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発表・掲載日:2008/09/30

カーボンナノチューブを用いた高感度ガスセンサーを開発

-簡便な手法で安価に作製できる二酸化窒素センサー-

ポイント

  • 10ppbレベルの二酸化窒素(NO2)を室温で再現性良く検出
  • 微細に分散された単層カーボンナノチューブ(SWCNT)を用いて高感度を実現
  • 低コストで量産性に優れるため、SWCNTガスセンサーの実用化に大きく前進

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門 研究部門長 南 信次、佐々木 功 産総研特別研究員、Annamalai Karthigeyan元産総研特別研究員は、微細に分散された単層カーボンナノチューブ(SWCNT)を用いた高感度ガスセンサーを開発した。

 SWCNTは、直径が約1nmときわめて微細であるため比表面積が著しく大きく、しかもすべての成分元素(炭素)がチューブ表面に存在する。このため、表面に極微量のガスが吸着するだけで、その物性が大きく変化する。この特性を利用することで高感度なガスセンサーを作ることができる。しかしながら、SWCNTガスセンサーの実用化のためには、高感度に加えて、低コスト、量産性、信頼性、再現性等を兼ね備えた製造技術が必要である。今回、SWCNTの分散化・薄膜化技術により、実用化に適したSWCNTガスセンサー作製技術を開発した。市販のSWCNTを、セルロース誘導体の水溶液で均質分散した後、薄膜化と熱処理を行うことにより、SWCNTがナノメートルオーダーで分散したネットワーク構造を構築した。このSWCNTネットワークを用いたガスセンサーはきわめて高感度であり、低濃度(10ppbレベル)の二酸化窒素(NO2)を再現性良く検出することができる。また、湿度の影響が小さく大気中での使用に適し、特性のバラつきも少ない。製造方法は簡便であり、材料コスト、製造コストの点でも、従来報告されているSWCNTガスセンサーに比べ格段に有利である。

 本研究成果の一部は、2008年9月25日発行のJapanese Journal of Applied Physics誌(物理系学術誌刊行センター発行) に掲載された。また、2008年10月20、21日に産総研つくばセンターで開催する「産総研オープンラボ」で公開する予定である。(詳細情報:「カーボンナノチューブを用いたローコスト・高感度ガスセンサー」として研究室公開予定)

ガスセンサーに用いたSWCNTの微細なネットワークの写真

ガスセンサーに用いたSWCNTの微細なネットワーク


開発の社会的背景

 空気中の有害物質や汚染物質をリアルタイムで検出する技術は、生活環境・労働環境を良好に保つために、必要不可欠なものである。ガスセンサーは様々な場所に設置され、われわれが生活する大気・環境中の有害・汚染物質をモニターするという重要な役割を担っている。実用的なガスセンサーとしては、従来、酸化スズ(SnO2)焼結体から成る家庭用ガス漏れ警報機等が広く普及している。その一方で、環境保全や安全衛生管理等の社会的要請の進展により、ガスセンサーに要求される性能・仕様も高度化している。例えば、二酸化窒素(NO2)のような環境汚染物質の高感度検出や、揮発性有機化合物(VOC)の管理、ppbレベルの悪臭物質の検出など様々な社会的ニーズがでてきている。これらの社会的要請に応えていくためには、従来用いられているセンサー材料だけでは、感度、応答速度、安定性、可搬性等の点で不十分であり、それらを超えるような特性を発揮し得る新材料を開発することが重要な課題となっている。例えばNO2の環境省基準は40-60ppb、米国環境省(EPA)基準は53ppbとされているが、従来の酸化物半導体ガスセンサーでは、このような低濃度のNO2を検出することは困難である。

 SWCNTは、著しく大きい比表面積を持ち、単一の成分元素である炭素がすべてチューブ表面にあるなど、ガスセンサー用材料として、従来にないユニークな特性を持ち、高感度ガスセンサーへの応用が期待されている。しかし、SWCNTガスセンサーの研究例は多くあるものの、実用化に適した、低コスト・量産性・再現性・信頼性を兼ね備えた製造技術は実現していなかった。

研究の経緯

 ナノテクノロジー研究部門では、SWCNTの応用を目指して、分散化・薄膜化などの技術の開発を進めてきた。これまで報告されているSWCNTガスセンサーの中には、きわめて高感度のものがあるが、作製手法が、高コスト、もしくは複雑であるため、量産化は困難であった。われわれは、実用的なSWCNTガスセンサーを実現するためには、高感度と簡便・低コスト・量産性を併せ持つような作製技術を開発することが不可欠と考え、これまでのSWCNT分散化・薄膜化技術を活用するべく研究を進めてきた。

 なお、本研究開発は、環境省(総合環境政策局)公害防止等試験研究費「単層カーボンナノチューブを用いた高性能ガスセンサーの開発に関する研究(平成16~19年度)」によって行った。

研究の内容

 今回、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)と呼ばれるセルロース誘導体を分散剤として用いることで、SWCNTの微細なネットワーク構造を簡単に形成できた。このSWCNTネットワーク構造を用いることで、安価で高感度なNO2ガスセンサーを開発した。

 開発したSWCNTガスセンサーの作製手順は以下の通りである。HPCの水溶液に市販のSWCNT粉末原料を加え、超音波分散を行う。この分散液を超遠心分離すると、太い束状のSWCNTや触媒金属(主に鉄)が底に沈み、上澄み液中には良好に分散したSWCNT(一本ずつもしくは細い束状のもの)だけが含まれている。この上澄み液をガラス基板上にスピンコートすることにより、SWCNTがHPC中に均質分散した薄膜を形成できる。なお、この分散薄膜はきわめて薄く、含まれるSWCNTの量もきわめてわずかである。次に、真空中での加熱処理によりHPCを焼成除去すると、SWCNTだけのネットワーク構造が形成できる。図1(a)(b)の原子間力顕微鏡(AFM)像からもわかるように、加熱処理前は、SWCNTはHPCに埋もれているが、処理後はHPCがほぼ完全に除去され、SWCNTのネットワーク構造が形成されている。すなわち、ナノレベルで分散したSWCNTの表面が露出し、SWCNT本来の特性を生かした高感度ガス検出が可能となる。このように微細なネットワーク構造が形成できたのは、HPCがSWCNTの分散能力に優れ、かつ加熱後に残渣を残さない良好な焼却特性を持つことによる。センサーによるガス検出は電流測定によって行うため、真空蒸着でSWCNTネットワーク上に、金のくし形電極(電極ギャップ幅100µm)を形成して、ガスセンサーを作製した。

加熱処理によるSWCNT/HPC分散薄膜の変化のAFM像の写真

図1 加熱処理によるSWCNT/HPC分散薄膜の変化のAFM像
(a)処理前
(b)処理後
5µm x 5µm。

 代表的な環境汚染ガスであるNO2の検出特性(室温)を図2に示す。25~100ppbというきわめて低濃度のNO2ガス(乾燥空気で希釈)に対しても、電流の相対変化(電流変化量/元の電流値)が1.06~2.60と大きく、きわめて高感度な検出を実現している。また、図2におけるベースラインの安定性とS/N比から、10ppbないしそれ以下のNO2でも検出できると考えられる。また、同じ条件で作製したセンサーの応答値の再現性は、±10%以内とかなり良好であった。従来型の酸化物半導体ガスセンサーでは、環境省基準(40-60ppb)、米国環境省(EPA)基準(53ppb)のような低濃度のNO2を検出することは困難であったが、このSWCNTガスセンサーでは十分に対応できる。

室温におけるSWCNTガスセンサーのNO2に対する応答特性図

図2 室温におけるSWCNTガスセンサーのNO2に対する応答特性(印加電圧1V)
所定濃度のNO2に5分間さらした後、純粋な乾燥空気に切り替え、その5分後に紫外線照射(光源:紫外線発光ダイオード)を開始して、吸着NO2を脱離させ表面を再生する。NO2濃度を変えながらこのサイクルを繰り返している。

 本ガスセンサーの作動機構の解明は今後の研究課題であるが、概略、電子吸引性の強いNO2が吸着すると、SWCNTから電子が引き抜かれて、半導体SWCNT中にプラスの電荷が形成され、これによって電流変化が生ずるものと考えられる。

 これらの測定の際には、ベースラインの安定化や、迅速に次の測定を行うために、紫外線照射により一旦吸着したガス分子の光脱離を行っている。従来、水銀ランプ等が用いられていたが、今回、光源としてコンパクトで消費電力の少ない紫外線発光ダイオードによる光脱離が可能であることを確認した。また、従来型酸化物半導体ガスセンサーでは必要な駆動時のヒーター加熱も不要である。これにより、センサーの小型化・低消費電力化が可能となり、バッテリー駆動型ガスセンサー開発についての技術的見通しが得られた。

 ガスセンサーを空気中で使用する場合、湿度による妨害が問題となることが多い。そこで、湿度50%の空気中と乾燥空気中とで、ガスセンサー応答がどの程度異なるかを評価した。両者の比率を、NO2濃度に対してプロットした結果を図3に示す。すべてのNO2濃度において比率が1となることが理想であるが、SWCNT/HPC分散膜の加熱処理温度を400℃とすることでほぼ実現できた。加熱処理温度がこれより高くとも低くとも、比率は大幅に増大している。加熱温度によって、湿度の影響が大きく異なる原因は現時点では明確ではないが、SWCNT表面における親水性の欠陥の発生や微量のHPC残渣が関係しているものと推測される。

SWCNTガスセンサーの特性に対する湿度の影響の図

図3 SWCNTガスセンサーの特性に対する湿度の影響
湿度50%中での応答(WET)と乾燥空気中での応答(DRY)の比。できるだけ1に近いことが望ましい。ΔGは電導度の変化量、G0は元の電導度を示す。

 SWCNTデバイスの実用化における大きな障害の一つが、SWCNTの価格が著しく高いことである。この点においても、今回開発した手法は有利である。われわれの試算では、市販のきわめて高価なSWCNT(1g10万円)を使用しているにもかかわらず、ガスセンサー1個あたりのSWCNT原料コストは、ロスも含めて(遠心分離、スピンコート等で無駄になる分も含めて)7円以下である。これは、SWCNTがきわめて微細に分散されているため、ごくわずかな量のSWCNTで、十分な導電性が得られるためである。これによって、高価なSWCNTの使用量が低減でき、大幅な材料コスト減が可能となった。また、分散剤であるHPCは、安価に大量生産され、しかも食品添加物としても使用されている安全な素材である。この点でも、今回開発した手法は実用化に適している。

 SWCNTで半導体デバイスを製作するためには、通常、SWCNT自体の半導体・金属分離が必要とされるが、今回開発したガスセンサーではその操作の必要性がない。センサーの電極間隔(100µm)がチューブ長(約1µm)に比べてはるかに長いため、電流経路は多数のSWCNTが連なって形成されている。ガス検出は半導体SWCNT部分で行われるが、電流経路を形成するSWCNTの中には必ず半導体SWCNTが含まれているためである。

今後の予定

 今後は、チューブの表面修飾等によるガス選択性や応答速度の向上などを目指した研究を行う。また、NO2以外のガスに対する応答特性についてもデータを蓄積し、様々なガスへの応用展開を図る。これらの研究と並行して、民間企業への技術移転を視野に入れた活動を行っていく。


用語の説明

◆単層カーボンナノチューブ(SWCNT)/半導体・金属分離
炭素原子だけから成る、直径0.7~4 nm(1nm=10億分の1メートル)程度の筒状の物質。長さは、通常は数µm~数10µm程度だが、数mmに達するものもある。炭素原子が作る正6角形を基本構造としている。6角形の並び方の違いによって、半導体にも、金属にもなるというきわめて特異な性質を持つ。現在の合成技術で作られたSWCNTは、半導体SWCNTと金属SWCNTとの混合物であり、理論上は2/3が半導体、1/3が金属となる。これらをいかにして分離するかが重要な研究課題となっている。ただし、今回開発したガスセンサーの場合は、分離を行わなくとも優れた特性を発揮させることができる。[参照元へ戻る]
単層カーボンナノチューブの説明図

◆比表面積
物体の表面積の、体積に対する比率。物体のサイズが小さくなるほど、比表面積は大きくなる。[参照元へ戻る]
◆ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)
セルロース誘導体の一種。下図のような分子構造を持つ。分散安定剤、懸濁化剤、増粘剤等として、化粧品、薬品、食品等に広く用いられている。[参照元へ戻る]
ヒドロキシプロピルセルロースの構造図

◆超遠心分離
試料溶液を高速回転して遠心力を加え、密度の違いによって成分を分離する手法を遠心分離と呼ぶ。このうち、回転数が、毎分3万回転程度以上のものを超遠心分離と呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆スピンコート
高分子などの溶液を回転する基板の上に滴下し、薄く広げ乾燥することにより薄膜を形成する方法。[参照元へ戻る]
◆原子間力顕微鏡(AFM)
試料表面にそって、鋭い先端を持つ針(プローブ)を走らせることにより、微細な形状・凹凸を観察・計測する実験手法。[参照元へ戻る]


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