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発表・掲載日:2007/08/23

不活性型ビタミンDを活性化する酵素を分離

-骨粗鬆症治療薬などの医薬品の高効率生産へ-

ポイント

  • 放線菌からビタミンDを活性化(水酸化)する酵素の分離・精製に成功した。
  • 活性型ビタミンDの生産性を飛躍的に高めることができる。
  • 活性型ビタミンD類をもとにした新規医薬品・医薬中間体の生産が期待される。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ゲノムファクトリー研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】遺伝子発現工学研究グループ 田村 具博 研究グループ長は、メルシャン株式会社【代表取締役社長 岡部 有治】生物資源研究所【所長 城道 修】と共同で、骨粗鬆症の治療薬などにも用いられる活性型ビタミンDを合成する酵素を放線菌より分離・精製することに成功した。

 脂溶性ビタミンであるビタミンDは、動物体内では不活性型として合成された後、活性化の過程を経てはじめて機能する。活性型ビタミンDは、骨粗鬆症をはじめカルシウム代謝異常に対する治療薬として使用されているが、主要製造法である化学合成では、製造工程が複雑でかつ収量も低いため非常に高価である。

 活性型ビタミンDの生産に利用されている放線菌を対象に、ビタミンDを不活性型から活性型に変換する酵素(ビタミンD水酸化酵素)を探索し、その分離・精製に成功した。その遺伝子を分離・特定したことによりこの酵素の機能を改変することも可能で、活性型ビタミンDの生産性を飛躍的に高めることができるほか、ビタミンD類をもとにした新規医薬品・医薬中間体の生産も期待される。

 本技術の詳細は、第14回国際放線菌学会(14th International Symposium on the Biology of Actinomycates, 8月26~30日に英国で開催)で発表される。

ビタミンDの活性化と水酸化ビタミンD類の薬理効果の図
放線菌によるビタミンDの活性化と水酸化ビタミンD類の薬理効果


開発の社会的背景

 ビタミンDは、ヒトをはじめとする高等動物において必須の脂溶性ビタミンとして知られ、食物からの摂取あるいは体内でコレステロールの前駆体から生合成されている。摂取あるいは合成されたビタミンDは不活性型で、肝臓と腎臓で水酸化反応による活性化の過程を経て活性型ビタミンDとなりはじめて機能する。活性型ビタミンDの生理作用は、カルシウムの吸収促進や代謝促進、細胞分化誘導、免疫調節作用など多岐にわたり、活性型ビタミンDおよびビタミンD類の改変体は骨粗鬆症治療薬、ビタミンD代謝異常による諸症状の治療薬、副甲状腺機能亢進症治療薬、乾癬治療薬などとして使用されている。骨粗鬆症の患者数は国内で約1000万人、予備軍を含めると2000万人いると言われ、また乾癬の患者数は世界で1億2,500万人と推定されており、うち25%が中等度から重度の患者と考えられている。このことからも安価で効率のよい活性型ビタミンDを含むビタミンD類の改変体製造技術の開発が期待されている。

 現在、主に使用されている化学合成による活性型ビタミンDの製造は、コレステロールを原料におよそ20もの製造工程を要し、しかも最終産物である活性型ビタミンDの生産量は原材料の1%程度と少量であり、複雑な製造工程と少量生産により価格も高価となっている。また、化学合成による製造法は、ビタミンDへの部位選択的な水酸化反応は容易ではないことから、多様なビタミンD類改変体の製造には技術的な問題がある。

 一方、化学合成に代わる製造法として微生物による活性型ビタミンD製造が実用化されている。この微生物は、放線菌の一種で不活性型ビタミンDを活性型ビタミンDへ変換する能力をもつ。この微生物から、活性型ビタミンDへ変換する能力をもつ酵素を分離・精製できれば、活性型ビタミンDの生産性を飛躍的に高めることのみならず、この酵素の機能を改変することでビタミンD類の水酸化改変体とそれらをもとにした新規医薬品・医薬中間体の生産が期待される。

研究の経緯

 産総研ゲノムファクトリー研究部門遺伝子発現工学研究グループでは、放線菌による化学物質やタンパク質の生産、あるいは有害物質の分解など環境浄化等へ利用できる細胞を構築する研究開発を行ってきた。一方、メルシャン株式会社は、微生物を利用した医薬品製造を行っており、特に微生物由来の酵素、水酸化反応酵素群シトクロムP450を活用した医薬品や医薬中間体の生産技術の開発を進めている。そこで産総研は、メルシャン株式会社と共同でビタミンD活性化(水酸化)に関わる酵素(シトクロムP450)の分離とその利用研究に取り組んできた。

研究の内容

 ビタミンDを不活性型から活性型へ変換する能力をもち、実際、活性型ビタミンD製造に使用されているシュードノカルディア属放線菌(Pseudonocardia autotrophica)より、ビタミンDを活性化(水酸化)する酵素を分離・精製し、この酵素のアミノ酸配列をコードしている遺伝子DNAを分離した。

 手順としては、シュードノカルディア属放線菌を培養した後、菌体を破砕し細胞内のタンパク質を回収した。回収したタンパク質は多数のタンパク質の混合物であり、目的タンパク質の分離精製は、吸着樹脂を利用してビタミンDの活性型への変換能力を指標として探索を行った。異なる精製吸着樹脂を用いて複数回のステップを経た後、他の不純物タンパク質をできるだけ含まない最終物、ビタミンD活性型への変換能力を持つタンパク質(酵素)を分離した。

ビタミンD水酸化酵素の分離と組換え微生物による酵素生産・活性型ビタミンD変換試験の図
上図:シュードノカルディア属放線菌(Pseudonocardia autotrophica)(メルシャン所有の放線菌)より、ビタミンD水酸化酵素の分離
下図:遺伝子組み換え大腸菌による酵素生産、及び遺伝子組み換えロドコッカス属放線菌(Rhodococcus erythropolis)(産総研所有の放線菌)によるビタミンDの活性型への変換

 精製したタンパク質のアミノ酸配列を解析し、配列情報をもとにこのタンパク質をコードする遺伝子DNAを放線菌ゲノムより分離した。得られた遺伝子情報から、データベースによりビタミンDを活性化しているタンパク質は、シトクロムP450群に属する水酸化酵素の一つであることが判明した。この放線菌からの精製酵素、ならびに遺伝子組み換え大腸菌を用いて生産した酵素共に不活性型ビタミンDを活性型ビタミンDへ変換する能力のあることが確認された。

組み換え水酸化酵素によるビタミンD変換試験の図
図:大腸菌より生産した組み換え酵素を用いて活性型ビタミンDへの変換を液体クロマトグラフィーにより解析した。

 さらにこの遺伝子を産総研の開発してきたロドコッカス属放線菌(Rhodococcus erythropolis)に導入して、菌体内にてビタミンD水酸化酵素を生産・蓄積させると、培養液に添加した不活性型ビタミンDが活性型へと変換された。これにより生きた細胞を利用しても、ビタミンDの活性化されることが確かめられた。

 本研究で分離・取得したビタミンD水酸化酵素とその遺伝子は、精製酵素あるいは生細胞のどちらにおいても働くので、広範な医薬開発に向けて試験・検討することが可能となった。

今後の予定

 今後産総研とメルシャンは共同で、活性型ビタミンD3の現行製造プロセスにおいて望まれる活性向上型および副作用除去型酵素の取得を目指す。さらに、ビタミンD関連化合物を選択的に水酸化できるその他の酵素取得に向けた情報を収集する。メルシャンではこの研究成果を利用して、活性型ビタミンDの実生産に使用している放線菌に改良遺伝子を導入して、ビタミンD類の改変体生産系の構築とその高度化を行う。



用語の説明

◆骨粗鬆症
骨形成速度よりも骨吸収速度が高いことにより、骨に小さな穴が多発し骨密度が低くなる症状をいう。背中が曲がることに現れる骨の変形、骨性の痛み、さらに骨折の原因となる。骨形成に欠かせないカルシウムとビタミンDが不足した食事、喫煙とアルコール摂取は食餌面における要因となる。薬物療法として骨へのカルシウム吸収を促進するためビタミンD類の製剤が使用される。[参照元へ戻る]
◆放線菌
放線菌は、細菌類を色素によって染色・分類する方法を用いた際に、染色によって染まる性質をもつ菌類(グラム陽性菌)に分類され、細胞が菌糸(体を構成する、糸状の構造)を形成して細長く増殖する特徴を示す。菌糸が放射状に伸びるため付けられた名ではあるが、遺伝子の塩基配列による現在の分子系統学では、もはや形態だけで特徴づけることは困難である。抗生物質生産菌の大部分が放線菌に属する。[参照元へ戻る]
◆シュードノカルディア属放線菌
放線菌Pseudonocardia属に分類される菌で、遺伝子の塩基配列による分子系統学により更に30弱の種に分類される。その内Pseudonocardia autotrophicaは、活性型ビタミンD生産に実用化されている菌として知られる。[参照元へ戻る]
◆ロドコッカス属放線菌
放線菌Rhodococcus属に分類される菌で、遺伝子の塩基配列による分子系統学により更に約40種に分類される。Rhodococcus erythropolisは温度4℃~35℃前後まで幅広い温度域での増殖が可能で、有機溶媒に耐性を示すといった特徴をもつ。同族細菌の中には、難分解性の環境汚染物質に対する分解能をもつ菌など多様な能力を持つ菌が多数見つかっている。物質生産の観点からは、汎用化学品(アクリルアミド)の製造・実用化に世界ではじめて成功した微生物としても知られる。[参照元へ戻る]
◆ビタミンD
ビタミンの一種で、脂溶性ビタミンに分類される。ビタミンDの中でも高い生理活性を示すのはビタミンD2(エルゴカルシフェロール)とビタミンD3(コレカルシフェロール)の2つである。ヒト体内では、ビタミンD3がコレステロールの前躯体である7-デヒドロコレステロールが皮膚で紫外線に照射されることによって合成され、その後に肝臓と腎臓でそれぞれ活性化を経た後、はじめてさまざまな働きをすることができる。ビタミンDの生理作用の主なものに、正常の骨格と歯の発育促進、カルシウムとリンの腸管吸収の促進、血中カルシウム濃度の調節などが知られる。[参照元へ戻る]
◆水酸化酵素
化合物に水酸基(-OH)を導入する特性をもつタンパク質。水酸化酵素の種類や性質によって化合物の認識が異なるため、水酸基導入の対象となる化合物は酵素によって異なる。[参照元へ戻る]
◆副甲状腺機能亢進症
血液中のカルシウム濃度は、副甲状腺ホルモンのもつ血中カルシウム濃度を上昇させる作用によって厳密に調節されている。副甲状腺の機能不全により副甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、骨に蓄えられているカルシウムが血液中に溶かし出されて、骨粗鬆症、腎結石、消化性潰瘍、膵炎などをきたす疾患が副甲状腺機能亢進症と呼ばれる(上皮小体機能亢進症とも呼ばれる)。治療にはビタミンD類の製剤が使用される。[参照元へ戻る]
◆乾癬
乾癬とは赤く盛り上がった湿疹に、銀白色のかさかさしたフケのような鱗屑(りんせつ)が付着する炎症性角化症に分類される皮膚病である。ビタミンD類は、血液中のカルシウム濃度を調節するだけではなく、細胞を増やしたり、成長させたりする効果を示すことが知られる。この働きが乾癬の病気の原因である皮膚の細胞の増殖亢進、分化障害を正常に改善すると考えられている。[参照元へ戻る]
◆シトクロムP450
分子内に鉄原子をもつ、ヘムタンパク質で、血中ヘモグロビン同様、鉄由来の色を示す赤色のタンパク質である。シトクロムP450は水酸化酵素ファミリーの総称で、微生物(大腸菌では見つかっていない)から動植物まで広く存在し、その遺伝子数も生物種によって多様である(例えばイネでは数百以上の遺伝子が見つかっている)。電子供与体と電子伝達タンパク質を利用して様々な化合物を認識し水酸化する能力をもつ。動物では、肝臓において解毒を行う酵素として知られているが、ステロイドホルモンの生合成、脂肪酸の代謝や植物の二次代謝など、生物の正常活動に必要な反応にも関与している。現在、シトクロムP450を利用したセンサーや物質触媒・生産系の構築が期待され各種技術開発が進められている。[参照元へ戻る]


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