発表・掲載日:2010/09/21

新たな原理によるミクロ領域の力学物性評価装置を開発

-ダイヤモンド圧子の押し込み過程を光学顕微鏡にてその場定量解析-

ポイント

  • 透明圧子の圧入装置に光学顕微鏡を組み込んだ新しい試験装置を開発
  • 圧子と被評価材の接触面積をその場観察して、材料物性を厳密かつ簡便に定量評価
  • ミクロ領域での力学特性の定量評価により、材料特性向上や機能発現機構解明への貢献に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】高耐久性材料研究グループ【研究グループ長 橋本 等】 宮島 達也 主任研究員は、国立大学法人 豊橋技術科学大学【学長 榊 佳之】(以下「豊橋技科大」という)逆井 基次 名誉教授と株式会社 三弘【代表取締役 伊藤 弘一郎】(以下「三弘」という)と共同で、材料のミクロ領域における力学物性を簡便に定量評価できる試験装置を開発した。

 この試験装置(以下「顕微インデンター」という)はダイヤモンドやサファイアなどの微小で透明な圧子を固体試料の表面に圧入し、透明圧子に光を透過させて光学顕微鏡でその場観察することによって、圧入による圧子と試料の接触面積の変化を定量的に測定するものである。接触面積と負荷荷重の関係から直接的にミクロ領域の力学特性を評価できる。圧子の形状や圧入の速度など、適切な条件を選択することにより、ミクロ領域における弾性・弾塑性パラメーターであるヤング率硬度降伏値粘弾性関数を評価できる。

開発した装置の外観写真
図1 開発した装置の外観写真

開発の社会的背景

 近年、薄膜や微小構造体などの力学物性評価のニーズが高まり、試料表面に微小圧子を圧入する押し込み深さ計測型の計装化インデンテーションが注目されている。この試験では試料を弾性体と近似して、圧子押し込み深さから接触面積を推算する解析法が標準法として採用されている。しかしながら、塑性変形が著しい材料や硬い基板からなる膜/基板複合体では、圧入によって生じる表面変形(pile-up、盛り上がり、hc>h、下図2(b))は弾性体の変形挙動(sink-in、沈み込み、hc<h、下図2(a))とは大きく異なる。そのため、圧子押し込み深さから見積もった接触面積は大きな誤差を含み、力学物性の定量化は不可能であった。この問題を解決し、圧子と試料の接触面積をその場定量して厳密な力学物性評価を行える新たな装置が求められていた。

試料表面に微小圧子を圧入した際に生じる表面変形の相違の図
図2 試料表面に微小圧子を圧入した際に生じる表面変形の相違
(h:圧子押し込み深さ(試料表面から圧子先端までの深さ)、
hc:圧子接触深さ(試料と圧子との接触端から圧子先端までの深さ))

研究の経緯

 産総研は豊橋技科大と共同で、標準試験法の適用範囲外にある新素材に対し厳密な力学物性評価を行うため、微小圧子を用いる新規な試験法の開発を進めてきた。従来、微小圧子は試料表面と接触させて凹みを付けるための機械部品として使用されてきたが、今回、光学力学結合型圧子して活用することで新たな試験法の開発を試みた。

 なお、本研究開発の一部は、財団法人 科学技術交流財団の委託事業「平成21年度育成試験」による支援を受けて行ったものである。

研究の内容

 今回開発した顕微インデンターは、ダイヤモンドやサファイアなどの微小な透明圧子を固体試料の表面に圧入し、透明圧子に光を透過させて光学顕微鏡でその場観測することによって、圧入による圧子と試料の接触面積の変化を定量的に測定するものである。圧子の駆動機構と荷重検出装置に加えて動画像解析機能が組み込まれ、光学顕微鏡の光学軸上の焦点位置にダイヤモンドなどの透明な圧子先端を配置し、その圧子先端を試料表面に押し付ける際の接触面積の変化をその場計測できる。接触面積(A)と負荷荷重(P)との関係から直接的にミクロ領域の力学物性を評価できる。微小圧子の先端形状や接触の速度などをさまざまに選択することにより弾性・弾塑性・粘弾性などの各種の力学物性をこの試験装置一台で定量評価できる(図3)。

 三角錐または四角錐の圧子を一定速度で押し込んで負荷荷重と接触面積の関係を測定することから、硬度(マイヤー硬度HM)を求めることができる。また球形の圧子に変更して同様の試験を行えば弾性率(ヤング率E)や降伏値(Y)が求められる。さらに、負荷荷重をステップ状に変化させたり、負荷荷重もしくは接触面積を一定値に保持するように制御して、接触面積もしくは荷重の時間変化を測定することで、高分子材料などが示す時間依存型変形特性であるクリープ特性や応力緩和特性を評価できる。

今回開発した試験装置の概略と評価例の図
図3 今回開発した試験装置の概略と評価例

 図4は三角錐圧子を用いて測定したポリウレタンのクリープ曲線(A(t))である。接触面を測定した動画から切り出した6枚の連続写真を示しているが、試料表面と三角錐圧子との接触面は各写真の中央に白く見えている。時間とともに増大する接触面積を定量的に測定できることがわかる。

圧子圧入クリープ試験の計測例の図
図4 圧子圧入クリープ試験の計測例

今後の予定

 今後は、今回開発した顕微インデンターの高性能化を進めていく。また、三弘による製品化を予定している。


用語の説明

◆圧子
試料表面に接触させる測定子。一般的には、ダイヤモンドや超硬合金などの高硬度で耐摩耗性に優れた材料で作られ、その先端は四角錐、三角錐、球形、平面など、目的に応じて各種の形状に加工され使用される。[参照元へ戻る]
◆ヤング率
固体材料の弾性的性質を表す弾性率の一つであり縦弾性係数とも言う。材料に単純引張または圧縮の負荷を与えた際の応力―歪み関係の直線領域の勾配として定義される値。理想材料においてヤング率は理論強度の約10倍の値を持つ。[参照元へ戻る]
◆硬度
材料の変形抵抗性を表す指標。金属については、特性評価法として簡便であることから古くから膨大な研究が蓄積されており、硬度と降伏値との定量的な関係があることなど体系化されている。工業的硬度試験は、用いる圧子形状、負荷条件など試験条件が異なるものが各種定められている。試験方法によって硬度の定義が異なるため、硬度は物性値とは認められていないが、近年、ナノ・ミクロ領域での挙動の研究が進み、硬度の本質が理解されつつある。[参照元へ戻る]
◆降伏値
固体材料が負荷を受ける際、弾性変形ののちに塑性変形に移るが、塑性変形が始まる負荷(応力)を降伏値という。弾性限界である降伏値は、材料を弾性範囲内で使用する設計の観点から材料の使用限界を意味している。[参照元へ戻る]
◆粘弾性関数
高分子材料やゴム材料などの粘弾性体は、外部から刺激を与えた時の応答性が負荷速度や歪み速度など時間に依存する粘弾性現象を示す。粘弾性関数はこのような粘弾特性を記述する数式であり、クリープコンプライアンスや緩和弾性率などが含まれる。[参照元へ戻る]
◆インデンテーション
圧子を材料の試料表面に圧入することにより硬度(硬さ)やヤング率(弾性率)、破壊靭性値(亀裂進展抵抗)などの力学特性を評価する試験方法。近年、圧子の押し込み過程における負荷荷重と押し込み深さの関係を負荷除荷曲線とし出力できる計装化インデンテーションが開発され普及している。ISO では総押し込み深さが0.2マイクロメートル以下となる試験条件をナノインデンテーション、0.2マイクロメートルよりも深くなる試験条件をミクロインデンテーションと定義している。[参照元へ戻る]
◆マイヤー硬度HM
圧子による平均接触圧力が塑性変形の指標となることを示したMeyerの研究(1908年)に基づく硬度。マイヤー硬度は圧子の圧入荷重を残留圧痕の投影面積で割った値として定義される。一方、圧入荷重を残留圧痕の表面積で割るという定義であるブリネル硬度やビッカース硬度は平均接触圧力を与えないため、物理的な意味を持たない。[参照元へ戻る]
◆クリープ特性・応力緩和特性
粘弾性材料が示す時間依存性を表すために用いる指標。一般的な高分子材料は室温域において粘弾性を示す。室温では粘弾性を示さない金属、ガラス、セラミックスも高温域では粘弾性挙動を示すようになり、その変形挙動を理解するためにはクリープ特性・応力緩和特性の定量評価が重要となる。[参照元へ戻る]


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