発表・掲載日:2009/06/16

細胞核内にある機能不明のRNAを個別に分解する方法を開発

-RNA機能の解明に道が開け、疾病の原因解明と創薬へ-

ポイント

  • これまで困難であった細胞核内に存在する多数のRNAを個別に分解する方法を開発した
  • 機能不明の多数のRNAを個別に機能解明する道が開ける
  • 疾病の原因解明と創薬への新しい応用研究につながる

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)バイオメディシナル情報研究センター【研究センター長 嶋田 一夫】機能性RNA工学チーム 廣瀬 哲郎 研究チーム長らは、ヒトやマウスの培養細胞の核内に多数存在する機能不明のRNAを個別に分解し、それらのRNAの機能解明に導く方法を開発した。

 高等動物の細胞核内には、機能の不明なノンコーディングRNA(ncRNA)が多数見つかっているが、これまでその機能を簡単に解明する方法がなかった。

 今回開発した方法は、機能解明したいRNAの配列に対応する1本鎖アンチセンスDNAを化学合成し、細胞核内に導入する。細胞核内への導入はエレクトロポレーションを用いて効率よくできた。導入されたアンチセンスDNAは、核内の機能解明したいRNAと特異的にハイブリッド2本鎖を形成する。核内にはDNA-RNAハイブリッド2本鎖のRNA鎖を分解する酵素(RNase H)が存在するので、ねらったRNAのみが分解される。分解前後の細胞の生物機能を比較することによって、そのRNAの機能解明につなげることが出来る。

 本技術によって初めて、細胞核内に存在する多数のRNAを個別に機能解析する道が開けた。これにより様々な疾病の原因解明や、新しい創薬開発に貢献することも期待される。

 本研究成果は、国際RNA学会誌「RNA」電子版に掲載される。

核内RNAを個別に分解する方法とアンチセンスDNAが細胞核内に導入された様子の図
左図:核内RNAを個別に分解する方法。細胞核内に導入されたアンチセンスDNAは、標的RNAとハイブリッド2本鎖を形成し、核内にあるRNase Hによって標的RNAのみが分解される。
右図(蛍光写真):アンチセンスDNA(赤色)が細胞核(青色)内に導入された様子。
従来法では、アンチセンスDNA(赤色)は少ししか細胞核(青色)内に導入されていないが、新手法では圧倒的に多く導入されている。

開発の社会的背景

 21世紀に入り、ヒトやマウスゲノムの大部分から、その生物固有なものも含めて機能不明のRNA群が多数見つかりかり注目を集めている。これまでの遺伝子発現の概念では、DNAの配列情報がメッセンジャーRNAに転写され、それがタンパク質のアミノ酸配列情報に翻訳されることになっていたが、新しく見つかったRNA群は、タンパク質のアミノ酸配列情報をコードすることなく、「ノンコーディングRNA」(ncRNA)としてそれ自身が別の機能をもって働くらしいと考えられている。つまりncRNAは新しい様式で、重要な調節機能を担っていると考えられるが、その機能はほとんど明らかにされておらず、大部分が人跡未踏のままである。こうした現状から、ncRNAの機能解明によって、再生医療、創薬、診断などの技術開発に新しい視点が現れるのではないか、という期待が寄せられている。

研究の経緯

 産総研では、ncRNAの中から重要な機能を果たす「機能性RNA」の発見と、それを用いた応用技術開発を目指している。世界的にもncRNA研究は始まったばかりで、研究手法の開発が重要な課題になっていた。

 本研究は独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「機能性RNAプロジェクト(平成17-21年)」による支援を受けて行ったものである。

研究の内容

 今回開発した技術では、化学修飾により安定化させた1本鎖の化学合成アンチセンスDNA(20塩基長)を細胞核内に導入する。導入はエレクトロポレーションによって効率よくおこなうことができた。核内に導入されたアンチセンスDNAは、核内のRNAと特異的にハイブリッド2本鎖を形成する。核内にはDNA-RNAハイブリッド2本鎖のRNAを分解する酵素RNase Hが存在するので、ハイブリッド2本鎖を形成したRNAのみが分解される。これにより核内のねらったRNAのみを分解できるため、分解前後の細胞の生物機能を比較することによって、そのRNAの役割(機能)を知ることが出来る。

 アンチセンスDNAの細胞核への導入は、従来、脂質小胞を介した方法(リポフェクション法)でおこなわれていたが、導入効率が低く核内ncRNAが完全に分解されなかった。そのため機能解析が極めて困難であった。本手法によって核内への導入効率が飛躍的に高くなり、核内ncRNAの分解効率も一けた以上高くなった(図1)。

アンチセンスDNAの核内導入によるRNA分解の図

図1:アンチセンスDNAの核内導入によるRNA分解。本手法と従来のリポフェクション法によってアンチセンスDNAを細胞核内に導入した際の標的核内ncRNAの分解効率を比較。
左図:従来法では電気泳動図に核内ncRNAの残存が見られるが、新手法では核内ncRNAはほとんど残っていない。
右図:赤色蛍光標識アンチセンスDNAを用いて導入されたDNAの局在を調べたところ
新手法:アンチセンスDNAが効率良く核内に導入されて赤色蛍光が大。
従来法:アンチセンスDNAの核内に導入されている量は少なく、赤色蛍光は小。

 本手法によって分解が確認された核内ncRNAは、50種類以上にものぼっており、またそれによる細胞の生物機能の変化を10種類以上のヒト、マウスの培養細胞で確認済みである。これまで機能が未知であったU7 というncRNAが細胞周期を制御していることや、HBII295 というncRNAがほかのRNAをメチル化していることが明らかになった。

 本手法は汎用性の高い手法であり、本手法を用いて核内RNAをねらい打ちにして分解し、それによって引き起こされる生物機能の変化(細胞の表現型)を解析する新しい研究法が有効であることが示された。

今後の予定

 細胞核内には未だ機能が明らかになっていないncRNAが少なくとも数千種類存在していると考えられるので、本手法による機能解析を推し進めることによって重要な生物機能に関与する機能性RNAの発見を目指した研究をすすめる。核内ncRNAは、染色体機能の制御、RNAやタンパク質制御因子の機能調節、さらには細胞構造の構築など多彩な機能を果たしていることが期待できる。本手法を用いた研究は、RNAが関与する新しい核内現象の解明につながり、RNA機能がかかわる疾患の原因解明や、RNAとタンパク質の相互作用を標的とした創薬開発などの応用研究の基盤になることが期待できる。


用語の説明

◆ノンコーディングRNA
タンパク質のアミノ酸配列をコードしないRNAの総称。ncRNAと略される。これまでの遺伝子発現の概念では、ゲノム上のDNA情報はメッセンジャーRNAに転写され、それがタンパク質のアミノ酸配列情報に翻訳されることになっていた。これに対して、ノンコーディングRNAは翻訳されることなく、RNA自身が「機能性RNA」として働いていると考えられている。ノンコーディングRNAは、現在数千種類見つけられているが、ほとんどの機能は明らかになっていない。[参照元へ戻る]
◆アンチセンスDNA
RNAの標的配列と対になる配列(相補的配列)をもつ1本鎖DNAのことを指す。標的RNAの分解が目的の場合、細胞が有するRNase H活性を利用する。ただし1本鎖DNAは細胞内で不安定であるために、分子骨格を化学的に安定なものと入れ替えたものを用いる場合が多い。[参照元へ戻る]
◆エレクトロポレーション
遺伝子導入法の一つで、細胞の浮遊液にDNAを加え、数千ボルト/cmの高電圧を数十マイクロ秒のパルスとして短時間与えて、細胞にDNAを導入する方法。今回は、細胞ではなく細胞核内に直接導入できる特殊な方法を使っている。[参照元へ戻る]
◆RNase H
RNA/DNAハイブリッドの2重鎖を認識し、RNA鎖のみを塩基配列にかかわりなく加水分解する酵素。細胞核内に存在する。[参照元へ戻る]
◆リポフェクション法
プラス荷電の脂質などからなる脂質2重膜小胞(リポソーム)と導入するDNA(マイナス荷電を有する)の電気的な相互作用により複合体を形成させ、膜融合などにより細胞に取り込ませる方法。必ずしもリポソーム内にDNAを封入する必要はない。[参照元へ戻る]

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