をN型糖鎖という。[参照元へ戻る]
◆幹細胞
自分以外の特殊化した細胞に分化できる能力と、細胞分裂をしても自分自身と同じ性質をもつ細胞を生み出す能力を併せもつ細胞。[参照元へ戻る]
◆未分化マーカー
iPS細胞やES細胞などの未分化細胞を判別、評価するための指標。Nanog、Oct3/4、SSEA3、SSEA4、Tra-1-60、Tra-1-81などが知られている。[参照元へ戻る]
◆レクチンマイクロアレイ
レクチンは、ある特定の部分糖鎖構造を認識し、結合するタンパク質のこと。古くから植物由来のレクチンが知られ研究に利用されているが、動物や微生物にも多くのレクチンが存在し、発生、分化、免疫、がん化、感染など幅広い生命現象に関与している。レクチン複数種を、スライドガラスのような基板に並列に固相化したものがレクチンマイクロアレイである。これにより、糖タンパク質上に付加する糖鎖の構造をおおよそ網羅することができる。細胞は分化や、がん化に伴い表面の糖タンパク質や糖脂質の糖鎖構造を劇的に変化させるため、最近ではレクチンアレイを細胞判別システムとして用いる動きがある。同時に、がんマーカー探索のツールとしての利用価値も高く、いくつかの成果が公表されている。[参照元へ戻る]
◆ES細胞
embryonic stem cell(胚性幹細胞)のこと。胚盤胞期の内部細胞塊より作製された細胞で、理論的には体中を構成する全ての細胞に分化する能力があるといわれる細胞。[参照元へ戻る]
◆ポドカリキシン
1型膜タンパク質で5つのN型糖鎖付加部位、3つのグリコサミノグリカン付加部位、多数のO型糖鎖付加部位をもつ。計算上は分子量55キロダルトン(kDa)の大きさであるが、今回、見かけの分子量は200 kDa以上に達するほど、高度に糖鎖修飾されていることが示唆された。もともと腎臓の糸球体上皮細胞(ポドサイト)で見つかったタンパク質であるが、ヒトiPS・ES細胞でも高い発現を示すことが分かった。[参照元へ戻る]
◆分化細胞
皮膚の細胞や心筋細胞など、さまざまな臓器や器官を構成するために特殊化した細胞。[参照元へ戻る]
◆フローサイトメーター
一定の波長のレーザー光を、細胞のような小さい物体にあて、その物体が発する蛍光の有無で選別する装置。[参照元へ戻る]

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