前川桃子助教(京都大学ウイルス研究所/同iPS細胞研究所/JST山中iPS細胞特別プロジェクト)と山中伸弥教授(京都大学物質-細胞統合システム拠点/同iPS細胞研究所/JST山中iPS細胞特別プロジェクト)の研究グループは、五島直樹主任研究員(産業技術総合研究所バイオメディシナル情報研究センター/NEDO iPS細胞等幹細胞産業応用促進基盤技術開発)の研究グループとの共同研究で、卵細胞で強く発現する転写因子注1Glis1を用いると、従来の方法に比較して非常に効率よくiPS細胞(人工多能性幹細胞)注2を誘導できることを発見しました。
従来は、レトロウイルスベクター注3で4つの転写因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を線維芽細胞注4に導入してiPS細胞を作製していましたが、原がん遺伝子c-Mycによる腫瘍発生が懸念されていました。また、c-Mycなしでの誘導では、作製効率が低いこともあり、安全なiPS細胞を効率よく誘導する方法の開発が望まれていました。
本研究では、iPS細胞誘導に関与する新規因子の探索を行い複数の因子を同定しましたが、そのうちのGlis1を3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)と一緒に、マウスまたはヒトの線維芽細胞にレトロウイルスベクターを用いて導入したところ、いずれにおいてもiPS細胞の樹立効率が顕著に改善されました。さらに、Glis1は初期化が不完全な細胞の増殖を抑制し、完全に初期化した細胞のみ増殖することを明らかにしました。また、Glis1が初期化を促進する機構についても詳細な解析を行いました。今回発見された転写因子Glis1とそこから得られた知見は、将来の臨床応用に役立つことが期待されます。
本共同研究は、科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)等、「6.本研究への支援」の機関が省庁の垣根を越えた連携のもとでの支援を受け実施されました。
この研究成果は、英国科学誌「Nature」6月9日号で公開されます。
山中教授の研究グループは、線維芽細胞にレトロウイルスベクターを用いて、4つの転写因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc) を導入してiPS細胞の作製に成功しています。しかし、導入したc-Mycの影響と思われる腫瘍形成のリスクや、c-MycなしではiPS細胞の樹立効率が極端に低いことが示されています。
そこで、臨床応用に使用できるiPS細胞を効率よく作製する方法の確立のために、本研究グループは、より安全でより効率の良い新規初期化因子の探索を行ってきました。その過程で、五島主任研究員らがNEDOプロジェクトで構築してきたヒトcDNA注5ライブラリー(ヒトタンパク質発現リソース)から選出した1,437個の転写因子を用いて、Klf4の代替因子として新規に18因子を同定しました。
いずれの因子もKlf4代替因子としての誘導効率は低かったのですが、その18因子の1つである転写因子Glis1を、3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)あるいは4因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)と一緒に、マウスやヒトの線維芽細胞に導入すると、非常に効率よくiPS細胞を作製できることを見出しました。さらに、Glis1が初期化を促進する機構を詳細に検討しました。
1) Glis1の導入によりマウスおよびヒトiPS細胞の樹立効率改善
Glis1を3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)あるいは4因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)と同時に、マウスやヒトの線維芽細胞に導入したところ、ES細胞(胚性幹細胞)注6と同様の多能性マーカー遺伝子を発現し、形態も類似したiPS細胞を効率よく誘導することができました。
また、Glis1は、c-Mycによって誘導される初期化が不完全な細胞や形質転換された細胞の増殖を抑制していることがわかりました(図1,2)。
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図1.GFP陽性コロニー数(マウス) (上)Glis1はc-Mycと同等に、またGlis1はc-Mycと相乗的にGFP陽性コロニーを増殖させる。 (下)Glis1で誘導されたコロニーはほとんどがGFP陽性 |
図2.ES細胞類似コロニー数(ヒト) (上)Glis1はc-Mycと同等に、またGlis1はc-Mycと相乗的にES細胞類似コロニーを増殖させる。 (下)Glis1で誘導されたコロニーの多くがES細胞類似コロニー |
Glis1と3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)で誘導したiPS細胞は、奇形腫注7を形成(三胚葉注8へ分化能を証明)し(図3)、さらに、iPS細胞由来キメラマウス注9は生殖系譜にも寄与できることがわかりました(図4)。またGlis1から作成されたキメラマウスでは、c-Mycを用いて作製された場合のような顕著な腫瘍発生や短命化は認められませんでした。
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図3. Oct3/4, Sox2, Klf4, Glis1を導入して作製されたiPS細胞由来の奇形腫(マウス)左から、神経細胞、平滑筋、円柱上皮 |
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図4. Oct3/4, Sox2, Klf4, Glis1を用いて樹立されたiPS細胞由来のキメラマウス(上) F1の体毛色から生殖系譜への寄与が確認できた(下) |
2) Glis1の機能解析結果
| ○ | Glis1を含む転写因子をマウス胎仔線維芽細胞に導入し、5日後の初期化早期に遺伝子発現解析を行ったところ、Glis1は初期化誘導に寄与することが報告されている複数の遺伝子の発現を促進することがわかりました。 |
| ○ | Glis1はOct3/4, Sox2, Klf4とたんぱく質レベルで相互作用していることを明らかにしました。 |
| ○ | Glis1はES細胞では発現レベルが低いことを確認しました。そこで、マウスES細胞にGlis1を強制発現したところ、ES細胞の増殖が抑制されました。このことから、iPS細胞誘導過程において、細胞に導入された因子の発現が抑制されない初期化不完全細胞では、Glis1の発現が継続することにより、細胞の増殖が抑制されていることを示唆しています。言い換えれば、増殖している細胞は、完全に初期化されたiPS細胞であることを示しています。 |
今回の研究から、未授精卵や受精卵1細胞期で高度に発現している転写因子Glis1を3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)と共に線維芽細胞に導入すると、従来の方法に比較して非常に効率よくiPS細胞を作製できることが明らかになりました。更に、Glis1は初期化が不完全な細胞の増殖を抑制し、完全に初期化した細胞のみ増殖させることがわかりました。また、Glis1は初期化誘導に寄与することが報告されている複数の遺伝子の発現を上昇させることによって初期化を促進していることもわかりました。
これらの結果は、Glis1を用いることにより、安全性の高いiPS細胞を効率よく作製できる可能性を示しており、臨床応用に使用可能なiPS細胞作製方法の確立に大きく貢献することが期待されます。
本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
独立行政法人 産業技術総合研究所 広報部 報道室