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発表・掲載日:2009/12/22

トコジラミに必須栄養素を供給する細胞内共生細菌ボルバキアの発見

-寄生から相利共生への進化を実証-

ポイント

  • 吸血衛生害虫のトコジラミ(南京虫)にとって、共生細菌ボルバキアが生存に必須であることを発見した。
  • ボルバキアはトコジラミの共生器官に局在し、必須栄養素を供給することにより宿主に利益をもたらす共生細菌である。
  • 共生進化過程の理解への貢献とともに、吸血衛生害虫の制御などへ応用の可能性がある。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ゲノムファクトリー研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】生物共生進化機構研究グループ 深津 武馬 研究グループ長、細川 貴弘 産総研特別研究員らは、吸血衛生害虫として古くから知られ、近年の殺虫剤耐性や先進国での再興が問題となっているトコジラミ(別名 南京虫)にとって、ボルバキアという共生細菌が生存に必須であり、その生理機能が必須栄養素ビタミンB類の供給にあることを解明した。

 ボルバキアは多種多様な昆虫類に存在する共生細菌だが、その影響は一般に寄生的、すなわち宿主にはメリットが無いというのが従来の常識であった。トコジラミが特殊化した細胞から成る専用の共生器官を構築して、その細胞内だけにボルバキアをすまわせ、必須栄養素を作らせるという高度な相利共生関係の発見であり、「寄生」関係が「相利共生」関係の進化的起源となったことを実証した。またボルバキアが吸血衛生害虫であるトコジラミの生存に必須な共生細菌ということで、防除や制御の新規標的としても有望であり、応用的な展開も期待される。

 この研究成果は米国の学術専門誌「Proceedings of the National Academy of Sciences USA」(米国科学アカデミー紀要)のウェブサイトで2009年12月22日午前5時(日本時間)に掲載される。

交尾中のトコジラミとトコジラミ共生器官の蛍光顕微鏡像
National Academy of Sciences, PNAS(Copyright 2009)
図1:(左)交尾中のトコジラミ。下が雌、上が雄である。体長は約5 mm。
(右)トコジラミ共生器官の蛍光顕微鏡像。赤色が共生細菌ボルバキア。

社会的背景

 シラミ、ノミ、カ、トコジラミ、ツェツェバエ、オオサシガメなどの吸血性昆虫類は、衛生害虫として古くから人類にとっての脅威であった。これらの昆虫類の問題は、吸血そのものがもたらす不快感や健康被害にとどまらない。重篤な感染性疾患を引き起こす病原体の多くは吸血性昆虫によって媒介される。ハマダラカによるマラリアやツェツェバエによる睡眠病など枚挙にいとまがない。特に発展途上国ではこれらの昆虫媒介性疾患はいまだに大問題であり、マラリアだけで全世界の感染者は3~5億人、年間死者は100~150万人にのぼると推定され、その制御法や治療法の開発は全世界的な課題である。

 一方、ほとんどの先進国では、有機塩素系の殺虫剤DDTをはじめとする化学合成殺虫剤の開発と普及および衛生状況の向上により1960年頃までに多くの吸血性昆虫がほぼ駆逐されたと思われていた。ところが殺虫剤耐性をもつ害虫の発生や、流通のグローバル化にともない、シラミやトコジラミなどの古典的な衛生害虫が再び増加していることが近年問題となっている。とりわけ先進国では衛生観念の向上の帰結として、シラミやトコジラミの発生や刺傷は強い不快や嫌悪の対象となり、教育機関や観光業界におけるリスク要因となっている。

 このように衛生害虫、不快害虫としてさまざまな形で問題となる吸血性昆虫類に対しては、人類や環境に対して負荷の少ない防除や制御が必要であり、そのためには殺虫剤散布のような従来型の害虫制御技術のみならず、新しいアプローチによる害虫制御技術の開発が望まれている。

研究の経緯

 産総研では、遺伝子資源の宝庫と期待される難培養性の共生微生物を標的として、さまざまな研究を展開してきた。なかでも近年注目している対象として、吸血性昆虫類の共生微生物がある。脊椎動物の血液は栄養豊富なように思えるが、実はある種の栄養素、特にビタミンB類が欠乏している。そのため一生を通じて哺乳類や鳥の血液だけを吸って生きているツェツェバエやシラミなどの吸血性昆虫類には、不足栄養素を補ってくれる共生細菌の存在が必須である。

 コロモジラミおよびアタマジラミではリーシア(Riesia)という共生細菌が、それぞれ菌細胞という特殊化した細胞から構成される共生器官中に収納され、ビタミンB群の供給など宿主の生存に重要な役割を担っている(図2)。

コロモジラミの成虫とコロモジラミ1令幼虫体内の共生細菌リーシアの局在の写真
図2 (A)コロモジラミの成虫。腹面皮下に肉眼でも認められる白い斑点が共生器官である。
(B)蛍光in situ ハイブリダイゼーションで可視化したコロモジラミ1令幼虫体内の共生細菌リーシアの局在。
共生器官内のミカンの房状の区画中に収納されている。
※コロモジラミ共生器官の立体再構築像のムービーを以下で見ることができる(http://aem.asm.org/cgi/content/full/72/11/7349/DC1)

 一方、分類学上シラミ(咀顎目 Psocodea)とは異なる目に属するトコジラミ(半翅目 Hemiptera 図1左:学名Cimex lectularius;南京虫の別名でも知られる)は、成虫の体長5~8 mm程度、体型は円盤状で、翅はなく、夜間に活動して吸血する。名前に反してシラミとの類縁関係はなく、いわば吸血カメムシであり、刺激すると臭腺から悪臭を発する。世界中に分布しており、日本でもかつては普通に見られたが、1970年代以降ほぼ駆逐されたと思われていた。しかし近年、散発的な発生が報告されるようになり、刺傷をうけた宿泊客が旅館を訴えるといった事案も生じている。

 トコジラミ体内の精巣や卵巣の近傍に一対の共生器官があり、その細胞内に多量の細菌が存在することは1920年代より報告があった。トコジラミの生存や繁殖にこの共生細菌が関係するらしいことも示唆されてきた。しかしその微生物学的実体は現在にいたるまで不明であった。いくつかの先行研究で、広範な昆虫類に存在する共生細菌ボルバキアおよび未記載のγプロテオバクテリアがトコジラミから検出されたが、それらが共生器官に存在するのか、また宿主の生存や繁殖に必須なのかは不明であった。

 これまで生物共生進化機構研究グループは、共生細菌ボルバキアに関する以下の研究成果について、産総研ウェブサイト上で公開している。

 2007年7月2日 産総研主な研究成果「共生細菌抑制によりオスとメスの中間的なチョウができる」     http://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/nr20070702/nr20070702.html
 2002年10月29日 産総研プレス発表「共生微生物から宿主昆虫へのゲノム水平転移の発見」     http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2002/pr20021029/pr20021029.html

 今回、私たちは90年近くにわたり謎であったトコジラミ共生細菌の正体に関心を抱き、この汎世界的な衛生害虫の防除や制御における新規標的となりうる可能性も視野に入れ、その微生物学的実体および生物学的機能の解明に取り組んだ。

 なお、この研究は、細川貴弘を主たる研究担当者として、独立行政法人 生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出基礎的研究推進事業(技術シーズ開発型)」(研究課題名:共生細菌により昆虫が獲得する新規生物機能の解明と制御への基盤研究)の支援を受けて行った。

研究の内容

 私たちは、日本産3系統、オーストラリア産2系統のトコジラミから精巣や卵巣の近傍にある一対の共生器官を解剖摘出してDNAを抽出し、細菌遺伝子の検出をおこなった。その結果、調べた105個体すべてからボルバキアが検出された。一方でγプロテオバクテリアは56個体(53 %)からしか検出されなかった。特に、日本産の1系統については、まったくγプロテオバクテリアが存在しなかった。すべての個体から検出されるのではないことから、従来の見解に反し、このγプロテオバクテリアはトコジラミの生存に必須な共生細菌ではないことが示唆された。

 定量的PCR法によってトコジラミの組織別のボルバキア感染密度を調べたところ、共生器官および雌の卵巣のみに高密度で存在することがわかった。In situハイブリダイゼーション法で体内局在を可視化したところ、雌雄ともにボルバキア感染は腹部に存在する一対の共生器官に限られていることがわかった(図3A、B)。また、雌の卵巣内で卵が形成されていく過程で卵の端にボルバキアが感染して、親から子への垂直伝達が行われ、卵の受精後、胚発生の段階で共生器官に局在していく(図3C)ことが判明した。

蛍光in situ ハイブリダイゼーションで可視化したトコジラミの雄および雌の腹部におけるボルバキアの局在と初期胚の共生器官原基へのボルバキアの局在の写真
National Academy of Sciences, PNAS(Copyright 2009)
図3 蛍光in situ ハイブリダイゼーションで可視化したトコジラミの雄(A)および雌(B)の腹部におけるボルバキアの局在。
    矢印は共生器官、矢頭は卵巣内の卵や初期胚への局在を示す。 (C)初期胚の共生器官原基(矢印)へのボルバキアの局在。

 それでは本当にこのボルバキアがトコジラミの生存や繁殖に必須な共生細菌なのだろうか?ボルバキアのみに感染しているトコジラミ系統に、抗生物質入りのウサギ血液を人工給餌装置(図4A、 B)を用いて投与することにより、ボルバキア感染を除去した虫を作成した。成虫に抗生物質を与えてボルバキアを除去した場合は、卵の孵化率が激減した(図4C)。幼虫を抗生物質処理した場合は、幼虫期間が有意に延長し(図4D)、成虫まで到達できたものはわずかであった(図4E)。すなわち、ボルバキア感染が確かにトコジラミの正常な成長や繁殖に重要であることが示された。

トコジラミの人工給餌装置と抗生物質処理によるボルバキア感染除去およびビタミンB群の添加がトコジラミに与える影響の図
National Academy of Sciences, PNAS(Copyright 2009)
図4 (A、 B)トコジラミの人工給餌装置。(C-E)抗生物質処理によるボルバキア感染除去およびビタミンB群の添加がトコジラミの卵孵化率(C)、幼虫期間(D)および成虫羽化率(E)に与える影響。

 それではトコジラミの成長や繁殖においてボルバキアが担う必須機能の実体は何なのか?脊椎動物の血液は栄養豊富なように思えるが、虫にとって必要なある種の栄養素、特にビタミンB類が欠乏している。そこで人工給餌装置で与えるウサギ血液にビタミンB群を添加したところ、抗生物質処理によってボルバキア感染を除去したトコジラミでも、卵孵化率、幼虫期間、成虫羽化率においてボルバキア除去の悪影響から完全に回復した(図4C-E)。これらの実験結果より、トコジラミの唯一の食物である血液中に不足するビタミンB群の供給が、共生細菌ボルバキアの担う主要な生物機能であることが示された。

 この研究により、従来は寄生的な共生細菌であると考えられてきたボルバキアが、トコジラミにおいては特殊化した共生器官の細胞内に局在し、宿主昆虫に必須な生物機能を果たす相利共生細菌に進化したことが実証された。

今後の予定

 「寄生」から「相利共生」への進化過程のさらなる理解をめざし、またこのボルバキアが衛生害虫であるトコジラミの生存や繁殖に必須であることを踏まえ、以下の研究を展開していく予定である。

 多様なトコジラミ類の共生細菌を調べることにより、必須栄養素を供給する相利共生ボルバキアがトコジラミ類の進化の過程でいつどのようにして獲得されたかを解明する。また、トコジラミの相利共生ボルバキアの全ゲノム塩基配列を決定して、寄生性ボルバキアのゲノムと比較することにより、寄生から相利共生への進化過程で起こったゲノムレベルの変化を明らかにし、共生進化の分子基盤について考察する。

 将来的には、相利共生ボルバキアのゲノム情報を利用して、共生細菌の代謝系や分子機構を阻害することにより、必須共生細菌を標的とした吸血性衛生害虫の駆除抑制につながる研究を展開したい。

<参考文献>
  • Hosokawa et al. 2009 Proc. Natl. Acad. Sci. USA in press
  • Sasaki-Fukatsu et al. 2006 Appl. Environ. Microbiol. 72, 7349
  • Arkwright et al. 1921 Parasitology 13, 27
  • Davis 1956 Ann. Entomol. Soc. Am. 49, 466
  • De Meillon and Golberg 1946 J. Exp. Biol. 24, 41
  • Chang 1974 J. Invertebr. Pathol. 23, 333
  • Hypsa and Aksoy 1997 Insect Mol. Biol. 6, 301
  • Rasgon and Scott 2004 J. Med. Entomol. 41, 1175
  • Sakamoto and Rasgon 2006 Am. Entomol. 52, 119

用語の説明

◆共生器官
相互作用している異なる生物の双方が利益を得るような関係のこと。片方が利益を得るがもう一方が損をするような関係は寄生関係、片方が利益を得てもう一方は損も得もないような関係は片利共生関係という。[参照元へ戻る]
◆相利共生関係
相互作用している異なる生物の双方が利益を得るような関係のこと。片方が利益を得るがもう一方が損をするような関係は寄生関係、片方が利益を得てもう一方は損も得もないような関係は片利共生関係という。[参照元へ戻る]
◆DDT
Dichloro-diphenyl-trichloroethane(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)の略称。有機塩素系の殺虫剤、農薬であり、かつては広く使われていたが、その残留性や環境影響などから現在ほとんどの先進国では製造、使用ともに禁止されている。近年マラリア対策として再検討されつつある。[参照元へ戻る]
◆γプロテオバクテリア
グラム陰性細菌の1グループ。有名なγプロテオバクテリアのメンバーとしては、大腸菌やコレラ菌などがある。アブラムシの細胞内共生細菌ブフネラや、ツェツェバエの細胞内共生細菌ウィグルスワーシアもγプロテオバクテリアに属する。ちなみにボルバキアはαプロテオバクテリアという異なるグループのメンバーである。[参照元へ戻る]
◆定量的PCR法
PCR法を応用して、試料中の特定の塩基配列をもったDNAの存在量を定量する方法。高感度かつハイスループットな遺伝子定量法として広く使われている。培養困難な共生細菌であっても、定量的PCR法を用いれば遺伝子コピー数換算で迅速な定量をおこなうことができる。[参照元へ戻る]
In situハイブリダイゼーション法
生体組織試料の構造を保ったまま、特定の配列のRNAまたはDNAをプローブとしたハイブリダイゼーションをおこなうことにより、その配列と相補的なRNAまたはDNAの生体内における存在分布を可視化する方法。組織切片上でおこなう場合が多いが、スライドグラス上に塗抹した細胞や染色体を対象におこなう場合もあるし、生体組織の塊ごとおこなう場合はホールマウントin situハイブリダイゼーションと呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆垂直伝達
共生微生物や遺伝子が生物から生物へ伝えられる場合、親から子へと伝えられることを垂直伝達、それ以外の同種他個体からの伝達や、異種個体からの伝達を水平伝達という。宿主の生存に必須である高度な相利共生細菌のほとんどは、垂直伝達により宿主の世代をへて伝達される。[参照元へ戻る]

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