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発表・掲載日:2009/09/08

生体透過性のよい近赤外線を発するタンパク質の創製と利用

-ウミホタルの発光反応を応用してがん細胞を見つける技術-

ポイント

  • ウミホタルルシフェラーゼに導入した蛍光色素が生体内化学反応で近赤外線を発光。
  • 抗体と組み合わせて近赤外線発光プローブとすることで、がん細胞を可視化し、位置を特定。
  • 外部から放射線や紫外線を当てる必要のないがん細胞評価法であり、医療技術の革新に期待。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ゲノムファクトリー研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】近江谷 克裕 主幹研究員 および セルエンジニアリング研究部門【研究部門長 大串 始】セルダイナミクス研究グループ 呉 純 研究員 は、国立大学法人 北海道大学【総長 佐伯 浩】大学院医学研究科 尾崎 倫孝 教授らと共同で、近赤外線発光タンパク質を創り出すことに成功し、これと医薬抗体とを結合させプローブ化することでがん細胞の位置を特定できる技術を開発した。

 近赤外線発光タンパク質は、ウミホタルルシフェラーゼ糖鎖に近赤外線有機蛍光色素を導入することで得られた。この蛍光色素は生体内化学反応でエネルギーが移動することにより近赤外線を発光するが、近赤外線は生体透過性が高いので、生体内部の近赤外線発光を外部から観察できる。このような近赤外線発光タンパク質はこれまで存在しなかった。

 また、近赤外線発光タンパク質と医薬抗体とを結合させて近赤外線発光プローブとすることで、マウス体内に移植した肝がん細胞をCCDカメラでモニターできることを明らかにした。今回開発した近赤外線発光プローブは化学反応で近赤外線を発光するので、外部から放射線や紫外線を当てる必要のないがん細胞評価法である。本プローブを用いることで医薬抗体の評価や病理ライブ診断など医療技術の革新が期待される。

 なお、本研究成果の詳細は、9月7日(米国東部時間)、全米科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences USA, PNAS)に掲載される。

近赤外線発光プローブの概念図画像
近赤外線発光プローブの概念図

開発の社会的背景

 国民の健康維持にはがん疾病対策が重要であり、微小ながん組織を徹底的に摘出する方法として、大規模施設を必要としない術中光診断法の開発が望まれている。一方、がんの新しい治療薬としてモノクローナル抗体、いわゆる医薬抗体が注目されている。医薬抗体はがん細胞に特異的な抗原を認識し、がん細胞を攻撃するものである。したがって、生体内における医薬抗体の動きを知ることは医薬抗体そのものの評価に大変重要である。また、抗体を利用してがん細胞を可視化し、微小ながん組織を特定できる可能性もある。

 現在、生体内の抗体の動きをモニターする技術としては加速器によるポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)法などが用いられているが、大型の機器、施設が必要で時間と経費がかかるため、医療現場での利用には制約が多い。GFP(緑色蛍光タンパク質)のような光プローブを利用する方法も考えられているが、GFPの蛍光は可視光線領域(波長範囲400-700 nm)で生体透過性が低く、その利用には限界がある。そこで注目を集めているのが、「生体の窓(特に波長範囲650-1000 nm)」と呼ばれる生体を透過する波長領域(波長範囲700-1400 nm)の近赤外線を利用することであるが、これまで実用レベルに達したものは少なく、開発が望まれていた。

研究の経緯

 産総研はウミホタル発光系に着目し、ウミホタルルシフェリンやウミホタルルシフェラーゼを大量生産する方法を研究開発してきた。また、北海道大学大学院医学研究科、株式会社リブテックと協力し、医薬抗体の候補の1つであるDLK-1抗体と発光タンパク質とを結合させた発光プローブの開発およびそれを利用した肝がん細胞の可視化に取り組んできた。

研究の内容

 ウミホタルルシフェラーゼの糖鎖に近赤外線有機蛍光色素を導入し、人工的な生物発光共鳴エネルギー移動機構(BRET)によって生体内の化学反応のみで近赤外線を発する発光タンパク質(近赤外線発光タンパク質)を作製した。近赤外線は血液中のヘモグロビンに吸収されることが少ないので(図1)、生体内で発した近赤外線を外部のCCDカメラなどでモニターすることができる。従来の近赤外線を発する蛍光色素は、蛍光であるため外部光源を照射して発光エネルギーを与える必要があったが、今回作製した近赤外線発光タンパク質は生体内の化学反応により生じるエネルギーで近赤外線を発するので外部光源を必要としない。

血中における近赤外線発光タンパク質とウミホタルルシフェリンの発光スペクトルの図
図1 血中における近赤外線発光タンパク質とウミホタルルシフェリンの発光スペクトル

 近赤外線発光タンパク質を医薬抗体の候補の1つであるDLK-1抗体と結合させ、近赤外線発光プローブとした。このプローブをDLK-1抗原の発現した細胞の培地に入れ、120分程度培養後に細胞を洗浄し、培地にウミホタルルシフェリンを加えると、DLK-1抗原を発現する細胞だけが近赤外線を発することが観察された(図2)。これらのことから近赤外線発光プローブはDLK-1抗原を認識する能力と近赤外線を発する2つの機能を持っていることが確認できた。

近赤外線発光プローブによるDLK-1抗原発現細胞と非発現細胞の近赤外線映像
図2 近赤外線発光プローブによるDLK-1抗原発現細胞(左)と非発現細胞(右)の近赤外線映像
 
肝がん細胞を移植されたマウスの外観と近赤外線発光プローブによるDLK-1抗原発現がん細胞のライブ映像
図3 肝がん細胞を移植されたマウスの外観(左)と近赤外線発光プローブによるDLK-1抗原発現がん細胞のライブ映像(右)

 DLK-1抗原を発現する肝がん細胞をマウスに移植し、がん細胞が数mm程度の大きさに成長した段階で、近赤外線発光プローブを静脈より注入した。24時間後、同じく静脈よりウミホタルルシフェリンを注入してCCDカメラでマウスを撮影すると、がん細胞が移植された位置で近赤外線を発しているのが観察できた(図3)。なお、波長570 nm以下の光をカットするフィルターを用いて近赤外線領域を中心とする波長の発光を計測することにより、バックグラウンドの少ない鮮明な映像が得られた。

今後の予定

 今回開発した技術のさまざまな抗体への適用を試み、抗体治療薬の開発、抗体を用いた外科手術における術中診断、ライブ病理映像や抗体による再生細胞の評価など、多方面の応用展開を目指したい。


用語の説明

◆医薬抗体
 
免疫反応を担う糖タンパク質を抗体というが、特定の細胞(例えばがん細胞)を攻撃する抗体を医薬抗体またはモノクローナル抗体という。がん細胞の表面に異物であることを示す目印(抗原)があると、抗体・抗原反応が起こり、抗原がピンポイントで攻撃される。[参照元へ戻る]
◆プローブ
 
検出または探知すること、あるいはその機能を持ったもの。[参照元へ戻る]
◆ウミホタルルシフェラーゼ
 
ルシフェラーゼは生物発光反応を触媒するタンパク質の総称。ウミホタルルシフェラーゼは甲殻類ウミホタルにあるルシフェラーゼのこと。ウミホタルは襲われた時などウミホタルルシフェラーゼを放出して姿を隠すことが知られている。ウミホタルルシフェラーゼはアミノ酸残基555個からなる分子量62,000の糖タンパク質であり、他の発光生物のルシフェラーゼと比べて著しく安定性が高い。例えば、ホタルのルシフェラーゼは体温(37 ℃)では1時間程度で活性を失って発光しなくなるが、ウミホタルルシフェラーゼは体温(37 ℃)では数10時間も活性を保持できることから長時間の発光が可能である。[参照元へ戻る]
◆糖鎖
 
N-アセチルグルコサミン、マンノースなどの糖が鎖状あるいは枝状に配列した構造を持つもの。タンパク質の表面に糖鎖が結合したものを糖タンパク質という。[参照元へ戻る]
◆近赤外線
 
700 nm前後から1400 nm程度までの波長範囲の光を近赤外線という。動物の生体にある血液中のヘモグロビンは光を吸収する性質があるが、近赤外線は吸収されることなく生体透過性に優れている。近赤外線を出す蛍光物質としてインドシアニンなどがある。[参照元へ戻る]
◆病理ライブ診断
 
病理診断は病気を特徴づける特定の抗原を認識する抗体を用いて、その抗原・抗体により病気の原因を判断する。例えば、心筋梗塞部位を特定する際、組織標本を抗ミオシン軽鎖抗体による抗原抗体反応により判断する。病理ライブ診断では、抗原の局在をリアルタイムにライブイメージングし、的確な診断を行うことを目指している。[参照元へ戻る]
◆術中光診断法
 
発光や蛍光試薬によってがん細胞や病巣を光らせ、手術中に、その光を指標にがん組織や病巣のみを切除する診断法である。既に、米国ではインドシアニン・グリーンが、がん細胞に特異的に集積することから、その蛍光を指標にがん組織を切除する診断法が広く利用されている。[参照元へ戻る]
◆抗原
 
抗体が標的とするタンパク質分子など。通常、身体の免疫システムでは外部から侵入した異質なタンパク質等を異物とみなして攻撃する抗体を合成する。[参照元へ戻る]
◆ポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)法
 
陽電子の検出を利用するコンピューター断層撮影技術の1つ。[参照元へ戻る]
◆GFP(緑色蛍光タンパク質)
 
海洋性オワンクラゲなどが持つ緑色蛍光を発するタンパク質のこと。下村 脩氏らがこのタンパク質を単離・精製し、それを用いた生命情報の解析法を確立し2008年ノーベル化学賞を受賞した。[参照元へ戻る]
◆ウミホタルルシフェリン
 
ルシフェリンは生物発光反応の基質のことで、ホタルルシフェリン、ウミホタルルシフェリン、セレンテラジンなどがある。ウミホタルルシフェリンは、下村 脩氏が世界に先駆けて精製することに成功、米国で発光クラゲの研究を始めるきっかけとなったことでも知られている。ウミホタルルシフェリン・ウミホタルルシフェラーゼ反応の発光量子収率は0.28であり、ホタルに次いで効率の高い発光システムを支えている。[参照元へ戻る]
◆DLK-1抗体
 
肝がんを中心とする固形がんの細胞表面に発現しているDlk-1(Delta-like 1 homolog)タンパク質と結合する抗体のこと。[参照元へ戻る]
◆生物発光共鳴エネルギー移動機構(BRET)
 
Bioluminescence Resonance Energy Transfer(BRET)の和訳で、オワンクラゲの発光器内で発光タンパク質イクオリンの青色の発光エネルギーがGFP(緑色蛍光タンパク質)へ移動した結果、緑色の発光が観測される現象。近年GFPの代わりに、人工化合物の蛍光色素や量子ドットがルシフェラーゼの光エネルギーの受容体として利用され、ルシフェラーゼの発光波長を制御する例がある。[参照元へ戻る]

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