発表・掲載日:2007/05/24

紫外線を高効率で発光できる半導体材料の開発

-高密度光記録技術や高性能な白色光源への応用に期待-

ポイント

  • 酸化亜鉛にマグネシウムを混合することにより、紫外線の発光波長を短波長側に変化させると同時に発光効率を大幅に向上できる。
  • 短い発光波長での発光効率が高いことから実用的な紫外線発光素子の実現が期待できる。
  • 高密度な光情報処理や、高効率・長寿命の白色照明光源、あるいは太陽電池やフラットパネルディスプレイ用の高性能な大面積透明導電体薄膜などの実現につながる。


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)太陽光発電研究センター【研究センター長 近藤 道雄】化合物薄膜チーム 仁木 栄 研究チーム長、エレクトロニクス研究部門【研究部門長 和田 敏美】低温物理グループ 柴田 肇 主任研究員は、酸化亜鉛に数%~10数%のマグネシウムを混合することで、紫外線を高効率で発光する半導体材料を開発した。

 今回の酸化亜鉛系半導体材料の発光性能は、分子線エピタキシャル法により高品質な単結晶薄膜を成長させることで実現できたものである。窒化ガリウム系化合物など従来の紫外線を発光する半導体材料は、いずれも発光波長が短くなるにつれて発光効率が減少する性質を持っていたが、今回開発した材料の特徴は、マグネシウム濃度を増すと発光波長が短くなるが、それにもかかわらず同時に発光効率が顕著に増大する点である。この材料により、紫外領域において高効率で発光する発光ダイオードや半導体レーザーあるいは高性能の白色照明用光源の実現が期待できる。

発光スペクトルのマグネシウム濃度依存性の図
酸化亜鉛にマグネシウムを混合した材料の絶対温度1.4度における発光スペクトルのマグネシウム濃度依存性


開発の社会的背景

 青色発光ダイオードに続くブレークスルーとして、紫外線発光ダイオードの実現が、産業界より強く望まれている。波長が短くなることで、光記録密度の向上や白色発光の蛍光体の励起など、様々な新機能が期待できるからである。しかしながら、青色発光ダイオードで実用化されている窒化ガリウム系材料をはじめ、従来の半導体は発光波長を短波長側に変化させるに従って発光効率が減少してしまうという一般的な性質を持っており、紫外線発光ダイオードの実現は決して容易ではなかった。酸化亜鉛は、紫外線発光半導体素子の材料の有力候補として、従来から注目され精力的に研究されてきている。

研究の経緯

 産総研はこれまでに、酸化亜鉛を半導体材料として利用した紫外線発光ダイオードや紫外線発光半導体レーザー、あるいは高性能なトランジスターをめざして、酸化亜鉛の高品質な薄膜単結晶成長技術の開発と、精密な基礎物性評価の研究に取り組んできた。特に、分子線エピタキシャル法による成長技術の開発と、フォトルミネッセンス法による発光特性評価に重点を置いて、高品質な薄膜単結晶の成長技術や、発光特性の評価技術に高いポテンシャルを持っている。

 最近では、エピタキシャル成長した酸化亜鉛の単結晶薄膜の上に、マグネシウムを混合した酸化亜鉛の単結晶薄膜を更にエピタキシャル結晶成長する技術の開発にも着手し、発光特性の評価技術と融合させて研究開発を進めてきている。

研究の内容

 酸化亜鉛にマグネシウムを混合した物質(以下「ZnMgO」という)は、マグネシウムの濃度が増大するに従って、その発光波長が短くなることが従来から知られていた。今回、明らかになったのは、従来の半導体とは逆に酸化亜鉛中のマグネシウムの濃度が増大すると発光効率が増大することである。これまで非常に作成が困難であったZnMgOの非常に高品質な薄膜結晶を作製できたので、これまで見過ごされて来たZnMgOの潜在能力が明らかになったといえる。作製した試料の断面構造の模式図を図1に示す。基板としてサファイア単結晶を用い、分子線エピタキシャル法によって、基板上に酸化マグネシウム、酸化亜鉛(ZnO)およびZnMgOの薄膜単結晶を、下から順番にエピタキシャル成長させた。なお、分子線エピタキシャル法とは、超高真空の容器中に基板を設置し、作製する結晶の原料元素を蒸気(分子線)にして基板に噴射して、薄膜単結晶を成長させる技術である。ZnMgOの原料として非常に高純度な亜鉛とマグネシウムを用い、酸素源としては酸素ラジカルを利用した。

 得られた試料の中から、マグネシウムの濃度が異なる3種類の試料について、絶対温度1.4度の低温に冷却して紫外線レーザー光を照射し、試料からの発光(フォトルミネッセンス)のスペクトルを測定した結果を図2に示す。波長が335nm~365nmの領域に大きな幅広い発光バンドが観察されるが、これがZnMgOからの発光である。この発光バンドの発光強度(スペクトルが囲む面積)と、試料中マグネシウム濃度の関係を図3に示す。マグネシウム濃度が増大するに従って、ZnMgOからの発光強度が増大している。すなわち、マグネシウムを混合する事で、材料の発光効率が大幅に向上している事を示している。

 図4に示した結果は、ZnMgOからの発光強度と、試料温度(絶対温度)の関係である。試料の発光強度は、試料温度が上昇するに従って次第に減少する事が見て取れる。一般に発光材料の発光率は、材料の温度が上昇するに従って、次第に減少することが知られている。ここで図4から分かる重要な事実は、試料温度が上昇するに従って発光強度が次第に減少するが、マグネシウム濃度が増大するに従って発光強度の減少の程度が小さくなる事である。発光素子を室温(絶対温度300度付近)で利用することを考えると、この結果は重要と考えられる。

 図3の結果と図4の結果をもたらした原因は同一であると考えられる。例えば、窒化ガリウムの発光効率は試料中のインジウム濃度の不均一な分布によるものと考えられているが、ZnMgOについても同様に、試料中のマグネシウム濃度は場所によって一様ではなく、マグネシウム濃度の高い場所と低い場所が、混ざって存在しているため材料の発光効率が大幅に向上していると予想される。また、このような現象が起こる原因は、混合物の濃度の分布の不均一によって、発光の原因となる電子の存在が安定化されるためであると考えられる。

試料の断面構造の模式図
図1 試料の断面構造の模式図

発光スペクトルのマグネシウム濃度依存性の図
図2 酸化亜鉛にマグネシウムを混合した材料の絶対温度1.4度における発光スペクトルのマグネシウム濃度依存性

発光強度のマグネシウム濃度依存性の図
図3 絶対温度1.4度における発光強度のマグネシウム濃度依存性

さまざまなマグネシウム濃度の試料の発光強度の温度依存性の図
図4 さまざまなマグネシウム濃度の試料の、発光強度の温度依存性

今後の予定

 一般的に発光素子の基本構造は発光する部分である活性層を、光や電子を閉じ込める障壁層で挟んだ形の3層構造である。これまで想定されて来た素子構造は、活性層にZnOを利用し、障壁層にZnMgOを利用する構造であった。しかし、ZnMgOの発光効率がZnOのそれを大きく凌駕する事が本研究によって発見されたため、今後はZnMgOを活性層に利用した素子を構成するという設計指針に従って、従来に無い高効率な紫外線発光半導体素子の開発に挑戦していく。



用語の説明

◆分子線エピタキシャル法
薄膜結晶成長技術のひとつ。超高真空の容器の中に基板材料となる単結晶を設置し、作製したい結晶の原料元素を蒸気(分子線)にして基板上に噴射すると、条件をうまく選べば下記のエピタキシャル成長現象が起きて、薄膜の単結晶が基板の上に成長する。そのようにして薄膜の単結晶を成長する技術を、分子線エピタキシャル法と呼ぶ。ここでは、基板としてサファイア単結晶を利用し、またZnMgOの原料として非常に高純度な亜鉛とマグネシウムを用い、酸素源としては酸素ラジカルを利用した。[参照元へ戻る]
◆フォトルミネッセンス法
物質の性質を調べる方法のひとつ。物質に光を照射すると、照射された光とは別の光を、その物質が発生することがあり、日常生活では蛍光と呼ばれているが、フォトルミネッセンスも蛍光と基本的に同じ現象である。物質から出てくる光の強度やスペクトルを調べることで、その物質の性質を知ることができる。フォトルミネッセンス法を利用すると、実際に発光素子を作らなくとも、その物質で発光素子を作製した場合の素子性能を、正確に推し量ることが可能である。ここでは、試料に照射する光として、紫外線レーザーの光を利用した。[参照元へ戻る]
◆エピタキシャル成長
結晶が成長する際の、成長形態のひとつ。いわゆる種結晶を利用すると、その上に成長する結晶の原子配列は、種結晶の原子配列をそのまま引き継ぐが、この現象をエピタキシーと呼ぶ。エピタキシー現象により結晶成長が起こる現象をエピタキシャル成長と呼ぶが、普通は薄膜結晶が成長する場合を指す。その場合は、平板状の単結晶を種結晶として用意し、その上に気体や液体の形態で原料物質を供給する。エピタキシーの定義により、成長した薄膜結晶も、基本的に単結晶である。なお、基板物質は、成長する物質と同一物質である必要は無く、類似した別の物質でも良い。ここでは、酸化亜鉛系薄膜の結晶成長のために、サファイアを基板物質として利用した。[参照元へ戻る]
◆発光バンド
普通の光は、様々な波長の光が混ざったものである。どのような波長の光が、どれくらいの量だけ混在しているかを、波長の関数として表現したグラフを、光のスペクトルと呼ぶ。上記のフォトルミネッセンス光も、スペクトルに分解して調べる事により、物質の性質を詳しく調べることができる。そのスペクトルの形状は様々であり、鋭い線の集合になっている場合もあるし、幅の広い山のような形状の場合もある。前者の場合は発光線と呼ばれ、後者の場合は発光バンドと呼ばれる。ここでZnMgOから得られたフォトルミネッセンス光のスペクトルは、後者に属する形状を持っていた。[参照元へ戻る]


関連記事


お問い合わせ

お問い合わせフォーム