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発表・掲載日:2012/04/24

害虫に殺虫剤抵抗性を持たせる共生細菌を発見

-殺虫剤抵抗性は害虫自身の遺伝子で決まるという常識を覆す-

ポイント

  • 害虫防除上きわめて重要な殺虫剤抵抗性という性質を左右する共生細菌を発見
  • 害虫カメムシが土壌中の殺虫剤分解細菌を取り込んで殺虫剤抵抗性を獲得する
  • 害虫防除の策定に新しい観点を提示

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】環境生物機能開発研究グループ 菊池 義智 研究員および生物共生進化機構研究グループ 深津 武馬 研究グループ長らは、独立行政法人 農業環境技術研究所【理事長 宮下 淸貴】(以下「農環研」という)生物生態機能研究領域 早津 雅仁 研究員、多胡 香奈子 研究員、沖縄県農業研究センター【所長 坂本 守章】(以下「沖縄農研」という)病害虫管理技術開発班 永山 敦士 研究員らと共同で、ダイズの難防除害虫であるホソヘリカメムシが環境土壌中の殺虫剤分解細菌を取り込んで体内に共生させることにより、殺虫剤抵抗性を獲得しうるという現象を発見した。

 これまで世界中の約500種類の害虫について殺虫剤抵抗性が報告され、農業や公衆衛生の面で問題となっている。従来、殺虫剤抵抗性は害虫自身の遺伝子で決定されるものと考えられてきたが、今回の発見はそのような常識を覆すものであり、害虫における殺虫剤抵抗性の進化や害虫防除戦略の策定に新しい観点を提示するものである。

 なお、この研究成果は2012年4月24日(日本時間)、米国の学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences USA」(米国科学アカデミー紀要)にオンライン掲載される。

ダイズ葉上のホソヘリカメムシの写真
図1 ダイズ葉上のホソヘリカメムシ

開発の社会的背景

 近年、気候変動や人口増加による世界的な食糧難が懸念される中、環境負荷や残留農薬の問題はあるものの、食料の安定供給のために殺虫剤の重要性はますます高まっている。また、マラリアを媒介するハマダラカや睡眠病を媒介するツェツェバエなど吸血性衛生害虫や、シロアリやゴキブリなどの家屋害虫の防除にも殺虫剤の使用は必要不可欠である。

 一方で、単一の殺虫剤を連続使用すると、しばしば殺虫剤抵抗性の害虫が出現することが古くから知られていた。現在までに約500種類の農業害虫、衛生害虫、家屋害虫などについて殺虫剤への抵抗性発達が報告され、大きな問題となっている。抵抗性の機構としては解毒能力の向上や標的タンパク質の構造変化などさまざまな事例が報告されているが、いずれも昆虫自身の遺伝子で規定される性質であるというのが従来の常識であった。多くの害虫がその体内に共生微生物を保有しているため、共生微生物が宿主害虫の殺虫剤抵抗性に影響を及ぼす可能性は指摘されていたものの、これまで実証されていなかった。

 殺虫剤抵抗性害虫の出現は、医療現場における多剤耐性病原菌の問題と同様に、殺虫剤を開発する人類と抵抗性を発達させる害虫との「終わりなき戦い」といえる。新しい殺虫剤の開発には多大なコストと時間がかかるため、抵抗性の発達を未然に防ぐことはきわめて重要であり、そのためには抵抗性発達の機構を理解することが最重要課題といえる。

研究の経緯

 産総研では、昆虫の体内に共生する微生物が有する高度な生物機能に着目し、さまざまな研究に取り組んできた(2004年3月25日産総研プレス発表2010年11月19日産総研プレス発表)。近年は、多くの難防除害虫が含まれるカメムシ類に着目して研究を展開してきたが、その過程でダイズの害虫として知られるホソヘリカメムシ(図1)がユニークな微生物共生系を持つことを見いだした。ホソヘリカメムシの消化管には盲嚢(もうのう)と呼ばれる袋状の組織が多数発達しており(図2B)、その中にバークホルデリアという細菌が共生している(図2C)。ほとんどの昆虫類では、共生細菌は母から子へと直接伝えられるが(垂直伝達)、ホソヘリカメムシでは、幼虫が環境土壌中に生息するバークホルデリアを毎世代新たに取り込んで共生すること(環境獲得)を解明した。

 農環研では、微生物を利用した農地改良や環境浄化を目的として、土壌微生物の持つ多様な機能の研究を行ってきた。微生物が持つ有用な機能の一つに、殺虫剤を含む化学物質の分解や浄化がある。これまでに農環研により、さまざまな殺虫剤分解性の細菌が単離、同定されてきたが、その中にバークホルデリアも多数含まれていた。

 今回の成果は、産総研における共生微生物の研究蓄積と、農環研における殺虫剤分解菌の研究蓄積を基に、それらを有機的に統合、発展させることにより得られたものである。また、沖縄農研が中心となって、カメムシ野外集団における殺虫剤分解菌の感染実態を調査した。

 なお、本研究は、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出基礎的研究推進事業(BRAIN)」の支援を受けた。

ホソヘリカメムシの消化管・共生器官の写真
図2 ホソヘリカメムシの消化管・共生器官の写真
(A)ホソヘリカメムシ消化管の写真。矢印は共生器官を示す。(B)共生器官の拡大像。多数の盲嚢(△で示す)が発達し、(C)その中に共生細菌バークホルデリアをぎっしりと保有している(緑色の蛍光色素でバークホルデリアを染色して観察)。

研究の内容

 フェニトロチオンは世界中で広く使われている殺虫剤の一つで、有機リン系化合物である。これまでに、さまざまな土壌細菌がフェニトロチオンを分解して炭素源として利用できることが報告されてきた。分解菌により、フェニトロチオンは昆虫にとってほぼ無毒の3-メチル-4-ニトロフェノールに分解され、その後複数のステップを経て炭素源として利用される(図3上)。フェニトロチオン分解菌は農耕地の土壌中に低頻度で存在しているが、フェニトロチオンの連続散布によりその密度が増加する。

バークホルデリアによるフェニトロチオンの分解の写真
図3 バークホルデリアによるフェニトロチオンの分解
(上)フェニトロチオンの分解過程。(下)フェニトロチオン含有培地上における分解活性。分解菌のコロニー周辺にはフェニトロチオンの分解によるハローが形成される。

 ホソヘリカメムシの共生細菌バークホルデリアは環境土壌中に普通に生息しており、幼虫が成長過程で経口的に取り込むことによって、毎世代新たに共生関係が成立する。バークホルデリアと共生させたカメムシは、共生させなかったものに比べて体のサイズや産卵数が大幅に増加することから、バークホルデリアは宿主カメムシの栄養代謝において重要な役割を果たしているものと考えられる。

 いくつかの地域の農耕地の土壌やそこに生息するカメムシ類からバークホルデリアの分離・同定を行ったところ、土壌から分離されたバークホルデリアの中にわずかながらフェニトロチオンを分解する菌株が含まれていた(図3下)。

 これらのフェニトロチオン分解性バークホルデリア(フェニトロチオン分解菌)とフェニトロチオンを分解できないバークホルデリア(非分解菌)をそれぞれホソヘリカメムシに感染させて、宿主への影響を比較した。その結果、フェニトロチオン分解菌に感染したホソヘリカメムシと非分解菌に感染したホソヘリカメムシの間で、共生細菌の定着率、宿主の生存率、成長速度、体のサイズなどに有意な違いは見られなかった。しかしフェニトロチオン分解菌に感染したホソヘリカメムシでは、非分解菌に感染したホソヘリカメムシに比べて、フェニトロチオンへの抵抗性が大幅に増大していた(図4)。これらの結果は、共生細菌の感染によって宿主カメムシが殺虫剤抵抗性を獲得したことを明確に示している。

フェニトロチオン処理した場合のホソヘリカメムシの生存率の図
図4 フェニトロチオン処理した場合のホソヘリカメムシの生存率
フェニトロチオン分解菌を感染させるとほとんど死ななくなる。2つのカメムシ系統(TKS-1(左)、TKA-7(右))の結果を示す。

 日本各地のホソヘリカメムシ846個体について感染調査を行ったところ、フェニトロチオン分解菌は検出されなかった(0%)。稲の害虫であるクモヘリカメムシやサトウキビの害虫であるカンシャコバネナガカメムシ(いずれもバークホルデリアと共生している)についても同様の感染調査を行ったところ、カンシャコバネナガカメムシの一部の集団にだけフェニトロチオン分解菌の感染が確認された(約8%)。すなわち、日本のカメムシ野外集団のフェニトロチオン分解菌への感染率は一般に低いことが判明した。国内農耕地ではフェニトロチオンの使用回数は年間1~3回程度に管理されているため、多くの農耕地土壌におけるフェニトロチオン分解菌の密度は検出限界以下にとどまっているものと思われる。

  野外農耕地から採取してきた土壌にフェニトロチオンを実験的に散布(週に1回、合計4回)したところ、土壌中のフェニトロチオン分解菌密度が増し、そこから分離培養した細菌のうち80%以上がフェニトロチオン分解活性を示した。このようにしてフェニトロチオン分解菌を増やした土壌にダイズを植え、そのうえでホソヘリカメムシの幼虫を飼育したところ、90%以上の個体が成虫になるまでにフェニトロチオン分解菌を獲得した。これは、殺虫剤の連続散布は土壌中の殺虫剤分解菌を増加させるだけでなく、分解菌の害虫カメムシへの感染を促進し、ひいては害虫の殺虫剤抵抗性の獲得につながる可能性を示している。

 これらの結果から、共生細菌バークホルデリアによる害虫の殺虫剤抵抗性獲得は以下のような過程で成立すると考えられる(図5)。

 ①殺虫剤の連続散布によって土壌中の殺虫剤分解菌が増殖する。
 ②カメムシがこれら殺虫剤分解菌を土壌中から取り込んで共生する。
 ③殺虫剤分解菌と共生したカメムシは殺虫剤抵抗性を獲得する。

共生細菌による害虫の殺虫剤抵抗性発達機構の概略図
図5 共生細菌による害虫の殺虫剤抵抗性発達機構の概略図

 本成果により、害虫の殺虫剤抵抗性に共生微生物が関係しうることが世界で初めて証明された。これまで、殺虫剤抵抗性の獲得は害虫自身の遺伝子に生じた突然変異によるものであり、害虫集団中に現れた抵抗性個体が殺虫剤の使用による選択を受けることで、次第に集団中の個体数が増加して顕在化すると考えられてきた。今回の共生細菌による殺虫剤抵抗性の獲得機構の発見は、従来の殺虫剤抵抗性発達モデルを否定するものではなく、それに加えて新たな殺虫剤抵抗性の発達モデルを提示するものと位置づけられる。

今後の予定

 今後は、この殺虫剤分解性バークホルデリアの全ゲノム解読を進めるとともに、バークホルデリア感染前後の宿主カメムシの発現遺伝子変化を次世代シーケンサーにより網羅的に解析する予定である。これらの研究から、共生細菌感染によって殺虫剤抵抗性が発達する際に、宿主カメムシの遺伝子発現や代謝系にどのような影響があるのかを解明し、この基礎的にも応用的にも重要な現象の分子基盤を明らかにしていきたい。

 また重要な応用研究として、どの程度の殺虫剤散布が農耕地土壌における殺虫剤分解性バークホルデリアの集積や、カメムシへの分解菌の感染につながるのかを評価する必要がある。野外の実験用農耕地において調査を行い、土壌における微生物群集の動態が宿主害虫の環境適応に与える影響について明らかにしていく予定である。

 共生微生物が害虫の殺虫剤抵抗性を高める機構の解明は、害虫の抵抗性発達を未然に防ぐための新規防除技術の開発につながる可能性もあり、そのような観点から研究に取り組んでいきたい。

論文タイトル

 "Symbiont-mediated insecticide resistance"
 (共生細菌による殺虫剤抵抗性)


用語の説明

◆殺虫剤抵抗性

ある害虫の正常な集団の大多数を殺すだけの量の殺虫剤に耐える能力が特定の害虫系統に観察されたとき、これを殺虫剤抵抗性が発達したと判断する。現在までに約500種類の害虫(ダニ等も含む)において何らかの殺虫剤に対する抵抗性が報告されている。その機構としては薬物排出機構の強化、殺虫剤標的(酵素や受容体など)の構造変化、解毒能力の向上などがある。[参照元へ戻る]

◆バークホルデリア
プロテオバクテリア門に属するグラム陰性細菌の一種。土壌に普通に見られる細菌グループで、多くは植物根圏に生息している。バークホルデリアの中でも一部の系統がカメムシに共生する。[参照元へ戻る]
◆共生細菌
昆虫の体内に生息し、宿主昆虫の成長と繁殖に寄与する細菌。真菌や原生生物などを含める場合には共生微生物と総称する。多くの共生細菌は宿主の栄養代謝においてきわめて重要な役割を果たし、具体的には不足栄養素の補償や食物(難分解性の木質など)の分解消化などが知られている。農業害虫(植食性昆虫)、衛生害虫(吸血性昆虫)、家屋害虫(木材食性昆虫)の多くが共生細菌を保有している。ホソヘリカメムシなどの一部のカメムシ類を除く多くの昆虫は、母子間伝達によって共生細菌を次世代へ受け渡す。 [参照元へ戻る]
◆フェニトロチオン
国内外で最も大量に使用されている殺虫剤の一つで、代表的な有機リン系殺虫剤である。この殺虫剤は昆虫のアセチルコリンエステラーゼ活性を阻害することにより殺虫作用を示す。農耕地や街路樹、ゴルフ場あるいは住宅等で害虫の駆除に広く使用される。また海外では公衆衛生を目的としても広く用いられている。[参照元へ戻る]
◆フェニトロチオンの分解
散布されたフェニトロチオンは、一部は大気中に放出されて光分解を受けるが、大部分は土壌中で微生物(細菌や真菌)により分解される。その代謝経路としては、加水分解により3-メチル-4-ニトロフェノールを生成する経路が最もよく知られている。その他に、アミノフェニトロチオンやフェニトロオキソンを中間代謝物とする経路もある。多くのフェニトロチオン分解菌は、この殺虫剤の分解産物を栄養源(主に炭素源)として利用することができる。つまりフェニトロチオンの散布は、分解菌にとっては食物の大量投入に等しく、フェニトロチオンを連続散布した農耕地土壌においてはしばしば分解菌の劇的な増加が観察される。このような土壌密度の増加を分解菌の「集積」と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆ハロー
フェニトロチオンは不溶性だが、界面活性剤の添加により乳化する。フェニトロチオン乳化剤が添加され白濁した培地で分解菌を培養すると、フェニトロチオンの分解に伴ってコロニー周辺の培地が透明になる。透明部分がコロニー周辺に輪状に広がることから、これをハロー(halo:英語で対象物の周りにできる円形の輪のこと)と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆次世代シーケンサー
従来のシーケンサーとは異なり、一度に読み取れる塩基配列の長さが50~500塩基(従来法では約800塩基)と短いものの、高度並列処理により1回の解析で数千万~数十億塩基対の塩基配列情報を得ることができる特徴を持つ。[参照元へ戻る]

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