発表・掲載日:2008/02/04

次世代レーザー加工システムの心臓部が完成

-光フロンティア領域を支える次世代光システム技術が試験運用へ-

ポイント

  • 新レーザー結晶で高効率超短パルスレーザーを実現
  • 従来技術では困難な透明物、金属への3次元加工、非熱加工、微小製品への高精度加工を実現
  • 原子レベルのプレス成型方式で99.999%レベルの高反射率を達成

 独立行政法人 理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人 産業技術総合研究所(吉川弘之理事長)(以下「産総研」という)は、地域新生コンソーシアムプロジェクト(埼玉県内の9企業を含む14機関)と連携して、新レーザー結晶を用いた高効率な超短パルス光を発生するレーザーシステムおよび、それを用いた加工機の開発に成功しました。この成果は、次世代レーザーシステムのレーザー発振の心臓部となる新レーザー結晶、高度ミラー技術を結集して実証したものです。理研中央研究所(茅幸二所長)固体光学デバイス研究ユニットの和田 智之 ユニットリーダー、産総研計測フロンティア研究部門(研究部門長 秋宗淑雄)超分光システム開発研究グループ 大久保 雅隆 研究グループ長、同グループ 板谷 太郎 主任研究員による成果です。

 レーザー技術の進展により、光の発生する時間幅が10の15乗分の1秒(fs:フェムト秒)に至る超短パルスレーザーが実現し、さらに光の強さは10の12乗(TW:テラワット)が達成されています。このようなレーザー光が、加工、計測、医療などの幅広い分野で技術革新をもたらしつつあります。研究グループは、新レーザー結晶の利用、新レーザー構造の開発、高度レーザーミラーに代表される光学素子の高度化を展開し、従来の加工用レーザーに比べ1桁以上効率が高く、平均出力が10Wを超える新しいフェムト秒レーザーを構築し、それを利用した加工システムの開発に成功しました。新加工システムは、これまで実現することができなかった透明なガラス、セラミックス、あるいは金属の微細加工を可能とする新しい加工ツールを提供することになります。今後、レーザー加工の研究の進展だけでなく、レーザー応用と光システムの高度化に大きな発展をもたらし、日本発の新しい産業製品を生み出すことが期待できます。

 本成果は、経済産業省による地域新生コンソーシアム研究開発事業プロジェクトに採択された「光フロンティア領域を支える次世代機能性光学材料及び素子の開発(埼玉オプトプロジェクト)」(2006年度~2008年度、別紙[PDFファイル:168KB])のもとで、理研、産総研を中心とする国内の14機関の技術を結集して、新レーザー結晶技術・高精度ミラー技術・成膜技術・評価技術での革新と統合を行う中で、実現したものです。なお、当プロジェクトは、財団法人埼玉県中小企業振興公社(産学連携支援センター埼玉)が管理法人として、関東経済産業局から委託を受けて進めているものです。この成果の概要は、2008年2月5日(火)ホテルブリランテ武蔵野(さいたま市)で開催する埼玉オプトビレッジ構想推進フォーラムで発表します。


背景

 近年のレーザー1技術の急速な発展により、これまで達成することができなかった強い電場強度を実現できるようになりました。これにより、熱による溶融現象を活用することなく、レーザーの電場強度により、物質を構成している分子や金属結合を直接切断する「非熱加工」と呼ばれる切削加工が可能となることがわかりました。しかし、産業応用を考えた場合、炭酸ガスレーザーをはじめとする加工用レーザーが10%以上の電気から光への効率が得られたのに対して、これまで開発され研究に利用していた超短パルスレーザーの変換効率は0.5%以下と非常に小さく、初期コストやランニングコストが実用化に向けての問題点として残されていました。また、光を伝送する光学素子、光を反射するミラー技術、超短パルスレーザーを支える光学素子の技術開発の高度化が必要とされており、日本国内での技術基盤の構築が切望されていました。

 研究グループは、超短パルスレーザーの効率を飛躍的に向上させるために、従来のチタンサファイア結晶に代わるイッテルビウム(Yb)レーザー結晶2を利用したレーザーおよび加工システムを構築しました。このレーザーの開発は、重要な要素技術であるレーザーミラー3の性能向上など光学素子の開発を、同時に推進しました。また、このレーザーシステムは、今後プロジェクトで新しく開発する光学素子の評価に大きな役割を果たします。超短パルスレーザーの高効率化が実現でき、レーザーシステムの信頼性が大幅に向上することにより、光産業の飛躍的な発展が期待できます。

 本研究は、経済産業省による地域新生コンソーシアム研究開発事業プロジェクト(地域モノ作り革新枠)※4に採択された「光フロンティア領域を支える次世代機能性光学材料及び素子の開発(埼玉オプトプロジェクト)」の下で取り組んできたものです(別紙参照[PDFファイル:168KB])。理研の高性能固体レーザーをはじめとする高度なレーザー技術と、産総研の半導体技術を中心とした高度なナノ加工と計測技術に裏打ちされた技術開発研究を中心に、9企業2大学3研究機関の技術シーズが融合し、相互の連携により研究開発を展開しています。このプロジェクトは、2006年度からスタートし、3年間のプロジェクト期間のうち、当初計画に先行した2年目で、加工システムの開発に成功しました。なお、埼玉オプトプロジェクトは、埼玉県内の産学官の技術の結集を推進する、産学連携支援センター埼玉(財団法人埼玉県中小企業振興公社)が、管理法人業務(豊田浩一プロジェクトマネージャー)を努めています。

研究手法と成果

 これまでフェムト秒(fs)という極短パルス発生のレーザー開発では、研究レベルで、チタンサファイアと呼ばれるレーザー結晶を活用していました。しかし、このレーザー結晶を用いたレーザー発振システムを駆動するためには、もう1台ベースとなる別のレーザー発振システムが必要でした。結果として、電気から光への変換効率は、原理的な束縛から0.5%が限界でした。研究グループでは、この発振システムに欠かせなかったベースレーザーを省き、レーザーダイオード(LD)により直接駆動できる新しいレーザー結晶の育成を含む研究開発に取り組みました。具体的には、Ybを活性イオンとした新レーザー結晶を用いて、既存レーザーより1桁大きな光への変換効率を実現し、平均出力10W以上を達成しました(原理を図1に示します)。さらに、このレーザーシステムを活用した加工システムを構築しました。このレーザー加工システムは、埼玉オプトプロジェクトで新しく開発する高度な次世代光学素子の評価用プラットホームとしての役割を果たしていきます。また、このレーザー加工システムは、今後新たに開発する素子を搭載することにより、さらに、性能を高めたシステムへとバージョンアップすることが可能となります。

 レーザーシステムの概要を以下に示します(図2参照)。

(1) Ybなどを媒体とした市販のシードレーザーから得られる200フェムト秒の微弱なレーザーのパルスの幅を、パルスストレッチャーと呼ばれる2枚の回折格子を利用した光学系により、数百ピコ秒のオーダーまで伸ばします。このときの光の波長は1030nmです。
(2) この光を、開発のメインである再生増幅器内に導入し、光増幅を行います。光を増幅する材料は、最初のステップとして国内企業が開発したセラミックスをホストとしたYb結晶を使いました。従来は、レーザーダイオード(LD)により別のレーザーを発振させ、さらにそのレーザーを波長変換しないと、レーザーの励起に使えませんでした。今回開発したYb結晶は、従来のレーザーと異なり、LDによって直接、励起します。このLDの直接励起により、変換効率を1桁以上上げることが可能となりました。
(3) 再生増幅は、共振器構造を持った増幅器の中に光を閉じ込め、一定の出力になるまで複数回増幅を繰り返すことにより行います。この増幅過程で、光は10W以上、パルス幅は数百ピコ秒の出力を得ることができます。
(4) 増幅した光は、取り出した後、2枚の回折格子で構成するパルスコンプレッサーと呼ばれる光学素子でフェムト秒までパルス幅が短く圧縮されます。この一連のパルスの伸展、圧縮をする理由は、増幅器の中でピーク強度を抑えるためです。
(5) このようにして、パルス幅が1ピコ秒という超短パルスレーザーを得ました。この超短パルスレーザーは、加工を行うために、X-Yステージ及びZ軸方向にレーザービームを移動し、3次元の加工が可能な光学系を経て加工対象部分に光を照射します。この極短パルスレーザーを使った加工では、金属結合や分子結合を切断するため、これまでの熱による溶融現象を活用する熱加工とはまったく違う、新しい加工原理に基づいた切削加工が可能となります。
 

 こうした高性能なレーザーシステムを支えるために必要不可欠なのが、光を操る光学素子です。高い電場強度に耐えて光を反射するミラー、新しいレーザー結晶、さらに、光を伝送するための光ファイバーなどが上げられます。埼玉オプトプロジェクトでは、研究開発で得られる新しい光学素子を用いて、すべての光学素子を日本製としたレーザーシステムの高度化を推進しています。今回開発した加工システムでは、新たに開発したレーザーミラーを搭載しました。

 このレーザーミラーの開発は、産総研の半導体プロセス技術を利用して開発を推進してきました。ミラー用基板の表面平坦度を、高度研磨方式またはプレス成型方式5(協力:東京理科大学)によって原子レベルまで平滑化し、その上に高品質なミラー膜を形成することにより、99.999%レベルの高い反射率を達成しました。このように、新しいレーザーシステムは、世界でも先進的な光学素子技術の基礎の上に構築されています。

今後の期待

 今回開発した高精度ミラーを組み込んだレーザー加工※6システム(図3)は、2008年度から、理研でレーザー加工の試験運用を直ちに開始する予定です。試験運用では、金属、セラミックスの微細加工、あるいは、ガラスのダイシングなど、既存のレーザーでは加工が難しいとされていた材料の加工実験を行います。また、理研や埼玉県産業技術総合センターを窓口として、一般からの委託加工を実施することにより、加工性能の実証試験を行い、本成果によるレーザー加工技術を広く普及していく計画です。さらに、開発した革新的な要素技術(ミラー技術やレーザー結晶技術など)に関しては、信頼性を含めた実用化の推進を行います。同時に、開発した高度技術は、産総研を中心として標準化を推進し、国内外への技術の普及に努めます。


補足説明

※1 レーザー
「誘導放出」の原理で発生する、単色で位相の揃った光。指向性の強い光線が得られ、記録ディスクや通信・精密工作・医療・研究などに広く用いられる。[参照元へ戻る]
※2 レーザー結晶
レーザー光を増幅する物質。外部からの光を吸収して、レーザー光として出力する。効率良く光を出すためには、吸収する光とレーザー光の波長が近いほど良い。半導体レーザーからの光を吸収するレーザー結晶は、特に、効率が良いレーザーとなることから、広く用いられる。[参照元へ戻る]
※3 レーザーミラー
レーザー光を増幅するために、レーザー内部で用いられるミラー(鏡)。レーザーの内部は、外部に放射されるレーザー光よりも、通常数10倍以上の強い光であることから、強い光で損傷が起きない、特別なミラーを用いている。[参照元へ戻る]
※4 地域新生コンソーシアム研究開発事業プロジェクト(地域モノ作り革新枠)
地域の産業集積内に存在する優れたものづくりの要素技術を持つ中堅・中小企業群と、高度な技術シーズ・知見を持つ大学等が、産学官の強固な共同研究体制を組み、複数の製品の中核部品として組み込まれるような付加価値の高い高度な機能を持つ部材の実用化研究開発を行う。[参照元へ戻る]
※5 プレス成型方式(右図)プレス成型方式の説明図
粗研磨基板上に光硬化性樹脂を乗せ、その上から超平坦プレス基板によりプレスして、基板上の凹凸を埋め込み、超平坦基板を形成する。超平坦基板の表面粗さとして2Å(オングストローム)レベルの結果が得られた。この超平坦基板上に、高品質ミラー薄膜を形成し、反射率99.999%レベルのミラー技術を実証した。[参照元へ戻る]

※6 レーザー加工
強力なレーザー光を用いた加工のこと。レーザー光を集光することにより、高密度なエネルギー状態を作り、加工物質に孔を開けたり、切断したり、溶接したりする。レーザー光の熱作用による加工が従来用いられてきたが、短パルスレーザー技術の進展により、物質を構成している分子や金属結合を直接切断する「非熱加工」が可能になった。この結果、ガラスなどの透明材料や熱に弱い材料のレーザー加工が可能になった。[参照元へ戻る]
Ybによる高効率超短パルスレーザーの図
図1 Ybによる高効率超短パルスレーザー [参照元へ戻る]
 
超短パルスレーザーシステムの概要図
図2 超短パルスレーザーシステムの概要 [参照元へ戻る]
 
レーザー加工システムの写真
図3 レーザー加工システム [参照元へ戻る]


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