発表・掲載日:2010/03/16

バイオテクノロジーによる多弁咲きシクラメンの開発に成功

-遺伝子の導入と発現制御によって花の形を改良-

ポイント

  • バラ咲き品種で花弁が次々と現れる
  • 雄しべと雌しべなどの花器官を花弁に変えるため花粉の飛散が抑えられる
  • 生物多様性影響評価試験を経て、製品化をめざす

概要

 北興化学工業 株式会社【代表取締役社長 丸山 孝雄】開発研究所【取締役執行役員所長 内山 次男】バイオサイエンス研究部 植物バイオチーム 寺川 輝彦 チームマネージャーと独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ゲノムファクトリー研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】高木 優 主幹研究員らの研究グループは共同で、遺伝子発現制御技術(CRES-T法)を利用して多弁咲きシクラメンの開発に成功した。

 花の形は園芸植物としての鑑賞性を高めるために重要な形質である。花は、花弁、雄しべ、雌しべ、がく片等の花器官から成り、その形成には転写因子と呼ばれる多くの遺伝子が関与している。シクラメンの花弁数は本来は5枚だが、これからバラやカーネーションのような形のバラ咲き品種を作り出すには、従来の育成法では突然変異誘発を利用するしか手段がなく、多弁咲きシクラメンの実現は困難であった。

 今回、シクラメンから雄しべと雌しべの形成を制御している遺伝子の取り出し、解析を行い、独自の遺伝子導入技術とCRES-T法により、雄しべと雌しべを花弁に変化させ、花弁が次々と形成される従来にない花の形質を持つ多弁咲きシクラメンを開発した。雄しべを花弁に変化させているため、遺伝子組換え植物について課題となっている花粉の飛散は抑えられている。

 本研究は、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センターの実施する「イノベーション創出基礎的研究推進事業」(中核機関:独立行政法人 花き研究所)の委託研究の成果である。

 なお、今回の成果の詳細は熊本大学で開催される日本植物生理学会(2010年3月18日~21日)で発表される。

今回の技術で作り出した多弁咲きのシクラメンの写真 一般的なシクラメンの写真
写真左 今回の技術で作り出した多弁咲きのシクラメン
写真右 一般的なシクラメン


開発の社会的背景

 シクラメンは、冬季の代表的鉢花で日本国内での作付面積や出荷量は鉢花類のなかで最も多い主要な花きである。花の形は園芸植物の鑑賞性における重要な要素の1つであり、一般にシクラメンの花形は、花弁数が5枚の一重咲きだが、近年、自然突然変異により出現した花弁数が10枚に変化した八重咲き品種が製品化されるようになってきた。しかし、交配や突然変異選抜などによる従来の育種方法では、効率的に八重咲きを作り出すことは難しい。またバラやカーネーションのよう花弁数の多い多弁咲きシクラメンを作り出すことは困難であった。そのため多弁シクラメンなどの新品種を作り出すため、花の形を効率的に改良する新たな技術が求められていた。なお、遺伝子組換え植物の実用化には、生物多様性影響を最小限にとどめるために花粉の不稔化や雄しべを除去する等の花粉飛散を抑制する技術の開発が必要と考えられている。

研究の経緯

 これまで産総研ゲノムファクトリー研究部門では、植物自身が持っている特定の転写因子の働きを抑制するCRES-T法という技術を開発している。植物特異的な転写抑制ペプチドを転写因子に付加することにより、転写因子の発現を抑制するリプレッサーに変換でき、これを植物体に導入することにより、その転写因子の機能が抑制された植物を作り出すことが可能である。

 この技術をシクラメンに応用して花の性質を改善することとしたが、シクラメンの転写因子についてはほとんど解析されていなかった。そこで、シクラメンから花器官形成に関与する転写因子の単離を進め、CRES-T法を利用した遺伝子組換え技術によるシクラメンの花形を改変する研究を開始した。

研究の内容

 花を形作っている花弁、雄しべ、雌しべおよびがく片等の器官は、転写因子と呼ばれる遺伝子によって制御されていることが知られている。一般には花器官の発生はABCモデルによって説明されており、A、B、Cの3つのクラスに分けられた転写因子がそれぞれ花の形態を制御していると考えられている。そのうちCクラスに属するAGAMOUS(アガマス)と呼ばれる転写因子が雄しべと雌しべの形成にかかわっており、これの発現を制御することにより花形の改良が可能であると考えられてきた。

 まず、シクラメンの花器官の形成を制御する転写因子の取得と解析を試み、雄しべと雌しべの形成にかかわる2種類の新規なAGAMOUS遺伝子を取得した。これらをCRES-T法により発現を抑制するキメラリプレッサーを作製して、シクラメンの細胞に遺伝子導入を行い組換え植物を作り出した。開花評価の結果、雄しべと雌しべの発現を抑制することができ、それぞれの器官の代わりに花弁が形成され、花弁が10枚になった八重咲きシクラメンや、さらには雄しべと雌しべが無く、花弁がバラやカーネーションの花のように繰り返しあらわれる多弁咲きシクラメンを作り出すことに成功した(写真左)。なお、この品種は種子が採れないが、北興化学工業 株式会社が保有する組織培養技術の応用により苗の増殖を行うことができる。

 このシクラメンでは雄しべの代わりに花弁を形成させているため、花粉の飛散が抑えられ、生物多様性への影響は少ないと予想される。

今後の予定

 この多弁咲きシクラメンは、バラ咲き品種というシクラメンの新たな形質の世界を開拓した。現在はピンク花の一色だが、今後は、この技術を利用してさらに種々な花色を持った多弁咲きシクラメンの作出を進め、花色のバラエティー化を行う。生物多様性影響評価試験を経た後に、開発した多色の多弁咲きシクラメンの製品化を目指す。


用語の説明

◆CRES-T法(クレスティ法)
CRES-TとはChimeric REpressor Silencing Technologyの略で、目的とする遺伝子に特定の配列を付加することにより遺伝子の働きを抑制する技術である。遺伝子機能解析のモデル植物であるシロイヌナズナの基礎研究から生まれた、遺伝子組換え技法の1つで、従来の遺伝子抑制法よりも効率的に機能することから注目されている。[参照元へ戻る]
◆ABCモデル
花の各器官(雄しべ、雌しべ、がく片、花弁)の形成に関与している遺伝子の働きを単純化するために提唱されたモデルのことで、A、B、Cと3つのクラスに分けられており、クラスAの遺伝子のみが「がく片」、クラスAとクラスBの遺伝子が「花弁」、クラスBとクラスCの遺伝子が「雄しべ」「雌しべ」の形成を制御していると考えられている。[参照元へ戻る]
◆転写因子
遺伝子の働きを調節している因子(タンパク質)のことで、目的とする遺伝子の特定の部位に結合して、その働きを促進または抑制する。[参照元へ戻る]
◆AGAMOUS(アガマス)
ABCモデルにおけるクラスCに属し、雄しべと雌しべの形成を制御している転写因子の総称である。[参照元へ戻る]
◆キメラリプレッサー
CRES-T法により遺伝子の働きが抑制されるように改変された遺伝子のことである。[参照元へ戻る]
◆生物多様性影響評価試験
遺伝子組換え技術によって新たに作製された生物が、我が国の野生動植物等へ影響を及ぼすおそれがあるかどうか明らかにする試験のことである。野生生物との競合における優位性、有害物質の生産性、交雑性などの項目について試験を行い、その内容の妥当性等を学識経験者が科学的な見地から検討する。[参照元へ戻る]

関連記事


お問い合わせ

お問い合わせフォーム