発表・掲載日:2013/01/30

これまでで最高温度となる153 Kでの超伝導転移を観測

-銅酸化物高温超伝導体のもつ高い潜在能力を引き出す-

ポイント

  • 15万気圧下で、153 K(約-120 ℃)での電気抵抗ゼロの超伝導現象を観測
  • 高圧合成、高圧力下での物性測定など高度な技術で実現
  • 新しい超伝導物質の開発における超伝導転移温度の向上に貢献

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)電子光技術研究部門【研究部門長 原市 聡】超伝導エレクトロニクスグループ 竹下 直 主任研究員、伊豫 彰 主任研究員、永崎 洋 研究グループ長と、独立行政法人 理化学研究所【理事長 野依 良治】(以下「理研」という)山本 文子 基幹研究所研究員は、高圧合成技術を用いて作製した水銀系銅酸化物高温超伝導体のひとつであるHg-1223の電気抵抗率を15万気圧の超高圧力下で測定し、超伝導現象の最も基本的な性質である電気抵抗の消失(ゼロ抵抗状態)を現在最も高い153 K(約-120 ℃)で観測した。

 1993年に発見されたHg-1223は大気圧中では最も高い135 Kの超伝導転移温度をもつ物質である。この物質は圧力の増加とともに転移温度が上昇するという報告がなされていたが、実験が困難であるため超高圧力下では電気抵抗の消失は観測されていなかった。今回、高度な高圧力下での実験技術を利用することで、現在最も高い温度でのゼロ抵抗をともなう超伝導現象を観測した。また、これまで得られていなかった圧力下での正しい超伝導転移温度の変化の詳細を明らかにした。この結果は今後、新しい物質の開発における超伝導転移温度の向上に貢献することが期待される。

 なお、今回の成果の詳細は、日本物理学会が発行するJournal of the Physical Society of Japan 2013年2月号に掲載される。

水銀系銅酸化物高温超伝導体(Hg-1223)の圧力下の電気抵抗率の温度変化の図

水銀系銅酸化物高温超伝導体(Hg-1223)の圧力下の電気抵抗率の温度変化

圧力を加えていくと電気抵抗がゼロとなる超伝導転移温度が上昇していく(左)。最高圧力の15万気圧での電気抵抗の温度依存性では、ゼロ抵抗状態が153 K以下にみられる(右)。

研究の社会的背景

 超伝導は、ゼロ抵抗や完全反磁性ジョセフソン効果に代表される特徴的な性質を示すことから、基礎研究だけではなく、エネルギー分野、産業・輸送分野、医療分野、情報・通信分野など、幅広い領域で応用に向けた研究が行われている。この中で、超伝導転移温度の向上は、その適用範囲を広げることに繋がるため、超伝導の研究における一つの目標とされている。

 銅酸化物高温超伝導体は1986年に発見され、それまでの超伝導転移温度を一気に窒素温度以上にまで引き上げた。現在、大気圧において最も高い超伝導転移温度をもつ物質は1993年に発見され135 Kの転移温度が観測されたHg-1223である(図1)。

図1 超伝導材料のゼロ抵抗状態を伴う超伝導転移温度(Tc)の変遷の図

図1 超伝導材料のゼロ抵抗状態を伴う超伝導転移温度(Tc)の変遷

高温超伝導体としては、銅酸化物系超伝導体は1986年に、鉄系超伝導体は2008年にそれぞれ発見された。今回の研究では最も高い転移温度での電気抵抗ゼロの超伝導現象を観測した。

 一方、Hg-1223は圧力の増加とともに超伝導転移温度が上昇するという傾向がこれまで報告されていたが、電気抵抗の消失が確認されておらず、実際にどの温度で超伝導現象が起きているのかが分からなかった。圧力下での超伝導転移温度の振る舞いを正しく捕らえることができれば、その仕組みを考察でき、今後、高圧力下ではなく大気圧において、より高い超伝導転移温度をもつ新しい超伝導物質を設計・合成するための大きな指針を得ることができる。

研究の経緯

 これまでのHg-1223に対する超高圧力下の電気抵抗率測定では、その測定技術の難しさのため、完全な超伝導状態の実現が阻害され、ゼロ抵抗を得ることができず、超伝導転移温度を正しく評価できていなかった。その主な要因としては、試料自体の質に問題があったことや、測定時に加える圧力の不均一による試料の損傷などが考えられる。これらの問題点を克服するため、高圧合成技術による試料作成とキュービックアンビル型装置を用いた圧力発生技術による均一な高圧力下での電気抵抗測定することで、超高圧力下において正しくHg-1223に対する超伝導転移温度を評価し、圧力との関係の解明を目指した。

 本研究開発は、日本学術振興会科学研究費補助金「制御された異方的超高圧力下の物理(平成23~25年度)」による支援を受けて行われた。

研究の内容

 今回の研究では、まず試料の合成に高圧合成法を用いた。この試料作成法により、これまでにない質の高いHg-1223多結晶試料が得られた。次に、疑似静水圧下における超高圧力下電気抵抗測定技術によって、この高品質な試料を超高圧力下までその品質を損なわずに測定できた。高圧合成と超高圧下電気抵抗測定の両方に用いられた圧力発生装置はキュービックアンビル型と呼ばれるもので、圧力発生部分を上下左右前後の6方向から均等に圧縮することで等方性の高い圧力発生を行うことができる(図2)。

 今回の研究で用いた、高圧合成装置(左)キュービックアンビル型圧力下物性測定装置の圧力発生部分(右)の写真
図2 今回の研究で用いた、高圧合成装置(左)
キュービックアンビル型圧力下物性測定装置の圧力発生部分(右)

 これらの結果として、これまで得られなかったゼロ抵抗をともなう超伝導転移を全ての圧力下で測定、観測することができ、図3に示すようにHg-1223における超伝導の正しい温度-圧力相図(Tc-P 相図)が初めて得られた。これにより、圧力と超伝導転移温度との関係がどのようになるべきか、理論的なモデルとの対比なども可能となり、今後、高圧力下ではなく大気圧中においてさらに高い超伝導転移温度をもつ物質を開発する上での具体的な設計指針を得られるようになると期待される。また、今回の測定における最高圧力の15万気圧において、153 Kの転移温度での超伝導現象を観測することができた。これは現在最も高い温度でのゼロ抵抗をともなう超伝導現象の測定である。

今回の研究で得られたHg-1223における超伝導転移温度と圧力の関係の図
図3 今回の研究で得られたHg-1223における超伝導転移温度と圧力の関係
Tc-P 相図)

今後の予定

 今後さらに、同じ水銀系銅酸化物高温超伝導体の異なる試料でのTc-P 相図の解明を目指す。また、他の銅酸化物高温超伝導体における正しいTc-P 相図の研究も行い、銅酸化物高温超伝導体がどこまで高い超伝導転移温度を実現できるのか明らかにし、より高い転移温度を実現する新物質の開発の可能性を追求していく。


用語の説明

◆水銀系銅酸化物高温超伝導体
銅酸化物高温超伝導体にはさまざまな物質があるが、超伝導が起きる銅酸化物の面(CuO2面)の間に色々な元素が挟まれた構造を一般にもつ。このうち、水銀が使われている系を水銀系銅酸化物高温超伝導体と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆高温超伝導
一般的に絶対温度約25 K以上の転移温度を持つ超伝導体。代表的高温超伝導体として、銅酸化物、MgB2、鉄ヒ素系超伝導体が挙げられる。[参照元へ戻る]
◆Hg-1223
いくつか知られる水銀系銅酸化物高温超伝導体の中で現在大気圧では最も高い転移温度(約135K)をもつ物質である。化学式は、HgBa2Ca2Cu3O8+δ(Hg-1223)。[参照元へ戻る]
◆超伝導
ある種の金属、合金、化合物などの温度を下げていくと、ある温度(転移温度)で電気抵抗が急激にゼロとなる現象。超伝導状態では、完全反磁性、ジョセフソン効果が観測される。[参照元へ戻る]
◆超伝導転移温度
超伝導体において、ゼロ抵抗や完全反磁性などの性質が現れる温度。[参照元へ戻る]
◆完全反磁性
超伝導体が冷却により常伝導状態から超伝導状態になった際に、それまで試料内部を貫いていた磁束は外部に押しだされてしまう。超伝導体のもつ基本的な性質である。マイスナー効果とも呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆ジョセフソン効果
弱結合された超伝導体の間に、超伝導電子対の位相差を反映してトンネル効果により超伝導電流が流れる現象。電圧標準や超高感度の磁束計として利用されている。[参照元へ戻る]
◆キュービックアンビル型装置
キュービックアンビル型装置は圧力発生部が上下左右前後の6方向から均等に加圧する機構をもった圧力発生装置である。均等に加圧を行うため、内部は固体状態になっていても高品位な疑似静水圧的な圧力発生を行うことができる。[参照元へ戻る]
◆静水圧
密閉された液体に対して圧力を加えると、液体のどの部分でも等方的で、かつ、一様な圧力がかかった状態になる(パスカルの原理)。この状態を静水圧(静水圧平衡)と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆等方性
物体の性質や構造、圧力のような物理量が方向によって異ならず、同じであること。[参照元へ戻る]


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