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発表・掲載日:2008/10/20

世界初!低温で膨らむ酸化銅のナノ磁性粒子

-熱膨張を気にせず、磁気で動く超精密ナノマシンへの応用が可能-

本研究成果のポイント

  • ナノ磁性体で、初めて熱膨張が負に逆転する現象を発見
  • -100℃の低温で熱膨張率が-1.1x10-4/℃を達成
  • 複合材料への応用で熱膨張を自在に制御、ナノスケールの超微小物体に応用可能

 国立大学法人佐賀大学(長谷川照 学長)、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研、吉川弘之理事長)、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、磁気を帯びる物質(磁性体)の1つ、酸化銅(CuO)の結晶サイズが、ナノメートル(10億分の1メートル)という極小サイズ(ナノ粒子)になると、通常とは逆に熱膨張が-1.1×10-4/℃と大きく逆転する「負熱膨張」の現象を発見しました。佐賀大学理工学部の鄭旭光教授、産総研生産計測技術研究センターの徐超男研究チーム長、山田浩志研究員、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)の加藤健一研究員らの研究チームが、大型放射光施設SPring-8※1を用いて明らかにした成果です。

 「加熱すると物体が伸び、反対に冷却すると縮む」という物理現象は、馴染みの深い物体の基本性質です。古くから、インバーと呼ばれる一部の合金(Fe-Ni、Fe-Ptなど)では、熱膨張率がほとんどゼロになるという現象が知られており、すでに精密機械などに応用されています。さらに、特定の物質では熱膨張が負にもなり、近年、セラミックスの1つ、タングステンジルコニウム(ZrW2O8)で-2.6×10-5/℃という記録的な負熱膨張率が達成されています。

 今回研究チームは、-100℃以下の環境という条件付きですが、この値より4倍も大きい負熱膨張率を発見しました。さらに、磁気と結晶格子との相互作用が強い2フッ化マンガン(MnF2)のナノ粒子でも負熱膨張率を持つことを見いだしました。磁性体のナノ粒子の負熱膨張の現象は、今までまったく知られておらず、原理的に注目される現象です。

 今後、負熱膨張する材料をほかの実用材料に複合することで、熱膨張率を自在に制御でき、ひび割れのない新しい複合材料の開発など、ナノテクノロジー・サイエンスへの応用が期待できます。特にナノ粒子での巨大な負熱膨張率の実現は、マイクロマシン、ナノマシンのようなミクロ領域からナノ領域の物体への応用を可能にします。磁性体ゆえに、磁気で動くナノマシンへの応用の可能性も出てきました。

 本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Nanotechnology』(10月19日号)に掲載され、同時に電子版にも掲載されます。


1.背景

 「加熱によって物体が伸び、反対に冷却によって縮む」というのは、金属をはじめガラスやセラミックスなどの物体の基本性質としてよく知られています。しかし、古くからインバーと呼ばれる一部の合金(Fe-Ni, Fe-Ptなど)では、熱による膨張の割合(熱膨張率)がほとんどゼロになる現象が知られています(1896年にスイスの科学者シャルル・エドワール・ギヨーム:Charles Édouard Guillaumeによって発見、1920年にノーベル賞受賞)。熱によって膨張がないということは、わずかな誤差も許されない精密機械などで非常に有用であり、広く応用されています。

 さらに、特定の物質では温度が高くなると縮むという、負の熱膨張(負熱膨張率)を持つことが知られています。1996年にセラミックスのタングステンジルコニウム(ZrW2O8)が、特定の原子振動モードの変化により-2.6×10-5/℃という記録的な負熱膨張率を持つことが発見されています(Science 272, 90-92 (1996).)。

 現在、零熱膨張率、低熱膨張率や負熱膨張率を持つ材料は、構造材料、薄膜基板、耐熱被覆材、ガラス・セラミックス・コンクリートといった複合材料などへの産業的有用性が高く、注目されています。

 これまで、研究チームは、結晶サイズの大きい酸化銅(CuO)単結晶の基本性質を明らかにしてきました。また、結晶成長法を工夫した気相法※2によりCuO純良単結晶※3を世界で初めて成長させることに成功しました(Master. Res.Bull. Vol.33, No.4 605-610:1998)。純良単結晶の作製によって電荷秩序の存在、および強い磁気(電子スピン)・結晶・電荷の相関※4を見いだしてきました。しかし、結晶サイズをナノの極限スケールまで小さくしたときに、この磁気・結晶・電荷の相関がどのように変わるかはわかっていませんでした。

2.研究手法

 通常、酸化物をナノメートルまで極小サイズ化するには、溶液合成・低温熱分解という化学的な手法によって行われます。しかし、低温熱分解では、結晶性を劣化させる格子欠陥が生じやすく、ナノ粒子の本来の特性が隠されてしまう可能性があります。一方、高温処理では、粒子がマイクロメートル(1,000分の1ミリメートル)の大きさまで成長してしまいます。研究チームは、酸化物の純良単結晶の脆性(もろさ)に着目し、数センチメートル以上の純良単結晶を、強力粉砕という非常に単純な機械的方法で破壊したところ、良質のナノ粒子を得ました。このナノ粒子は、格子欠陥などのない、高品質な粒子であり(図1)、CuOナノ粒子本来の特性を素直に引き出すことができます。

 このようにしてできたナノ粒子の構造を、大型放射光施設SPring-8の共用ビームラインBL02B2を用いて、粉末X線回折※5により解析しました。ナノ粒子の熱膨張率の精密測定には、X線回折法による格子定数※6の測定が通常に行われていますが、解析用の一般のX線源ではナノ粒子が小さいため、回析強度が弱く格子定数の精密測定が困難です。この問題を、SPring-8の超高輝度放射光X線を活用することで克服し、ナノ粒子でも十分解析できるデータを得ることができました。温度を変化させたときの格子定数の変化の様子から、CuOナノ粒子の熱膨張率を詳しく測定し、さらに、ほかの磁性体である2フッ化マンガン(MnF2)と酸化ニッケル(NiO)についても同様に測定しました。

3.研究成果

 磁性体は、それぞれの物質に固有の磁気転移温度※7以下で微小磁石の電子スピンが同じ方向に並んだ磁気相に転移します。今回研究チームは、磁性体であるCuOのナノ粒子が、磁気転移温度(約-50℃)以下の-100℃以下の温度域で、熱膨張率-1.1×10-4/℃という巨大な負熱膨張を示すことを発見しました(図2)。これは、よく知られた巨大な負熱膨張を示す物質であるZrW2O8よりも4倍大きいものでした。さらに、磁気転移点で結晶格子も変化することから、磁気と結晶格子との相互作用が強いほかの磁性体であるMnF2ナノ粒子でも負熱膨張率を持つことを見いだしました(図3)。一方、磁気と結晶格子との相互作用があまりない磁性体であるNiOでは、このような負熱膨張を示しませんでした。このため、磁気と結晶格子との相互作用が、ナノ粒子の負熱膨張を作り出すメカニズムだと考えられます。

4.今後の期待

 ナノ粒子での負熱膨張の発見は、ナノテクノロジー、ナノサイエンスの発展に直結します。負熱膨張率材料をほかの実用材料に複合すれば、零熱膨張率を含め、熱膨張率を自在に制御することができ、例えば極限環境でもひび割れのない超精密な機械・電子部品などが実現できるかもしれません。特にナノ粒子での巨大な負熱膨張率の実現は、マイクロマシン、ナノマシンを例にミクロ領域からナノ領域の物体への応用を可能にします。また、磁性体ゆえに磁気で動くナノマシンへの応用の可能性も出てきました。今回測定した物質であるCuOナノ粒子の負熱膨張を示す温度範囲は-100℃以下という低温領域ですが、原理的には高い磁気転移温度を持つほかの磁性体ナノ粒子であれば、高温でも負熱膨張が期待できます。研究チームはさらに物質探索を続け、磁性体ナノ粒子と、構造材料、薄膜基板、耐熱被覆材、ガラス・セラミックス・コンクリートなどとの複合材料への応用などを目指しています。


補足説明

※1 大型放射光施設SPring-8
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で加速されるとき放射される光の1種であり、特に円型加速器を用いて加速した場合に射出する光を指す。[参照元へ戻る]
※2 気相法
結晶成長は高温溶融状態からの冷却によって得る溶融法が最も一般的であり、これに対して蒸気から結晶を得る方法は気相法と呼ばれる。後者では、蒸気が不純物を含まないことから純度のよい結晶が成長でき、さらに、高温で分解してしまうような化合物でも、低い温度での低圧蒸気から気相法により結晶を成長させることができる。[参照元へ戻る]
※3 純良単結晶
一粒の結晶から大きく成長したものは単結晶であり、純良単結晶は特に不純物や欠陥の少ない単結晶である。CuOは高温溶融状態では亜酸化銅(Cu2O)と酸素に分解してしまうため、溶融法での結晶成長は不可能である。改良法として、助融材の添加で融点を分解点以下の温度に下げてから、溶融法で結晶成長させるフラックス法(フラックス:助融材)があるが、助融材の混入により純良単結晶が得られない。研究チームは、独自に工夫した気相法を用いて、CuOの純良単結晶を最大サイズ4cm×5cm×1cmまで成長させた。[参照元へ戻る]
※4 CuO物質における強い磁気(電子スピン)・結晶・電荷の相関
研究チームは今まで、CuOの純良単結晶を用いて、CuO物質における強い磁気(電子スピン)・結晶・電荷の相関を明らかにしてきた。具体的には磁気転移と同時に結晶構造定数も変化すること、さらに電気分極も生じることを明らかにした。詳細は、研究チームの以下の論文を参照。
(1)Observation of charge stripes in CuO. Phys. Rev. Lett. 85, 5170-5173(2000). (2)Evidence of Charge Stripes, Charge-Spin-Orbital Coupling and Phase Transition in a Simple Copper Oxide CuO. J. Phys. Soc. Jpn. 70, 1054-1063 (2001). (3)Dielectric measurement to probe electron ordering and electron-spin interaction. J. Appl. Phys. 92,2703-2708 (2002). (4)Lattice distortion and magnetolattice coupling in CuO. Phy. Rev. B 69, 104104 (2004). [参照元へ戻る]
※5 粉末X線回折
粉末試料にX線を照射すると、さまざまな方向に回折X線が現れる。この回折X線の強度と角度を測定することで、試料を破壊せずに内部構造を決定できる手法。[参照元へ戻る]
※6 格子定数
すべての物質はそれらの組成原子の配列からなり、この原子の並び方が結晶構造と呼ばれる。結晶構造の寸法は格子定数と呼ばれ、物質の体積、密度そのほかのさまざまな物性を決める最も基本的な性質。[参照元へ戻る]
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※7 磁気転移温度
通常の物質は、十分高温では「常磁性」という磁性を持たない状態であるが、ある温度以下で「強磁性」などの磁性を示すようになる。その温度を「磁気転移温度」と呼ぶ。[参照元へ戻る]
CuOナノ粒子の良い結晶性を示す高分解能電子顕微鏡像の図

図1 CuOナノ粒子の良い結晶性を示す高分解能電子顕微鏡像

ナノ粒子のサイズは約5ナノメートル。結晶格子の配列が縞状の紋様を作り、結晶性がよいことを示す。 [参照元へ戻る]

温度を変化させたときのCuOの体積変化の図

図2 温度を変化させたときのCuOの体積変化

CuOナノ粒子が磁気転移温度以下で巨大負熱膨張(赤線部、体積熱膨張率=-1.1x10-4/℃)を示している。ミクロン粒子が約-50℃の磁気転移点以下で体積が一定なことは強い磁気・結晶相関の存在による。 [参照元へ戻る]

温度を変化させたときのMnF2の体積変化率の図

図3 温度を変化させたときのMnF2の体積変化率

同様な負熱膨張は、磁気と結晶格子との相互作用が強い磁性体MnF2のナノ粒子でも観察された。 [参照元へ戻る]


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