発表・掲載日:2008/09/11

植物油から副生する「粗グリセリン」を、酵母の発酵で機能性界面活性剤へ変換

- バイオ燃料時代に応える、植物油の新しい有効利用法 -


概要

 ライオン 株式会社(社長:藤重 貞慶、以下ライオン)は、独立行政法人 産業技術総合研究所(理事長:吉川 弘之、以下産総研)環境化学技術研究部門と共同で、植物油の利用で副生する「粗グリセリン」の有効活用について研究を進めてまいりました。

 この度、ライオンと産総研は、酵母の発酵プロセスを利用して、「粗グリセリン」から生分解性と機能性に優れた界面活性剤を効率的に生産する技術を開発しました。本技術は、バイオディーゼル燃料の普及等で急増する「粗グリセリン」の有効活用を促し、植物資源のリサイクルを通じて地球環境保全に貢献すると考えられます。

 (なお本成果は、9月18日『日本油化学会第47回年会(2008年9月17日~19日、日本大学理工学部駿河台キャンパス)』において発表予定です。)


研究の背景

 近年、石油からの原料シフトに伴い、植物油からバイオディーゼル燃料(BDF)や化学品の製造が進み、その際に副生する「粗グリセリン」の発生量が増大しています(図1)。そのため世界各国で「粗グリセリン」の有効利用技術が模索されています。ライオンにおいても、石油から植物原料への転換を積極的に推進し、パーム油を原料とした界面活性剤「MES(アルファスルホ脂肪酸メチルエステル塩)」の活用などに取り組んでまいりました。こうした植物油の利用で副生する「粗グリセリン」は、利用する際に精製が不可欠な上、用途も化粧品などに限られているため、その価値は高くありません。これまで、化学的手法により「粗グリセリン」を、高機能な界面活性剤や各種化学品の合成中間体などの有用物質へと変換しようという試みは多数行われてきましたが、反応収率や生成物の純度に難点があり、実製造に繋がるものは限られていました。また、発酵や酵素反応などのバイオプロセスの活用も早くから検討されてきましたが、生成物の純度は高いものの反応速度が遅い、一度に処理できるグリセリンの濃度が低く非効率的、といった問題がありました。そのため、バイオプロセスの導入に際しては、高濃度の「粗グリセリン」を利用できること、生成物自体が高付加価値であることなどが、要請されていました。

水島, オレオサイエンス 第8巻第8号(22)(2008)  *予測値
世界の産業別グリセリン生産規模の図
図1 世界の産業別グリセリン生産規模

共同研究の経緯

 ライオンはパーム油を原料とした洗剤原料の開発や、副生する「粗グリセリン」の有効利用について、主として化学的な研究を続けてきました。

 一方、産総研では環境に優しい材料開発の一環として、天然の界面活性剤である「バイオサーファクタント」の研究に取り組み、発酵プロセスの活用により、植物油からの量産技術の基礎を確立していました。

 今回ライオンは、自社の加工プロセスから副生する「粗グリセリン」の純度が比較的高いためバイオプロセスの導入に有利と考え、この分野で高い研究実績を有する産総研と共同研究を開始することとなりました。

今回の研究内容の詳細

 今回の研究では、「粗グリセリン」から目的の物質(界面活性剤)を効率的に作り出すことを目指し、まず、そのような発酵を可能とする微生物の探索から着手しました。探索作業では、20から30パーセントの「粗グリセリン」(通常の発酵プロセスに比べ、数倍の原料濃度に相当)を使用し、日本各地から採取した土壌や草花のサンプルから、界面活性剤生産菌の分離を試みました。

 この際、数千を超える微生物の中から、短時間で効率的に、目的の生産菌だけを選択できる新しい手法を開発したことが、研究の突破口となりました。本手法では、界面活性剤の生産の有無を、培養液の「液滴の広がり」具合を目で見て判別できることが特徴であり、従来の手法が数日を要するに比べ、わずか数十分で判定できます。その結果、花弁から分離したキャンディダ属の酵母が、「粗グリセリン」から糖を主成分とする界面活性剤を、高純度で分泌生産することを突き止めました。

 引き続き、生産条件の最適化に取り組み、原料の添加方法等を工夫したところ、通常の発酵プロセスの数倍~数十倍に相当する、発酵液1リットル当たり170グラム以上の生産物を得ることに成功しました。本収率は、「粗グリセリン」からの界面活性剤の生産としては過去最高であり、更に、本技術による生産物は、石油から界面活性剤を化学合成する手法に比べ、得られる生産物の純度が非常に高く、副産物もほとんどないことが確認されました。

 本研究においては、(1)グリセリンを出発物とする発酵の研究は多数あったが、これほど「高濃度」で「高効率」な生産は類がないこと、(2)目的物(界面活性剤)の性質に着目し、その有無を“培養液の一滴”で簡単に判別する方法を開発したことで、培養や生成物の分析に費やす手間が飛躍的に短縮され、結果として極めて優良な生産菌の発見に至ったことなどが、これまでにないポイントと言えます。

粗グリセリンから界面活性剤生産菌の分離を試みた概要図

総括

 今回の研究は、環境低負荷なプロセスによって、「粗グリセリン」から新しい機能性素材を提供するものであり、効率的な植物資源の循環を通じて、二酸化炭素の排出削減や地球環境保全へも貢献できる技術の一つとして期待されます。

 産総研では、バイオ・ケミカル技術の活用により、新たな構造や特性を持つ界面活性剤バイオサーファクタントの探索・開発を続けます。

 ライオンでは、今後も再生産可能な資源による循環型社会実現のため、副生される「粗グリセリン」を有効活用できる、新しい製法の研究に引き続き取り組んでまいります。


用語の説明

◆バイオサーファクタント
酵母菌や納豆菌といった微生物が作り出す天然の高機能界面活性剤。石油由来の界面活性剤に比べ、生分解性に優れ、少量でも効果を発揮できる等の特長をもつ。[参照元へ戻る]

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