発表・掲載日:2010/07/01

水素で金属材料の強度が向上

-水素脆化の常識を覆す新発見-


概要

 国立大学法人 九州大学 村上敬宜 理事・副学長(独立行政法人 産業技術総合研究所 水素材料先端科学研究センター長)の研究グループは、水素が金属材料の疲労強度特性を低下させる「水素脆化」という過去40年来、ミステリーといわれてきた現象を解明する重要な発見をしました。

 過去の報告は、「材料中に水素が侵入すると材料の強度は低下する」とされ、このことは研究者の間では常識となっており、現象を説明するためのいくつかの理論も提案されています。村上理事・副学長の研究グループは、水素の影響を強調して調べるため、著しく多量の水素をステンレス鋼中に侵入させて実験を行ったところ、その結果は驚くべきことに、予想とは逆に疲労強度特性の著しい向上を示すというものでした。

 この重要発見は、水素ステーションや水素燃料電池車の開発など安心・安全な水素エネルギー社会構築のために極めて大きな貢献をするものとして期待されます。

 本研究は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「水素先端科学基礎研究事業(平成18~24年度)」として行われたものです。

 なお、本研究成果は、2010年7月7日(水)に開催される「NEDO燃料電池・水素技術開発 平成21年度成果報告シンポジウム」で発表を行います。また本研究成果に関する原著論文は、米国の学会誌「Metallurgical and Materials Transaction A」で近日中に公開されます。


開発の社会的背景

 水素は材料の中に侵入し、材料の強度を著しく弱めることが知られています。この現象は「水素脆化」と呼ばれています。水素エネルギー社会を実現するには、水素脆化の問題を解明して、水素に対して安全なインフラと機器を開発しなければなりません。例えば、水素脆化が起こると30年間使用可能と想定されていたインフラや機器が1年ほどで壊れてしまうこともありえます。水素脆化事故を防止するには、材料中に水素が侵入しないようにする技術を開発したり、水素が侵入しても影響が少ない材料を開発することも課題となっています。しかし、水素が材料中に侵入することを防ぐことは大変困難なので、ある程度の水素が侵入することを想定して安全な設計・製造方法を確立する研究が世界的に展開されています。

研究の内容

 水素脆化の研究は40年以上の歴史がありますが、未だにそのメカニズムはミステリーといわれています。これまでの常識は「材料中に侵入する水素の量が多いほど材料の強度特性は劣化する」ということでした。このたび、九州大学の伊都キャンパスに設置された独立行政法人 産業技術総合研究所 水素材料先端科学研究センター(略称:HYDROGENIUS、ハイドロジーニアス)では、この常識をくつがえす驚くべき発見をしました。水素の効果を強調することによって水素脆化現象の基本メカニズムを解明することを目的として、極めて多量の水素を材料中に侵入させて強度特性を調べたところ、強度が著しく低下するであろうという予想に反して、逆に極めて優れた特性を示すことがわかりました。疲労き裂の進展状況のミクロな観察に基づいて、水素脆化の謎を解明することができ、また、繰り返し与える力の速度を変化させることで水素脆化現象の程度が著しく変化する理由も解明されました。

 この結果をMetallurgical and Materials Transaction Aに投稿したところ、過去30年の水素脆化の研究にはこのような報告例が皆無であったことから、過去の研究結果と矛盾することを理由に、最初は掲載拒否の審査結果を受けました。しかし、審査委員との1年間余りの激しい議論の末、審査委員の理解を得ることができ、この度、掲載の決定を受けました。

効果

 材料中の水素の量と繰り返し与える力の速度が材料の疲労強度特性に及ぼす影響が解明されたことによって、水素ステーションや水素燃料電池車などの設計・製造の信頼性向上とコスト削減に貢献するとともに安心・安全な水素エネルギー社会の構築に大きく貢献することが期待できます。

今後の展開

 水素は悪い影響を与えるだけでなく水素量によっては疲労強度特性を著しく向上させることが明らかになったので、この現象を疲労に強い部品の開発に応用することが期待されます。2年前には、材料中から水素を除去することによっても疲労強度特性が著しく改善されることも発見していますので、水素の影響の最悪の条件も予測可能になり、より安全な機器の設計・製造の指針を産業界に提供していきます。

水素がSUS304ステンレス鋼の疲労き裂進展に及ぼす影響の図
図 水素がSUS304ステンレス鋼の疲労き裂進展に及ぼす影響

赤い部分は強く変形し、結晶構造が変化した部分
実験条件
当初の水素の含有量は、 (a)2.2 ppm, (b)2.4 ppm, (c)2.4 ppmで、(c)にはさらに水素を侵入させて109.3 ppm
繰返し試験の回数は、(a)1秒間に1回, (b)100秒間に1回, (c) 1秒間に1回
繰返し試験の雰囲気は、(a)大気中, (b)水素7気圧中, (c) 大気中
実験結果では、
疲労き裂が0.2から3 mmまで拡大するのに必要な繰返し試験回数は、(a) 8200回、(b)2450回、(c)32600回で、(c)が一番長持ちしている。
この結果から、
あらかじめ水素を侵入させておいた材料の方が長持ちする。(a)と (c) の比較
水素中の方が少ない回数で壊れる。(a)と (b)の比較
ゆっくりと試験した方が少ない回数で壊れる。(a)と (b)の比較




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