発表・掲載日:2007/06/14

高感度・高精度な水晶振動子式免疫センサーシステムを開発

-環境汚染物質や疾病マーカー、アレルゲン等を迅速に計測-

ポイント

  • 溶液中での発振周波数安定度を従来より1桁以上改善し、高感度・高精度な流路型水晶振動子式免疫センサーを実現
  • 簡便な操作で、迅速な測定ができるコンパクトなシステム
  • 残留農薬、ストレスマーカー、病原性微生物などの計測用途にも期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境管理技術研究部門【研究部門長 原田 晃】計測技術研究グループ【研究グループ長 田尾 博明】黒澤 茂 主任研究員、愛澤 秀信 研究員ら、およびヒューマンストレスシグナル研究センター【研究センター長 二木 鋭雄】ストレス計測評価研究チーム【研究チーム長 脇田 慎一】は、日本電波工業株式会社【代表取締役社長 竹内 寛】(以下「NDK」という)と共同で、高感度・高精度な流路型水晶振動子式免疫センサーシステム(以下「QCMシステム」という)を開発した(図1を参照)。

 従来のQCMシステムで重要な解決すべき課題となっていた溶液中での発振周波数の安定度を位相雑音の低減等により1桁以上改善したことによって、高感度化・高精度化を達成し、その結果、免疫反応の迅速測定が実現できた。

 本QCMシステムでは、特定の分子を認識する機能を有する物質(抗体等)をセンサー素子上に固定化することで、検出対象を高選択的に識別し、発振周波数変化として検出できる。例えば、ダイオキシン類や内分泌攪乱物質、残留農薬、アレルゲン、ストレスマーカー、疾病マーカー、病原性微生物などの迅速な高感度・高精度計測への用途が期待される。

流路型水晶振動子式免疫センサーシステム構成図
図1 流路型水晶振動子式免疫センサーシステム構成図


開発の社会的背景

 現在、日本では戦略的な技術革新の必要性がうたわれている中で、生涯健康な社会、安全安心な社会の実現に向けて、生活者の健康管理には日常の健康状態のモニタリングが必要であり、ストレスマーカーや疾病マーカー測定用のバイオセンサー開発が重要課題とされている。また、ダイオキシン類や残留農薬等の有害物質等による環境汚染の暴露状況の環境モニタリング用にppm~pptレベルでの化学物質測定を行う高度な化学計測技術が必要である。現在のところ、高分解能GC/MSのように大型で高価な装置と前処理を含めて熟練の作業者による高額な分析費用、かつ試料前処理を含めた長い測定時間が必要とされている。従って、簡便な操作で高感度・高精度、かつ迅速な測定ができるコンパクトな計測システムの開発が望まれている。

研究の経緯

 産総研は、QCM素子と分子選択性に優れたモノクロナール抗体分子と組み合わせることで極微量の疾病マーカーや環境汚染物質を検出対象とした高感度センシングシステム(QCMセンサー)の構築を行い、2002年にゴミ焼却灰中のダイオキシン濃度を迅速かつ正確に検出する手法を開発した。さらに、海水中のビスフェノールA濃度のQCM免疫測定法、血清中のC-反応性タンパク濃度のQCM式免疫ラテックス凝集測定法やQCM式免疫測定法等の研究を行い、訓練された作業者が研究室レベルで実試料を対象として測定できる水晶振動子上を免疫反応トレイに用いるバッチ式測定法を開発した。しかし、当該QCMセンサーでは、バッチ式測定法に由来する迅速な簡易分析装置としての利用の難しさが、当該装置の実用化の前に解決すべき大きな問題点として残った。

 本研究では、環境モニタリング地点や医療現場、食品検査、病原性微生物の存在の疑われる検査現場でもその使用が可能な、高感度・高精度・迅速な簡易測定装置化を指向し、産総研とNDKとの共同研究の下で、バッチ式測定法での弱点を解決する為に流路型QCM免疫センサーシステムの実用化を目指した。

研究の内容

 従来のQCMシステムでは、QCM上に付着する重さの変化を発振周波数に変換して測定することから、溶液中での発振周波数安定度、周波数測定の高精度化、およびノイズの低減が高感度QCM免疫センサーの構築に向けて大きな課題となっていた。

 産総研独自で培った、ダイオキシン類のQCM式免疫反応測定技術、流路型QCM測定技術と、NDKの宇宙用等の特殊な高精度水晶振動子に関するノウハウや高性能な低位相雑音回路技術を融合し、従来のQCMシステムでは計測できなかった低濃度試料や、より低分子量の抗原を測定する高精度・高感度QCM式免疫反応測定システムを開発した。

 即ち、課題となっていた溶液中での水晶振動子の発振周波数安定度は、流路型測定手法を適用し、QCM免疫センサー用に設計した水晶振動子と特殊低雑音回路により、従来比で一桁以上改善し、かつ、従来には無い10mHzの周波数精度で高感度・高精度・迅速な計測を可能とする基盤技術を確立した。

 本QCMセンサー研究成果の一例として、免疫反応測定の模式図を図2に示す。

 図3は流路型QCM測定法での免疫反応測定の流れ図と、各反応の段階が発振周波数変化として測定されたチャートを示す。


QCM上に固定化した抗原分子への抗CRP抗体分子の免疫反応測定の模式図
図2 QCM上に固定化した抗原分子(C-反応性タンパク(CRP):紫色で図示)への抗CRP抗体分子(赤色で図示)の免疫反応測定の模式図(BSAは偽反応を抑制するために固定化した牛血清アルブミン)

抗原抗体反応でQCM上に固定化した抗原分子と抗IgG抗体との抗原抗体反応量測定の流れ図 実際の各反応段階での発振周波数の経時変化を示す免疫反応チャート図
(A) (B)
図3 流路型QCM測定法による、抗原抗体反応でQCM上に固定化した抗原分子(ヒトグロブリン(IgG))と抗IgG抗体との抗原抗体反応量測定の流れ図(A)、及び実際の各反応段階での発振周波数の経時変化を示す免疫反応チャート(B)

 図2の免疫反応測定では、最も標準的なELISA測定条件での測定結果と本QCMシステムとを比較した。抗原であるヒトグロブリン(IgG)を固定化したQCMに対して、抗IgG免疫グロブリン抗体濃度を100µg/mLから100ng/mLの濃度範囲で測定し、Dose-Responseの濃度に対する直線性を確認した。この濃度範囲は、採血により得られた血液中の免疫グロブリンをモニタリングするには十分である。本QCMシステムは、ELISA法の測定結果と良い相関性を示し、ELISAの測定時間の60分に対し、約1/5の10分以下で分析が可能となった。

今後の予定

 QCMセンサー素子とQCMシステムについて研究を更に進め、各代表的な分析対象毎に分析現場でのオンサイト測定を指向したQCMシステムとしての追加研究を行う。特に、当該研究分野で大きな議論点の溶液中での各種の生体由来分子のQCM上への吸着量と発振周波数変化量との関係を、放射性同位体標識タンパクを用いて明らかにし、ナノバランスとしての動作原理と動作範囲を各生体分子毎に確証する。これと共に、QCM上での免疫反応時での発振周波数変化量についても、同様の放射性同位体標識抗原や抗体を用いて、タンパク吸着量と発振周波数変化量との関係を明かにする。

 また、産総研の主管研究業務の一環として、水晶バイオセンサーの研究開発で培った、QCMシステムの構成と性能を保証する諸内部基準を基にその国際標準化をNDKと共に推進する。

 本QCMシステムは、6月20-22日に東京ビックサイトで開催の第6回国際バイオEXPOに出展し、近日中に実用化を予定。


用語の説明

◆水晶振動子
水晶振動子は高精度で安定な発振素子として、時計、コンピューター、通信・計測機器など多くの電子回路に高安定な周波数標準として使用されている。[参照元へ戻る]
◆QCM
Quartz Crystal Microbalance(QCM: 水晶振動子マイクロ天秤)の頭文字をとったもので、水晶振動子の電極上に物質を付着させると水晶振動子の質量付加効果により付着した質量に対応して発振周波数が定量的に減少する。この特性を利用し、ng(10-9 g)レベルの極めて微量な質量負荷でも発振周波数変化をモニターすることで、リアルタイムの質量変化を捉えることが出来る。例えば9MHz ATカットの素子ではngからµgの極微量の質量の付着を発振周波数変化として測定できる。
◆QCMシステム
QCMシステムは、高安定な特殊アナログ発振回路と、10mHzの周波数分解能を計測できるデジタル信号処理電子回路を搭載したQCMアナライザ【写真(1)】本体と、低位相雑音発振回路を内蔵し、且つ水晶振動子近傍を設定した温度±0.1度の精度での温度環境を確保できる恒温反応チャンバ【写真(2)】、及び水晶センサー・チップ【写真(3)】から構成されている。QCMシステムは迅速・高感度な簡易計測法であり、装置構成がシンプルでありながら高精度・小型・測定の迅速化が達成されている。また、可搬型分析装置として利便性が高く、一定の測定条件を満たせば、従来の表面プラズモン共鳴法、ELISA法では達成が困難なオンサイト測定装置としても使用できる可能性がある。[参照元へ戻る]
QCMアナライザの写真 恒温反応チャンバの写真 水晶センサー・チップの写真
QCMアナライザ(1) 恒温反応チャンバ(2) 水晶センサー・チップ(3)
QCMシステムの構成図
◆ELISA
酵素結合免疫測定法(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)の頭文字をとったもので、酵素標識した抗体または抗原を用い、抗原抗体反応を利用して抗原または抗体を検出する方法 [参照元へ戻る]
◆免疫グロブリン Immunogluoblin G (IgG)
抗体としての構造・機能をもつタンパク質。血液・リンパ液中に含まれるγ(ガンマ)グロブリンのほとんどはこれで、形質細胞などで生成される。分子の形はY字状をし、抗原結合部位をもつ。[参照元へ戻る]


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