発表・掲載日:2008/07/07

透過型電子顕微鏡を分解することなくクリーニングする手法を開発

-ナノ構造解析の高度化・高信頼性化に貢献-

ポイント

  • 透過型電子顕微鏡を分解することなくクリーニングする手法を開発。
  • 電子顕微鏡装置内の汚染物を除去し、100%の性能を発揮させる。
  • 高分子や有機材料のナノメートルレベルでの解析の精度・信頼性が向上する。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【研究部門長 南 信次】ナノ科学計測グループ【研究グループ長 村上 純一】堀内 伸 主任研究員は、株式会社シーゼットアイ【代表取締役 花田 剛】(以下「シーゼットアイ」という)と共同で、透過型電子顕微鏡(TEM)をクリーニングし、顕微鏡本体から試料への汚染(コンタミネーション)を防止する手法の開発に成功した。

 透過型電子顕微鏡は、物体をナノメートルレベルで観察する装置として、材料、バイオ分野などにおいて広く用いられているが、長期間使用することにより装置内部に残存する汚染物が試料に付着して、観察・分析能力を低下させることが問題となっている。今回、プラズマ発生装置から生成させた活性酸素を顕微鏡内部に循環させることにより、顕微鏡を分解することなく汚染物を除去することに成功した。

 これにより、顕微鏡本体から試料への汚染が低減され、分析能力が向上する。汚染物は成分元素として炭素を含むので、特に高分子等の有機材料中における軽い元素の分析に効果を発揮する。今回の開発は、電子線トモグラフィー、ナノビーム電子回折、EELS(電子線エネルギー損失分光)、EDX(X線エネルギー分光)、 STEM(走査透過型電子顕微鏡)など、長時間の電子線照射が必要な分析装置にも有効であり、最先端の材料分析に貢献できる。

 研究の詳細は、平成20年8月3~7日にアメリカ・アルバカーキで開催されるアメリカ顕微鏡学会主催Microscopy & Microanalysis 2008で発表の予定である。

クリーニング前と本技術によるクリーニング後の写真

図1

クリーニング前  

本技術によるクリーニング後

クリーニング前の電子顕微鏡で模擬試料に電子ビームを照射すると、試料に黒い斑点ができる。本技術による電子顕微鏡のクリーニング後は、3分間の電子ビーム照射では黒い斑点は発生せず、5分間の照射においても軽微である。10分では黒い斑点は生じるが、厚みは5分の1に低下した。



開発の社会的背景

 透過型電子顕微鏡は、製造メーカーによって装置性能の大幅な向上が図られているにも拘らず、高分子や有機材料のナノメートルレベルでの分析においては十分な性能を発揮できないことが多い。問題の多くは、電子顕微鏡装置そのものに起因するのではなく、観察領域数10nmの試料に汚染物(汚れ、非観察対象物)が黒い斑点として不可逆的に付着する事によって、観察能力(実効分解能)、化学分析能力(最小検出限界)が低下することに起因する。

 透過型電子顕微鏡の内部は、高真空に維持されているが、数々の分子が浮遊している。真空ポンプのオイル、真空の漏れ、試料の気化やダメージによる分解物が、装置の長年の使用により、顕微鏡の内壁に付着・堆積する。このような内部に溜まった汚染物の一部がガス化し、再び真空中に浮遊する。これらの分子には、炭化水素系の化合物(ハイドロカーボン)が含まれており、そこに電子線を照射すると、分子が分解され、観察対象である試料へ汚染物として付着する。コンタミネーションを抑えるためには、電子顕微鏡の内部をクリーニングする必要があるが、装置を分解せずにクリーニングする方法はこれまでなかった。

研究の経緯

 産総研では、電子顕微鏡による高分子等の有機材料のナノメートルレベルでの局所構造解析に取り組んでいる。この研究の中で、有機材料の化学状態分析を分子レベルで行うためには、試料へのコンタミネーションを抑えることが重要であることが判明した。

 この問題を解決すべく、経済産業省から産総研が委託された「産業技術研究開発事業(中小企業支援型)」において、一般公募で採択した「透過型電子顕微鏡非破壊クリーニングシステムの開発」課題において、シーゼットアイと共同研究(平成19~20年)をおこなった。この課題では、活性酸素による化学的な分解反応を応用したクリーニング手法の開発と、その利用による透過型電子顕微鏡の非分解・低コストでの性能維持、観察・分析能力の向上を目指した。(2007年9月6日 プレス発表

研究の内容

 5年間使用した透過型電子顕微鏡において、模擬試料(カーボン薄膜)に電子ビームを照射した際に形成された汚染物を図2に示す。3分間の電子線照射により、明瞭な黒い斑点が発生し、5分、10分と照射時間が長くなるにつれ、汚染物は厚くなる。このように、電子線照射により、試料に汚染物が付着すると、局所的に厚みが増すため、高分解能観察や化学分析が困難になる。

模擬試料に発生した黒い斑点の写真

図2 5年間使用した透過型電子顕微鏡において、模擬試料(カーボン支持膜)に発生した黒い斑点:3分間の電子線照射でも、黒い斑点のコンタミネーションが発生している。

 特に、試料として有機物を多く観察する場合には、電子線照射による試料の損傷からくる装置内部の汚染が著しい。また、汚染物の主な成分元素は炭素であるため、炭素を主要構成元素とする有機試料の分析能力が低下する。

 われわれはこの様な装置内部の汚染源を、装置を解体することなくクリーニングするため、活性酸素を顕微鏡内部に循環させ、化学的に汚染源を分解し、外部に除去する手法を開発した。透過型電子顕微鏡は、他の真空装置と比較し、きわめて真空経路が狭いのでプラズマ発生のために必要な適度な真空度を維持しつつ、寿命の短い活性酸素の大きな流量を得ることが難しかった。いろいろ試した結果、プラズマを安定に発生しつつ、活性酸素の大きな流量を得ることができるようになった。

 このようなシステムにより、クリーニングに必要な活性酸素を鏡体内にフローさせる時間、圧力等の条件を最適化し、クリーニングに有効なシステムを確立した。システムを2時間自動運転することによって顕微鏡内部をクリーニングした後、同じ条件で試料に電子ビームを照射したところ、黒い斑点は劇的に軽減した。図3に示すように、3分間の照射では黒い斑点は全く発生せず、5分ではわずかに発生する。10分では明瞭な黒い斑点が確認されるが、クリーニング前に比べてその厚みは、クリーニング前の5分の1に低下した。

透過型電子顕微鏡をクリーニング後の写真

図3 透過型電子顕微鏡をクリーニング後:3分間の照射では黒い斑点は全く発生せず、5分間の電子線照射でも非常に軽微である。10分では黒い斑点は生じるが、厚みは5分の1に低下した。

 クリーニングの頻度は、試料の種類や目的により異なるが、ユーザーが目的や状況に応じて適宜使用できるシステムの構築を目指している。このようなクリーニングを行うことにより、高分子材料等の有機試料の分子レベルでのイメージの精度や分析データの信頼性が格段に向上する。なお本手法では、活性酸素による有機物の分解反応を利用しているが、真空用のOリング(オーリング)などを含めて電子顕微鏡本体の部品等の劣化は起こらないことを確認した。また、活性酸素の寿命は10万分の1秒程度であるため、排出ガスによる環境への影響も無いと考えられる。

今後の予定

 透過型電子顕微鏡のクリーニング手法が開発されたことにより、顕微鏡本体から試料への汚染が起こりにくいクリーンな状態を維持することができる。特に、ゴム・プラスチックスなどの高分子材料の分子レベルでの構造解析に有効であることが期待されるため、企業、大学との連携により、様々な試料の実際の分析への適用を行い、本手法の有効性を実証していきたい。



用語の説明

◆透過型電子顕微鏡(TEM)
薄膜化した試料へ加速した電子線を照射し、透過した電子線を結像する装置。電子線の波長は極めて短い(200kVの加速電圧で、0.0025nm)ため、高い分解能での観察が可能である。また、電子線は試料との相互作用が大きいため、発生する電子線やX線を分析することにより、試料の元素組成や化学構造を分析することが可能となる。[参照元へ戻る]
◆コンタミネーション(contamination
科学実験の場における汚染のこと。本来混入するべきでない物質が試料に混入することをコンタミネーションという。電子顕微鏡の場合には、顕微鏡内部に浮遊する有機分子に電子線が照射されることにより、励起状態となり試料表面に蒸着され黒い斑点となって、観察対象が汚れること。[参照元へ戻る]
◆プラズマ
気体中で電気放電させるとプラズマが発生する。プラズマ中では気体の分子は解離して原子になり、さらに温度が上昇すると原子核のまわりを回っていた電子が原子から離れて、正イオンと電子に分かれる。これを電離という。電離によって生じた荷電粒子を含む気体をプラズマとよぶ。プラズマでは分子の中に束縛されていた電子は遊離するので、酸素分子は酸素ラジカルになる。[参照元へ戻る]
◆活性酸素
酸素が化学的に活性になったものの総称。不安定で強い酸化力を持つ。スーパーオキシド、一重項酸素、ヒドロキシラジカルなどがある。一般の分子においては2個の電子が対をなしているが、プラズマなどによって2個の電子のうち1個がはじき飛ばされると、対をなさない電子(不対電子)が残される。酸素で不対電子をもったものを酸素ラジカルという。酸素の活性化は、プラズマによる酸素ラジカルの生成、または紫外線照射などによる酸素分子の励起によってもたらされる。[参照元へ戻る]

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