発表・掲載日:2013/03/06

二酸化炭素から医農薬中間体を効率的に合成

-環境負荷の少ない化学品製造法に期待-

ポイント

  • 二酸化炭素とアミン化合物を原料とし、常温で圧力をかけずに医農薬中間体を合成
  • 金触媒を親水性の樹木状分子で包み込むことで、水中での反応を実現
  • 触媒の長寿命化を実現し、収率の大幅な向上に成功

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)環境化学技術研究部門【研究部門長 柳下 宏】分子触媒グループ 藤田 賢一 主任研究員、安田 弘之 研究グループ長らは、二酸化炭素とアミン化合物を原料として、医農薬の中間体として有用な2-オキサゾリジノン誘導体を、常温常圧のまま水中で合成できる技術を開発した。

 今回開発した技術では、触媒となる金の錯体を、デンドリマーと呼ばれる樹木状の構造をもつ分子で包み込み保護することで、触媒の親水性化と長寿命化を同時に実現した。この触媒を水中で使うと、反応容器が二酸化炭素で満たされた状態で、加圧や加熱をせずにアミン化合物から抗生物質やフラルタドンなどの医薬品の中間体である2-オキサゾリジノン誘導体が収率よく合成できた。この技術は、有機溶媒を使わない医農薬中間体の新しい製造法に繋がるとともに、化学品製造時の環境負荷低減に貢献すると期待される。なお、この技術の詳細は、2013年3月 22~25日に滋賀県草津市で開催される日本化学会第93春季年会で発表される。

環境負荷の少ない医農薬中間体製造技術のイメージ図画像
環境負荷の少ない医農薬中間体製造技術のイメージ図

開発の社会的背景

 二酸化炭素は地球上に豊富に存在し、地球温暖化物質としても知られる。そのため、二酸化炭素を原料とした電子材料や医薬品などさまざまな化学品の製造技術の開発が求められていた。これまでに開発された二酸化炭素の利用例としてポリカーボネートの製造がある。ポリカーボネートの製造工程では、従来は有毒な原料を使用していたが、これを二酸化炭素に転換することによって、環境負荷の削減や製造コストの低減が実現している。

 2-オキサゾリジノン誘導体は、抗生物質や医農薬の中間体として有用な化合物である。しかし、これまでの製造法では、猛毒のホスゲン一酸化炭素などを使うため、安全な製造法の開発が求められていた。最近では、二酸化炭素を用いた 2-オキサゾリジノン誘導体の製造法がいくつか開発されている。しかし、二酸化炭素は熱力学的に安定した化合物であるため活性化させることは容易ではなく、その化学変換には、通常、高温や高圧条件が必須である。最近報告された2-オキサゾリジノン誘導体の製造法も、高圧の二酸化炭素や超臨界二酸化炭素を使用するものであり、加圧や耐圧設備など投入エネルギー面での課題が残されていた。

研究の経緯

 産総研では以前から、二酸化炭素を原料とした化学品合成に注力するとともに、さまざまな化学品製造時に排出される廃棄物を極小化できる製造プロセスの開発に取り組んできた。例えば、有機溶媒を用いない有機合成技術のため、デンドリマーを設計・利用して、水中で機能する各種錯体触媒を開発している。今回この触媒設計技術を活かし、二酸化炭素を原料として水中で2-オキサゾリジノン誘導体を合成できる新しい触媒を開発した。

研究の内容

 二酸化炭素を原料とした 2-オキサゾリジノン誘導体の合成には、金錯体が触媒として有効である。今回、デンドリマーで被覆することで金錯体を保護して、触媒の長寿命化を実現した。さらに、デンドリマー骨格の表面に親水性の官能基を導入して、より水になじみやすくすることで、水中での触媒活性を大きく向上させることができた。

 このデンドリマー型の金錯体触媒を用いると、反応容器が二酸化炭素で満たされた状態で、加熱や加圧を行わなくても、水中で二酸化炭素とアミン化合物から2-オキサゾリジノン誘導体が高い収率(86%)で得られた。市販の金錯体(収率2%)に比べて、今回開発した触媒は40倍以上の性能を示した(図1)。

デンドリマー型金錯体触媒を用いた水中での 2-オキサゾリジノン誘導体合成の図
図1 デンドリマー型金錯体触媒を用いた水中での 2-オキサゾリジノン誘導体合成

 この技術により、アミン化合物と二酸化炭素から、常温常圧の水中で、医農薬中間体として有用な 2-オキサゾリジノン誘導体を収率よく製造することが可能になった。有機溶媒を必要としない新しい医農薬中間体の製造法に繋がり、今後の化学品製造における環境負荷低減化が期待される。

今後の予定

 数年後の実用化を目指し、デンドリマーの構造を改良することによって、触媒の高機能化や使用する金錯体の少量化に取り組み、 2-オキサゾリジノン誘導体製造の高速化を図る。また、想定される製造プロセスについて、シミュレーションによるコスト評価を行うとともに、スケールアップの検討も進める予定である。


用語の説明

◆アミン化合物
アンモニア(NH3)の水素原子を炭化水素基で置換した化合物の総称。[参照元へ戻る]
◆中間体
出発原料から何段階か経て最終生成物が製造される場合、途中の段階の化合物を指す。[参照元へ戻る]
◆2-オキサゾリジノン誘導体
医農薬産業で幅広く使われている中間体。2-オキサゾリジノンにさまざまな官能基を導入した化合物の総称。[参照元へ戻る]
2-オキサゾリジノン誘導体説明図
◆触媒
化学反応の反応速度を高めたり反応選択性を変えたりする化合物。触媒自体は化学反応で消費されない。今回の研究では錯体触媒を用いている。[参照元へ戻る]
◆錯体
金属元素や金属類似元素の原子またはイオンを中心として、これに配位子(原子・原子団・分子またはイオン)が結合した化合物。本研究では金錯体を用いている。[参照元へ戻る]
◆デンドリマー
枝分かれをしている樹木状分子として知られる高分子化合物。デンドリマーはコアと呼ばれる中心部分と枝分かれ繰り返し部分、そして末端基の最外層から構成される。[参照元へ戻る]
◆フラルタドン
動物用医薬品で、合成抗菌剤である。[参照元へ戻る]
◆収率
ある物質を得るための化学反応において、理論上得ることが可能なその物質の最大量(理論収量)に対する、実際に得られた物質の量(収量)の比率である。[参照元へ戻る]
◆有機溶媒
水に溶けない有機化合物を溶かす常温常圧で液体の有機化合物の総称。メタノール・エタノール・トルエン・アセトン・クロロホルムなど。[参照元へ戻る]
◆ホスゲン
塩素と一酸化炭素を反応させることによって得られる。非常に反応性が高いため、さまざまな合成原料として利用される。毒性が非常に強く、第一次世界大戦ではドイツ軍が化学兵器として使用した。現在でも化学兵器禁止条約に基づいて管理されている。アルコール、アミン、水などと反応して塩化水素を発生する。[参照元へ戻る]
◆一酸化炭素
常温・常圧で無色・無臭・可燃性の気体。一酸化炭素中毒の原因となる。1500 ppm (0.15 %) で死に至る猛毒ガスとして知られている。[参照元へ戻る]
◆超臨界二酸化炭素
物質は通常、固体と液体と気体のいずれかの状態にある。それが一定以上の高温、高圧下になると3つのいずれでもない超臨界状態となる。二酸化炭素の場合は、31 ℃ および 7.4  MPa(約 73 気圧)以上にすると超臨界状態になる。[参照元へ戻る]
◆官能基
有機化合物の性質を決める特定の原子の集まりを官能基という。[参照元へ戻る]

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