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発表・掲載日:2010/09/28

低消費電力で信号強度の変動に頑健な屋内測位システム

-非常信号を受けると自動的に避難誘導ナビゲーションを実行-

ポイント

  • 安価な無線センサーネットワークである ZigBeeTMを用いた測位システム
  • 測位システムだけで非常信号を配信し、携帯端末でユーザーを最寄りの非常口まで誘導
  • 公共施設・商業ビルなどでの実際のサービス展開を期待


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)情報技術研究部門【研究部門長 関口 智嗣】マルチエージェント研究グループ 車谷 浩一 研究グループ長らは、2.4 GHz ISM帯無線センサーネットワークである ZigBeeTM を用いて、信号の欠落、雑音、マルチパスによる信号の強度の変動に対して頑健な測位システムを開発した。

 2.4 GHz ISM 帯の無線通信デバイスは低コストであるが、測位に利用した場合には信号の欠落や変動によって計測結果が大きく影響を受けるため測位結果が連続なものとならず、これまで実際に運用することが困難であった。今回開発した測位システムは、受信した無線信号のIDと強度を確率推論によって解析し、信号の一時的な欠落、雑音の発生、マルチパスによる信号の強度の変動があっても、1~数mの誤差で、人やモノの位置を推定できる。

 今回開発した、ZigBeeTM の下位の通信プロトコルである IEEE 802.15.4パケットを解析する確率推論のソフトウエアは、計算量を大幅に削減し携帯端末でも動作可能である。また、この測位システムは非常信号の配信機能を備え、非常事態の発生とその種類をこのシステムだけで配信できる。ユーザーの手元の携帯端末を通じて、平常時はショッピングや観光向けのナビゲーションを提供し、非常信号を受け取ると自動的に避難誘導ナビゲーションに切り替わり、最寄りの非常口までユーザーを誘導する。このシステムを横浜市みなとみらい地区のランドマークプラザで実証実験し、実環境での動作を確認した。今後は、この測位システムを応用した公共施設や商業ビルなどでのさまざまな利用が期待される。

概念図
避難誘導ナビゲーションの概念図


開発の社会的背景

 屋内で人やモノの位置・移動軌跡を計測するに当たり、信号の一時的な欠落や雑音・マルチパスに強い実用的な測位システムが求められている。特に、設置が容易で低コストの 2.4 GHz ISM帯の無線通信を用いて、数メートル以内の誤差で、信号の欠落や強度の変動があっても対象の位置・移動軌跡を連続的に計測できる頑健な測位システムの実用化が待たれている。

 また、ナビゲーションは測位システムの主要なアプリケーションの1つである。平常時にはショッピングやイベント案内などのサービスを提供しつつ、非常時には屋内で非常口までの案内を行う避難誘導ナビゲーションが実現できれば、商業施設の一般客に安心感を与えるとともに、さまざまなサービスを提供できると期待されている。

研究の経緯

 産総研は、ITによる生活安全技術の研究開発を通じて、市民や高齢者などの現在位置や身体状態の把握とそれらの情報を用いた安全サービスの実現を目指している。その一環として、無線センサーネットワークと確率推論技術による屋内空間での測位システムの開発に取り組んでおり、世界的にも高いポテンシャルを持っている。

 これまでは微弱無線を用いた屋内測位システムの実空間における実験を進めてきたが、今後はより実用性の高い2.4 GHz ISM帯の無線センサーネットワークの普及が予想される。この 2.4 GHz ISM帯の無線センサーネットワークの一種である ZigBeeTM、IEEE 802.15.4を用いて、頑健で低コストの屋内測位システムや、平常時の利便性ナビゲーション・非常時の避難誘導ナビゲーションを両立したシステムの研究開発を行っている。

 なお、この研究開発は、独立行政法人 科学技術振興機構の委託事業「戦略的創造研究推進事業CREST「安全と利便性を両立した空間見守りシステム」プロジェクト(平成17~22年度)」による支援を受けて行った。

研究の内容

 今回の成果は、設置が容易で安価な 2.4 GHz ISM帯の無線センサーネットワークの中でも、特に低消費電力の ZigBeeTMを用いて、信号の欠落・変動や雑音に強く(頑健性)、非常時の非常信号を監視サーバーなどとの通信を行うことなく、このシステムだけを用いて配信し、避難誘導できるシステムを実用レベルで実現した。

 従来の2.4 GHz ISM 帯の無線信号を用いた測位システムのうち、信号の伝搬時間差を用いたシステムは特殊なハードウエアが必要という制約があり、一般に高価である。一方、無線信号の強度を用いたシステムは比較的安価であるが、信号の一時的な欠落、雑音、マルチパスによる信号強度の変動などによって測位結果が大きく影響を受けるため、絶対精度が悪く、さらに対象の連続的な位置変化を的確に計測できない(測位結果が非連続的に変化し、実位置とは全く異なる場所を示すという問題)という問題があった。今回、携帯端末でも動作可能な計算量の少ない確率推論アルゴリズムを新たに開発し、ZigBeeTM、IEEE802.15.4無線センサーネットワークを用いて実証実験を実施した。

 これと同時に、非常信号すなわち非常事態の発生とその種類(火災、事故など)の情報を測位信号に付加して、測位の精度や間隔に影響を与えずに配信するシステムを開発した。このシステムを設置した建物の管理者は、非常事態の発生を従来のように監視サーバーなどとの通信を行うことなく、このシステムだけで建物内のユーザーに知らせることができる。ユーザーは自身の携帯端末上で、平常時にはショッピングや観光向けの利便性ナビゲーション、非常信号を受け取ると自動的に避難誘導ナビゲーションへと切り替わるサービスを受けることができる。

 このシステムは、横浜市みなとみらい地区のランドマークプラザで実証実験が行われ、実際の商業施設での動作が確認されている。

 今回開発したシステムの主要要素は以下の通りである。

1) ZigBeeTM、IEEE 802.15.4 無線センサーネットの信号を、携帯端末の上で確率推論を用いて解析し、人やモノの位置・移動軌跡を計測する測位システム。携帯端末で動作可能な計算量の少ない確率推論アルゴリズムを用いて信号の欠落・変動に強い頑健性を実現し、従来システムに見られる測位結果の非連続性を解消した。
2) 測位用の無線信号だけを用いて、非常信号(非常状態の発生と種類)を配信する非常信号配信システム
3) 非常信号を受信すると、継続して測位しつつ、近くの非常口までユーザーを誘導できる避難誘導ナビゲーションシステム

 図1に、ナビゲーションシステムが非常信号を受信して、平常時のショッピングナビゲーションから避難誘導ナビゲーションへ移行する様子を示す。

ランドマークプラザ4Fにおける避難誘導ナビゲーションの例1の図 ランドマークプラザ4Fにおける避難誘導ナビゲーションの例2の図 ランドマークプラザ4Fにおける避難誘導ナビゲーションの例3の図
例1
例2
例3
図1 ランドマークプラザ4Fにおける避難誘導ナビゲーションの例

 画面中央の赤丸がユーザーの現在位置を示している。例1は平常時のナビゲーション画面であり、出発点から現在位置を経て目的地へと移動する経路が示されている。例2は非常信号を受信して避難誘導ナビゲーションへと移行し、近くの非常口へのナビゲーションへと切り替わる際の表示を示している。例3は、避難誘導ナビゲーションに移行した後、非常口までの経路を示している画面である。

 このシステムは、無線センサーネットワークによって屋内環境計測(温度、湿度、光度など)やカメラ・マイクを用いた異常検知を実行しながら、同時にユーザーに屋内ナビゲーションのサービスを提供できる。ZigBeeTM、IEEE 802.15.4無線センサーネットワークを設置すれば、環境計測や異常検知のアプリケーションと、この測位システムを用いたナビゲーションを単一のシステムとして使用できる。図2は、このシステムで用いたIEEE 802.15.4無線センサーネットワーク用のデバイスである。チップアンテナを内蔵し、電源を供給するだけで動作可能である。今回開発した測位システムのソフトウエアは汎用的な設計であるため、IEEE 802.15.4の通信プロトコルに則った他のデバイスでも動作する。

開発したIEEE 802.15.4無線センサーネットワーク用デバイスの写真
図2 開発したIEEE 802.15.4無線センサーネットワーク用デバイス

今後の予定

 今回開発した測位システム・ナビゲーションシステムは、携帯端末でのナビゲーションだけでなく、パソコンやサーバーによるユーザーの位置の捕捉、ロボットの移動支援、また無線センサーネットワークの基本的な能力である空間環境の計測(温度・湿度・音など)、空間内の異常検知などのさまざまなサービスへと展開可能である。公共施設や商業ビルなどにZigBeeTM無線センサーネットワークを設置すれば、これらのサービスを単一の情報通信インフラで実現できる。例えば、ビル環境計測システム、ビル管理業務システム、ビルサービスシステム、ロボット誘導・管理システムなどへの展開が期待される。

(注) ZigBeeTM は、非営利団体 ZigBee Allianceの登録商標である。


用語の説明

◆2.4 GHz ISM 帯
ZigBeeTM、無線LANなどの無線通信が利用する電波の周波数帯。本来、産業・科学・医療目的で高周波エネルギー源として利用するために指定されたのが ISM 帯であるが、2.4 GHz ISM帯は情報通信機器の無線通信用としてよく利用されている。[参照元へ戻る]
◆無線センサーネットワーク
センサー情報を無線通信を用いて伝達するシステム。環境の計測(温度、湿度など)、見守り・異常検出、電力使用量の把握(スマートメーター)などで利用されている。無線通信モジュール・CPUを統合した無線ノードと呼ばれるハードウエアを空間内に複数個設置し、それらの無線ノードが互いに通信を行うことにより、直接の通信が不可能なノードの間でも情報を配信することが出来る。[参照元へ戻る]
ZigBeeTM
無線センサーネットワークの一種類。メッシュネット・アドホックネットと呼ばれる自律的・自動的なネットワークを実現できる。低消費電力で乾電池での動作も可能である。下位の通信プロトコルとして、IEEE 802.15.4を用いている。ZigBeeTMは、ZigBee Allianceの登録商標である。[参照元へ戻る]
◆マルチパス
1ヶ所から送信された電波が、2個以上の経路を経て、受信アンテナに伝わること。受信信号の強度の空間的・時間的変動の原因となる。[参照元へ戻る]
◆測位システム
対象物の位置を計測することを「測位」と呼ぶ。測位はセンサーから取り込んだ情報をさまざまな手法で解析して実行されるが、その解析アルゴリズムを実装したモジュール(ソフトウエア・ハードウエア)を合わせた全体を「測位システム」と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆通信プロトコル
情報通信機器・デバイスの間で通信を行う際の通信の手順(通信内容の事前確認や送受信の順序等)を定めた規格を、通信プロトコルと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆IEEE 802.15.4
無線センサーネットワークZigBeeTMで使用されている、下位レベルの、無線センサーネットワークのノード間での通信の方法を定めた国際標準の通信プロトコル。[参照元へ戻る]
◆パケット
情報通信機器・デバイスの間での通信を行う際の、送受信の単位となるような情報のまとまりのこと。通常、1回の通信は複数のパケットに分割されて送受信されることが多い。これにより、パケットの一部の送受信に失敗しても、通信内容全体を再送しなくとも、一部のパケットだけを再送するだけで通信を完了させることが可能となる。[参照元へ戻る]
◆微弱無線
電波法で定められた、極めて微弱な電波を用いた、免許を必要としない無線通信。[参照元へ戻る]

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