発表・掲載日:2011/03/10

最古(350万年前)のエルニーニョ現象の証拠をフィリピン産化石サンゴに発見

研究成果のポイント

  • フィリピンルソン島で発掘された約350万年前(鮮新世温暖期)のサンゴ化石から、エルニーニョ現象の直接的な証拠としては最古の記録を得ることに成功した。
  • 将来の温暖化した地球環境に類似した時代とされる鮮新世温暖期において、エルニーニョ現象が存在したことを明らかにした。
  • 将来の温暖化地球におけるエルニーニョの挙動を予測する上での重要な知見となる。

研究成果の概要

 将来の温暖化した地球環境に最も類似している時代である鮮新世温暖期(約460万年前~約300万年前)において、気候システムの中で重要な役割を果たしているエルニーニョ現象の存在に関する論争が盛んに行われています。

 北海道大学大学院理学研究院の渡邊 剛講師らは、フィリピンでこの温暖期に相当する地層から極めて保存状態のよい化石サンゴを発見し、その化学組成解析からエルニーニョ現象の直接的な証拠としては最古となる水温の変動記録を得ることに成功しました。

 この発見は、一連の論争に決着をつけるものであり、将来の温暖化におけるエルニーニョ現象の挙動を予測するための重要な知見となります。

論文発表の概要

研究論文名:Permanent El Niño during the Pliocene warm period not supported by coral evidence
(化石サンゴの証拠により否定された鮮新世温暖期における永続的エルニーニョ状態)
著者:氏名(所属) 渡邊 剛(北海道大学大学院理学研究院)、鈴木 淳(産業技術総合研究所地質情報研究部門)見延 庄士郎(北海道大学大学院理学研究院)、川島龍憲(北海道大学大学院理学院)、亀尾浩司(千葉大学大学院理学研究科)、蓑島佳代(産業技術総合研究所地質情報研究部門)、ヨランダ アグラー(フィリピン地質鉱山局)、和仁良二(横浜国立大学学際プロジェクト研究センター)、川幡穂高(東京大学大気海洋研究所)、岨 康輝(北海道大学大学院理学院)、永井隆哉(北海道大学大学院理学研究院)、加瀬友喜(国立科学博物館地学研究部)
公表雑誌:Nature
公表日:日本時間(現地時間) 2011年3月10日(木)午前3時(英国時間2011年3月9日午後6時)

研究成果の概要

(背景)

 鮮新世温暖期は、将来に訪れる温暖化地球の気候条件に最も類似した過去の温暖期であると言われています(参考図1)。太平洋赤道域で数年ごとに発生するエルニーニョ現象は、現在の気候システムにおいて重要な役割を果たしていますが、このエルニーニョ現象が鮮新世温暖期に存在したか否か、これまで激しい論争が続いてきました。

 温暖化した気候システムでは、現在のエルニーニョ現象を起こすメカニズムである太平洋の東西の水温勾配がなくなり、全域の水温が高い“永続的エルニーニョ状態”になって、数年ごとのエルニーニョ現象は発生しなくなるという仮説が提唱されています。一方、当時も現在のようなエルニーニョ現象は存在し、むしろ太平洋の東西の水温勾配が大きくなって、エルニーニョ現象はより強く、より頻発していたのではないかとする仮説も提唱されていました。

 この2つの説は、どちらも時間分解能が数千年~数万年程度である海洋底コアの解析に基づいたものでしたが、海洋底コアの解析では数年間隔で起こるエルニーニョ現象を直接捉えることは困難でした。

(研究手法)

 造礁性サンゴの骨格には過去の大気と海洋の環境変動が数週間という高時間分解能で記録されています。渡邊講師らは、フィリピンでの地質調査により鮮新世温暖期に相当する地層から非常に保存状態のよい化石サンゴを発見しました(参考図2)。

 それらの化石試料から電子顕微鏡観察やシンクロトロン光を用いたエックス線回折実験により骨格に変質がないことを厳密に確認し、2つのサンゴ化石を化学分析用の試料として選びました。そして、2つのサンゴ化石の酸素同位体比組成(水温と塩分の指標)から、計70年分の大気と海洋環境の季節変動および経年変動パターンを抽出しました。

 今回のサンゴ化石が採取されたフィリピン周辺の海域は、水温と塩分の変動がエルニーニョ現象の影響を強く受けている場所であり、現生サンゴの酸素同位体比の変動パターンは、現在のエルニーニョ現象の変動パターンをよく記録していることがわかっています。

 本研究では、化石サンゴの酸素同位体比の変動パターンを、現生サンゴの酸素同位体比変動パターンと比較することによって、鮮新世温暖期におけるエルニーニョ現象の有無を検証しました。

(研究成果)

 本研究では、鮮新世温暖期の2つの保存状態のよい化石サンゴの酸素同位体比パターンからそれぞれ35年分の大気と海洋環境(水温と塩分)の季節変動および経年変動パターンを抽出しました。

 現生サンゴをこれらと同じ手法で解析した結果と比較したところ、鮮新世温暖期には現在とほぼ同じ周期でエルニーニョ現象が起こっていたことが明らかになりました(参考図3)。

 この発見は、直接的なエルニーニョ現象の証拠としては最古のものです。また、これまで比較的有力であった温暖化地球ではエルニーニョ現象は起こらないとする永続的エルニーニョ説の可能性を否定するものであり、一連の論争に決着をつけるものです。

(今後への期待)

 今回の発見で、将来の温暖化した地球においてもエルニーニョ現象が存在することが強く示唆されました。この結果は、これまでのエルニーニョ研究において主流だった説とは全く異なるもので、将来の温暖化におけるエルニーニョ現象の予測とその影響を見積もるための新たなヒントになるものと思われます。早ければ100年後には同じような気候に到達すると言われている未来の地球で、エルニーニョ現象はどうなるのか、今後のさらなる研究が期待されます。

 なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(若手B、若手A 代表 渡邊 剛)(基盤B代表 鈴木 淳)、(基盤A(海外)代表 加瀬友喜)の助成を受けています。また、本研究のエックス線回折データは、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 放射光科学研究施設における共同利用実験(代表:渡邊 剛)として測定されました。

参考図

【参考図1】

海洋底コアの有孔虫の酸素同位体比の図
海洋底コアの有孔虫の酸素同位体比(図はMix et al., 1995より改変)。
鮮新世温暖期が温暖で湿潤な気候であったことがわかる(ピンクの領域)。今回の化石サンゴが採取された年代は赤い領域で示している。 [参照元へ戻る]

【参考図2】

(a)フィリピンルソン島での化石サンゴの発掘現場風景(b)発見されたサンゴ化石群体(c)エックス線画像の写真
(a)フィリピンルソン島での化石サンゴの発掘現場風景
(b)発見されたサンゴ化石群体
(c)エックス線画像。白黒のバンドは、季節による骨格の成長の違いによるもの。一年に一本形成される。白色の側線に沿って分析を行った。スケールはそれぞれ10センチメートル。 [参照元へ戻る]

【参考図3】

(a)化石サンゴに記録された鮮新世温暖期のエルニーニョ(b)パワースペクトル密度の図
(a)化石サンゴに記録された鮮新世温暖期のエルニーニョ。
黒線は酸素同位体比変動曲線、赤線は期間内での平均の酸素同位体比の変動パターン(a-1)、青線は酸素同位体比の変動曲線から平均の季節パターンを差し引いて計算した異常値(a-2)。 黄色で示した領域は酸素同位体比から推定されるエルニーニョ現象。
(b)パワースペクトル密度。左からそれぞれ化石サンゴの酸素同位体比(青線;Coral1、赤線;Coral2)、現生サンゴの酸素同位体比、エルニーニョ指標(Nino 3.4 index:熱帯太平洋の水温異常値、青線;1985年~2010年、赤線;1950年~1984年まで期間)のパワースペクトル密度。 0.3サイクル/年(3-4年周期)付近に共通のピークがあることがわかる。 [参照元へ戻る]

用語解説

1) エルニーニョ現象
太平洋の低緯度域では通常は貿易風(東風)が吹いており、これにより赤道上で暖められた海水が太平洋西部に流れていく。その際、太平洋東部では冷たい海水がわき上がっている。何らかの原因で貿易風が弱まると暖かい海域が太平洋の東部や中央部に留まり、通常に比べて太平洋東部から中央部にかけての水温が上がり、太平洋西部の水温は下がる。これをエルニーニョ現象と呼ぶ。[参照元へ戻る]
2) 海洋底コア
海底から掘削された柱状試料(コア)は、過去の地球環境変動を記録しており、例えば、コア中に含まれる浮遊性有孔虫などの殻(炭酸カルシウム)の酸素同位体比を分析することで過去の水温や塩分の変動を調べることができる。[参照元へ戻る]
3) 造礁性サンゴ
サンゴは刺胞動物であるが、中でも体内に共生藻を持ち骨格の成長速度が大きいものを造礁性サンゴと呼ぶ。造礁性サンゴの骨格は炭酸カルシウムからなり、季節変動で樹木の様な年輪を形成する。この年輪に沿って化学分析などを行うことで数週間といった高時間分解能で環境変動の情報を得ることができる。[参照元へ戻る]
4) 酸素同位体比
酸素には質量数16,17,18の3つの安定同位体が存在する。造礁性サンゴなどの炭酸カルシウム骨格は、質量数16の酸素に対する質量数18の酸素の割合(酸素同位体比)が骨格形成時の水温と塩分に依存することが知られている。[参照元へ戻る]


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